第1009話 偵察開始
『禍津日神』のコアのお陰で実は生き延びていた元少年兵の一人にして、その脱走の手引を行っていたメンバーのリーダー格であったソーラと別れたカイト達は気絶してしまったフロドとソレイユを担ぐと、森の奥地に置いていたボロボロの旗を手にとって再び行軍を開始した。
「良かったのか?」
「ん?」
「あの人、お前の恩人さんなんだろ?」
ソレイユを担いだカイトに対して、フロドを担いだソラが問いかける。あれだけ苦しみ抜いて、その果てに待っていた奇跡だ。あのまま行かせてしまってよかったのか、と思ったようだ。
「ああ、良いのさ。あれでな・・・兄貴は強い。お前でも多分勝てねぇよ」
カイトは笑いながら断言する。彼は300年前の時点で相当な強さを持っていた。負けっこない、と信じられていた。それに、とユリィが告げる。
「多分、今は300年前よりもスペックは上がってるだろうしね」
「そうなのか?」
「ああ・・・元々あの人はあんまり植え付けられたコアを使ってなかった。やばいのだ、ってわかってたんだろうな。だから、全力では戦えなかったんだよ・・・まぁ、オレが壊したコアは遠からず復活するだろうけど、流石に本体がああやってコントロールを取り戻した以上はもう自由には動けない。それに兄貴なら、絶対にその力を使いこなしてみせるさ」
カイトとユリィは絶対の信頼を持って彼が更に強くなると断言する。だから、二人は心配しない。ソラ達に向けると同じ、絶対の信頼。それをまた、彼にも二人は抱いていたのである。そうして、カイトは笑った。
「それに・・・冒険者として心配してるのなら、心配はもっと無用だ。あの人はああ見えてリーダーに向いてる。いい加減だけど強引に人を引っ張っていく素質がある。更には人懐っこいから、どこででも仲間を作れるさ」
「だから、私達は私達のやるべきことをやろう」
「・・・ああ、そだな」
ユリィの言葉にソラは頷いた。そして同時に、少しうらやましくもあった。ソラにとってこんな絶対の信頼を出来るのは、カイト達冒険部の面々ぐらいなものだ。そういった存在を外にも持っているカイトが少しだけ、羨ましかった。
とは言え、今はそんな事を思っている場合ではないのだ。なので彼らはそんな色々な感慨を振り切って、根源が絶たれた事で獣以外は安全になった森の中を北へと進み続ける事にするのだった。
カイト達が『迷いの森』を進み続ける事、半日。周囲を夕暮が包み込んだ頃に、カイト達は森を脱出していた。
「兄ぃ。出れたよ」
「やっとか・・・で、『パルテール』は?」
「北だよ・・・えっと・・・ここからなら、丁度真北にあるね。ちょっとズレちゃってたみたい」
フロドは魔術を使って遥か彼方にある『パルテール』の街を見る。
「大体30キロって所で、いくつか丘を越えないといけないから街からこっちが直視される事はないよ」
「怖いのは、巡回の飛空艇って所か・・・」
カイトは周囲を見回して、警戒中の飛空艇が無い事を確認する。これでとりあえず、こちらが南から国境を越えて密入国したとはわからないだろう。入ってしまえばこちらのものである。
まぁ、詳細を取り調べられれば一発でバレるが、流石によほど怪しい動きをしていなければ巡回中の兵士が飛空艇から降りてくる事はない。
そしてユニオンを介して密かに幾つかの偽装工作を行っている。とりあえず、街にたどり着けさえすれば一週間は大丈夫と言えるだろう。まぁ、その為にも『パルテール』へ一度密かに潜入する必要はあるが、そこはなんとかするしかないだろう。
「良し・・・とりあえずまずは街が見える距離にまで移動するか」
「オッケー・・・あ、兄ぃ。僕らは街の外から援護する?」
「いや・・・って、いや、それ以前にお前、それは契約外だろ?」
「にぃのお手伝いしなさい、ってウチのギルドマスターも言ってるから大丈夫だよ」
「あー・・・そういうことね」
ソレイユの言葉にカイトは大凡の裏を理解する。考える必要はないかもしれないが、大大老達と冒険者は基本的に相性が良くない。腐敗している冒険者達はまだしも、八大の長達ともなると反腐敗の象徴とも言える存在だ。平然と国家にさえ喧嘩を売る。
そして良いか悪いかわからないが、八大ギルドの中で<<森の小人>>の長はハイ・エルフの女性で、かなり見目麗しい。大大老や元老院達から向けられるいやらしい視線に耐えかねている程だ。更に当人も非常に生真面目な性格もあり、大大老とはかなり反目していると行って良い。なのでこれ幸いと非公式に協力させに来たのだろう。
「・・・そうだな。二人には突入時には街の外での援護を頼む。顔バレは避けたいだろうし、脱出時にはおそらく戦闘になる。即座に撤退する為にも援護は欲しい。赤羽根先輩。先輩は当初の予定を変更して、潜入部隊へ」
「おっけー」
「はーい」
「わかった」
カイトの指示を受けて、三人が返事をする。元々は赤羽根がホタルの援護を受けつつ街の外で待機して脱出するカイト達の補佐を行う予定だったが、フロドとソレイユが居るのならそちらに任せた方が遥かに良い。そう判断したのであった。
なお、それに合わせてホタルも突入部隊に編入する事にしておいた。外にランクS級を三人も配置させる必要はないからだ。
「良し・・・じゃあ、移動だ」
カイトの号令で一同は再び移動を開始する。向かう先は、ラエリア南部地方第二の都市『パルテール』。そして、更に数時間。カイト達は闇夜に紛れて南部第二の都市『パルテール』にたどり着いた。
やはり花の都というだけあって周囲はかなり長閑で、花畑も多かった。が、やはりエネフィアなので大きな街の側にはつきものの軍基地もある。
国境という事もあってかなりの軍事力だ。守りは十分と言って良いだろう。と、そうしてたどり着いたわけなのだが、カイト達は街を守る門番の前で止められていた。
「うむ。すまないが今は通せないのだ・・・何分ここは最南端の地とは言え、今は北部で北部軍と戦っているからな・・・夜間は誰も街に入れるな、そして誰も出歩くな、というのが街を治めていらっしゃる方々のご命令だ」
「そうですか・・・はぁ・・・では、何時ぐらいから開いていますか?」
「ん? ああ、えっと・・・朝の8時には入門検査がある。まぁ、君たちの様な冒険者は時折夜間に出歩かねばならないのはわかっている。申し訳ないとは思うのだがね・・・そこ、ほら。テントが幾つもあるだろう? 君たちと同じ様に夜の関係の依頼を受けた冒険者達があそこで泊まっていてね。あのスペースを好きに使ってくれ。トイレが必要なら、我々門番達が使うあちらのトイレを使うと良い」
「そうですか。ありがとうございます」
カイトは門番の言葉に礼を言うと、受付の予約の札を貰ってその場を後にする。そうしてカイト達はさも平然とテントを組み立てて、中で休む事にした。
身分のチェックはどうやら門番が居る駐在所の様な所で行われる為、確認される事はなくその代わりに入る事は出来ない、というわけであった。なので隣の街から依頼で来た、と言ったカイト達が怪しまれる事はなかった。まぁ、ここらは想定の範囲内だし、シャリクが送り込んでいる密偵達の報告通りでもあった。というわけで、テントの中でカイトが呟いた。
「良し・・・第一関門クリア、と・・・」
「兄ぃ、中のギルドメンバーと連絡取れたよ。支部長僕の後輩だから、隠蔽に協力するって」
「おし。そりゃラッキー・・・行くか」
「ん」
「うん」
カイトの言葉を受けて、門番達の前では隠れていたソレイユとフロドが立ち上がる。やはり彼らが『パルテール』に入ると注目されてしまう。なので二人はカイトが偽装工作の書類を受け取りに行くのに合わせて密かに、街の中に入るつもりだった。
「ソラ。後はちょっと任せる。先輩、万が一は所定の手はず通りに脱出を」
「おう。ま、適度に寝てるフリでもしとくぜ」
「わかっている。寝ていても反応出来る様な訓練はウルカでさせられた」
カイトの言葉を受けて、ソラと瞬が人数分――フロドとソレイユの分を除く――の寝袋の用意をしながら答える。流石に門番達も下手に近づけば斬り殺されても文句が言えない冒険者が寝泊まりするテントの中まで見回る事はしないだろうが、万が一の場合には寝ているフリをするつもりだった。
「・・・翔。状況はどうだ?」
『むっちゃ薄ら寒い・・・厳戒状態ってのがよく似合うって感じだ・・・つっても俺が見付かんない時点で、結構弛緩してるんだろうけどな』
翔は通信機を通してカイトへと報告を送る。実は翔はかつての忍者装備を装備して先んじて街の偵察を開始していたのである。カイトは実のところ、それから目を逸らさせる為の囮でもあった。
「そうか・・・こっちもそちらへ向かう。今何処だ?」
『ああ、待ってる。こっちは入って少しした所の壁の上。結界、あるだろうからな。なんか嫌な予感する』
「ベストな選択だ」
カイトは翔の判断に賞賛を送る。安易に入る事は無いと思っていたが、案の定入っていなかったようだ。流石に彼もそこらは理解しているのだろう。そうして、カイトも門番達に隠れて街の壁の上へと跳び乗った。
『お、来たな。一応、ここが結界の境目だと思うんだけど・・・』
「ビンゴだな。少し待ってろ・・・」
カイトは翔の言葉に頷くと、結界の種別を判断する。基本的に街を覆う結界は種類が少ない。しかもその少ない種類も大半がティナの手が加わった物が大本だ。なのでカイトからしてみれば、自分が理解出来る物を敵も使ってくれているにも等しかった。
「うん、この結界なら対処は余裕だな」
「流石ににぃだと余裕でわかっちゃうよね」
「あはは・・・まぁ、それでもここまで楽なのは、街全体が弛緩してんだろうな。これから襲撃する側としちゃ、有り難いが申し訳ないな」
カイトはソレイユの言葉に笑って街の全周を見回しながら、壁の上に警吏の兵士達が居ない事を確認する。これが本当に戒厳令下の街ならば、結界だけを過信せずに街の城壁の上にまで重武装の兵士達が巡回している。しかも結界もカイトが笑って余裕と明言出来るようなこんなチープな物ではないだろう。
戦闘地域から遠く離れた南に位置している事で、街の指導者層さえ比較的安全だろう、と判断している様子だった。それが、今回は命取りだった。
まぁ、相手も流石に隣国から危険地帯を通って密入国してくるとは思わないだろう。仕方がないとは言えその隙を突いたのだから、当然だった。
「・・・良し。限定解除完了」
『どうやったんだ?』
楽々と結界を一部だけ解除したカイトに対して、翔が小声で問いかける。装備のお陰で小声である意味は無いが、気分というか癖なのだろう。
「普通、こういった都市型の結界は地脈を使って展開している・・・ってわけで、その地脈に通じている部分にちょいと細工してやれば、限定的とは言え結界の強度を弱めたり出来る。他にも結界の種類を理解していれば、結界が除外する盲点を押し広げたり出来る。警戒の為の結界ってのは網だ。小鳥とかには反応しない。しても面倒だからな」
『ってことは、その小鳥とかには反応しないという部分が穴になってて、その穴を押し広げて人も小鳥と見做させたって感じか?』
「その通り。今回は地脈に手を入れるとバレそうだったから、穴を押し広げた感じだな」
翔の纏めにカイトが頷いた。ここらは結界の種類を理解したりしなければならないため、専門的な知識と繊細な魔術の腕が必要になる。これが出来て、潜入工作員としては一流と言われる様になるのであった。そうして、カイトの押し広げた結界の穴を通って『パルテール』へと潜入する。
「じゃ、兄ぃ。僕らは先にギルドに顔を出してくるね」
「ああ、任せる。翔、こっちはバラけて街の偵察するぞ。20分後、ここで落ち合おう。とりあえず、デカイ屋敷を見付けたら地図にマーキング。手は出すなよ」
『わかった』
カイトの提案を受けた翔は音もなく消える。これが、彼の本来の役割だ。その一方、カイトもカイトで音もなく地面を蹴った。
「ふむ・・・一応、巡回の兵士は多いか」
カイトは手頃な建物の屋根の上から、周囲を観察する。やはり戦時下ということで街そのものが完全に無警戒というわけではないようだ。
と、そうして見渡して、この街に忍び込んでいる様子のスパイの姿にカイトが気付く。どうやら、翔の背後を狙っているらしい。
『翔・・・後ろ、気付いているか?』
『ああ・・・どうした方が良い? 一応、これなら撒けるけど・・・』
『・・・いや、そのままで。こっちが処理する』
『了解』
翔はカイトの言葉を受けて、敢えて気付いていないフリを続ける事にする。相手の密偵も腕は良い様子だが、自分達を除いてここまで誰も来る事はないだろう、と些か油断していたらしい。
実のところ翔が僅かに先に気付いてその直後に相手も気付いたようだ。そうして、翔を尾行するどこかの勢力の密偵の背後にカイトが回り込む。
「・・・動くな。振り向くな。地面にも伏せるな。少しでも動けば、胴体と首がおさらばすると思え」
「っ・・・」
翔の背後から仕掛けようとした所で掛けられた声に、女が身を固める。一瞬で完全にハメられた事に気付いたようだ。
「嘘は通用しない・・・正直に答えろ。ああ、毒も無意味だと言っておこうか。万が一に備えて即効性のある致死毒を呷ってもなんとかなる薬を持っている」
「ぐっ・・・」
カイトは僅かな殺気を漂わせながら、女へと威圧的に相手のしようとする事を叩き潰していく。口の中に仕込んでいた毒を飲もうとしていたのだ。彼女の方もカイトに転移術で強引に毒を回収されて、完全に手のひらで転がされている事を理解したらしい。完全に無抵抗になった。
「こちらを向け。ああ、勿論、ゆっくりな」
「っ・・・」
「まず、どこの手の者だ?」
カイトの方に顔を向けた女へと質問する。まず、どこの手の者かに応じて対処を変える必要がある。それに、女はゆっくりとだが口を開いた。
「・・・セルヴァ家のメイド」
「名は?」
「パルミラ」
「そうか・・・パルミラ。もう一度聞こうか。所属は?」
カイトは今度は有無を言わさぬ様子で問いかける。嘘は言っていない。が、真実も言っていない。
「・・・捕らえられた以上、覚悟は出来ているわ。身体に聞けば?」
パルミラと名乗った女は一転、強固な意思を滲ませてカイトを睨みつける。陵辱されようと暴力を振るわれようと拷問されようと、情報は吐かない。そんな意思が滲んでいた。
「拷問したり犯したりするのは趣味じゃないんだがね・・・まぁ、喋らないのなら、仕方がない」
「っ・・・」
カイトの言葉にパルミラはその先を想像して、わずかに身を固くする。暗闇でカイトの顔が見えない事が、なおさら彼女にとって災いしていた。が、そうはならない。カイトは知っての通りそれは望まない。しかしそれを脅しの武器として使う事は、躊躇わない。
「ふむ・・・なるほどね。母君の顔と名前は理解した・・・出身は中央南部の衛星都市の一つか。ふむ・・・妹と弟が一人ずつ、父は職務で殉職・・・なるほどなるほど。お父様は何も語らず亡くなったのか。ふむ、幸運だな。なかなかに可愛らしい妹さんだ。いかにも、男を知らない初心な少女。セルヴァ候は君の顔を含めてさぞ気に入られるだろう」
「っ!?」
記憶を読まれた。カイトのあまりの余裕にこれがブラフではないと理解したのだ。というわけでパルミラが目を見開いて驚きと焦りを露わにする。
己が汚される分には、問題がない。が、流石にそれでも家族を人質に取られるのは嫌だろう。ゆえに顔色は先程よりも更に一層、悪くなった。
幾重にも守られた相手の記憶さえ読める超級の使い手。それに捕まった時点で運の尽き。それは誰もが理解していた。そして、カイトのやり方――家族を狙うやり方――は裏世界では常道だ。
それ故、パルミラにもこれがブラフではない可能性も頭に入っていた。そうして、そこらの理解が得られたと判断したカイトが笑顔で問いかけた。
「さて・・・もう一度、聞こうか。所属は?」
「っ・・・ラエリアの諜報部よ。覚悟は・・・出来てるわ・・・その代わり、家族には手を出すな」
「はぁ・・・始めから、素直にそう言ってくれれば良い」
カイトは記憶を読まれていると思い真っ青な顔で泣きそうな顔でそれでも気丈にカイトを睨みつけるパルミラを前にして肩を竦める。そうして、己の所属を明かした。
「オレはシャリク陛下より密命を受けた冒険者だ。それを示す証明も持ち合わせている・・・これだ。何分冒険者でね。密偵等の存在は教えてもらっていないんでな」
「・・・はぁ・・・」
パルミラは提示された証拠と敵意の消失を見てカイトが自分の味方と理解して、ようやく肩の力を抜いた。職業柄、家族に被害が及ぶ可能性はあり得る仕事だ。それを理解したが故に仕方がないと言えるだろう。が、それ故にパルミラの側もかなりの非難混じりの視線をカイトへと向けた。
「はじめからそう言ってよ・・・」
「いや、すまないな。ここは敵陣だ。スパイがダブルスパイどころかマルチスパイの可能性さえある。確実に味方と判断するまでは、油断出来ない」
「そりゃ、そうだけど・・・」
つーん、とパルミラが口を尖らせる。心底、肝を冷やしたのだ。わかりもするし仕方がない事と理解しているが、文句の一つも言いたくなるだろう。
「陛下の任務の為に情報が欲しい。明日、会えるか?」
「今と同じ時間に、この場所で。流石にこれ以上ここに留まるのは危険よ」
「わかった・・・気をつけろよ」
「そちらもね」
カイトの言葉にパルミラも注意を促し、二人は一瞬で姿を消す。どうやら油断さえしていなければ、素のスペックは翔よりパルミラの方が上のようだ。そうして、カイトは幸運にも初手で『パルテール』の中に内通者を入手する事に成功するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1010話『内通者』
2017年11月25日 追記
・誤字修正
『そちら』が『そりら』になっていた所を修正しました。




