第1009話 強襲作戦開始
神聖帝国ラエリア南部の街『パルテール』へと到着したカイト達はそこで事態が動くのを待つ為、数日を過ごしていた。と、その三日目の事だ。少々焦れ始めていたカイト達にとっての朗報が入る事となる。
「・・・カイト、街が少し騒がしい」
街の見回りというか観光にかこつけた偵察に出ていた瞬が帰って来るなり、カイトへと報告する。そろそろ、カイト達の方にもタイムリミットが近い頃だった。
が、どうやら競り合いはこちらが勝てたようだ。このまま行けばレゼルヴァ伯爵とその手勢まで相手にしなければならない状況だったが、この様子であればなんとかそちらは考慮しなくて良いという事なのだろう。
「そうか・・・なら、作戦決行だな」
「わかった・・・こちらは戦闘の準備を行う」
「そっちは任せる。こっちは翔と潜入経路を打ち合わせる」
カイトはそう言うと、翔が戻ってくるのを待って打ち合わせを開始する。
「すでに気付いているだろうが、これが最後の打ち合わせになる。明日、決行だ」
「明日か・・・試合んとき以上に緊張すんな・・・」
「あはは。ミスんなよ・・・おそらく今日中にレゼルヴァ伯爵が出立するはずだ。セルヴァ候爵が折れたようだな」
カイトは数度のパルミラとの接触を含めて得た情報を下に、翔へと推測を述べる。どうやら相当荒れていたのを見て、昨日ついにセルヴァ候爵が折れたらしい。昨夜はここ数日荒れていた男の声が響いていなかったのだ。
そして今までの経緯を考えれば、デンゼルは何時でも出ていける様な準備を整えていたはずだ。数日前の時点で相当苛立ちを露わにしていたのだ。であれば、少しの間でも待ってはいられないはずだ。それ故、今日中に出立するという予想だったのである。
「良し・・・レヴィ、オレだ」
『ああ・・・動くか?』
「動くだろうな。昨夜癇癪が無かった」
『それはそれは・・・わかった。こちらも本格的な支援活動に入る』
「頼む・・・カリン達は?」
『動かない動かないと愚痴っていた』
「それはそれは」
レヴィと同じ顔でカイトは笑う。カリン達は実はカイト達が行動を起こすのに合わせて行動を起こす予定だった。
「作戦の進行状況は?」
『今のところ、予定通りだ。敵も味方もどちらも、な。敵はすでに基地より物資の搬送を始めている。負け戦とは理解しているようだ。出来るな。思い切りが良い』
「そうか・・・ということはあちらは撤退戦、こちらは如何に陣地を上手く確保出来るか、か」
『ああ。それ次第で次の一戦が変わってくる』
レヴィは資料を見ながら、カイトの言葉に頷いた。カイト達が参戦を要請されたのは、南部軍の本拠地を守る砦の攻略作戦と南部軍の本拠地を攻め落とす際の要人救出任務だ。
この作戦はその作戦を行う為の前段階に位置しており、補給線の確保の為に行われる物だった。これは立地上の関係――平野部であるが、基地そのものはさほど大きくない為――で攻略側が有利で、攻略は可能と言われている。
「わかった・・・ではこちらもそれに合わせて開始する」
『わかった・・・こちらは基地の攻略を確実にしよう』
「しよう?」
『軍師としての依頼を受けた。それに付随して、この前哨戦も引き受けた。この攻略は作戦の是非を左右するのでな。落とせんよ』
「ここからデカイ戦二つに付随幾つかか?」
『そういうことだ』
レヴィが頷いて、カイトへと書類を見せる。それは今度攻略する予定の基地の概略図だった。軍事において補給線の確保は何よりも重要だ。ここを取れるか否かは、たとえ小規模な基地であっても命運を左右する。
逆に言えば南部軍にとっては敵の侵略を防ぐ命綱にも等しいが、逆にそれを見越してここに戦力を集中してしまえば各個撃破を招きかねない。この基地では北部軍を押さえきれないというのは見ればわかる。敵の総司令官はそれを避ける為、戦力を全て砦へと移動させているのだろう。
カイトとレヴィの読みではデンゼルはその支援物資を砦へと輸送するついでに諜報員か手勢を出してシェリアの情報を入手してしまおう、という算段だ。これなら、まだセルヴァ候爵も面目が立つ。
「良し・・・じゃあ、動くか」
『気をつけろよ。南部の依頼の大半はユニオンを介していない。我々では敵の戦力状況は把握出来ん』
「・・・」
『なんだ?』
カイトが驚いた様子を見せたのを受けて、レヴィが首を傾げる。何か可怪しい事を言った様子は無かったし、現に何も可怪しい事は言っていない。
「いや・・・必要あるセリフか?」
『気分だ、こんなものは。必要がないのは理解している』
「お前が、気分ね・・・人の心を理解出来んと嘆いた奴が気分で発するとはな」
『・・・なるほど、これは面白いな。そう思うと、貴様とのやり取りも縁は異なもの味なものという奴なのかもしれん。まぁ、それは良いか。では、切るぞ』
「あいよ」
レヴィはカイトの揶揄に少し楽しげな様子を見せて通信を切断する。どうにせよもう要件は終わっていた。タイミングとしては、ベストだっただろう。
「良し・・・後は、明日だな」
カイトはレヴィとの最後の打ち合わせを終えると、本格的な行動に入れる様な準備を行う事にして、その日はカイトもしっかりと休む事にするのだった。
明けて、翌日早朝。フロドとソレイユが支援の為に近隣の丘の上に移動したのを見届けたカイト達は、全ての用意を整えた事を確認して頷きあった。
「深夜じゃなくて早朝なのか?」
「夜襲朝駆けは戦略の基本だ。ゆえに、朝駆けだ」
「夜の方が全員寝てるんじゃないのか?」
翔が問いかける。彼としては自分のスペックを最大に活かせる夜襲を行う予定なのではないか、と考えていたらしい。現に皇国での狂信者討伐任務の折には――偶然とは言え――夜に襲撃を行った。が、その予想に反してカイトが選んだのは早朝を襲撃する事だった。
「いや・・・今が一番、緩んでると思うぞ」
「ああ、俺もそうだと思う」
が、それに対してソラと瞬が否定を入れた。彼らはどうやら、カイトの思惑を理解しているらしい。
「どういうことですか?」
「ほら・・・お前も今、夜に襲撃するんじゃないか、って思ってただろ?」
「ああ・・・だって、全員が寝てる夜に襲撃するのは潜入工作では基本だろ?」
「そう、基本だ・・・だから、敢えて外す。どちらかと言うと潜入より強襲になりそうだしな」
翔の再度の問いかけにカイトが明言する。だから、外す。そうして、ユリィが続けた。
「誰もが危惧している、ということは昨夜の警戒レベルはおそらくレゼルヴァ邸始まって以来の警戒レベルだった・・・であれば、そこに襲撃を仕掛けるのはよほどの腕利きかバカだけだよ」
「あ・・・それはそうか・・・」
「だから、敢えて外すの。誰もが警戒しているから。そして、今がベスト。あと少しで終わり。もしくは今日は襲撃が無かったな、って言う一瞬の緩みがある瞬間だから」
ユリィは白んで行く闇夜を見ながら告げる。朝日が登るのは、この街の何処からでも見えているはずだ。であればその瞬間、誰もが僅かに警戒を緩めてしまう。今日は結局何事も無かったな、と思うからだ。
『死魔将』の時と同じだ。襲撃が危惧される時を外してしまえば、どうしてもその反動で緊張の糸は緩む。緩めてしまう。これは人である以上、仕方がない性だった。その瞬間を、カイト達は狙い撃つのである。ある意味、彼らにされたのと同じ事を今度はカイト達がするのであった。
「ま・・・逆に今こそ警戒を高めている奴も居るんだけどな」
カイトはレゼルヴァ邸を見ながら、目を細める。明確に分かるほどに強い殺意が、あの館から溢れていた。どうやら、カイトの危惧した通りの事が起きていたのだろう。そして、彼は一つの思い違いに気付いた。
「セルヴァ候爵が認めたのには、訳があったわけか・・・はぁ・・・全員、プランCに変更」
「敵、居るのか?」
「ああ・・・これ、確実にやばい。少なくともオレが即座に仕留められないレベルだな。自分の戦闘に邪魔になると見て、レゼルヴァ伯を逃したか。厄介だな・・・」
「「「っ・・・」」」
苦味を浮かべるカイトの言葉の意味を悟って、全員が一気に気を引き締める。カイトが即座に仕留められない。それは即ち、敵はランクSであるという事だ。
町中でランクSとカイトが戦えばどうなるのか、というのは察するにあまりある。本気で戦えば一般市民に莫大な被害が生まれる。流石にそれはカイト達も了承出来る事ではない。カイトによる敵の足止めで良しとしておくべきだろう。
「その可能性はあるだろうな、とは思っていたがな・・・ホタル、ユリィ。お前らはこちつらの援護を」
「了解」
「うん」
カイトは己一人でこの強敵の相手をする事を決める。であれば、二人には万が一に備えて中の突入部隊の支援を行ってもらうべきだった。そうして最後の手はずを整えて、カイトは全員と頷き合う。
「良し・・・一度出て変装するぞ」
「「「おう」」」
カイトの号令の下一同は宿屋はチェックアウトせず、結界を押し広げて街の外に出る。チェックアウトしなかったのは時間の関係だ。こんな朝も早い時間に出れば明らかに怪しまれる。後で式神を使ってチェックアウトはさせるつもりだ。
「全員、覚悟は良いな?」
カイトは最後の確認を取る。これが、最後の機会だ。こここそがポイント・オブ・ノー・リターン。ここからは、生死をかけた戦いとなる。それに全員が僅かな逡巡の後、はっきりと頷きあった。
「良し・・・変装開始」
カイトの号令と共に、全員姿を変える魔術を展開する。これを覚えたのは密入国の為であると同時に、この為でもあった。本来の夜襲ならば翔の様な軽装備で良いが、今回はかなり強襲に近い襲撃だ。
武装は各々の完全武装が基本だろう。どうにせよ脱出時にはバレる事は想定済みだ。となると武装の関係で大半は顔を隠せないので変装で対処するのであった。
「行くぞ」
カイト達は再び壁をよじ登ると、出た時と同じ要領で結界を押し広げて街の中に入る。夜は明けかけで、空は白み始めていた。そろそろ、気が早い者ならば起きていても不思議はない時間だ。
そして同時に、夜の警戒に就いていた警備兵達が交代の時間に差し掛かる時間でもある。カイト達が言う通り、気を抜いている時間といえば時間だった。それ故、街の巡回の兵士達は仕事終わりが近いからかかなり気が緩んでいた。
「さて・・・」
カイトはレゼルヴァ邸の見える屋根の上に立つ。そうして、一瞬だけ殺気を放出した。それに応ずる様に、屋敷の中から殺気が返って来た。これで、敵はこちらに気付いたと考えて良いだろう。
「ユリィ。大きくなるのは最後の手段だからな」
「わかってる・・・カイト、来るよ。凄いね、この相手。相当な腕利きだよ」
「流石に邸宅内での戦闘は避けるよな・・・ホタル、他の奴は頼んだ」
「了解」
「先輩、無茶だけはしないように。おそらく厄介なのはこれから来る奴だけでだろうが・・・他にも居る可能性はある。その場合は、生命を大事に。それと、襲撃はオレが戦闘を開始した直後で」
「わかった・・・全員、移動するぞ」
瞬はカイトの言葉を受けて、即座にレゼルヴァ邸の裏側へと移動する。カイトが表門側に敵をひきつけて、裏側から彼らが潜入する作戦だった。そうして全員が配置に着いたのを受けて、カイトはレゼルヴァ邸の庭に舞い降りた。すでに相手はカイトを出迎えるべく待っていてくれていたのだ。
「へー、どんなごつい男かと思ったが・・・優男の兄ちゃんかい」
「そりゃ、こっちのセリフだ。どんな大男かと思ったら飄々とした風来坊か」
カイトの目の前には、片手剣を持った男が一人。どうやら、他は邪魔と判断したのだろう。体格はひょろっとした印象を受けるが、決してそれは鍛えていないというのではなく引き締まった、という感じだ。外見上の年齢は30代前半。髪はかなりボサボサで無精髭が生えている為、あまり身だしなみに気を遣っている印象はない。
服装はここらで一般的な服装だ。着こなしから見て、それなりに長く滞在していると思われる。それの上に細かい傷が刻まれた軽鎧を着込んでいた。だが、決して慌てて用意を整えたという風はない。それを考えれば、このスタイルが彼のデフォルトなのだろう。
武装は見える限りでは、腰にふた振りの片手剣。それ以外は不明。片手剣は鞘に収められている為、拵え等は不明だ。が、彼ほどの実力者であれば確実に名刀利刀の類だろう。
「さて・・・こちとらお金貰って雇われてるわけで。まぁ、胸糞悪い依頼人だが、仕事は仕事。お金は大事なんでな」
男が腰に帯びた片手剣に手を当てる。そうして、わずかに腰を落として何らかの構えを作った。が、まだ戦いは始まらない。あと僅かな時間があった。
「名前・・・教えてくれそうではないか。ま、一応俺の名前だけ。ディガンマ。ランクS冒険者・・・行くぞ」
ぞわり、と周囲の空気が一気に変質する。身の毛もよだつとはこの事だろう。そうして、カイトはディガンマと名乗った男と戦い始めるのだった。
一方、その頃。カイト達の交戦を肌と音で感じて、瞬達は一斉にレゼルヴァ邸の裏側に舞い降りた。そちらも当然警戒はされているが、戦闘開始直後という事もあって背後を取った形で奇襲に成功する。
「っ」
「遅い」
「はっ」
完全に奇襲出来た事でソラ達は裏側の庭を警戒していた警備兵を気付かれる事なく気絶させる。殺せばそれだけで血の匂いがしてしまう。そして防具にも武器にも匂いが付着する。
それだけでも獣人達なら余裕で気付く。隠密に差し障るのだ。こちらが少しでも気付かれたくない以上、殺しは厳禁だった。そうして、即座に翔が指示を下した。
「ソラ、お前と赤羽根先輩、木更津はユリィちゃんと一緒に二階と一階を」
「わかってる」
「おけ。部長、部長は俺とホタルちゃんと一緒に地下を」
「わかった。行くぞ」
「はい」
翔は予め決めていた班分け通りに部隊を分割する。地下の方が貴重な物がある可能性は高くなる。それを考えて、地下を自分と戦力の高い面子で攻める気だった。分割したのは、時間が限られているからだ。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1010話『ランクEX対ランクS』




