第997話 ハーフリングの兄妹
神聖帝国ラエリアの『パルテール』に潜入する為に一度隣国ラダリア共和国へと入国したカイト達は、レヴィが寄越した案内人と合流する為に街の酒場へと足を向けていた。
「ここが、『小人達の集い場』か・・・冒険者の酒場、と言われるとそんな感じだな」
「っすね」
瞬が興味深げに観察する横で同じように興味深げに観察するソラが頷いた。外観はよくあるファンタジー物の酒場の外観だ。木でできた扉があり、中からは豪快な笑い声が聞こえていた。
「おい、邪魔だ」
「っと、すんません・・・入っちまいますか。邪魔になっちまってますし」
「そうだな・・・カイト、相手の顔は俺達にはわからん。頼めるか?」
「ああ、任せろ」
瞬から頼まれたカイトは頷くと、普通に酒場へと入っていく。と、そうしてすぐにウェイターの女の子がやってきてくれた。
「いらっしゃいませー! 団体様ですね?」
「ああ・・・人数は6人だ。ああ、後2人来る予定だ」
「はーい! 6名様、ご来店でーす! じゃあ、こちらにどうぞ!」
ウェイターの女の子はそう言うと、笑顔でカイト達の案内を開始する。どうやらそこそこ賑わっているらしく、せわしなく人が動いていたり笑い声が響いていた。これなら、紛れ込めるだろう。
「ふむ・・・冒険者が多そうだな」
「カイト、案内人とやらは?」
「いや、居ない。居たら一発でわかるからな。向こうもオレを放ってはおかないだろうしな」
「そうなのか?」
「相手はハーフリング。大人でも子供と変わらん。こんな酒場に入れば、一発でわかる」
瞬の問いかけを受けて、カイトは断言する。そして彼の言うとおり、周囲を見回してもハーフリング達が居る様子はなかった。集合時間はまだなので少し早く来すぎた、という事だろう。飛空艇なので合流時間にはかなり余裕をもたせたのだが、それが災いしたらしい。
「フロドとソレイユの兄妹。二人共弓兵です」
「腕は?」
「確かです」
赤羽根の問いかけにカイトは明言する。というよりも、この二人の兄妹は揃ってやれば由利なぞ比べ物にならない射程距離を誇る傑物だ。逆に赤羽根が足手まといにしかならないレベルだった。
「さて・・・じゃあ、適当に飲んでるフリして待つか」
「そうだな・・・すいませーん!」
「はーい!」
瞬は少し慣れた手つきでウェイターの女の子を呼び止める。まずは飲み物と夕食を注文する事にしたのである。そうして注文を終えた所で、赤羽根が驚いていた。
「えらく手慣れていたな」
「向こうで留学している時によく連れて行かれた」
「そうか」
赤羽根は瞬の返答に笑みを浮かべる。と、その一方でカイトは周囲の会話に耳をそばだてていた。まず聞くのは、隣の客の会話だ。
「って、わけで南部の奴ら猟団雇ったってよ」
「ハント専門ギルドの連中か。プロだな。こりゃ、西部の森にゃ当分近づかねぇ方がいいなぁ・・・間違われて殺されちゃ堪ったもんじゃねぇ」
「東の方じゃねぇか?」
「いや、西だろ。先々週西に入った時、ちらりとそんな奴ら見たんだよ」
「入りだったんじゃねぇか? 噂聞いたの先週だぜ」
彼らはどうやら最近になって雇われたハンター達について語り合っていたらしい。見れば身なりは彼らもハンターに近く、狩猟や採集を行う者独特の装備が見て取れた。同業他社故に、その業界の情報が入ってきていたのだろう。
「ふむ・・・」
「西、結構ヤバそうだね」
「ああ。ハンターとなると、密入国は厳しいな」
カイトとユリィは聞こえてきた会話から、西側ルートは危険と判断する。ここらの最終的なジャッジはこちらに入ったカイト達が下す事になっていた。と、そんなカイトに対して別の机の会話を盗み聞きしていた翔が小声で声を掛けた。
「カイト・・・俺の後ろの客。ちょいと聞いてくれ。皆も出来れば聞いてくれ」
「うん?」
翔の求めを受けて、一同は何気ない会話をするフリをしつつ、翔の後ろの机の会話を盗み聞きする事にする。そちらはどちらかというと戦士系の冒険者だったようだ。会話の内容もそれ故、ラエリアでの内紛の事だった。
「金払い、相当良いらしいぜ」
「どうする?」
「やばくねぇか?」
「だが、あんな大金積まれちゃ行かねぇ方が馬鹿だろ。幾つか戦って後はトンズラすりゃ、ボロ儲けじゃねぇか?」
どうやら、彼らは南部軍に呼ばれている冒険者らしい。参戦するかどうか話し合っている所の様子だった。そうして、少し聞いているだけで現在の戦況を勝手に話してくれた。
「北部の有名所っていやぁあっちにギルド揃って軍属になった大熊の連中と細々とした奴らだろ?」
「南部はドクロまで居るらしい」
「ドクロ? あの傭兵専門のギルドか?」
「あの薄気味悪い連中だ。ここ最近ものすごい勢いのある連中って話だ。ほら、数ヶ月前の代替わり。あの時から一気にだとよ。今の団長が数ヶ月で掌握して、って噂だ」
どうやら、相当有名なギルドが南部に協力しているらしい。その話題になった途端、先程まで騒がしかった彼らが僅かにトーンダウンしていた。
「つっても、てことは金払いの良さは確かだって事だろ?」
「そら、そうだけどな」
「他にも棘付きや大型持ってる連中も居るって話だ。結構やべぇ事になってるな」
その後も、彼らは南部軍の情報を語り合う。ここらは流石に噂話だろうが、その中には確実に真実が紛れ込んでいると考えて良い。というわけで、翔にその後の盗聴を任せたカイト達は小声で話し合う事にした。
「ドクロ・・・<<死翔の翼>>か。団で出てきているとなると、噂のドクロをかぶった団長さんも居るか」
「やばいレベルじゃなくなってるね、この内紛。棘付きは多分剛鞭使いとか名乗ってる女冒険者だよ。名前は知らない。双子大陸が中心だからね。他、ここらで大型持ってる連中も幾つか思い当たるよ」
カイトとユリィは即座に思い当たる節を告げる。彼らが危惧した名は全てがランクSだ。まともにやりあえば一国を滅ぼせるだけの化物。それが、居るらしい。そうしてユリィが問いかけた。
「どう見る?」
「・・・奴らのコネか?」
「うん。戦争を長引かせるのなら、強い冒険者を紹介していても不思議はないよ」
「あり得るな。戦争屋や盗賊共に繋がりがあっても不思議のない連中だ。勿論、戦争屋でも表向き関わってるとは思えんがな」
ユリィの問いかけにカイトは己の推測を述べる。盗賊はともかく、カイトは戦争屋は無いと見ていた。これは彼らの顧客があくまでも国だからだ。もし『死魔将』との繋がりが露呈した瞬間、彼らは顧客を一遍に失う。『死魔将』と繋がる戦争屋なぞ誰も雇いたくない。
露呈した瞬間、『死魔将』の協力者と見做されかねない。おまけに多数の恨みを買う職業だ。一気に討伐隊が組まれる事ぐらいわかっている話だろう。それが分かれば、よほど戦いが好きでなければ協力はしないだろう。金稼ぎであれば、まず無いと言って良い。が、それとは別にしても正体を隠して関わる可能性はあり得る。
「・・・やばいのか?」
「やばい、どころじゃないな。情報屋の話ではドクロってのは戦争屋・・・傭兵メインの冒険者集団だ。傭兵そのものと言っても良い。プロの殺し屋だ。オレも詳しくは知らん。最近・・・ここ一年で有名になったギルドでな。代替わりした今代はやり手らしい」
カイトは改めて、己は知らないと明言する。一応設立そのものは100年近く前らしいが、有名になったのは今代の団長になってかららしい。相当腕利きだそうだ。カイトが警戒する位には、強いのだろう。
「とりあえず、遭遇すれば逃げの一手。関わらないのが基本・・・つーか、ぶっちゃけるとカリンに任せろ。勝ち目ゼロだ」
「・・・わかった」
カイトが真剣な目で告げた言葉を、ソラも他の面子もそれを胸に刻みこむ。これから向かうのは、本当の戦場だ。生きて帰れるかどうかは、そこに掛かっていた。
「おし・・・とりあえず、そこらの有名所とは関わらず一度撤退。んで、逃げて体制立て直して攻めれそうなポイントから攻める。こっちは弱小、有名な大御所と戦って勝てる見込みなんて無い」
「そう言う事。やったら負け確定。今の君たちなんて僕が狙撃したら一撃だしね」
「にぃにぃの狙撃だと皆死んじゃうんだけどねー」
最後の確認を述べたカイトの横から、子供が二人顔を覗かせる。どちらも愛らしい顔立ちで、年頃はぱっと見た感じはローティーンからせいぜいミドルティーンという所だろう。衣服はどこか子供っぽい衣服だ。と言っても、これはハーフリング族の特徴からそれが一番似合うからだ。決して趣味とかではない。
「やっほ。来たよ!」
「私も来たよ!」
二人が同時に手を挙げる。見た目はそっくりだが片方は少し男の子っぽい印象があり、もう片方は女の子っぽい見た目だった。が、そんな二人は挨拶と同時に平然とカイトの膝に座った。
「ああ、来たか。もうそんな・・・いや、だから何時もの如くっぽい感じで人の膝の上に座んのやめろ」
「いやー。ここまでがワンターンだよ」
「ねー。にぃにぃと一緒ににぃに動かされるまでが、挨拶」
カイトの手によって元々空いていた席二つに座らされた二人は笑いながら適当に頼んでいた揚げ物を摘む。そうして、男の子の方が一同に問いかけた。
「さて、一応確認。君たちが今回の依頼人で良い?」
「ああ・・・依頼内容は北の森を越える事」
「うん、そうだね。じゃあ、仕事の前に自己紹介!」
「「わー!」」
「「「わ、わー・・・」」」
男の子の方が元気よく告げたのに合わせて拍手で囃し立てた女の子の方とユリィに合わせて、何故か同じ様にしなければならない気がしたソラ達が恥ずかしげに拍手をする。そうして、男の子の方が名乗った。
「僕はフロド。ハーフリングの弓使いで兄やってます」
「私はソレイユ。同じくハーフリングの弓使いで妹やってます」
「「二人で兄妹やってまーす!」」
フロドとソレイユが元気よく同時に告げる。ハーフリングの兄妹らしい。子供っぽく見えるが、これで成人済みだ。ハーフリングは総じて子供っぽく見える種族なので仕方がない。
ちなみに言えば、妹のソレイユはユリィとさほど変わらない年齡でもある。フロドはそれより少々上――実は300年前当時でカイトより年上――だ。種族的にハーフリングはエルフと同じく兄妹で年の差があるのはよくある話なので、可怪しい事ではない。
「そっちの顔と名前は預言者から聞いて把握してるよ。一応、僕らは<<森の小人>>に所属してる冒険者だね」
フロドが己の所属を告げる。それに続けて、ソレイユが口を開いた。
「<<森の小人>>は基本的にエルフとかハーフリング、妖精とか森に関係したり森を守ったりする人達が多いね。その中に、私達も居るよ」
「結成は結構前で僕らが生まれるよりももっと前かな。代々有能な弓使いが結構多いね」
「私とかにぃにぃとか」
「有能っていうか狙撃で世界最高記録持ってるのがフロドだからねー」
ソレイユの言葉に続けて、ユリィが補足説明を入れる。弓兵として、最高の腕前を持つのがこの二人だ。それに、フロドが照れた様に笑顔を浮かべた。
「えへへ」
「へー・・・どんなもんなんだ?」
「んー、とね。僕もソレイユも体調とかにも左右されちゃうから一概には言えないんだけどー」
ソラの問いかけにフロドとソレイユは少し上を向いて考える。そうして、ざっと答えてくれた。
「あくまでも動かない的って話になるけど、状況さえ許せば絶不調でも4桁稼げるかなー」
「にぃにぃは男の子だから私より筋力あるからねー」
「でも精密さだとソレイユが凄いよー。動く的とか小さい的だとソレイユの方がずっと遠くまでやれるじゃん。僕、それだと桁がかなり落ちちゃうし」
「にぃにぃより目が良いから」
兄妹揃ってお互いを褒め合う二人に対して、ソラが小声でカイトに問いかけた。
「なぁ、四桁ってどんな位? 1キロって事はないだろ? マジで1000キロとか? それとも独自の単位あるのか?」
「フロドは最低1000キロだ。調子最高の時ってこいつら、ガチで大陸間弾道弾を生身でやるんだから冗談キツイよな。流石にオレも大陸の端から端までの狙撃は笑ったわ。まぁ、<<神の矢>>って特殊な技だから出来たんだが・・・」
「「「え゛」」」
カイトが笑いながら述べたのに対して、他の一同は大いに頬を引き攣らせた。腕が良いどころの話ではなかった。体調不良の時でさえ1000キロ先の的――勿論、動かないと言う前提があるが――を射抜く。恐ろしい才能だった。と言う訳で、ソラが油の切れたブリキのおもちゃの様にゆっくりと二人の方を向いて、問いかけた。
「ど、どーやってんの?」
「風に乗せてぴゅーっと。<<神の矢>>は所詮飛距離がある矢だからねー。あんまり動く目標とかに当てるの得意じゃないんだー、僕」
「まぁでも、敵の動き見据えておけば、狙撃なんて楽勝だよねー。そもそも狙撃って狙い、撃つんじゃなくて、敵の移動の先に置いてやるって感じだし」
フロドに続けてソレイユがやり方を語る。音速を越えた速度であっても、標的が数百キロも先になると着弾までにかなりの時間がある。故にこの距離までなると敵の攻撃を予想し、その予想ポイントに弾速やそこから導き出される着弾までの時間等を推測して、置く様な感じになるそうだ。
「・・・うん、私よりもどうやらずっと上の世界の住人らしい」
「そう考えるのが、精神的に楽になれますよ。実際オレ、こいつらに一度教えてもらった事あるんですけど匙投げました。人間にゃ無理ですね」
同じ弓兵として少しは自信を身に付けていた赤羽根であったが、流石にこの二人を相手にしては分が悪い。自分とは経験も練度も違うと考える事にした様だ。カイトもそう考えた。
実際この二人は種族的な相性等様々な要因が重なった事により、ここまでの圧倒的な才能を出せるのだ。天才の芸当であって、ただの人に出来る芸当ではなかった。
「匙投げたって言うかさー」
「にぃ、飽きっぽいだけ!」
「うっせい!」
笑顔のソレイユのツッコミに対してカイトが怒鳴る。そもそも彼は近接タイプの戦士だ。狙撃をやる事は無い。狙撃はティナに任せれば良いからだ。と、そうして怒鳴ったカイトは即座に矛を収めて、仕事の話に入る事にした。
「はぁ・・・とりあえず仕事の話に入るぞ。ここから北の森について教えてくれ」
「「はーい」」
カイトの促しを受けて、フロドとソレイユの二人が同時に頷いた。そうして、二人から今回カイト達が向かう事になる森について、語られる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第998話『三つの選択肢』




