第1003話 最後の休息
非道な実験が行われていた研究所跡地での一幕の後、カイト達は再び街に戻ってフロド達支援組と合流していた。と、合流したのだが、その一人である赤羽根は少し落ち込んでいた。
「あ、あー・・・大丈夫か?」
「ああ・・・いや、わかってはいるんだがね。やはり現実を目の当たりにしてはショックだったよ」
瞬の問いかけに赤羽根がため息と笑みを混じえた様子で答えた。彼が何も出来ぬ間に、フロドとソレイユは全てを終えていたらしい。勿論、彼とて狙撃が出来ないわけではない。やろうとすれば、今回ぐらいの距離の射撃は出来る。が、出来て一撃限り、準備もしっかり整えた上だ。その差は歴然という所だろう。
「射程距離、精密度共に俺より遥かに上だったよ」
「武蔵先生より遥かに上、でしたからね・・・」
赤羽根の横でその気持ちが良く理解出来る木更津が神妙な面持ちで深く頷いた。彼もまた、武蔵という超級の戦士の腕を見ていた。特に直に弟子に迎え入れられてからはより一層その剣技の冴えを理解出来て、一時期全員自分達のあまりの拙さに凹む結果になったらしい。
今は持ち直しているし、折れていない分だけまだ彼らは見込みがあると言って良いだろう。ここで上の層の厚さを知り挫折してしまう者は多いのだ。と、そんな赤羽根を軽く凹ませたフロド・ソレイユ兄妹はというと、帰って来たカイトとじゃれ合っていた。
「にぃー」
「兄ぃー」
「っととと・・・」
背中に抱きついてきた二人に重心を崩されて、カイトが思わず仰け反った。と、そんな所に街の役人達が数名やってきた。夜勤の中でも一番のお偉方らしい。
「え、えーっと・・・フロド・マクガイアさんとソレイユ・マクガイアさんは・・・」
「「なーに?」」
カイトの両肩からフロドとソレイユが顔を出す。それに一瞬役人達も気圧されるも、こういう性格だというのは知られた話だ。故に本題を切り出した。
「・・・あ、いえ、申し訳ありません。お二方が先程討伐した魔物について何かご存知では、と思いまして・・・」
「知んない」
「知らなーい」
街の役人のお偉方の問いかけに二人は即座に知らない、と嘯いた。とは言え、これが正しい対処だろう。もし街のすぐ西の研究所に『死魔将』達が居たとわかれば、街は大パニックに陥る。
それが喩えもう戻らないだろうとわかっていても、だ。それに長年ここに潜んでいたのは街としても国としても管理責任を世界中から問われる事になる。どうにせよ、もう戻らないだろう事がわかっているのなら明かさないでこちらで情報を有しておいて、後々国の上層部にだけ伝えるのが吉だろう。
「そうですか・・・あの、非常にお伺いし難いのですが、ではなぜ先程は? ああ、出来ればで問題はありません」
「ちょっと彼らの調練に手を貸してただけだよ。明後日の朝一番で森に入るからね。彼らは今日の夕方こっちに到着したばかりで、ここらの魔物を詳しく知らなくてね。で、その練習で僕らはここらから見守ってたわけ。これ以上は流石にこっちも守秘義務があるから言えないよ」
フロドは役人の問いかけに即興――と言っても事件が起きた時からレヴィが考えていたが――の嘘を述べる。相手がかなり謙っている事からも分かるようにここら彼らの知名度のおかげで、あまり深くは追求されなかった。
「そうですか。いえ、ありがとうございました。まさか街から見える程巨大な魔物が現れるとは思いもよらず・・・お力添えを頂けまして誠にありがとうございました」
「別に良いよー。ちょっとにぃの手伝いしてただけだからね。ついでだったし。でもあっちに何かあったっけ? 西の街も随分遠かったような気がするんだけど・・・」
「ああ、古い研究所があるだけです。お二人の前なので恥を忍んで明かさせて頂きますが・・・非人道的な研究が行われていた所で、もしかするとその研究結果の何か影響して、あれほど巨大な魔物が出てしまったのやもしれません。先程出立した警備隊の先遣隊から研究所が跡形もなく崩壊している、という報告が」
役人はソレイユの問いかけを受けて何があったのか、というのを伝える。ソレイユの無邪気さが相まって、演技とは思われていない様子だった。
「そっか・・・じゃあ、後は任せていいかな?」
「はい、本当に有難うございました。あれが街に来ていたら、と思うと背筋が凍る思いです」
フロドの問いかけに役人達は頭を下げると、即座にその場を後にする。当たり前だが街はかなり騒然となっており、二人が倒して今はもう安全である事を含めて通達を行わねばならないらしい。夜勤の役人達はもとより、すでに帰宅した役所の役人達も慌てて再度役所に出て会見を開く事になるそうだ。
「んー・・・後から<<森の小人>>には感謝状が行くな、こりゃ」
「兄ぃがやったって言った方が良かった?」
「なぜそんな所に、ってなるから面倒だろ」
「それもそっか」
「ふぁあぁ~・・・むにゅ・・・」
納得したフロドに対して、その後ろのソレイユが大きなあくびをする。すでに夜も結構良い時間で、基本子供と大差ない彼女が眠くなっても不思議のない時間だった。
「にぃー、眠くなっちゃったー」
「あはは・・・そうだな。今日は色々とあったし全員ちょっと早いけど寝るか」
ソレイユの言葉にカイトは笑って、全員に今日はもう休む様に指示を出す。よくよく考えれば偽装の為に朝一番から夕方まで荷物運びのバイトをやっていたのだ。
移動中にもそれなりに仕事は与えられていたし、夕方からは再び荷降ろしのバイトだ。そこから酒を飲みつつ色々とやっていた為、全員そこそこ疲れが見え始めている頃だった。
「よーし。じゃあ僕また出かけてくるねー」
「良いけど、程々にしろよ」
「うん! あ、ソレイユはよろしくね!」
「あいよ・・・ああ、程々の時間で戻ってこいよ~」
「はーい」
半ばあきれた様子のカイトの言葉を受けて、ソレイユを残してフロドが再び外へと出て行く。本来、彼も良い大人だ。そして彼がハーフリングである事ぐらいエネフィアの住人なら誰が見ても分かる。
どこに入っても止められる事はない。と、その様子を見てソラが首を傾げた。夜もすでに良い時間なのだ。酒場ぐらいしか開いてない事は明白だ。
「どこ行くんだ?」
「どこか。知らんで良い」
「にぃにぃはねー、女の子大好きだから、女の子居る所だよー」
「「「え゛」」」
ソレイユの暴露に把握しているカイトとユリィを除く全員が一斉に固まる。が、これが現実だ。ハーフリングだからと女好きのハーフリングが居ないわけでもないし、逆にあの性格と体躯だから良いという方々も居る事は事実だ。
「あいつ、無邪気で相当な女好きだ。一応、揉めるな、ってオレが非常に、かつ物凄くキツく言ってるから向こうが来ても彼氏持ち人妻は手を出さないだろうけどな」
「てか、一度それで大揉めしてカイトに泣きついたからねー。兄ぃ助けて、って・・・流石に懲りるでしょ、あれは」
「にぃにぃ、流石にあれで懲りたよ? 相手彼氏持ちってわかったら速攻逃げてるもん。人妻なんて嗅覚でわかるぐらいだし」
呆れるカイトとユリィに続けて、ソレイユが眠そうな顔で告げる。一番身近な彼女が言うのであれば、やはり懲りていたのだろう。
何があったか、というのは彼の名誉の為に明言しないでおくことにするが、かなり恥ずかしい事態になっていたらしい。ギルドの保有する特殊な道具を使ってわざわざ異大陸に居を構えるカイトの所に来る程の事態だったそうだ。その時に、カイトがこっぴどく雷を落としたのであった。
「まぁ、それなら大丈夫か。流石に痛い目にあうとわかるな・・・全員、気をつけろよ。彼氏持ちに手を出すと後がキツイぞ。と言うか、後始末させられるのが面倒だ」
「「「お、おう・・・」」」
呆れ100%のカイトの顔を見て、浮気はしない方が良いな、と彼女持ち一同は心から浮気しない事を決める。少なくとも彼らもこんな馬鹿馬鹿しい事でカイトのお世話になりたくはないらしい。
こういうことは下手をすると組織の問題にも発展してくるのだ。となると、カイトがでなければならない事も多々あるのである。こればかりは、地球もエネフィアも変わらない事情だった。
「さ、寝よ寝よ・・・ソレイユ、行くぞー」
「うん・・・あ、にぃ、お風呂入ってない」
「あー・・・朝シャンでもいっかなー」
「汚いよー」
眠たそうにしていたソレイユをおぶさったまま、カイトはユリィと共に部屋に戻っていく。酒場での事もあるので、彼女と一緒に寝る事になっているらしい。
と、それは表向きで大半フロドが部屋に女の子を連れ込む事があるのでソレイユがカイトの部屋に来るだけだ。借りたのは兄妹で一室だけにらしい。ソレイユはカイトの部屋で泊まるので別に問題はない、という判断だそうである。理由はカイトというより、ユリィと単に話したいだけである。
「じゃあ、全員おやすみ」
「おーう」
カイトは去り際に全員におやすみを告げて集まっていた部屋を後にする。そうして、カイトはソレイユを連れて自室に戻って、きちんとお風呂に入って眠る事にする。が、その前に最後の一仕事が残っていた。
「さっぱりしたー。結構汗掻いてたなー」
「にぃー、おトイレー」
「はいはい・・・怖いなら幽霊の話持ち出すなよなー」
「うぅー」
笑うカイトにソレイユが不満げに口を尖らせる。ここら小悪魔的というかいたずら好きというか子供っぽいというところだろう。彼女は成人しても全体的に幼い印象が残っていた。ハーフリング全体がそうではないので、これは兄妹の特色なのだろう。
「・・・あ、言っとくけど怖いという理由でオレ引っ張り込むの駄目だからな」
「うにゅ・・・バレたかー」
「バレたかー、じゃねーよ。てめぇら兄妹は。兄貴も兄貴だけどお前もお前だ」
「えへへ・・・でも今日は疲れてるしにぃも疲れてるから普通におやすみで良いのです。それににぃにぃと私は違うから、お店なんて行かないしナンパもしないよ? ということで、外で待っててね?」
「はいはい」
カイトはソレイユの求めに応じて、彼女がトイレを終えるまで扉の前で待ってあげておく事にする。と、その間にユリィがお風呂から上がったらしい。扉を開けて近くに立っていたカイトに目を丸くしていた。
「あれ? あ、ソレイユがトイレか」
「そういうこと」
「相変わらず幽霊苦手なのに怪談話すのは好きだよね、ソレイユ」
「あはは。大方自分で話す場合は、ネタも怖い部分もわかってるからだろ?」
「かもねー」
カイトとユリィが変わらない友人についてを笑い合う。と、その会話からすぐにソレイユが出てきて、何故か三人一緒にベッドに倒れ込む事になった。
「ダーイブ!」
「えへー、小の字だー」
「うーん・・・ダイブしたは良いけどこれ見る人が見れば犯罪だなー」
三者三様の反応を浮かべる。そうして少しだけ三人で楽しく会話をして、眠くなった所で三人は並んで一つのベッドで寝る事にするのだった。
明けて、翌日。カイト達三人は朝早くから日課である軽い訓練を終えてシャワーを浴びると、ミーティング用に借りてある一角へと顔を出した。
この宿屋は一応レストランがあり、頼めばルームサービスで朝食を運んでくれる事になっている。そこで全員揃ってからミーティングスペースで注文して、こちらへ運んでもらう事にしていたのであった。
「さて・・・朝飯何にすっかね」
「にぃにぃ、朝の鍛錬どうしたの?」
「やったよー、ここらに馴染みの女の人いるからそっちで」
「そっかー・・・下半身の修行、とか言わないよね?」
「まっさかー。それは夜やるものであって、朝一番は普通だよ。兄ぃの朝練にも付き合ってないからちょっと軽めだけどね」
朝帰りを果たしたフロドに対して、ソレイユがいつも通り問いかける。それに対するフロドの返答は下品ではあったが、これもまた彼である。と、そんな会話を聞いていた赤羽根がふと、疑問に思った。
「そう言えば・・・二人は天音の事をにぃとか兄ィとか呼ぶけど、どうしてなんだ?」
「「天音?」」
赤羽根の出した人物名を聞いて、二人が同時に首を傾げる。一応言えば二人もカイトの本名が『天音 カイト』である事を把握しているが、完全に忘れていた様子だ。なので即座には思い出せなかったようだ。と、それは赤羽根――と木更津――には渾名で呼ぶ所為で忘れていたのだ、と思われたらしい。
「ああ、兄ぃかー」
「にぃかー。半分のにぃだから、にぃだよ。にぃにぃはにぃにぃが居なかったから兄ぃって呼ぶけど」
「・・・つまり、どういう事なんだ?」
ソレイユの答えに赤羽根が首を傾げる。それに、ソレイユがさらなる解説を行った。
「にぃにぃはにぃにぃだけど、にぃはきちんとしたにぃにぃではないので、にぃはにぃなのです。そしてにぃにぃはにぃではなく、きちんとしたにぃにぃです。なのでにぃにぃはにぃにぃなのです」
「・・・すまん。にぃという単語がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ・・・」
ソレイユの解説に赤羽根が頭を抱える。子供が頑張って説明している様子で可愛らしい事は可愛らしいのだが、言っている意味がわからなかったらしい。それに、半笑いでカイトが解説を行う事となった。
「あはは・・・えっと、フロドとソレイユは兄妹。だから、ソレイユはフロドの事をにぃにぃと呼ぶわけです。これは単なる兄の呼び方の一つと思えばわかりやすいですね」
「でもカイトとフロドとソレイユは兄妹じゃないよね? でもお兄ちゃんに近い立ち位置だから、精神的にお兄ちゃん、ということでにぃ、というわけらしいよ?」
カイトに続けて、ユリィも同じような表情で解説を行う。ちなみに、念のために言っておくがフロドもソレイユもやろうとすればきちんとしたこういう解説は出来る。出来るが面倒なのでやらないだけだそうだ。
「半分だけのにぃにぃなので、にぃなのです。まぁ、わかりやすく言えば義理の兄みたいなもので大丈夫だよ。にぃにぃ、というのは昔の癖だし、今更変えるのも・・・ちょっとね?」
ソレイユが唐突にしっかりとした説明を行う。それに、赤羽根が思わず気圧された。
「そ、そういう・・・とは言え、そういうということはかなり前から会っていたのか? 確かここに来たのは以前だけと思ったんだが・・・」
ようやく理解出来たらしい赤羽根は更に追求する。確かに、言われてみれば可怪しい様に思っても不思議はない。が、ここらの質問が二人から出る事ぐらいカイトは想定していた。なので言い訳もきちんと、考えていた。
「ああ、いえ・・・実は<<森の小人>>には特殊な方法で大陸を行き来する事が出来まして・・・彼らも何度かマクダウェルに来ていますよ。クズハ様とは旧知の仲ですからね、二人は。ソレイユに至っては一時期一緒に旅をして、一緒に暮らしていた様子ですし・・・」
「そうなのか?」
「ええ・・・と言っても一般的にならないのはそれがハイ・エルフ達の治める土地を通らねばならない、という事情があるからですね。ソラ、お前結構前にエリスの付き添いでエルフの里に行った事あったろ?」
「ああ・・・あ、あの先の事か?」
ソラは大陸間会議よりもかなり前にあった首飾りの一件を思い出した。あの時、桜と弥生だけだったがハイ・エルフ達の治める領土に向かったのであった。その言葉にカイトは頷いて、解説を続けた。
「それ。そこ、多分言われたと思うけど、入り口は一つじゃなくてな。各エルフ達の里の奥に一つずつあるんだ。とは言え、ハイ・エルフ達の治める異空間は一つ。繋がっている異空間同じ・・・だから、彼らの異空間を通して大陸を渡る事も可能ってわけ」
「僕ら<<森の小人>>だから通してもらえるだけだけどねー」
「それに実際は結構歩かないといけないし、大きい物は扉に入らないから持ち込めないんだよねー」
「それに時代が進んで今は飛空艇もあるからね。竜車を使えるならまだしも、徒歩とか馬車ならよほど速力に時間無いとさほど変わらないよ。それに実はきちんと入国審査もあるしね」
フロド、ソレイユの解説に続けてユリィが告げる。どうやら彼ら<<森の小人>>だけが使える秘密の通路、という所ではないらしい。きちんと合法的なルートの様子だった。
「なるほど・・・じゃあ、あっちに居た頃からそこそこの付き合いがあったのか」
「そういうことです。まぁ、オレも一人で色々動いている事がありますからね。その時に、と。それに、まぁ・・・大御所勢がちょっかいに来られる事もちらほらと。そう言うときに」
一応、カイトの言うことは筋が通っている。そもそもカイトはギルドマスターだ。なので他のギルドとは当然やり取りをしている。大御所となればなおさら、彼自身が動いていても誰も不思議には思わない。
そうして、カイトはそこらを疑問に思われない様にフォローをしておく事に成功して、作戦開始前日の最後の休息に入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1004話『迷いの森』




