第993話 粋の花園
カイトが灯里から『ブラックホール・クラスター』弾と『試作縮退砲』を受け取った日から数日。カイト率いるラエリア遠征隊は朝一番でマクダウェル郊外にある『無冠の部隊』専用の軍基地へと足を向けていた。
とは言え、基地に入る事はない。用があるのはその横の飛空艇の修繕等を行っている軍の工廠だ。そこに、ギルド<<粋の花園>>の飛空艇が停泊しているのであった。
「よう、小僧共。来たね」
「ああ・・・バリー少佐も一緒でしたか」
「ああ・・・栄光ある『無冠の部隊』の側に立てる日が来るとは、な」
カイト達は軍の工廠の入り口にて、カリンとバリーの二人と合流する。聞けばバリーの飛空艇は今回こちらに搬送されたらしい。一応本来はハンナ個人の船になるのだが、クーデターの際に臨時で国が徴収した事になった為、この扱いなのだそうだ。
乗っていたのが正規軍人であるバリーであった事も影響しているらしい。以前の様に一般の飛行場にガレージを借りる事は出来なかったそうだ。カイト達もここから出発する事になる為、丁度良かった。
「さて・・・じゃあ、小僧共は付いて来な。ウチの飛空艇まで案内してやる。少佐は何時でも発進出来る様にそっちの準備を整えといてくれ・・・一応聞いておくけど用意してない、とか言わないよな?」
「ああ、当たり前だ。カリン殿とは違い無名だが、これでも元冒険者。そこを怠っては居ない」
「なら、安心だ・・・さ、付いて来な」
バリーとその場で別れたカリンはカイト達を率いて、工廠の内部を移動していく。そうしてたどり着いたのは、比較的入り口から近い一角だった。更に奥には『無冠の部隊』で使う為の兵装類が開発されている為、入り口付近で改修していたそうだ。
「これが、ウチの飛空艇『桜花の楼閣』だ。全長100メートル。最上階にあたしの部屋があって、他温泉やウチのギルド員の個室が三階、滅多に使われない客間なんかが二階、一階は倉庫やら船の機関部がある」
カリンは一隻の飛空艇の前でカイト達へ向けて、その名を告げる。素材は金属製が中心の様子だが、内装の一部には中津国の木材が使われているらしい。カイト達から引き取って以降300年で所々改修を加えているので、すでにカイトもティナも知らない船と言っていい状態だ。
「楼閣・・・には見えませんが・・・」
「あたし達が引き取ったときにゃこの規模の建物は珍しかったんだよ・・・まぁ、300年前の飛空艇の試作品の一個だ。そこの所は勘弁してくんな。名前、そんなコロコロと変えるわけにもいかないしな。それに、こんなのでも超弩級戦艦と言われていた時代があった、って良い証拠だ」
藤堂の問いかけにカリンはどこか照れくさそうに笑って事情を説明する。楼閣とは本来、高い塔や建物の事だ。今でこそこのサイズの飛空艇は比較的一般的ではあるが、当時はこのサイズどころか飛空艇でさえ珍しかったのである。それを遺す意味でも、そのままの名前にしているようだ。
そもそもこのサイズの飛空艇が一般的になったのはこの50年の事だ。その飛空艇の過渡期に来た彼らだからわからないのであって、カイト達黎明期から居る奴らにしてみれば感覚として納得出来る話だった。
「っと、こんな所で話してたらまた時間食っちまう・・・ほら、来な。別に男子禁制ってわけでもないからね」
「あ・・・そう言えば他の方はどちらに?」
「機関士除けば全員揃ってるさ。出発、近いからね。機関士は調整で外かね。それ以外は今日は全員待機を命じてある」
藤堂の言葉を背に受けながら、カリンは歩いて行く。と、飛空艇に入るとすぐに、着物姿の女性が出迎えてくれた。
「っと、芙蓉か」
「お帰りなさいませ、カリン様」
「ああ・・・ミトスはまだ外か?」
「いえ・・・先ほどあの方が参られまして、飛空艇の魔導炉の調整を共に行っておられます。飛翔機の取替を行いましたのでその最終調整を、と」
「そうか・・・調整が終わったらあたしん所に言うように言いな。終わり次第、エンテシア皇国を後にするよ」
「かしこまりました」
芙蓉と呼ばれた女性は腰を折ると音もなく消える。それを見て、カリンが彼女を紹介してくれた。
「今のは芙蓉・榊原。ウチの本家のお目付け役だ・・・お硬い女でねぇ・・・多分ウチで唯一あたしが手を出してない女だね」
カリンの言葉に一同はどういう顔をすれば良いかわからない。一応カイトからバイ・セクシャルのギルドマスターだとは聞いていたが、ここまでおおっぴらにされては反応に困るのであった。というわけで、反応に困ったソラが話題の転換を図る事にする。
「えっと・・・本家っすか?」
「ああ。あたしはアルカナムを名乗っちゃ居るがこれはまぁ、ぶっちゃければあたしの親父の名字でね。あたしは実は養子なんだよ。親父がちょいとやっちまってね。本家から送られた娘ってわけさ」
「何かご病気だったのですか?」
ソラに続いて藤堂が再度問いかける。心配そうな色があったので、興味本位等ではない。
「あはは。玉無しってわけじゃないんだが・・・ちょいと初代様の厄介な呪い食らっちまってね。親父の人生最大の失敗ってやつだ」
カリンはあっけらかんと実情を語る。と言っても、実際には血のつながりは無いまでも幼子の時点で引き取られていた上、この父親というのがカリンそっくりの豪快かつ性豪な男でカリンを実子同然に育てていた。なので実の親子とさほど変わらないらしい。
なお、芙蓉はその頃に本家より送られたお目付け役だそうだ。性豪である事は知られていたので、カリンに手を出さない様に、との事だそうだ。流石に父親の方も芙蓉には手を出さなかったそうだ。いや、正確には出せなかったのではなく、出して拒絶されたというのが正解である。
「ま、あの親父の事だからどっかでどっかの女孕ませてても不思議はないんだけどね。実際、隠し子居るらしいけどね・・・まぁ、会ったこと無いしあたしは知らん。親父の尻拭いなんぞやってやらんしな」
カリンは父親の事をバッサリと切って捨てる。ちなみに、この呪いを解呪出来なかったのか、という話がカイトに時折持ち込まれるが、無理だったらしい。
何か特殊な系統の呪いらしく、生命は奪われないものの異族の力、つまりは因子を封じられてしまったそうだ。ということで、人間と同じだけの寿命しか無くなったのですでに寿命で逝去していた。
「っと、んなウチの糞親父の話はどうでも良いな。付いて来な、二階に案内してやるよ」
カリンは父親の話を切り上げると、カイト達を引き連れて歩いて行く。内装は木がメインで出来ており、どこか日本風――正確には中津国風――な和の印象のある飛空艇だった。
もともとはエンテシア皇国で作られた飛空艇である事を考えれば、ここらは中津国で弄ったのだろう。そうして、そんな内装を見ながらたどり着いたのは、二階の客間だった。
「ここで寝泊まりしな。修練が必要なら屋上へ行ってそっちでやりな。部屋ではやるなよ」
「布団等は?」
「押入れに入ってるよ・・・ただし、使ったらそっちで洗濯してくれよ。洗濯物は隣の部屋に洗濯機があるから、それ使え。あ、その奥が風呂場だからな」
客間はいわゆる大広間の類らしく、10数名が同時に寝ても大丈夫なだけのスペースが存在していた。畳敷きの大広間なので布団を敷いて雑魚寝で大丈夫だろう。荷物は隅っこにまとめておくことにした。
「で、武器の調整に本格的な事やりたいなら、一階の鍛冶場行きな。金はもらうけど、鍛冶師には話通してやってる」
「鍛冶師・・・流派は村正か?」
「ああ。竜胆の弟子が今こっちでやってるよ。そっちも村正流だろ? なら、なんとかなるはずだよ」
「男?」
「女。探すの苦労したよ。女で腕の良い鍛冶師って少ないからねぇ」
カイトの問いかけにカリンが肩を竦める。正確な所は冒険部専属鍛冶師の桔梗と撫子の姉弟子に当たるらしい。流派が同じなので冒険部で使っている武器の調整も可能だろう。と、そうして諸注意を受けた後、とりあえずカイト達は荷物を置く事にした。
「ああ、荷物置いたらカイトはあたしの部屋に来てくれ。とりあえず予定、打ち合わせしとかないとね。また別の客人も一緒にいるから、そっちが良いだろ。それに通信機使ってバリー少佐とも話しとかないとね」
荷解きを始めたカイトに向けてカリンが告げる。別の客人とは言うまでもなく、ユリィだ。流石に今回は一緒に行動していると言えない為、一葉達と共に別行動だった。部屋も別である。
なお、そのユリィであるが、実は彼女だけはカイトのフードの中に潜んでいる。一葉達が荷物の出し入れがあるため、彼女はカイトと一緒だった。
「ああ、わかった。荷物置いたらさっきの階段で最上階に、だな?」
「ああ。ま、わかんなかったらそこら辺ほっつき歩いてる奴に適当に聞きな」
「あいよ」
カイトはカリンの言葉にとりあえず手を振って彼女を送り出す。そうして、カイトも一度荷物を下ろす事にした。と、その作業の最中に藤堂が問いかけた。
「天音くん。結局どの程度移動に時間を掛けるんだ?」
「そうですね。現在の予定では最長で一週間掛けて向かう予定です」
「意外と時間が掛かるな。確か以前に天音が行った時には3日程で良かったのではなかったか?」
カイトの言葉に神崎が意外そうに問いかけた。とは言え、これは仕方がない事情があった。
「ええ・・・少し北部を迂回する事になりますので・・・それに、戦況を見ながら航路を決めるので予定は長めに設定しています。なので早ければ前と同じで3日です」
「ふむ?」
「南部軍と遭遇するのは避けたい、と打ち合わせで決まりまして。魔族領に一度出て、その後南下するルートを取るつもりだ、というのが今のところの予定です。まぁ、そこらは後で最後の打ち合わせで決定しますよ」
「そうか。決まったら教えてくれ」
「はい」
神崎の言葉にカイトは応ずる。ここらを話し合うのがカリンに呼ばれた理由だった。そして確かに、ここらはギルドマスター同士が打ち合わせる事だろう。というわけで、カイトは与えられた客間をユリィと共に後にした。が、そうしてすぐにカリンと合流した。
「・・・終わったぞ」
「おう・・・来な。格納庫に居るはずだからね」
「おう」
カイトは再び、カリンの案内で歩いて行く。そうして次に向かったのは、一階の格納庫だ。そこにはティナと一葉達三人娘、そしてホタルが居た。そんな彼女らの前には、10メートル程の箱が3つあった。
「一応、積み込んどいたよ。他二人のお嬢さんらは先に二階奥の客間に案内しといた」
カリンが格納庫入り口にて、本題を告げる。これを告げる為に、ここに来たのである。と、そんなカリンが残念そうにため息を吐いた。
「いやぁ、かわいいお嬢さん方だったな。手ぇ出しちゃ拙いんだろ?」
「シャーナ陛下の側仕えの方々だ。やめとけ」
「残念だねぇ」
カリンがため息を吐いた。如何に性豪かつ両刀使いの彼女でもこれから行く国でかなりの支持を集める先王の側仕えに手を出す勇気はないらしい。諦めた様子だった。
「にしても・・・相変わらずあんたの所は可愛い子だらけだね」
「三人娘とホタル。オレの護衛と懐刀だな」
「ホタルってのか。挨拶には来たけどあの無愛想さ・・・そそるね」
カリンはどうやらホタルに一番の興味を抱いたらしい。ホタルを注視していた。そんな彼女に、カイトが笑った。
「ははっ。あの子の素体はマルス帝国のゴーレムだ」
「ゴーレム? え、マジ? あんな美少女モデルのゴーレムあるの?」
「ものすっごい鹵獲苦労したけどねー」
「まぁなぁ・・・10体も無い秘匿品だそうだ」
ユリィの言葉に続けて、カイトが笑いながら実情を明かす。と、そんな事を聞いて、カリンが悩ましげに顔を顰めた。
「んー・・・この仕事終わったらちょいとマルス帝国の遺跡巡りやっかなー。あたしも欲しい」
「頑張れ。隠し部屋にあるっぽいし、まだ数機ロストしてないらしいぞ?」
「おっし。芙蓉に怒られない範囲でやろ」
カリンはどうやらこちらに滞在している間にちょくちょくマルス帝国時代の遺跡に手を出す事にしたようだ。妙なやる気を見せていた。と、そんな彼らにティナが気付いた。
「む? おぉ、来ておったか」
「ああ・・・これの中に?」
「うむ・・・開け」
「はい」
ティナの指示を受けて、一葉が箱の一つを開く。中には勿論、彼女らの為の魔導殻が存在していた。この箱は簡易の格納庫、というわけだ。武装の切り替えもできる。とは言え、今回は魔物相手ではなく軍が相手だ。兵装もそれ専用になっていた。
「・・・武装は対軍兵装か」
「はい・・・各機に対飛空艇用の対艦砲を搭載しています。他にも私専用に特殊兵装として電子戦兵装、二葉に防御用の支援兵装、三葉には更に大型の対艦砲を」
「無くてもお前らなら素で大丈夫だろうが・・・わざわざ実力を出す必要もないか」
「これらの実地試験もしてもらいたいからのう・・・っと、カイト。魔物相手でも良いので、一応縮退砲と『BC』弾は使っておいてくれると助かる」
「わかった」
ティナの申し出をカイトは記憶しておく。今回、マクダウェル家からの支援は秘密裏に行われる事になっている。なので『桜花の楼閣』の側で支援砲撃を行うのが彼女ら――とユリィ――のメインの仕事になる予定だった。ホタルはカイト達と共に敵陣に強襲する事になるだろう。
ランクSも上位クラスの冒険者に匹敵する戦士が6人だ。しかも一人はマクダウェル公その人だ。これならマクダウェル家として、シャーナに対しての義理は果たせていると言えるだろう。
「うむ・・・で、カリン。飛空艇は魔導炉と飛翔機を新型に変えた。出力は20%程上昇しておるはずじゃ。後はミトスに調整させておる」
「おっけ、サンキュ。ミトスは機関部か?」
カリンはティナの口から今回の依頼の前報酬が支払われている事を確認する。ここらは信頼関係があるし、ミトスという機関士も確認しているらしい。なら、それで十分だった。
「うむ。他の機関士共を連れて最終調整に入っておるはずじゃ。余もこれが終われば船を降りる。どちらも後10分程で終わるじゃろう」
「わかった・・・カイト、ユリィ。それが終わり次第、出発するよ。忘れ物、一応最後に確認しときな」
「あいよ」
「私達は無いんだけどねー」
「言うなよ」
カイトはユリィの言葉に笑う。どうやら、ほとんどの作業はもう終わっているのだろう。ティナは最後にデータの回収をしていたそうだ。そうして、その20分後。全ての準備を終えた飛空艇はバリーの飛空艇と共に、マクスウェルの街を後にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第994話『ラエリア・再び』




