第1001話 僅かな手掛り
レヴィの進言により『死魔将』の仕掛けた罠に既の所で気付いたカイトは、とりあえずは研究所跡地の中に眠る非人道的な研究で得られた研究資料の破棄を進めていた。が、その作業を再開する前に、レヴィはホタルへと指示を下した。
『カイト。研究資料を破棄する前に、一つ行って欲しい事がある』
「なんだ?」
『ホタルは一緒だな?』
「ああ、さっきお前が連れてけ、って言ったからな」
カイトは今も己の横を何時もの如くてくてくと無言であるくホタルをちらりと観察する。彼女を連れてこいと言ったのはレヴィだ。なのでその通りにしている。
『良し・・・ホタル。では破棄予定の資料の中で重要な物があれば一度検査しろ』
「マスター」
「構わん。指示に従え。レヴィの指示はオレの指示と思って良い」
「了解です」
カイトからの許可を受けて、ホタルがレヴィの指示に従う事にする。そうして、その許諾を受けてレヴィが詳細を述べた。
『良し・・・調べるのは存在強度に関する調査だ。魔術で何かされていないか調べてくれ。それで、敵がここに来たかどうかがわかる』
「どうしてだ? 奴らがわざわざそんな事をするか?」
『しないだろうな。だが、痕跡は見付けられるやもしれん。やっておいて損はない。それに、その実験結果は奴らにしても手に入れたい物のはずだ・・・何より、あの時点で貴様が暴れたのは誰からしても想定外だろう。もしかしたら、一つぐらいは欲しい資料があったかもしれん』
「ふむ・・・確かにな。ほぼほぼオレ達・・・ってか、オレの強襲は八つ当たり。この研究所にはそんな力は無いだろうが・・・」
『奴らには、おそらく時を強引に巻き戻す力はあったはずだ』
カイトとレヴィは二人で推測を交え合う。と、そんな会話を聞いていたソラがちょっと気になったらしくユリィへと小声で問いかけた。
「時を巻き戻す? んなの出来るわけ?」
「この場合言い方だよ。実際に時を巻き戻すなんて誰にも出来ないから、擬似的に、って意味」
「擬似的つっても時間を巻き戻しているんじゃないのか?」
「いや、巻き戻しているんじゃないらしい」
「先輩、わかるんっすか?」
口を挟んできたのは瞬だ。そんな彼へとソラが少し驚いた様子で問いかけた。その一方の瞬はというと、はっきりと頷いた。
「ああ。実はウルカに居た時に何度かお目にかかった事があってな。超上位の魔術師の奴が出来るって凄技だと教えてくれた」
「へー・・・それで、一体どんなのなんっすか?」
「なんと言えばいいか・・・俺も実際にやっているのを横で見ながら、リジェから又聞きしただけだ。確か・・・破損した跡を修復している、という事だったか」
「うん、大凡にはそれで良いよ。そしてその様子なら、リジェもしっかり向こうで勉強出来てるみたいだね。よしよし」
瞬の拙い言葉をユリィはそれで間違いではない、と認める。そうして、今度は彼女が詳しい所を説明する事になった。
「さて・・・じゃあ、授業を始めるね。まず覚えておくべきなのは、物にも記憶がある、ってこと。ウチのホームに付喪神達が居るよね? あれなんかを思い出してもらえば良いかな」
「付喪神・・・物に想いがやどり続ける事で生まれる生命体、だっけ?」
「そう、そういうことだね。物をコアとして生まれる生命体、と思えば良いよ」
翔の言葉にユリィは頷いた。付喪神は大凡魂を新規製造されていると考えて良い。本来はそんなバカスカと生まれる物ではないのだが、廃棄された高級ホテルに幽霊一歩手前のシロエという特殊な存在、彼女の人柄、という様々な偶然が相まってカイトと出会うまで除霊されることもなく、更にはシロエの助力もあり子供達という純粋な存在に愛されるという良い環境で多くの付喪神が生まれる事になったのであった。
「とは言え、そうならない物にも記憶は宿っている。これはまぁ、残留思念とかとは違うんだけど、基本としてはその物が辿った記録って所かな。それは物が原型を留めていれば留めている程、記憶を留める事になるから元に戻しやすくなるし、逆にもう断片とかになると復元は流石に無理になっちゃうね」
「もしかしてカイトが武器の記憶とか言ってるのと同じなのか?」
「そう、それだね。それも武器に宿った記憶を読み取ってるわけ。カイトが出来るのは武器限定だけどね。と言ってもその分、武器に限定されれば断片からでも大本を読み取れちゃうからそれはそれで凄いんだけどね」
ソラの問いかけにユリィは再び頷いた。カイトが読み取れるのが武具だけなのであって、実際にはそれ以外にも何らかの記憶は宿っているらしい。そしてカイトが出来るのは武具だけであって、本来はこちらは珍しい事のようだ。普通には魔術師達がやる様に、何らかの証拠集めに使うのが普通なのである。
「で、その記憶を頼りに破損した物を元に戻すのが、さっき二人が言っていた時を巻き戻すって言うこと。と言っても一時的だし強引な手段だから、魔力を注ぎ込むのが切れると自然と元の状態になるの」
「「へー・・・」」
「ああ、ウルカではそれを使って、盗賊なんかと裏取引していた奴らの資料を復元して不正を摘発していたりしていたな」
凄い魔術もあるもんだ、と驚いていたソラと翔に対して、瞬は己が関わった内容を告げる。彼の時はウルカの北の砂漠ではなく国内の盗賊の討伐依頼の際に、これを見たらしい。これを使える魔術師が出てきている事を考えれば、相当大きな事件だったのだろう。事実、ウルカの新聞をかなり賑わわせたそうだ。
「うん。それが一般的な使い方だね。他にも研究所とかで何らかの手違いで破棄してしまった資料をコピーする目的で復元したりもするよ。今回みたいにね」
「ということは、何らかの理由があって復元した可能性はある、ってわけか」
「そう見ている、っていうわけだね」
カイト達三人を見ながら呟いたソラに、ユリィも同意する。と、その見ている間にもカイト達は手頃な資料を見つけたらしく、ホタルが何らかの魔道具を取り出していた。
「で、何をしようとしているんだ?」
「あれはその痕跡を見つけようとしてるんだよ」
「痕跡?」
どうやら、ここからは瞬も知らなかったらしい。彼も首を傾げていた。
「うん。元々これはかなり無茶のあるやり方だから、残っている方にもかなり無茶が掛かるの。だからどんな高位の術者でも・・・それこそティナでも痕跡を残さないのは無理。その対象の存在強度にかなりの負荷を掛けてしまってるからね。こればかりは、原理的に無理なの。そこを見極めれば、これが行われたかどうか判断出来るよ」
「存在強度?」
「存在そのものが存在出来る力・・・かな。これがゼロになると物は消滅してしまう。消滅と言っても元素・・・この場合は地球で言う水素とか炭素じゃなくて魔術的な要素、つまり基本四属性や高位・複合の四属性に分解してしまうんだ。物理的な元素がどうなるかは・・・うん、ティナが調べてるんじゃないかな。私は流石に専門外過ぎてわかんない」
ユリィはソラが首を傾げたのを受けて、さらに突っ込んだ所を説明する。ちなみに、彼女は説明しなかったがこの存在強度がマイナスになる事もあるらしい。その際はその構成していた要素そのものも帳尻合わせに消滅してしまうそうだ。
マイナスにして消滅させる事は属性の総量が減る事に他ならない。それは世界にとって不都合がありすぎるので、存在強度をマイナスにして属性の総量を減らす事が可能な魔術は総じて禁呪として扱われていた。
ティナも最悪の中の最悪の切り札として対魔物用に持ち合わせているだけで、実際に使った事は実験としてさえ無いらしい。これを使う時は本当に追い詰められた場合だけ、とは彼女の言である。そして大凡の魔術師もそういう意図で考えているので、歴史上でも使用された事は殆どないらしい。
「ホタル、解析結果はどうだ?」
「・・・解析終了。ですが詳しい事は教授に問いかけるべきかと」
「推測で構わん。述べろ」
「了解・・・私の推測では50%前後の確率で時の巻き戻しによる復元が行われたと推測されます」
「有難くない可能性だな・・・」
「申し訳ありません」
「いや、構わんよ」
ホタルの謝罪を受けたカイトが笑って首を振る。ホタルが今回持ってきた検査機は本格的な物ではない。今回はソラ達も言ったが軍事行動がメインだ。
詳細に調査する為の道具は持ち合わせていなかった。それでもデータは取れる分の物を持ってきているので、後でこれをティナに解析してもらうのが良いだろう。
「良し・・・じゃあ、とりあえずそいつだけ保管・・・出来るわけねーだろうけどしといて。崩壊の際のデータからティナなら分かる事もあるはずだ」
「了解。密閉容器に保管しておきます。合わせて対象の観察も開始」
「ああ、頼んだ」
ホタルはカイトの指示を受けて、保存用のカプセルに資料を収納する。無理だろうな、というのは結界から出た瞬間に資料は破壊される事になると推測したのだ。敵は『死魔将』。カイトが気付いた場合の対処もしっかりしているはずだった。
「良し・・・じゃあ、他は回収して処分だ。ホタル、手伝ってくれ」
「了解」
カイトとホタルは必要な分を回収すると、他の資料を完全に破棄する為の行動に入る。その際に数度同じ検査を行って、やはり復元は行われた可能性は高い、と推測される事となる。それを受けて、カイトとレヴィは再び相談を開始した。
「ふむ・・・やはり、入っているか」
『だろうな・・・であれば、だ』
「この研究所には表の研究員達も知らない裏の設備があった、か」
レヴィの得た結論をカイトが述べる。これが事実であれば、全ての筋は通った。そしてそれを調べる為にカイトは更にホタルへと指示を足した。
「・・・ホタル。次の最下層にたどり着き次第、各種調査機を最大に展開して調査を開始してくれ。探すのは隠し部屋か隠された階層が無いか、だ」
「了解」
カイトの指示を受けたホタルは最下層に到着すると同時に、各種の調査機を使用して隠しエリアの調査に入る。そしてその一方で、カイトは再びこの階層に残された忌むべき資料の破棄を再開する。
と、そうしてこの階層の書類を処分して、後はホタルの解析結果を待つだけになった時だ。ユリィが声を上げた。
「カイト。倉庫、行っとかない?」
「倉庫? 武器庫の事か?」
「うん・・・この後多分、ここなくなっちゃうでしょ? 武器庫に何か残ってたらその・・・回収してきちんと弔ってこうよ」
「・・・そだな。そういや、何もしてやれなかったもんな・・・ソ三人共、悪いけど手伝ってくれるか?」
カイトとユリィは武器庫にあるだろうかつての仲間達の遺品があるかもしれない、と倉庫に向かう事にしたらしい。とは言え、量がどれほどになるかわからない為、ソラ達にも手を借りる事にしたようだ。
「ん? こっちは良いけど・・・良いのか?」
「ああ・・・武器庫は安全保障の関係で最下層にあるだけだからな。それに、最下層は実験エリアだと聞いてる。そこは見ても問題はない」
「それに道中は真っ暗闇でこんな状況だからね。何か見ないで済むよ」
ユリィは最も破壊されている壁とその先を見ながら答えた。本来はこの階層が、一番忌まわしい。が、幸いにして今は夜で、ここは地下。そして研究所はボロボロだ。周囲には光源は失われている為、完全に真っ暗闇でカイト達が持ち込んだ明かりだけが頼りだった。
ここに有ったのは医務室という名の実験体の改造エリアに、訓練場という名の実験室だ。それ故、近くに武器庫も備え付けられていたのである。万が一、実験体が暴走した時の為にすぐに行動に移れる為だ。が、それら道中の色々はこの暗闇のお陰で見ないでよかった。
「そか・・・俺は良いよ。先輩と翔はどうする?」
「俺も手伝おう」
「じゃあ、俺も。やることないしな」
どうやら三人はやることもないし、と手伝ってくれる事にしたようだ。そうして、三人を連れたカイトとユリィは慣れた手つきで歩いて行く。ここには何度も来ていたのだ。間取りはわかっていた。
「この先だ・・・ホタルはまだの様だな」
カイトは部屋が完全に閉じられているのを見て、まだホタルが来ていないと判断する。武器庫だ。盗賊等を防ぐ為にかなり強固な力で封じられており、見たところ盗掘者や研究チームも入れた様子はなかった。
「・・・良かった。封印はまだ有効になってるっぽいね」
「ああ・・・腕の良い盗掘者や研究チームは来てなかった・・・いや、奴らが居たのなら、排除してたのかもな」
『研究チームそのものが奴らの偽装か。あり得るな。この300年で『死魔将』の事なぞほぼほぼどの国でも貴様と同じ伝説扱いだ。そこらの審査なぞザルだったはずだ。調査をさせよう』
カイトの言葉にレヴィが同意する。今思えば、彼女が横槍を入れた研究チームとやらもここに何らかの資材を運び込む為の偽装工作だったのかもしれない。もしくは、カイトが確実に来る様にしていたとも考えられる。
「頼む・・・さて、つっても今のオレからしてみればこんなもの紙くずの扉と一緒・・・はっ」
カイトはどうせ破壊されるのだし、と思って大胆に行く事にしたらしい。刀を取り出して軽く一閃して、強固な封印ごと扉を切り裂いた。
「神陰流、緋天の太刀の合せ技、<<奈落の封>>・・・ま、こんなもんでしょ」
刀を納刀したカイトは再び異空間に収納すると軽く首を鳴らす。この程度余裕らしい。ちなみに、これは神陰流の<<奈落>>という敵の攻撃を無力化する剣技と緋天の太刀の四技・月に属する<<破封>>という封印を破壊する為の剣技を組み合わせた物らしい。封印を弱めて破壊する、というカイト独自の剣技だそうだ。
「・・・やっぱ、いくつも残ってるな」
「最後、慌ただしくなっちゃったからね」
どこか懐かしげなカイトに対して、ユリィも同じような顔で懐かしげに近くにあった剣を撫でていた。最後はドタバタした所為で幾つもの忘れ物があったのだ。と、そうしてカイトが何かを思い出したかのように残された武具を手に取った。
「ああ、なるほど・・・確かに、忘れ物だわ」
「うん?」
「いや・・・こいつらの武器をきちんと弔ってやんないとな、ってな」
「・・・ああ、そうだな」
カイトの言葉に瞬が同意する。ここにあるのは、非道な実験にさらされて死んだ子どもたちの物だ。モルモットと同じ扱いで、死んだ後の扱いも良い物とは思えなかった。
なら、弔ってやらねばならないだろう。そうして、それに気付いた瞬達はカイトとユリィと共になるべく丁重にここに収められていた武器を回収していくことにするのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次回予告:第1002話『数秒の手がかり』




