第996話 密入国
ハンナが搬送されたと言う神聖帝国ラエリア南部の『パルテール』への潜入任務についての数時間に渡る軍議の後、カイトはカリンと共に『桜花の楼閣』に戻ってきていた。
理由は勿論、作戦の概要をソラ達へと伝える為だ。と言っても全員に改めて話すのは時間の無駄だ。なので半数には準備の為に奔走してもらう事にして、詳細は話しやすいソラ達へと語る事にしていた。
「と、言うわけだ」
「半分は南部の『パルテール』へ向かい、半数はこっちでカリンさん達と一緒に陽動任務、か・・・」
「ああ。目標は要人の保護と、重要情報の確保」
「要人?」
ソラが首を傾げる。まぁ、潜入任務の基本的な内容ではあるだろう。が、それ故にイマイチ納得が出来なかったらしい。
「ああ・・・先王の側仕えで教育係に近い方だ。先の王都制圧戦で亡くなった筈だったんだが、ここに来て生きている可能性が示唆されてな。救出任務が組まれる事になった」
「それって・・・」
「・・・ああ。ハンナという女性だ。公私混同も甚だしいが、流石に先王の教育係を見捨てるわけにもいかない、という事で救出任務が組まれる事になった」
「で、俺たちが、ってわけか」
「ああ・・・冒険者で更にオレがハンナさんの顔を見知っている。やりやすいだろう、というシャリク陛下の判断だ。それに、オレ達はそこまで有名じゃあないしな」
カイトは一同に今回の依頼の裏を伝える。元々聞いていた事である事は、黙っておいた。その為に今回の一件を受けたと思われる事は避けたかったからだ。
「なるほど・・・それ、安全なのか?」
ソラがしかめっ面で問いかける。敵の本陣への潜入任務だ。危険度は察するに余りある。
「南部の南端は安全だ。とりあえずな」
「とりあえず?」
「ああ・・・現在、大大老派と元老院派の連合軍の目的はシャリク陛下の排除。それに対してこちら陣営の最大の目標はその二つの派閥の生き残りの始末。反逆罪、殺人罪、虐殺等10件以上の罪状はすでに固まっているので、ラエリア帝国からデッド・オア・アライブで賞金も賭けられている」
カイトはまずは現状を告げる。ここらはカイトもこちらに入って知った事だ。が、これは察するに余りある程なので不思議はなかった。それに、ソラが僅かに顔を顰めながら更に問いかけた。
「デッド・オア・アライブ・・・良いのか?」
「元々証拠はそこら辺に転がってるからな」
カイトが肩を竦める。証拠はそこら辺に転がっている。王都の彼らの邸宅に押入れば簡単に処刑可能なだけの証拠は揃う。ただ今までその可能となる組織が腐敗しきっていたので出来なかっただけだ。
「と言ってもこれが悲しいかな、金回りだと大大老達の方が良いのは今も変わらん。向こうは後先考えんで良いからな」
「そうなのか?」
「あっちは帝都を取り返せば国家予算が手に入る。更には元々不正蓄財してた財産が大量にあるからな」
「口座凍結とかやんないのか?」
ソラはもっともと言えばもっともな疑問を問いかける。どこかの家にそんな量の資金を蓄えておけるとは思えない。であれば、銀行の隠し口座等だろうと想像するのは普通だった。そしてシャリク達もそれはわかっているだろう。が、それでも、駄目な理由があった。
「出来ないんだよ、残念ながらな」
「正確には、まだ出来ないって所なんだけどね」
カイトの言葉に続けてユリィが補足説明を入れる。これはラエリア特有の事情だった。なお、彼女が出て来たのは拙い者達は買い物に出掛けてもらったからだ。そうして、そんな彼女が続けた。
「ラエリアにも銀行は勿論、あるんだけどね。そこの本店は南部にあるわけ。元々経済的には南部が一番栄えてるからね。政経分離、ってわけ。というわけで、敵に銀行の本店を押さえられてる格好なの。で、資金凍結したいんだけど、流石に支社も本社を押さえられてるのにシャリク陛下のお言葉だからと唯々諾々と受け入れるわけにはいかないんだよね。本社が資金出しちゃうから。支社、止めらんないの。流石に本社の頭取だって死にたくはないからね」
「そ、そりゃまた・・・」
ソラが頬を引き攣らせる。二人は説明しなかったが、流石に1000年以上の腐敗というのは凄まじく、大大老一人につき去年度の一年分の国家予算に匹敵する不正蓄財があるらしい。少なくとも、資金面だけで考えれば今のまま数年はラエリアと戦える見込みだった。
「でだ・・・こっからが悪いところだ。どうにも東部に頭の回る将が居たらしくてな。撤退時に鉱物資源をごっそり持っていきやがった。ご丁寧に蓄積されていた蓄財分全部な」
「お金も潤沢、資材も豊富。食料に心配も無い。で、国境沿いに位置してるから隣国から冒険者に入られると止めようない、ってわけ」
「有名な傭兵団、結構入り込んだらしいんだよなぁ・・・そりゃ、苦労するわ」
カイトとユリィは二人してため息を吐いた。とは言え、シャリクもそれを承知で戦っている。相手はこの国に巣食っていた1000年以上の不正の象徴だ。1000年分の膿と彼は戦っているのであった。と、それを語ってカイトはふと思い出した様に注意事項を告げる。
「ああ、そうだ。ヤバそうなギルドに会ったら即逃げろ」
「一目散に、か?」
「ああ。一目散に、だ。この戦場にはランクSの冒険者が率いているギルドもあるらしい。ランクAもザラだな。ヤバイ、と勘が告げた時点で即座に逃げろ」
瞬の問いかけにカイトは頷いた。確かに彼は並の冒険者が相手でも勝てるだろうが、それでも足止めが出来るとは思えないのが、この戦場の状況だった。
「逃げらんなかったら?」
「お前なら、そう言うと思った。上出来だ」
カイトはソラの問いかけにポケットに手を突っ込んで、灯里から貰った『BC』弾を取り出した。それを、彼へと渡しておく。
「何だこりゃ?」
「『ブラックホール・クラスター』弾。マイクロブラックホールを生み出す爆弾・・・つってもそんな威力はない。非殺傷兵器だ」
「ブラックホールなのに非殺傷兵器?」
「コントロール不能になる可能性があるから、対人への効果は無効化したんだとよ。それでも魔術や魔導砲を吸収する効果はある。なにせブラックホールだからな」
「へー・・・」
それは良い盾になりそうだな、とソラは黒い弾丸をまじまじと観察する。そこにはデカデカと『BC』の文字が刻印されていた。そんな彼へとカイトは更に続ける。
「魔力、どか食いするから使う時は本当に撤退しか考えんな。お前で魔力切れは致命傷だぞ。キャパの問題でお前しか使えないだろうから、お前に渡しとく。ベストは一個。マジでやばい時のみ二つ目使え。その後、回復薬飲むの忘れるなよ」
「わかった」
ソラは注意を胸に刻んでカイトから受け取った二つの『BC』弾を鎧の内ポケットへしまい込む。万が一の場合に助かる為の道具になるかもしれないのだ。受け取っておいて損はない。
「良し・・・じゃあデカい荷物はこっちに置いて、半分はこっちに待機。藤堂先輩、神崎先輩。こちらの取りまとめはお願いします」
「ああ、わかったよ。そっちも頑張って」
「ええ」
カイトは残留組の取りまとめを藤堂達先輩組に頼む。こちらはカリン達も一緒の為、危険性は少ない。残して行っても大丈夫という判断だった。そうして、そんなこんなをしている内に、買い物へ行っていた連中も返って来た。
「只今戻りました」
「ああ、木更津か。こちらも丁度作戦会議が終わった所だよ」
「あ、はい。詳細を教えて頂けますか?」
「悪いな、彰常も」
「いや、俺達が使う分だからな。俺達も何が必要かはきちんと把握しておかないとな」
藤堂が木更津へと労いの言葉を掛ける傍ら、瞬が弓道部の副部長へと労いの言葉を掛ける。こちらも三年生で、名字は赤羽根だそうだ。彼は街へ潜入するカイト達に対して、万が一潜入がバレた場合には撤退の援護を外側から行う事になっていた。
彼はカイトとユリィの詳細を知らない為、買い出しに出掛け貰っていたのだ。理由は彼の述べた通りである。なお、彼女の南部への同行はあくまでも勝手に付いてきた冒険部のマスコットで通してある。
逆に帝国側には万が一の支援として通している。どうにせよまだ支援が必要な段階ではないし、彼女の立場や来歴を考えても不思議には思われなかった。
「良し・・・じゃあ、行動は明後日。それまで各員、休憩を。木更津と赤羽根先輩は潜入作戦の詳細をお知らせしますので、そちらの確認も」
「「「おう」」」
カイトが号令を掛ける。そうして、一斉に明後日に向けての行動を取り始める事になるのだった。
そして明後日の夕刻。カイト達は飛空艇に乗って、神聖帝国ラエリアの隣国ラダリア共和国北部へと到着していた。大昔の大戦期にはまた別の国があったのだが、そこが滅んだ結果、南のラダリア共和国と北のラエリアが領土を分割して統治する事になった。
「ふむ・・・ヴィクトル商会の輸送船ね・・・これからとんぼ返りに北行きかい?」
「ああ、明日の朝にゃ、そうなる予定だ。何分あっちは内紛真っ只中。物資はいくら持ってっても売れまくりよ」
輸送船の船長と空港の検疫官が笑い合いながら現状を語る。そこに迷いも淀みも無く、ほぼほぼいつも通りという感があった。カイト達の乗り込んだヴィクトル商会の輸送船はほぼほぼ定期便で、馴染みらしい。
「かー! お前さんとこ、相変わらずアコギな商売してんな!」
「被災地に格安で売ってんだから文句言うなよ。ウチは他より数割割安で売ってんだ。会長の温情なけりゃ、何人の餓死者が出るかわかったもんじゃねぇだろ」
「さっすがヴィクトル商会って所か・・・っと、夜が近いな。さっさとしねぇと帰りが遅れてカカアに怒られちまう。荷運びの連中は?」
検疫官はそう言うと、周囲を見回して人員を確認する。一応国境警備が確認はしているが、そこらを管理するのも、彼らの仕事だった。が、馴染みなのでその検査にしてもなぁなぁの様相がかなりあった。
「ああ、おい! お前ら! まだ時間掛かんのかー!」
「すんません、船長! 新入り共がちょいと手間取ってて! 急がせやす!」
船長の言葉を受けて、格納庫の所で作業をしていた中でも一番年かさの男が顔を覗かせる。と、それは検疫官も馴染みなので特になにも思わなかったらしいが、新入りに興味を抱いたらしい。
「新入り?」
「東の鉱山で働いてたわけぇのが居てな・・・ウチでバイトで雇ったんだよ。つっても部署決まるまで荷運びが忙しいからこっち手伝え、って話だけどな」
「ああ、なるほど・・・かー、やっぱお宅の所の会長さんは偉いねぇ。世間じゃ金の亡者なんぞ言われてるが、やっぱきちんとやってなさるもんだ・・・っと、あいつらか?」
「ああ、そうだ。ほら、バンダナ巻いた奴らだ」
「流石鉱夫上がりだけあってガタイは良さそうだな・・・って、ん? 妖精連れてねぇか?」
「昔なじみなんだとよ。一緒に逃げてきたらしい。で、寂しいからって付いてきたんだとよ」
「そうかぁ・・・おーい、おチビさん! こいつ、食いな! わけぇの! 後で切ってやってくれ!」
検疫官は悲しげに少しだけ眉を下げると、妖精を連れた蒼い髪の青年へとりんごを投げ渡す。規定以上に持ち込まれていたらしく、かなりの数を没収した物らしい。
生鮮食品なので規定により空港で処分する事になっていたらしく、一個ぐらいなら彼の権限でどうにかなるそうだ。正確な数は数えている最中だったらしい。
「っと、すんません! 有難く頂きます!」
「ありがとー!」
「おーう! 気の良さそうなあんちゃんだな」
「だな・・・紛争、早く終わらねぇかねぇ・・・」
「だな・・・」
船長と検疫官はぼんやりと話し合う。それを横目に、荷運びが行われていく。
「おい、わけぇの。さっさと運べ。りんご、後で冷やしておけよ」
「うっす」
「りんご、りんご~」
荷物管理のリーダー格の男に指示されながら、蒼い髪の男ことカイトが箱を担ぎ上げる。歌っているのはもちろん、ユリィである。カイトはそもそも細マッチョである為、服装なども全てヴィクトル商会の作業着にしてしまえば、荷運びの新入りだと思われても信じる様な様子があった。
「おーい、他の新入り共もさっさと運べー! 明日になっちまうぞー!」
「「「うーっす!」」」
リーダー格の男の号令に、同じく変装したソラ達が返事をする。今回、サリアの手を使ってカイト達は新入りの荷運びの補佐としてこの船に潜り込んでいた。カイト達がここで降りる事を知っているのは船長とこのリーダー格の男だけだ。他には後追いで新たな業務命令があった、と告げる事になっている。
そうして荷運びを終えてこの日の作業は終わりとなり、ヴィクトル商会が確保している宿屋へと全員で向かう事になった。そこでカイト達は与えられた部屋に入ると同時に窓から脱出して外に出て、合流する。
「うっわ。お前は良いとしても、なんすか先輩のその髪・・・彼女さんの影響っすか?」
「うるさい」
ソラの言葉に瞬が照れくさそうにそっぽを向く。今回、変装と言ってもかなり手の込んだ事をした。まず第一に、ソラの指摘する様に髪の色を全員染めた。
エネフィアでは黒髪以外の髪色でも普通に生まれる。逆に黒一色の集団というのが珍しいぐらいだ。なのでそれに合わせて、カイト達全員が各々色を染めていたのである。染めていないのは翔――と本来は蒼髪のカイト――だけだ。他にも髪型も結構変えた。
次に、見た目も変えた。カイトが通常使っている見た目を変化させる魔術の簡易版を二日で全員が覚えて、それを使用して見た目を大学生程度の年齡に変えていた。ひと目見て彼らとはわからないだろう。
「にしてもソラ・・・お前はなかなかに似合わないな」
「銀髪っすからねー。つか、今見てもなんか実感わかないんっすよ、この見た目・・・」
「ははは・・・全員そんなもんだろ」
ソラの言葉に翔は笑う。全員自分たちが成長した姿を取っており、たしかに自分の顔だとはわかるのだが違和感があるらしい。それに、木更津が笑った。
「変化した頃はありがちな話、だそうだ・・・って言われてただろ」
「そりゃ、聞いてたけどなぁ・・・」
ソラはカイトを見る。彼はこれを常用しているというよりも、こっちが本来の姿だ。とは言え、そのままだと今度はひと目で勇者カイトとわかってしまう。なので彼は更に髪型を変えた上にバンダナを巻いて対応していた。そんな雑談を一頻り終えた所で、瞬がカイトへと問いかけた。
「で、カイト。これから酒場に向かうんだったな?」
「ああ。この街の『小人達の集い場』という酒場で案内人と合流する事になっている。ヴァルタードに居た頃にオレが顔なじみだから、会えばわかるはずだ」
「そうか・・・では、行くか」
「うっす」
瞬の言葉に一同頷いて、行動を開始する。荷運びは肉体労働だ。仕事が終わって酒場に行っても不思議は無いし、他の荷運びの連中に聞かれても酒場に行った、という事になっている。
他の荷運びの連中と別行動なのはこっちの支社から手続きで呼ばれたから、と言い訳してある。先の言い訳の前フリでもあった。その後、酒場に繰り出した体を装うつもりだ。そうして、カイト達は案内人に会う為に指定された酒場へと向かう事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第997話『ハーフリングの兄妹』




