第998話 三つの選択肢
ラダリア共和国にてハーフリング族の兄妹にしてカイトの知り合いであるフロド、ソレイユの兄妹と合流したカイト達。そうして、彼らから今回の作戦で神聖帝国ラエリア南部の『パルテール』へ潜入する為の三つのルートの現状を聞く事になっていた。
「まず、僕の調査した東部の山の側の森。こっちは竜種が繁殖期を向かえてて、かなり殺気立ってる」
まず口を開いたのは、フロドだ。彼はどうやらこの街から東に数日移動した先にある山に近い森へ偵察に出かけていたらしく、そこの情報を語ってくれた。
「多分、三つのルートの中で一番危険だと思う。でもそのかわり、ここが一番監視は薄いと思うよ。僕の見た限り、かなりラエリアに近づかない限り巡回は出てこない」
「流石に敵も繁殖期の竜の巣に近づく事は避けるか」
「流石にね。僕だったら戦争真っ只中でもここには入らないな」
カイトの言葉にフロドも同意してしかし、その上での話をする事にする。
「でもそのかわり、それは敵にとっても盲点だという事でもあるから、リスクに見合った確実性はあるかもね」
「ふむ・・・西部の森林についてはどうなっている?」
「それは私が調べたよー」
カイトの求めに応じて、今度はソレイユが返事を行う。こちらはソレイユが調べてくれていたらしい。と言っても後に聞けば森の外から監視した、という所らしく入ってはいないらしい。
「こっちは多分リスクに見合わない事になってるよ」
「まぁ、だから外からの監視だけに留めたんだけどねー」
「どういうことだ?」
フロドの言葉を聞いて、カイトが首を傾げる。どうやら何処からかの前情報があったらしい、とは理解出来たが何があったのかはわからない。それに、ソレイユが再び口を開いた。
「にぃが来る一週間程前の事かな。私達が預言者に言われてこっちに来る前の事なんだけど、とあるギルドの長が私達の所に挨拶に来たの」
「とあるギルドの長?」
「うん。<<狩人のとまり樹>>ってギルド・・・にぃは知らないと思うよ?」
「知らね」
「ほらね」
笑って断言したカイトに対して、ソレイユが笑う。このエネフィアには大小合わせて数千のギルドが存在しているのだ。八大ギルドの様なぶっ飛んだ所や<<粋の花園>>の様に大陸を股にかけたりしていないと、カイトの耳にまで届く事はない。
まだそれでもエネシア大陸に軸足を置いていれば話は別になってくるが、アニエス大陸が活動の中心ではそれも望めないだろう。あくまでも、カイトの活動の中心はエンテシア皇国だ。知らないのが普通である。
「でもまぁ、そんな木っ端だからウチと矛を交える事はしたくないでしょ? 八大が現状中立保ってるのはこの大陸じゃ有名な話だからね」
フロドがそれ故、と前置きして告げる。こう言っては何だが、やはりギルド同士でも力関係は存在している。それ故、どうやら八大ギルドの一つである<<森の小人>>に対して挨拶に来たのだろう。
<<森の小人>>の主な活動拠点はその名が示すように森だ。同じく森を活動拠点とする以上、その活動地域が重なるのであれば挨拶には来なければならなかった。
「大大老共も流石にそちらに協力を依頼はしなかったか」
「さすがにねー。八大敵に回したくはないでしょ。特にウチの弓兵ちゃんズを敵に回したら昼夜問わずに狙撃の雨が降るもん。外、出れなくなっちゃう・・・あ、しちゃう、か。弓兵ちゃん達率いてるの私だから」
ソレイユが笑いながら断言する。彼女ら兄妹が所属しているのは、八大ギルドの一つだ。それもラエリアの南部に大規模な拠点を置いている。が、協力を依頼する事はないそうだ。ユニオンの中立宣言を盾にして、だそうである。それ故、今回はカイトの友人という事で受けた個人的な依頼になっている。八大ギルドは表向き、関与していない。
そしてソラ達は知る由もないが、彼女らはユニオン一の弓兵の看板を背負った冒険者だ。この兄妹に喧嘩を売ればそれこそ帝都ラエリアから南部軍の本拠地を狙撃されかねない。それはいくらなんでも避けたいだろう。
「っと、で、その時に西側の森に入らせてもらいます、って許可貰いに来たんだ。勿論、僕とソレイユの所にも来たよ。本拠地はエルフ達の異空間だけど、南部に大きい拠点置いてるからね。僕らは、そこに留まってる事が多いから」
「わざわざギルドマスターが来るぐらいだと、結構大人数の所か」
「うん。人海戦術で見張るつもりだって。数日の間確認はしたけど、毎日30人規模で見張ってる」
ソレイユは己が見てきた情報を隠すこと無くカイトに明かす。今回のレヴィからの依頼はその確認も含まれている。問題はなかった。そうして、ソレイユは更に続けた。
「それに・・・西側は途中の古い研究所跡でちょっとした問題が起きててね」
「どういうことだ?」
僅かに一瞬だけだが、カイトとユリィの顔が歪む。カイトはその研究所跡というのを知っていた。と言うより、一時期色々な意味で世話になっていた。
そして、この兄妹もその事については聞いた事があった。300年前に行った潜入に同行したからだ。故に少しだけソレイユも言いにくそうにしていたが、隠さない方が良いだろう、と判断して語る事にしたようだ。
「あ、うん・・・実はラダリアの調査チームがクーデターの前後でやってきてね? で、なんか上の方でゴタゴタがあって機材なんかそのままにしてたりして、盗掘者が入っただのなんだのって今度はそっちで色々と揉めてるの」
「揉め事、ね・・・」
「嫌だなー・・・」
「どした?」
頭を掻いたカイトとしかめっ面のユリィを見て、ソラが訝しんで問いかける。彼はカイトと曲がりなりにも気心の知れた友人として付き合っているからか、カイトの顔にどこか嫌悪感が滲んでいる様な気がしたのだ。
「ちょっと・・・ほんとにちょーっと関わりがあるだけだよ。気にしないで良いよ」
「・・・ふーん」
カイトに変わってユリィがはぐらかす様に答えたのを見て、ソラは何かあったのだな、と理解する。そうして、僅かにユリィとカイトが頷き合う。何かを決めたようだ。そうしてカイトは気を取り直して先を促す事にした。
「まぁ、良い。なら、西は除外だな」
「うん、それが良いよ。私とにぃにぃだけなら行けるけど、にぃ・・・は大丈夫だけど他の人達は無理。ギリギリそっちのスカウトの人が行けるぐらいで他は確実に見つかる。森はハンターの独壇場だから」
カイトの結論にソレイユは同意して、理由を述べる。ギリギリ翔が行けるかもしれないが、という領域で森の広さ、そこを監視している人数、要する時間等を考慮した場合、全然リスクに見合わないようだ。
「で、次。ここから北の森だね。ただねぇ・・・実はここもいまいちオススメ出来ないかも」
「うん? 預言者殿の言葉だとこのルートがオススメだ、と言ってたぞ?」
「そこ、私達もわかんない。あそこも東と同じぐらい危険は危険だよ」
ソレイユは困った顔で首を振る。どうやら中央ルートも危険は危険らしい。そうして、同じく困った様な顔のフロドが事情を説明した。
「ここは通称『迷いの森』・・・ここ百年の事かな。妙な力場が発生して方向感覚が完全に狂うんだ。僕らなら、何とか踏破出来るんだけど・・・多分、兄ぃでも無理じゃないかな」
「それに出るんだよね、ここ」
「出る?」
「ゆーれい。ヒュードロドロ・・・」
ソレイユは驚かす様に手を前に出してぶらぶらと揺らす。が、それに対して冒険部の面々は、というと平然としていた。
「・・・今更、だな」
「ああ、今更だな」
「今更っすね」
「今更、だよな」
ソラ達は全員揃ってだから、という顔だった。それに、ソレイユが不満げな顔でカイトに不満を訴えかけた。
「にぃー! 全然怯えないー!」
「あっははは。悪い悪い。ウチ、ギルドホームで幽霊みたいなのと暮らしてるからなー。時々服とかに入り込んで付いてきちゃう事あるから、ソラの服とかに入ってたりするかもな。ほら、ソレイユの頭の上にも・・・」
「ひぅ!?」
まさかの返答にソレイユがソラから大きく飛び跳ねて距離を取り、顔を一気に青ざめる。驚かすのは良いらしいのだが、本当の幽霊に対しては実は耐性が無いらしい。カイトにしがみついてブルブルと震えていた。
「兄ぃー。怯えちゃったじゃん」
「悪い悪い。まだ治らないのか」
「怖いんだもん!」
「ごめんごめん。嘘だよ、嘘。いや、一部嘘じゃないんだけどソラの服に入り込んでたりはしないよ」
一転和やかになったムードで、カイトはとりあえずソレイユを宥める。そうしてしばらくの後、ぷるぷると震えるソレイユをカイトの膝に座らせながら会議を再開する事になった。
「で・・・この様子だと幽霊が本当に出るってわけでもなさそうなのか」
「うん。ソレイユ、幽霊苦手だからね。あ、兄ぃ。夜」
「行けるもん!」
「・・・はいはい」
「兄ぃよろしくね」
「はいはい」
カイトが笑いながらフロドの言葉に応ずる。簡単にいえばソレイユはこの後確実に夜一人でトイレに行けないだろうから、カイトが責任を取ってついていけよ、という事であった。
彼女の性格上、兄であるフロド以外にカイトやその近辺の人物が居る場合はそちらに頼る。今回はカイトが居るので彼を頼りにするだろう、というわけであった。
「で、中央ルートの解説に戻ってくれ」
「うん・・・さっきも言ったけどここから北にある森だけど、通称は『迷いの森』。多分研究所の魔道具とかが不法投棄されまくって、経年劣化で変な力場が生まれたんじゃないか、ってウチは考えてる」
「ちっ・・・ありえるな」
「うーん・・・やっぱり徹底的に破壊しといた方が良かったねー」
「言うな。時間無かったし他国だったんだ。やれねぇじゃん」
カイトとユリィは他に聞こえない程度に小声で話し合う。ここらは彼の過去に起因する事だ。安易に話す事ではなかった。それにソラ達はフロドにその変な力場について聞いていたので、二人の会話には気付いていない様子だった。と、その会話がまた進んだので、カイト達もそちらに参加する事にした。
「うん、変な力場は変な力場・・・それ以外はわかんないよ。当時は戦争中。僕もソレイユも色々と動き回ってたからね。帰って来た時にはもうドカン、といっちゃってたから・・・まぁ、それは置いておいてもとりあえず変な力場の所為で空間がねじ曲がってたりしてて、コンパスなんかも使えない。一応、風は流れてるから僕らなら進めるけど・・・」
フロドは進めると言いつつも、その顔はかなり難しい事を物語っていた。どうやらカイトの知り合いだから、とこの二人に依頼したのではなく、この二人が最も作戦の成功の可能性があるからという事でも選ばれていたようだ。
それにこの二人以外にも<<森の小人>>にはカイトの知り合いが多い。あそこは長寿の種族が多く、まだまだ現役は多いのだ。排他的なエルフ達でさえ、カイトの為と言えば協力する。敢えて有名な二人を選んだのには、それ相応の理由があるのであった。
「・・・なら、やっぱ中央ルートが最適、だよな」
フロドの顔と困難さを見て、ソラが口を開いた。それに瞬が問いかける。
「ん? どういうことだ?」
「いや・・・ってことは敵も入ってくるとは思ってないっぽいんだろ?」
「うん。ここには多分監視も巡回も配置してない。安易に入って迷い込んで遭難、は目も当てられないからね。それに幽霊のお陰で兵士達も怖がって近づかないから、外の巡回も結構まばら。一番、警戒という意味では薄いよ。こっちでも通れない事は知られてるしね。多分、踏破した事あるの僕らぐらいじゃないかな」
ソラの問いかけにフロドは困難である事を明言した。この幽霊というのが何なのかわからないが、少なくとも何も事情を知らない者達が怯えるぐらいには厄介な存在なのだろう。というわけで、ソラが問いかけた。
「その幽霊ってのは何なんだ?」
「幽霊・・・わからないよ。ただ、この森のある程度奥まで入るとどこからかじっと監視してる。姿も形も見えなくて、でも確実に居る・・・前に森に密かに入り込んだ盗掘者が居てね? 魔道具を狙う奴で、結構専門の魔道具とか揃えてたっぽいんだ。そいつは数日後に遺体になって発見されたよ。だから、危害を加える意図はあると思う」
フロドは幽霊に出会ったとされている者達についてを語る。これ以外にも少なくない数の盗掘者が森に入り込んで、遺体になって見付かっているらしい。彼らの大半は森に遺棄されたという魔道具を探していたらしい。森の力場と相まって相当厄介な相手だそうだ。と、そんな危険性を述べたフロドが更に続けた。
「でも、一概に悪い相手じゃないと思う。前に僕とソレイユが不意にはぐれた事があったんだけど、そのときにソレイユがちょっとピンチに陥った時に守ってくれた事があるから、僕らは比較的安全だとは思ってるんだけど・・・」
「守ってくれた?」
「うん・・・突然剣閃が翻って後ろに忍び寄ってた狼を追い払ってくれたの。あそこ、魔物は出ないからうっかり・・・」
ソラの問いかけに少し照れくさそうにソレイユが頷いた。どうやら薄暗い森で更にはおどろおどろしい雰囲気から、はぐれた事で不安になってしまったらしい。
彼女は本来なら単なる狼に背後を取られる様な少女ではないのだが、その時は泣いて前後不覚に陥って気付けなかったらしい。あのまま放置していても狼相手になら傷一つ負わない事は明白だったのだが、何故か助けてくれたそうだ。それが、なおさらフロドとソレイユには相手が危険なのか安全なのかわからなくしているようだ。
「で、その時僕が見た腕だと、多分ランクAからBって所の使い手。結構強いね」
「ランクAからB・・・そいつら、今も居るのか?」
「うん、居る。今回の一件の為に先行してちょっと入ったけど、視線感じたよ」
「そうか・・・ってことは、ちょいと危険は危険そうか・・・」
カイトはフロドとソラの会話から、相手が少し厄介な集団かもしれない、と想定する。ランクAからランクBの相手だ。ソラ達よりも強い可能性は高いだろう。
カイト達が戦った場合、相手の力量と人数、遭遇ポイントによっては南部軍の巡回兵に気付かれずに仕留めるのは難しい可能性が出て来るだろう。出来れば、交戦は避けたい相手だった。
「つってもやっぱ一番の候補は中央ルートじゃないか?」
「ああ、それはそうだと思うな・・・」
同意を求めたソラに対して、カイトは少し考えながらも同意する。少なくとも、誰彼構わず攻撃してくる相手ではないらしい。それがわかっているだけ有り難い。
それにソレイユを一度助けているのなら、彼女と共に行けば相手が覚えていてくれている可能性は十分にある。話し合いは可能かもしれないし、その可能性に賭けるには十分な状況と言える。それに、フロドも同意した。
「うーん・・・それはそうだね。見付かる可能性はあるけど確実に抜けられる事を考えるなら、東ルート。見つからない可能性が高いけど、そのかわりに謎の襲撃者の襲撃を受ける可能性と最悪は脱出不能の状況に陥る事のある中央ルート・・・どっちもどっちと言われれば、どっちもどっちだよ」
「・・・なら、中央ルートで確定で良いか。万が一の場合に最悪となり得る可能性はあるが、それでも森を安全に切り抜けられる可能性があり、警戒網が敷かれていないというのは有り難い。今回の任務は潜入任務だからな」
「そっか・・・わかった。じゃあ、中央ルートで潜入する事で」
カイトの言葉を受けて、フロドが頷いた。これで、後はそれを下に予定を組み立てるだけだ。そうして、カイト達は打ち合わせを終えて、酒場を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第999話『悔恨の証』




