第995話 来訪者・再び
『桜花の楼閣』に乗って神聖帝国ラエリアへの入国を果たしたカイト達は、街を統治している軍の高官達を介してシャリクとのアポイントを取る事に成功する。そうして、彼らは正式に依頼を受諾すると、カイトには更にハンナの救出任務が依頼される事になった。
そのハンナが搬送されたと言う神聖帝国ラエリア南部にある『パルテール』という街への潜入方法を考え始めたカイト達だが、そんな所に一つの声が唐突に口を挟んでくる。
「それなら、我々が手を貸してあげましょうか」
「誰だ!」
ジャイロが声を荒げて誰何する。と、それに声を発した男が陽気に両手を挙げて武器を持っていない事を示した。
「武器は持ってませんし、流石に勇者の右腕たるユリシアの前で迂闊な行動はしませんよ。で、皆さんはじめまして。情報屋の遣い、とでも言っておきましょうか」
「情報屋・・・?」
『ヴィクトル商会か』
「そこは明言致しません」
陽気そうな男だが、どこか飄々とした印象を醸し出していた。確かに情報屋といえば情報屋らしい掴みどころのない印象があった。
と、そんな彼は笑って一つの魔道具を一同の見える位置に置いた。それは通信用の魔道具で、情報屋が持つ世界中で使う事の出来る魔道具の一つだった。ヴィクトル商会が独自に持つ物だ。
「と、言いたいんですが、今回は会社命令でね・・・我が社も一枚噛ませて頂きたいと」
『どういうことだ?』
「まぁ、それは会長から聞いてくださいな」
『お久しぶりですわね、シャリク殿下。いえ、今は陛下、とお呼びすべきでしょうか』
『サリア・ヴィクトルか・・・何用だ?』
映像の中に姿を現したサリアに向けて、シャリクが問いかける。やはり各国の上層部はサリアこそがヴィクトル商会の会長である事を認識しているらしく、驚いた様子は一切なかった。
『いえ・・・すでに仰った通りですわ。我が社も一枚噛ませて頂きたい、というだけですわね』
『その意図がわからない、と言っているのだが』
『・・・ユリシアさん。私の半生はご存知ですわね』
「ええ、存じ上げております」
サリアはユリィへと己の過去を知っているかどうか問いかける。勿論、知っていた。だからこそ、サリアは言ったのだ。
『ですから、ですわ。貴国の元老院と大大老・・・私怨ですが、私も借りがありますの。それをお返ししたいのですわ。敢えて言えば、これはシャリク陛下と同じ個人としての思惑。我が社には関係はありませんわね。奴らに一泡吹かせるのであれば、私として、手を貸したいというわけですわ』
『・・・』
シャリクはサリアの言葉の裏を探る。元々サリアとラエリアの支配者だった超長寿の種族は同族だ。そして彼女の生まれが神聖王国ラエリアである事は自明の理だ。
それはサリアを知っていれば必然として知る話になる。その彼女がヴァルタード帝国へ逃げ延びて会社を興している事を考えれば、何かがあった事を察するに余りある事だった。
『・・・ふむ・・・その支援とは?』
『ラダリアへ向かう飛空艇に乗せて差し上げましょう。これでも我が社は表向きは中立。どちらの軍も臨検はしますが、襲撃はしませんわ。勿論、社員の身分証明も我が社の申請で行われる。直通で一気に移動できますわよ。南部に雇われたあらくれ達も流石に我が社には手出ししない。そんな事をすればユニオンだけではなく、暗殺者達からも狙われますものね。それを利用して、彼らをラダリア北部の手頃な街の支部へ降ろして差し上げるのはどうでしょう』
『ふむ・・・』
サリアの申し出にシャリクが悩みを見せる。サリアが私怨を抱いているのは事実だろうし、ここで彼女が大大老達へと裏切る可能性は考えなくて良いとシャリクは思っている。
こちらにはユリィが居るからだ。そこで裏切れば公爵家、ひいては夫となるであろうカイトとの関係が大いにこじれる可能性があるからだ。
なにせ相手はユリィだ。もし裏切って万が一彼女に何かが起きれば、ものすごい大事になる事は明白だ。それは如何に彼女とて望まないはずだ。であれば、この申し出を受け入れるべき。そう、判断した。
『良いだろう。手間賃は払おう』
『良いでしょう。それで、どちらまで?』
『君に意見はあるか?』
「ふむ・・・今のところ、『パルテール』へは近くの東・中央・西の三つの森を通るルートが考えられます。この三つの森の情報を頂けますか?」
『良いだろう。少し待て』
カイトの求めを受けたシャリクは即座に配下に命じて、『パルテール』に通じる三つの森の情報を持ってこさせる。規模としてはどれも同じぐらいだ。直通ルートとなる中央の森、かなり迂回する事になる西側の森、東側よりも迂回する事は少ないが一部山越えを含む東側の森。この三つだ。
一番入りやすい中央は最も警戒されているだろうし、迂回する西側は監視は少ないだろうが時間は必要だ。東側を突破するにはその中間程度の時間になるだろうが、山がある。魔物も強い可能性があり、迂闊に決定は出来そうになかった。
『・・・ああ、来たか。大佐、そちらに転写機はあるな?』
「はっ、ございます」
『良し。こちらから送る情報を受信してくれ。番号は98番にある物を使う』
「了解です・・・即座に手はずに取り掛かれ」
「はっ」
ジャイロの指示を受けた部下が立ち上がり、シャリクから送られてきた情報を受け取ってプリントアウトして戻ってきた。転写機とは謂わばFAXだと思えば良い。番号、というのは暗証番号の様な物だ。幾つかの暗号表があり、その中の一つを使うのである。そうして、5分程でプリントアウトされた資料が一同に配られた。
「ふむ・・・西部はカルマが出現する地域か・・・あんま良いもんじゃ・・・って、こないだ話してるからわかってるか」
「まぁな」
カリンの言葉にカイトも同意する。どうやら、西部の森にはカルマが出現するらしい。緊急時でもあまり立ち入りたくはないが、それなら監視はかなり薄いだろう事が察せられた。
「東部の森は・・・ん。さほど危険性はなさそうかな」
『ああ、あそこは森はそうですが、今竜種の繁殖期に差し掛かっていますわね。気を付けてくださいな』
「げっ・・・」
カイトはサリアからの情報に顔を顰める。彼女は独自のルートで情報を持っている。彼女が言うのだから確かだろう。と、そんな所に再度声が響いてきた。が、今度はカイトも知る声だった。
「中央ルートを行け」
「ん?」
「おや・・・預言者じゃないか」
「久しぶりだな、カリン」
現れたのはレヴィだ。相変わらずフードを目深に被っているが、気配で彼女とわかる静謐さがあった。と、そんな彼女にシャリクが問いかける。レヴィと彼は職務上時折共同戦線を張る事がありその腕はそこそこ信頼しているらしいが、流石にこのタイミングで来るのは訝しむだろう。
『預言者殿。なぜここに?』
「必要があったから来たというだけだ」
『必要?』
「ああ・・・ラダリアは知っているか?」
レヴィはカイトへと一応、問いかける。それにカイトとユリィは一瞬、顔を顰めた。先にカイトがラダリアを知っている様な発言をした事からもわかるように、彼もとある理由から知っていたのだ。それ故、カイトは一瞬でしかめっ面を消すと頷いた。
「ああ。曲がりなりにもここに来ると決めていたからな。近隣諸国の事は調べておいた」
「ならば、中央の森・・・通称『迷いの森』へと向かえ」
「なぜだ?」
「そこに貴様が行くべき理由がある」
「行くべき理由?」
『忘れ物だ』
レヴィがカイトへだけ通じる様に、念話で教える。だがカイトはそれが理解出来ず、首を傾げる。確かに、カイトはかつて現ラダリアの北部に一時期居た事がある。が、忘れた物なぞ何もない。居たのも数週間で、思い出したくない思い出はあれど忘れたものはなかった。
あそこには何も残していかなかった。とは言え、それ以上語っていては他にも怪しまれる。故に彼女はそれだけを言うと、本題に入った。
「・・・道案内をソレイユとフロドの兄妹に頼んだ。彼らが、詳しくは知っている。おそらく彼らも中央ルートを推奨するはずだ。詳しい情報は二人に聞け」
『・・・この流れまで見通していたというわけか?』
「そうだ。貴様らがこいつに依頼するだろう事も、マクダウェル家からユリィが来るだろう事も、全て見通していた」
シャリクの問いかけにレヴィが頷いた。そうでなければ道案内を頼むという事はしないだろう。相変わらずの慧眼だった。とは言え、それなら一つ疑問が出た。
『・・・ならば、一つ問いたい。では貴殿はハンナが生きていた可能性がある事も知っていたのか?』
「・・・ああ」
「おい、それはオレも聞いていないぞ! なぜ黙っていた!」
レヴィが頷いたのを受けて、カイトが怒鳴る。流石にこれは見過ごせる話ではなかった。それに、レヴィは説明を行った。
「いや、すまん。これは正確ではない・・・推測していた、という事か。そして、私の予想では生きていないと読んでいる」
「ふむ・・・」
嘘は無い。カイトはそれを見て取ると、レヴィに先を促す。カイト自身、生きていないと理解していた。あれほどの魔力を使ったのだ。あの時点でハンナが死んでいる事はカイトには明白だった。
それでも、僅かな可能性に賭けていただけに過ぎないのである。肉体さえ生きていれば、まだなんとか出来る可能性はあるのだ。
「バリー・シュラウドという男に帝王シャリクが調査を依頼したまでは私も察知していた。そこまでは、私も想定内だった。が、私としてもデンゼルという男の下にある事は知らなかった」
「知らなかった?」
「考えても見ろ。結界の中に彼女の遺体は有った。であれば、結界の崩落後にその遺体はそのまま地面に横たわる事になるはずだ。それが居ないのなら、誰かが持ち去ったと考えるのが筋だ・・・ここで、私は甘かったのだろうな。いや、これは良いな」
カイトの問いかけにレヴィは首を振って己の甘さを指摘する。あの当時は『道化の死魔将』が暗躍していたりしたので、彼女も完全には全貌を把握しきれていなかったのだ。
彼女が道化師がハンナの遺体の入手の為にあの場に居た事を察したのは、ハンナが探され始めてしばらくの事だった。彼女の預言はあくまでも予測や推測を細かく立てる事で行われている物だ。厳密な意味で言えば未来視でもなんでもないのだから、こうなるのも当然だろう。
「あの時点で、王城・・・現帝城は制圧済みだ。まず、なぜ敵に回収する余力がある?」
『ふむ・・・』
シャリクはレヴィの発言に筋が通っていると見る。違和感は感じていたのだ。なぜわざわざハンナを狙ったのか、と。あの当時の混乱状態とハンナのした事を考えればわからないでもないのでスルーしたが、それでも違和感は拭えない。
「考えられる時点は二つ。一つは、結界の消滅と同時に消滅に見せかけて誰かが遠距離から即座に回収した。もう一つは、一度遺体を回収した後に大大老派のスパイが回収した。貴様らは後者と見た。混乱の隙を突いて奪取されたのではないか、とな」
『ああ、その通りだ』
「私は前者と見ただけだ」
『誰が、何の目的でだ? しかもその様子では、大大老派ではないはずだ』
レヴィへとシャリクが問いかける。前者であれば、始めからハンナを狙っていた事になる。誰が、何のために。そこがわからなかった。そうして、レヴィが口を開いた。
「・・・『道化の死魔将』だ」
「『何!?』」
シャリクと軍の高官達が同時に声を荒げる。彼らがこの国の裏で暗躍していたと言うのは聞いていない情報だった。まぁ、当然だ。今まで黙っていたからだ。
「私は王都制圧戦の際、『道化の死魔将』と交戦した。そこで、奴は大大老と元老院数名を己が逃した事を白状した。あの時、私はその後の顛末を見届けに来ただけと思っていた」
『それは本当か?』
「ああ。すでに私が懇意にしている部隊の奴には教えてある・・・なぜ逃したか、と問えば時間稼ぎだ、と言っていた。現に大大老達だけでも十分な時間稼ぎにはなるだろうからな」
『なぜこちらに言わなかった?』
「言った所で無駄だからだ。入り込まれていた事さえ気付けなかったこちらでは、彼らを止める術は無い。安易に述べてあの時点で混乱に陥る事をそちらは望んだか?」
『っ・・・』
シャリクの顔に苦渋が滲んだ。あの時点でもし『道化の死魔将』が居た事を出されれば、明らかにシャリクの権勢にも影響してしまっただろう。大大老達のスパイが利用する事は明白だからだ。
シャリクは『死魔将』の口車に乗せられたのではないか、と。そしてあの混乱だ。その情報を流れない様にするのは難しかっただろう。目撃したのもレヴィ一人だ。あれ以上の混乱に陥らせない為に彼女が黙っておくのは彼らからしても正解だった。
「わかったようだな・・・なので、統一が見えるまで黙っていた」
レヴィは断言する。これが、次の一手において最適と読んでいたからだ。あの時点での大混乱は誰も望まない。そしておそらく、『死魔将』達からしても望んでの事ではないだろう。だから、彼らは表舞台に出る事はしなかったのだ。
『・・・ちぃ・・・やはり我らも手玉に取られるか・・・』
「そうだ。大方、今回もこちらに掴まれたのではなく掴ませたのだろうからな」
レヴィが呆れ混じりに実情を告げる。実のところ、彼女もハンナを探していたらしい。ということで、シャリクがようやく気付いた。
『・・・そうか、この情報の大本は・・・』
「そうだ。私が持ち込ませてもらった。何分この姿だ。知らねば誰かはわからん」
レヴィの僅かに覗く口元が笑みを浮かべる。そもそもゆったりとしたローブを身に纏いフードを目深に被った男とも女とも判断出来ない風貌だ。声とてようとして理解不能だ。
「暗殺者ギルドの奴が偶然情報を入手した、との事だが・・・あの道化師が持っていったのなら、そう安々と尻尾は掴ませなかったはずだ。向こうの何らかの準備が出来上がったと見るべきだろうな」
『その準備、とは?』
「不明だ・・・が、おそらく何らかの撤退の準備だと見ている。王都制圧戦で矛を交えた際、時間が必要だと言っていた。何かはわからんがな・・・言いたい事はわかるな?」
『・・・わかった。南部を制圧後徹底的に調査をさせよう』
レヴィの言いたい事を理解したシャリクが明言する。南部で彼らは何かをやっていたか可能性は高い。攻撃なら混乱の時点でするべきだろうし、彼も時間稼ぎを明言していた。彼らはまだ密かに動きたい、という事だろう。
その痕跡を見逃すわけにはいかなかった。なるべく早急に、消される前に掴むべきだろう。勿論、大半はもう消された後だろう。だがそれでも、残っているかもしれないのだ。
「そうした方が良いだろう。すでにバルフレアには伝えてある。統一後になるだろうが、協力は得られるはずだ」
『了解した。ユニオンの協力に感謝しよう』
「気が早いな。兎にも角にも、そちらは南部軍の討伐に注力しろ」
『わかった・・・そう言う話だが、中央ルートで良いか?』
シャリクがカイトへと問いかける。兎にも角にも、南部軍を壊滅させねば話にならない。そうして、カイトはわずかにため息混じりに頷いた。
「・・・ええ。彼女が中央ルートが最善だというのです。私は何があろうと、彼女を信じています。と言っても、現地に入って最終的な判断は下します」
『そうか・・・では、サリア殿。一応は中央の森を通る事にした。そちらへの移送の用意を頼む』
『わかりましたわ。明後日の朝には出発出来る様に致しましょう』
シャリクの申し出を受けて、サリアが通信を切断する。そうして通信機を持って飄々とした男が颯爽と去っていった。それに対してカイト達は更に作戦の概要を詰める事にして、各々の為すべき事を為す為に動き出すのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第996話『密入国』




