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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第53章 ラエリア内紛・序編

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第1007話 誇りと共に

 カイトが一時期所属していた研究所の元少年兵達との遭遇の翌日。カイト達は彼らと共に再び歩き始め、森の最深部を目指していた。


「強いな、彼らは・・・」


 そんな元少年兵達の戦い方を見て、木更津は思わず驚きと共に呟いた。簡単に言って、彼らは練度が桁違いに高いのだ。ソラ達の練度を10とすると、彼らの練度は100にも等しい。正真正銘、桁違いだった。

 おまけにゾンビ達とは違い遠隔操作でもなく、武器にしても手入れがされていてしっかりとしている。やはり大戦期の武器なので性能は落ちるが、それでもゾンビ達と比べれば天と地程の差があった。


「これが、大戦を生きた人達って奴なんだろうな、やっぱ・・・」

「ああ・・・」

「呆けてないで俺達も戦うぞ」

「あ、うっす」

「すいません」


 瞬の言葉を受けて、ソラと木更津が我を取り戻す。すでに翔は牽制の為に軽歩兵らしい元少年兵数名と共に戦場をかき乱しており、彼らも戦いに出るべき時だった。そうして、そんな戦いは森の奥部に近づくに従って、より激戦になっていく。


「こいつらっ! 何体居るんだよ!?」

「今回はまた多いな!」


 ソラの愚痴に瞬も続く。森の奥に行くに従って数も増えており、今では三桁にも届かんとしていた。唯一幸いなのは武器と肉体の強度の面だろう。流石に死霊かつ数を優先しているが故かそちらの面までは如何ともし難いらしく、数が増えるだけで性能面が向上している様子は一切無かった。

 それどころか焦っているのか質より量と決めたのか、数を生み出す事により一体一体の操作は煩雑になり大半がランクC前後という所だ。ソラや瞬なら余裕で相手に出来るレベルだった。勿論、それでもこの圧倒的な数はあまりに驚異的と言うしかない。


「ほいよ!」

「はぁ!」


 まぁ、そういうわけなのでランクS冒険者であるフロドとソレイユからしてみればさほど苦労しない相手だった。二人は危なげなく全員を援護しており、こちらの人数が増えて近づく敵にほとんど気にする必要が無くなった事もあって結論としては一気に掃討速度が進んでいた。


「ふぅ・・・」


 戦闘開始から、20分程。それで今回の敵の波は終了した。そうして小休止を挟んでいると、メイルが口を開いた。


「もう5分歩けば、あの馬鹿が囚えられている所よ」

「ということは、今のが最後の集団だったわけか」

「ええ・・・カイト、ユリィ。お願い」

「ああ」

「うん」


 メイルの依頼をカイトもユリィも迷いなく受け入れる。かつての仲間が死にきれず、囚われているというのだ。それをきちんと見送ってやるのは、彼ら二人にとって義務にも等しかった。そうして、小休止を終えて一同は再び歩き始める。


「ここより奥・・・カイトは覚えてるわよね?」

「・・・ああ」


 カイトはメイルの言葉に頷いた。この先というよりも、すでに周囲に散らばる朽ち果てた無数の武具の残骸でここがどこなのか理解出来た。


「因果なもんだ・・・この先かよ」

「偶然よ・・・いえ、必然でもあるのだろうけどね」


 どこか自分を責める様な感情を滲ませたカイトに対して、メイルはそうではない、と慰めを送る。彼が、この怨嗟の中心になってしまったのではない。彼はおそらく力あるが故に偶然、怨嗟の中心にされてしまっったのだろう。それぐらいはわかっている。だが、それでも因果な何かは感じざるを得なかった。


「っ・・・」


 吹き荒ぶ粘っけのある風に、ソラ達生者が顔を顰める。敢えて短く例えるのならば、憎悪。悲嘆。苦痛。そんな怒りや憎しみに満ちた感情が滲んでいた風だった。それに向けて、カイトが口を開いた。


「なぁ・・・返しちゃぁ、くれねぇか。お前らが中心に使ってる奴はオレのダチなんだ」


 カイトは先にある風の発生源を見ながら問いかける。それは、コールタールの様な闇の塊だった。怨念が可視化する程濃密に凝り固まった物だ。零れ落ちている様に見えるのは、様々な感情が入り乱れた結果だ。

 抱えきれない想いの残滓が、本体から零れ落ちているのである。あれが蓄積されていけば何時かは、カイト達が交戦したゾンビに成り果てるだろう。昨夜聞いた話ではメイルらは100年以上の間、人知れずあれと交戦し続けていたらしい。


「その人にはオレは大恩がある・・・たとえ拒絶しても、返してもらう」


 カイトは気圧されるソラ達を尻目に、決意と共に一歩を踏み出す。ソラ達には力量もそうだが、何よりこれ以上先は殺意や憎悪の濃度として厳しいものがある。ここから先にあふれているのは、あまりに生々しい感情だ。まともに戦えたものではない。


「っ・・・こっちも来るよな・・・カイト、早めに終わらせてくれよ・・・」


 ソラはそうつぶやくと、カイトに対して背を向ける。ここは怨念達にとってまさに本拠地に等しい。敵はありったけのゾンビを繰り出してくるだろう。

 案の定、森全体に広がっていたゾンビ達をこちらに戻していたようだ。とは言え、当初から想定されていた事でもある。カイト達が安心して戦える様に露払いを行う事。それが、ここでの彼らの戦いだった。


「・・・っ」


 カイトとユリィの顔が歪む。彼らの目の前で、まるで憎悪から生まれる様に3メートル程度の竜と人をあわせた様な形の漆黒の竜が生まれた。それは二本の足で立つと、わずかに前傾姿勢となり緩やかに賦活していく。これが、この森に渦巻く怨念達のコアとでも言うべき存在だった。

 と、その鳴動する胸にはまるで十字架に貼り付けにされたかのように、一人の明るい赤色の髪を持つ青年が埋まっていた。青年は胸から下は完全に埋没していて一体化しているようにも、彼の身体から漆黒の竜が生えているようにも見えた。

 青年の顔はかなりの美形。いや、美形どころか女と見まごうばかりの顔だ。彼のコンプレックスだったな、とカイトは思わず思い出して笑った。


「はっ・・・よぅ、兄貴。随分なご身分じゃねぇか。弟分が来てやったってのに変なのくっつけて歩かせて、挙句だんまりかよ。そりゃ、ぶっ刺したの悪ぃと思うけどな。ちょいとひでぇじゃん」


 カイトは己に敵意と憎悪を向ける竜の顔を無視して、胸に埋まる青年に語りかける。が、反応は無かった。彼の目は虚ろで、胸の大半が埋まっている所為で呼吸をしているのかさえわからない。

 生きているのか、死んでいるのか。生物学的には死んでいると見做せるのだろうが、魔術を使う者達がいう死とは魂が輪廻転生に還る事だ。その面での生死は不明だ。と、その次の瞬間だ。漆黒の竜の姿が消失した。


「っ」


 ごぉん、という轟音が鳴り響いた。カイトと竜が打ち合ったのだ。そうして、漆黒の竜はカイトに向けて、左腕を振りかぶった。


「はっ、この程度かよ」


 迫りくる左腕に対して、カイトはジャンプで回避する。この程度、造作もない。そうして回避したカイトの肩で、準備を整えていたユリィが魔術を展開した。


「<<豪雷砲(ごうらいほう)>>!」


 ユリィの右腕から雷の砲撃が発射され、漆黒の竜の顔を打つ。それに漆黒の竜の顔は仰け反るも、それだけだ。まるで効果が無かったかの様に首を鳴らして終わりだった。


「・・・硬さはなかなか・・・やっぱ、こいつは・・・」

「うん・・・」


 たった数撃。それだけで二人はこの竜人の様な魔物の元となるコアを理解した。この世界のどこかに偶然回収されたそれがある、とは公爵に就任して以降に出席したどこかの国の社交界の風のうわさで聞いた事があった。あったが、まさか彼の実験に使われていたとは思いもよらなかったのだ。


「厄災種・・・『禍津日神(まがつひのかみ)』のコアか。やばいもんを復活させたもんだ」

「どっちだろうね、これは」

「知らん。黒竜の方、とも思うがわからん・・・なっと!」


 カイトは超速で右腕を振るった漆黒の竜の攻撃に対して、大剣で防御する。厄災種・『禍津日神(まがつひのかみ)』。日本神話の神に訳される二対一組の魔物だった。その形は、カイトとユリィが相対する竜と人を合わせた様な形だ。

 そして厄介なのは、この二体の魔物同士が敵と認識しあっているらしく周囲の被害もお構いなしに周囲に破壊を撒き散らすのだ。しかも、お互いにお互いが敵と認識しているのでほぼ常に全力で戦い合う。

 放っておけばお互いに戦って片方は自滅してくれるが、残るもう片方は生き残る。そしてそうなると更に厄介で、生き残った方は倒した方のコアを取り込んで更に強大になってしまう。こうなると、並の厄災種をも上回る戦闘能力を持ち合わせてしまうのであった。

 が、幸いな事にこれはコア一つだけで賦活した物だ。おそらくどこかの時代に現れて討伐されたものが使われているだけだろう。もう一体が現れるという事はなかった。


「ユリィ。本体のコアが何処にあるか探してくれ。おそらく、兄貴の身体からあっちへ移動してるはずだ」

「りょーかい」


 木々に着地したカイトの求めにユリィが援護の手を止めて敵の観察に入る。幸いだった事と言えば、ソーラに埋め込まれたコアは一つだという事だろう。

 確かに一つでも厄介だが、コアが一つとなった事で現在のこいつは本来の『禍津日神(まがつひのかみ)』の力の十分の一程度しかない。

 カイトならば余裕だし、ランクSの冒険者でもバーンタイン達超級と言われる奴らなら、油断さえしなければ十分に勝利を得られる相手と言える。クオンならば余裕で戦える相手だろうし、練習相手程度には、なるかもしれない。現状ではそんな程度だ。


「さ、兄貴。もうちょいやろうぜ」


 ユリィに調査を頼んだカイトは大木を蹴って漆黒の竜へと再度肉薄する。確かに勝てる程度の相手だが、それは超級であれば、の前提が付く。遠距離専門のフロドとソレイユはこの間合になっては少々厳しいだろうし、ソラ達なぞ論外だ。


「はぁあああ!」


 再び漆黒の竜へと肉薄したカイトはそのままの勢いで刀を振るう。やり難いとすれば、一歩間違えば胸のソーラに傷をつけてしまう事だ。なので胴体は外して頭や手足を狙いに行くしかなかった。勿論、力技も論外である。

 というわけで、彼の放った斬撃は楽々と右手の爪を打ち砕き、カイトに対して振るわれる左手の爪をも返す刀で砕ききった。


「っ」


 両腕の爪を砕いたカイトだが、その次の瞬間バックステップでその場を離れる。カイトが砕いたのは物理的な爪だ。魔力で形作った魔爪には大した影響は殆ど出ていない。

 そうして、怒り狂ったように漆黒の竜は両腕を振るってカイトを追撃する。と、幾度も腕を振るわれたからか、ユリィが口を開いた。


『・・・カイト、両腕には無いよ』

「あいよ。まぁ、そうだろうな」


 カイトは振るわれる魔爪の連撃を避けながら、ユリィの念話に応ずる。魔爪の速度は音速を超えているが、本調子ではないなら回避は余裕だった。

 そうして幾度か避けて魔爪が一瞬消滅する隙を見抜いたカイトが、反撃に転ずる。当たり前だがいくら厄災種が元となっていると言えどもいつまでもずっと攻撃出来るわけではない。カイトはずっと、反撃のチャンスを狙っていたのである。


「今度は、こっちの番だ!」


 スタミナ切れの瞬間を狙い、カイトは短剣を投げつける。とは言え、それに力はほとんどこもっていない。こんなもので傷つけられるわけもない。というわけで、漆黒の竜は腕を振るって軽々と短剣を振り払った。が、それを見て、カイトが笑みを浮かべた。


「<<魔糸の封剣(シール・ライン)>>」


 振り払った筈の短剣が、漆黒の竜の右腕へとまとわり付く。そうして、その手に生まれていた魔爪を強制的に解除させた。魔糸を短剣に取り付けておいて、振り払われると同時に腕へと絡めていたのだ。


「あいにく、こちとらてめぇらみたいなの相手に戦いまくりだ。半端モンどころか雑魚に落ちて、このオレに勝てると思うなよ?」


 ふわり、と魔爪を纏わぬ左腕を軽々と避けて、カイトが笑いかける。これで、単純に考えて攻撃力は半減だ。こうなればもう、とりあえず考えつくだけでも数通りの倒し方がある。ソーラの遺体に気を遣わなければそれこそ無数だ。

 負ける道理はどこにも無かった。だから問題は、どのようにしてソーラを解放するかだ。そうして、カイトは空中で大きく右腕を引いて、思い切りソーラの顔をぶん殴った。


「うらぁ! いい加減目ぇ覚ませや!」


 どごん、という轟音と共に、胴体をぶん殴られた漆黒の竜が吹き飛んで大木に激突する。それに対して地面に着地したカイトはそのまま地面を蹴って、起き上がろうとする漆黒の竜の顔をぶちのめした。


「うらぁ!」

「うぉおお・・・あいかーらず容赦ねぇなぁ・・・」

「怒らせると一番怖いからなぁ、あいつ・・・」


 漆黒の竜と殴り合いを開始したカイトを見て、元少年兵達が頬を引き攣らせる。と、そんな彼らは木々の上にユリィがいないことに気付いた。


「あ? ちびは?」

「居ない・・・いつの間に?」


 全員が戦いながら、ユリィの姿を探す。彼女もこの300年の間で成長していたのだ。彼らにも気付かれぬ間に何処かに消える事なぞ造作もない事だった。

 と、その一方でカイトと戦っていた漆黒の竜は攻撃力が半減して更にはカイトを捉えられない怒りからか、背中と爪から轟々と魔力を噴出した。その圧力はとてつもないもので、カイトの<<魔糸の封剣(シール・ライン)>>を強引に引きちぎっていた。


「やっぱりな・・・」


 その様子を見て、カイトが薄っすらと笑みを浮かべる。これが、狙いだった。いや、狙いとまでは言えないが、こうするだろうな、と思っていたのだ。

 と、そんな薄く笑みを浮かべる彼の見ている前で漆黒の竜の背から出ていた魔力は身体にまとわりついてソーラをも完全に覆い尽くす様な形で鎧となった。一方、爪から出ていた魔力のウチ左手から出ていた魔力は小さめの盾を含めた篭手となり、右手から吹き出ていた魔力は巨大な漆黒の大剣を形作った。


「『禍津日神(まがつひのかみ)』は相対する竜。ゆえに武具を身に着けている・・・それが予想できりゃ」

「<<導かれし剣(エリアル・スラスター)>>」


 カイトの言葉をまるで聞いていた様に、木々の合間を縫って漆黒の竜の左腕の篭手へと短剣が突き刺さり、顕現したばかりでまだ構造が甘い篭手を完全に砕ききる。そして更に幾つもの短剣が今度は鎧の接合部、右腕を狙って飛来する。

 が、流石に二匹目のドジョウを狙える程、相手も甘くなかったようだ。大剣を一薙ぎして全ての短剣が振り払われた。


「っ・・・ついでに<<魔糸の封剣(シール・ライン)>>打ち込もうと思ったけど無理か。ごそっと丸ごと引きちぎられちゃった」

「ま、そこまで甘い相手じゃ無いでしょ」

「行ければ、ラッキーだったんだけどねー」


 木の葉の合間に隠れていたユリィが再びカイトの肩に座る。実のところ、カイトもユリィも敵が徒手であるのを見て、何時かこうなる事を予想していたのだ。であれば、そのタイミングは攻撃の隙となる。

 が、カイトが出ていけば普通に武器の創生を中断して攻撃されるだろう。なのでユリィが木々の合間や木の葉に隠れ潜み、機を伺っていたのであった。


「これで、今度は防御力が半減だな」


 カイトが笑う。先程は右腕で、今度は左腕だ。しかも今度は短剣が深々と突き刺さっていた所為でしばらくは左腕の前腕部が動かなくなっていた。これでまた、敵の攻防力の半分を奪った事になる。


「さて・・・じゃあ、適度に敵の力を削ってお目覚めしてもらいましょうかね」

「さんせー。支援、行くね」

「おうさ・・・おーい、ミディン! 空いてたら大鎚貸してくれー!」

「空いてねぇな!」


 カイトは大鎚持ちの少年の返答に、仕方がないので自分で破壊する事にする。元々聞いてみただけというか、仲間の名前を呼べば何らかの反応をするかも、と思っただけだ。が、反応は無かったので普通にぶん殴って目を覚まさせる事にする。


「しゃーない。とりあえず鎧は素手でぶち壊しますか」

「顔、注意してねー」

「おきれいな顔に傷が付いたら大変ですものね」

「そうですわね」


 カイトとユリィが茶化す様にふざけ合う。女と見まごうばかりの美貌。それが、彼の特徴だ。それをコンプレックスとして性格は面倒見の良い兄貴分な性格になっていた。

 それに対して何処か茶化す様に言うのが、彼ら仲間達の在り方だった。そうして、カイトが再度地面を蹴る。とは言え、今度は徒手空拳だ。


「はーい、しっかりと腰を落として・・・」


 漆黒の竜の前に躍り出たカイトはしっかりと足を踏みしめて、鎧の中心部分を狙い定める。それはどこからどう見ても隙だらけだ。なので漆黒の竜は使える右手に持つ大剣で、カイトを薙ぎ払わんとする。が、その大剣が動く事はなかった。それに、竜の顔が大剣を見る。


「いやぁ・・・流石にそれは分かりやす過ぎでしょ?」


 漆黒の竜の持つ大剣には、半透明の糸が絡みついていた。ユリィの放った魔糸だ。こうすればこうなる、という事がわからぬ程、彼らの実戦経験は少なくない。

 密かに木々を迂回して忍び寄っており、いつの間にかその動きを完全に縫い止められる様にしていたのである。そしてこの巨体だろうと動かさなければ、単なる的と変わらない。勿論、大剣も動かなければ単なる鉄塊だ。恐れる事なぞ何も無かった。


「はい、せーっの!」


 カイトは跳び上がって打ち上げるではなく、まるで弓の様に大きく身体をしならせて振り下ろす様に拳を叩き付ける。それは漆黒の竜の作った鎧を打ち砕き、内側に隠されていたソーラの姿を露わにした。


「左を制する者は世界を制する!」

「狙ってる所が違う!」

「ある意味間違いじゃない!」


 楽しげなユリィのツッコミにカイトが笑う。何をしたかというと、地面に激突してバウンドしてきた漆黒の竜を見て、今度はソーラ狙いで左手を振り抜いたのである。まぁ、ジャブ程度だ。と、そんな連撃はどうやら効いたらしい。ソーラの顔が僅かにだが、歪んだ。


「ぐっ・・・ごふっ・・・」

「っ!」

「ソーラ!」

「兄貴!」


 元少年兵達が一斉に声を上げる。そしてその声は、ソーラに届いていた。彼の目が唐突にかっと見開かれたのだ。が、そうして見た光景に、再び彼は目を見開く事になった。まぁ、目覚めるなり身体の大半が竜の身体に埋没していれば、驚きもするだろう。


「んぁ・・・? なんじゃこりゃぁぁ!?」


 ソーラの声は女のような声だった。が、口調は完全に男だし、見える限りでは胸も無い。同じく見える限りでは肩幅は広く体格もがっしりとしている。声と顔だけが女の様なのだろう。と、そんな彼だが、目の前を見て今度は目を丸くする。


「・・・あ? カイトか?」

「おう。あ、それとすまん、止まんない。一応魔力は切った」

「へ?」


 カイトの謝罪と同時。再び打撃音が響いて、しかし今度は漆黒の竜の身体が動く事は無かった。目覚めたのがわかったので、威力を落としたのだ。


「・・・いってぇ! 何だよ、いきなり!? ってか、どうなってんだ、俺!?」


 自分の意思に関係なく動く己の身体にソーラは困惑しているらしい。しきりに周囲を見回していた。そして彼が目覚めたからか、ユリィ――目覚めると同時に飛び立っていた――はソーラに埋め込まれたもう一つのコアの在り処を見つけ出せる様になった。


「見つけた! カイト、背中の円のど真ん中!」

「おっしゃ! 兄貴、動けないだろうけど、動くなよ!」

「いってぇ!? 俺を踏み台にしやがったな!?」

「いつぞやの借り返しただけだ!」


 カイトはソーラの肩を踏み台に――そこしか良い場所が無かっただけでソーラもしっかり力を入れていた――すると、そのままサマーソルトキックを竜の顔の部分にぶち当てる。

 そうして、くるりと回転して地面に着地したカイトは、相手の姿勢が整う前に再度地面を蹴って漆黒の竜を飛び越えて、その背後に回り込んだ。そこには確かに、何らかのサークルが存在していた。

 背後をしっかりと見る事の出来なかったカイトは気付かなかったが、ここから鎧が構築されていた様子である。どうやら不完全な身体の為、ここだけは覆えなかったのだろう。


「短剣・・・のが良いよな! 刺さったら悪いな!」


 カイトは天地逆になった状態で短剣を手に取ると、それをユリィが示した目印めがけて一気に突き立てる。すると、何か硬質の物体に当たる手応えがあった。それに、カイトは一気に力を注ぎ込んだ。


「終わりだ!」

「ぐぅ!」


 カイトが力を込めると同時に、漆黒の竜が消滅する。そしてソーラが盛大に顔を顰めるも、カイトはそれを無視してそのまま地面にしっかりと着地した。

 そうして、コアが失われた事でどうやら怨霊達も集合する為の力を失ったらしく、ゾンビ達が一気に塵になって消えていった。こうして、森の最奥で過去を巡る戦いは終わりを迎える事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1008話『過去との別れ』

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