第1008話 内通者
偶然によってパルミラという神聖帝国ラエリア情報部所属のスパイとの繋がりを得る事に成功したカイトは、その後すぐに翔と合流していた。これ以上の深入りは危険と判断したのだ。が、その合流した翔から大いに呆れられた。
『・・・お前、えげつねぇな・・・』
「ん?」
『家族人質にして脅しとか・・・』
「元々こっちの派閥っぽい事は理解してたが、ここは戦時下の敵陣だ。安易に人を信じるべきじゃあないからな」
カイトは肩を竦める。彼とて何時も何時でもこんな脅迫を使うわけではない。が、使わねばならない時には、積極的に使っていくのである。
「言葉も武器として使え・・・特に密偵ならな」
『おう・・・』
あれはもはや言葉だけではない様な気がするけどな、と翔は思いつつも、マスクの下で頬を引き攣らせて頷いておく。そうして、二人は再び、街の外へと脱出する。
「ふぅ・・・とりあえず、これで何とか内通者はゲットか。不幸中の幸いだな」
「こっちも幾つかデカイ家見つけたよ」
マスクを下ろした翔が懐から地図を取り出す。地図そのものはシャリク達北部軍も持ち合わせていた為、それを持ち込んでいた。が、町並みは変えられている可能性があった為、下水道等を含めてあまりアテにはしていなかった。そうして、翔が地図を見ながら己が確認した事を一同に説明していく。
「えっと・・・デカイ屋敷はちょっと増えてた。それに合わせたのかそれとも他の理由なのかはわかんないけど、通路とか地図と結構変わってた」
「ふむ・・・やっぱりか」
「逃げてきた貴族の屋敷か?」
「そういうことだろうな。それに合わせて、街のスラム街等を整備したんだろ」
ソラの言葉にカイトが頷いた。スラム街はスパイ達にとって格好の隠れ家だ。区画整理をしていても不思議はない。さらに言えば南部軍の管理下の地域では彼らの意向が強い。多少強引にやっても問題はなかった。
「ということは・・・」
カイト達は手に入れた情報を元に、これからの計画を立て始める。そうして、その夜はその打ち合わせを行いつつ、夜は更けていくのだった。
明けて、翌日。カイト達は冒険者登録証と昨日の内に受け取っておいた偽装の依頼書を提示して『パルテール』へと入っていた。そうして向かう先はユニオン支部ではなく、街の宿屋だ。
ここでユニオン支部に入っても良いのだがどうせ数日で出る事になるし、更にはユニオン支部内部にスパイが居ればカイト達が通った道のりからおかしさを感じられる可能性はある。信頼が置けるのは支部長だけだ。なので安易に連絡は入れない事にしたのだ。
「さて・・・ユリィ、ホタル」
「あいさ」
「了解」
カイトの指示を受けて、ホタルとユリィが周囲の警戒に入る。ここから通信機を使ってレヴィへと連絡を入れるつもりだった。
「ああ、オレだ」
『入ったか?』
「ああ・・・街の外に軍の基地も確認している。セルヴァ家、レゼルヴァ家の紋章も確認済みだ。当人しか使えない紋章だな。乗艦と見て良いだろう。どうやら、レゼルヴァ伯はここに居る様子だ」
『そうか・・・こちらの進行状況は所定の手はず通りに進んでいる』
カイトの報告を受けて、レヴィがあちらの現状を報告する。どうやら、どちらも現状は予定通り進める事が出来ている様子だ。
「ということはシェリアの情報は?」
『ああ。そちらに潜り込んだ密偵数名を通して確実にレゼルヴァ伯の耳に入っているはずだ』
「良し・・・」
カイトはとりあえず現状が想定通りに進んでいる事に笑みを浮かべる。デンゼルの性格が想定通りであれば、彼は動かねばならないだろう。今頃動きたいと本家となるセルヴァ家の候爵に申し出ているはずだ。
彼のシェリアへの執着心はとてつもない物だという。それはかつての脱出の折に彼が密かに手勢を差し向けていた事から想定された事だ。シェリアが居ると分かれば、是が非でも手に入れようとする事は想像に難くなかった。なら、敢えてそちらへ向かってもらって警戒を僅かに緩めてもらう事にしたのである。
「・・・となると、後はレゼルヴァ伯爵の趣味のお部屋を探すだけ、か」
『良い趣味をしている奴だとは聞いた事がある』
「良い趣味ね・・・」
レヴィの明らかな皮肉にカイトは肩を竦める。まぁ、それが許されるのも貴族という存在が必要とされて存在しており、そしてこの悪癖を見過ごされる土壌があるからだ。
貴族と腐敗は文明の成熟と腐敗が避けられないのと同様、避けられるものではない。そしてそれをなんとかしようとしているのがシャリク達だ。そしてだからこそ、カイトも協力しているわけである。
「・・・ああ、そうだ。兄貴にあった」
『ソーラと? 奴も蘇っていたのか』
「なんだ、お前、生きてる事知ってたわけじゃないのか」
『何!?』
珍しく、レヴィが目を見開いて驚きを露わにする。いくら彼女とて何から何まで予想済みであるわけではない。なお、彼女の言った忘れ物というのはカイトが回収した旗の事だ。あれがあの森の奥深くに突き刺さったままである事を知った彼女が、ついでなので取りに行け、という事だったのである。
『・・・そうか。なるほどな。確かに道理だろう。貴様の予想通り、生者しか死者を呼び戻す事は出来ん。死者が死者を蘇らせる事が出来てしまえば、無制限に甦れる事になる』
レヴィは話の大凡を聞いて、カイトとユリィの予想が正しいのだろう、と推測する。そうしてその上で、己の予想を付け加えた。
『知っているか? 脳は一部が破壊されても他の部位がその機能を補うという。他にも胃を切除した者の大腸や小腸が、というのも有名な話だろう・・・であれば、もしかすると実体化した『禍津日神』のコアが心臓の代替わりをして血液を循環させ、ソーラの肉体を生かす生命維持装置になっていたのかもしれん・・・いや、もしかすると、生きようとするソーラの意思が『禍津日神』の部分を実体化させたのかもしれんな』
「なるほどね・・・それなら、ありえるかもな」
なるほど、とカイトも納得する。そうなら、たしかに辻褄が合う。カイトが確認した時には心臓が止まっていたのは事実。が、今も生きている事は事実だ。そこを埋め合わせるのなら、それが一番筋が通った。と、そんな話を一通り行うと、再び二人の話は本題に戻った。
「それで、そちらの状況は?」
『ああ。撤退に必要な人員はすでに送った。まぁ、見付かる様なヘマはしないだろう』
「なら、大丈夫か・・・全く、恐れ入るよ」
『伊達に天才と言われるわけではない。あいつはな』
レヴィが笑う。今回、カイト達の撤退時には相当無茶な脱出作戦を展開するしかないと考えている。そもそもどう頑張っても見つからない様にハンナを救助、脱出は不可能だからだ。
いくら弛緩しきっていようと、それは街の中だけだ。レゼルヴァ伯爵邸はかなりの厳戒態勢を敷いている事は考えるまでもないし、昨夜翔が見た所幾つかの邸宅は近づくべきではない、と見るまでもなく分かるぐらいに警戒されていた。こちらが奪還しようとすることぐらい、考えるまでもない事だからだ。
「良し・・・じゃあ、しばらくは待ちか」
『そうだな・・・では、後の最終判断は貴様に任せる』
「あいよ」
カイトはレヴィとのやり取りを終えると、パルミラとの接触に備えてしばらくの間、誰にも怪しまれない様に冒険者らしく消耗品の購入等に努める事にするのだった。
そんな会話から、大凡14時間ほど。昨夜パルミラと出会った時間だ。カイトは一人――と言ってもホタルは隠れているが――で街を歩いていた。
「周囲には兵士の影のみ・・・見回りに手練は居ないな・・・まぁ、ここにランクSクラスの化物を配置するのはバカか」
カイトは影に紛れて移動をしながら、街の警戒を行う兵士達の力量を伺う。どうやら冒険者達まで見回りに参加している様子はなく、あくまでも戦時下の街の一つ、という印象だ。そうして、カイトは所定の場所に立つ。そして待つ事、しばらく。それでカイトの背後に気配が現れた。
「来たわね」
「ああ・・・早速だが、情報が欲しい」
「何?」
「レゼルヴァ伯の邸宅を探している。後、それに関する情報も」
「っ・・・なるほど。任務内容は理解したわ。私も実際に一ヶ月前に、レゼルヴァ伯が報告書を持ってきた所を見たわね」
「っ・・・」
パルミラの言葉にカイトが顔を顰める。どうやら、ハンナがここに運び込まれたのは事実らしい。
「ただ・・・私の知り得る情報を総合的に判断すれば、生きているとは思えないわ」
「・・・そうか。続けてくれ」
「ええ・・・私はあくまでもセルヴァ本家に仕えているメイドに身をやつしているから、あくまでもこの情報はそのセルヴァ家で語られた内容よ。そこは、承知して」
「ああ、わかった」
カイトはパルミラの前置きに頷く。そこは別に問題ではない。どうせそこらの情報はレゼルヴァ家もかなり深い部分にまで入り込んでいない限りは手に入れられない。少しでも情報がある事を喜ぶべきだった。
「まず、運び込まれた際の容態だけど・・・一応、生体反応そのものは確認されていた、そうよ。何をしても反応がない、とセルヴァ候爵に対してレゼルヴァ伯がぼやいていたのを聞いている。そこから、死んでいるとは考えにくいわ」
「っ・・・」
カイトは顔を顰める。どんな事が行われたのか、というのは察するに余りある。そしてパルミラから感じられる気配もまた、嫌悪感が滲んでいた。
「またそこから考えられる内容として、セルヴァ候もレゼルヴァ伯を通してハンナの生存を知っている様子ね。それを考えれば、南部軍の中枢も知っているでしょう。流石にどちらが先かは、私もわからないのだけれど。手練れは確実に居る。そう考えた方が得策ね」
「奪還に動くと読んでいるか」
「ええ・・・一昨日の晩、セルヴァ候にレゼルヴァ伯が何かの申し出をしていたけど、それは貴方達の来訪を考えれば筋が通るわね。密かに先王陛下の手の者が着ている、と噂を流す様に指示が来たけど・・・それと関連しているのでしょう?」
「ああ。オレ達が仕掛けた罠に引っかかろうとしている様子だな。それを、セルヴァ候爵が止めているという所か」
カイトはパルミラの話から予想を行う。シェリアは今、かなり大々的に動いている。いや、動いている様に話を流させている。それはカイト達がラエリアに乗り込む前――契約が取り交わされた段階でやっていたらしい――から、だ。
カイト達がシャリクと再会した時にはすでにレヴィがこの流れを予想しており、かなり早い段階からシェリアとシェルクがラエリアに帰還しているという噂を流していたのである。この様子だと最終確認が取れる前から、デンゼルは動いていたのだろう。
「ええ、そうね・・・相当焦れている様子よ。もう二週間ほど、ほぼほぼ毎日やってきているわ。今日も昼には来ていたわね。セルヴァ候がかなり怒っていた様子だから、そろそろ出る事を許すんじゃあないかしら。レゼルヴァ伯の癇癪は彼でも扱いかねるものだから」
「そうなれば、御の字だな」
「とは言え・・・許すのも理由があって。腕利きを残していくはずよ? 自信は?」
「はっ。負けはない、という触れ込みで預言者殿は推してくださるな」
「貴方も腕利き、というわけね・・・」
パルミラは己の背後を取られた事、カイトその人から漂う自信等を総合的に判断して、カイト自身が相当な腕利きと理解したようだ。であれば、もう迷う事はなかった。
「レゼルヴァ伯の邸宅はこの街の東区にあるわ。あそこで警戒が一番厳重なのはあそこ。けど同時に、従者達、特にメイド達に怯えが見るのもあそこよ。花畑と赤い屋根が目印。ただ、間取りは流石に私では手に入れられないわ。潜入方法はそちらで何とかして」
「わかった・・・ではな」
「ええ」
パルミラはカイトが納得したのを受けて、再び影に紛れて消える。再び屋敷に戻ったのである。
「良し・・・」
カイトは屋根の上に登ると、翔の地図を頼りに移動を行う。そうして数分屋根の上を駆け抜けた所、パルミラの言う通り赤い屋根と綺麗な花畑があるかなり大きな邸宅が見付かった。
「・・・ホタル、近づけるか?」
『不可能と判断します。敵の警戒網が厳重で、迂闊に近づくのは得策ではないと推考します』
「そうか・・・やっぱ、強襲作戦になるかね・・・」
カイトはホタルの意見が己と同じだった為、それ以上の問いかけは行わない事にする。ひと目で、ここがレゼルヴァ伯爵邸だとわかった。
明らかに、警戒度が周囲と段違いなのである。いかにも何か大切な物を守っていますよ、と言わんばかりだった。それこそこの街で一番大きな邸宅であるセルヴァ候爵邸よりも遥かに警戒されていた。と、そうしてしばらく観察していたわけだが、ホタルが口を開いた。
『・・・マスター。集音マイクが若い男の声を拾いました。何か物を破壊する様な音も拾っています。更にまた誰かの悲鳴も聞こえます』
「ふむ・・・」
カイトは若い男、という言葉に反応する。デンゼル・レゼルヴァという男はまだ20代半ばだという。世襲制なので若かろうと親に不幸があれば爵位を受けるのが、貴族社会だ。不思議はない。
「誰か、とは?」
『不明です・・・が、どちらも男性の物と思われます』
「分析を続けろ。終わったら報告を」
『了解』
カイトの指示を受けて、ホタルは響いている内容の詳細な解析に入る。そうして、2分ほどで解析は終了した。
『分析した結果、鞭で打たれる様な音も混じっている模様。おそらく鞭で男を殴っている・・・いえ、破壊音の方が多い為、癇癪を起こしているのに巻き込まれているのかと』
「ビンゴだな」
ホタルからの報告に、カイトはそれこそがデンゼルだと理解する。カイトがシャリクから受け取った情報の中に最も特徴的なものとして『若い男』『癇癪持ち』『趣味と実益を兼ねて鞭を武器として使う』という三つがあった。
その三つに該当して、パルミラから得た屋敷はかなり警戒されている、という情報にも合致する。この屋敷がレゼルヴァ邸なのだろう。そして鞭を振るっているのは、セルヴァ候に偵察を却下されて激高しているデンゼルという事なのだろう。
「ホタル。周囲の撮影を行えるか?」
『機械式の高感度カメラを使えば可能かと』
「良し、やれ。が、注意は怠るな」
『了解。では、失礼します』
ホタルはカイトの指示を受けて、音もなくその場を離れる。元々かなりの高練度で隠れていたのだ。完全に無音かつ光も透過している為、見付ける事はランクSクラスでも出てこないと不可能だろう。
「さて・・・鬼が出るか、蛇が出るか・・・」
カイトはしばらく、ホタルの様子を観察する。これはある種の釣りでもある。ランクSでしか見付けられないのなら、逆に言えばランクSの冒険者が潜んでいれば彼らは出てこなければならない、という事だ。
が、同時にここからが厄介な所だ。出てこないでも逆に待ち構えている可能性がある。彼らには、常識が通じない。こちらが釣りをしていると判断して逆に油断を誘う事もありえるのである。
「・・・動かん、か・・・しかしオレ達に気づいているのなら、明日明後日にはレゼルヴァ伯爵は出て行くな」
カイトはホタルが屋敷の外周を撮影し終えたのを見て、今は様子見を決める。後はデンゼルの出方次第と言うしかなかった。
『マスター』
「ああ・・・行くぞ」
『了解』
カイトは撮影を終えたホタルと共に、戻っていく。ハンナの重要度を考えれば、確実に護衛は居るはずだ。そうして、二人は得た情報を下にレゼルヴァ伯爵邸の攻略プランを考える事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1009話『強襲作戦開始』




