第991話 結論
シャーナ達三人と共に朝食を食べてから、数時間。カイトは冒険部執務室から桜と瞬を伴って学園に赴く事にする。
「・・・行くか」
「はい」
「ああ」
「ソラ、調整は任せる・・・多分、今日も帰りは遅いだろうからな」
「わかった・・・あ、はい。そうです、とりあえず保存食を・・・」
ソラは受話器片手にカイトの言葉に応ずる。そうしてカイト達が学園に到着して更に2時間程で、皇国側の職員――メルとシアの補佐官――が学園へとやってきた。どうやら彼は護衛にカリンを頼んだようだ。彼女も一緒に来ていた。
「我が国としては支援は最大限に行う、と陛下より直々にお言葉を頂いております」
「それは・・・出来れば向かうべきだ、と判断しているという事でしょうか?」
皇国の職員の言葉に教師の一人が問いかける。それに、皇国の職員がはっきりと頷いた。
「はい・・・この案件はあなた方としても受けて損のない依頼でしょう?」
「っ・・・」
あまりに当たり前だろう、という雰囲気を出して述べられた言葉に、多くの教師達が顔色を変える。反対される、と思っていた者は多かったらしい。
が、逆だ。皇国として見ればこれほど良い案件は無いのだ。逆に圧力を掛けてくるのが常道で、それをしなかっただけ良心的と言えるだろう。
「かつて我々も述べさせて頂きましたが、我々から軍事技術たる転移術をお教えする事は出来ません。それは使えるだけの力量を持とうと変わる事はありません。そして皇国内の発見されている遺跡で転移術に関する技術を入手されましても、それらは全て我々の管理下におかせていただく事になります。これはあなた方もご理解の上、と承知しております」
皇国の職員は学園の教師達へ向けて道理を説く。そしてそこには一切の温情が無いというある種、国としての冷酷さが滲んでいた。が、同時にここからは皇国としての仕方がない温情も滲んでいる。
「ですが同時に、我々はあなた方が我々の管轄外で得た技術についてはリストとして提示させるが運用に関してはあくまでも常識の範疇であれば関与しない、という事でも合意を得ております。それを考えれば、この依頼はあなた方にとっても願ってもない好機。違いますか?」
「それは・・・」
教師達が言い淀む。昨日カイトも告げたが、これは絶好の好機なのだ。使者は避ける意味がわからない、と言わんばかりの表情だった。
「『大地の賢人』の名はあなた方はご存じないかもしれませんが、知る者ぞ知る名です。これはあくまでも独り言と捉えて頂きたいのですが・・・彼であれば、確実に転移術の術式も知っているでしょう。そしてそこから教えていただいたのであれば、我々は関与致しません。契約に基づくお話ですので、これは当たり前の話なのですけれどもね」
皇国の職員は笑顔で断言する。そんな職員の言葉を聞いて、全員が一斉に顔を顰めた。皇国の管理下に無く、転移術を手に入れられる。やはりこれは帰還する上で何よりものメリットなのだ。
勿論、習得出来るか否かの問題は大いにある。が、それでも技術力さえ備われば習得出来る可能性があるのと、入手出来ていないが故に遠い未来でも可能性が低いままなのとでは話が違う。
「だが、しかし・・・」
「うぅむ・・・」
誰しもの頭の中にメリットがちらつく。が、同時に生徒を戦場に向かわせねばならない、という良心の呵責が付き纏う。と、そんな所にカリンが口を挟んだ。
「・・・なぁ、カイト」
「うん?」
「この話、ウチも絡んじゃ駄目か?」
「あ? そりゃどういう意味でだ?」
「あんた、ウチを雇う気無いか? 今暇なんだよね、ウチ。来たばっかだから依頼どうすっかねー、って所でクズハ達に依頼ないか、ってぶん投げててさー。飛空艇修理やらオーバーホールやらやるから大々的に動くつもりもないしね。でもこういう話なら、話は別。オーバーホールも今はまだだしね」
カリンがカイトへと自分達の雇用を提案する。それに、カイトも一筋の光を見つけた。そしてその一方、カリンは使者と同じ事を語る。
「あんたらが欲しいのは転移術。勿論金も欲しいだろうけどね。でも何よりもは、転移術の筈だ。あればかりは、相当特殊なコネが必要だからね」
「ロクヨン」
「キュウイチ」
「ナナサン」
「ハチニ」
「ナナサンにウチの一人頭で成功報酬プラス」
「半々におまけでどうじゃ」
唐突に何らかのやり取り――報酬を話し合っていた――を始めたカイトとカリンに対して、ティナが口を挟む。それに、会議室中の全員が彼女に注目した。その中には勿論、カリンも入っていた。
「あんたがおまけ・・・ね。念話で聞こうか」
『よかろう・・・お主らの飛空艇、余が改良してやろうと言うておる。そもそもあれは余が試作品を作っとる頃の物が大本じゃろう? 余らで今の技術をベースに改良してやろう』
『おっ・・・詳しく聞こうじゃないか』
ティナの提案にカリンが笑みを浮かべて乗ってくる。ティナの改良だ。改良次第ではカイト達が神聖帝国から得る金銭以上の価値を得られる。喩え金銭面の取り分を減らしてでもやる価値はある。
そもそもあれは300年前のティナが居た時代に量産機を作る為の試作品の一つだ。それを、世界中を回るカリン達の為に一つ融通したのが、彼女らの乗る飛空艇のベース機だ。飛翔機については300年前の物を使いまわしている。そこをティナが作る新型にしてもらえるだけでも、十分に元は取れるのである。
『まず、前報酬として飛翔機はウチの制式採用を使う。これは合意が得られれば早速取り掛かろう。それに合わせて』
「良し、乗った! 半々で手を打とうじゃないか!」
「せめて最後まで聞かない!? いや、わかっけどさ!」
即刻笑顔で商談に合意したカリンに横で交渉を聞いていたカイトがツッコミを入れる。
「あっははは、悪い悪い。とは言え、それなら良いさ。手はずは何処で?」
「聞く必要があるか?」
「良し。それなら、早速持ってこさせるよ・・・ああ、ミトス? 丁度良いや。うん、あたし。飛空艇、ちょい移動出来るか? あぁ? 魔導炉の調整中? それ、取りやめで・・・てか魔導炉取り外す準備して・・・」
カリンはティナの言葉で全てを察して通信機を取り出すと早速自分の所の副長や機関士達と話し合う。と、何故か交渉がまとまる前に動き始めた彼女を見て、教師の一人がおずおずと問いかけた。
「あ、あー・・・一体どういう交渉をしたんだ?」
「な、内緒です・・・ちょっと秘密の取引を・・・」
カイトは頬を引き攣らせながら、適当にはぐらかす事にする。とりあえず知られなければ問題はないし、今回の事態の裏には皇国の思惑も大きく絡んでいる。公爵家が出した所で問題はないだろう。
「そ、そうかね・・・」
「いや、そういうわけには行かないでしょう・・・聞かせてくれ」
それで良いか、とスルーしようとした教師に対して、別の教師が先を促す。それにカイトは仕方がなく、いつも通りの口八丁を行使する事にした。
「はぁ・・・私の個人予算から出す、という事になっただけですよ。ついでに公爵家と渡りつけて飛空艇の修繕等も行う、という事になったんです。知っての通り、と言って良いかは別ですが、私は武器も防具も自分で作れます。で、予算は結構余りますからね。クズハ様とも懇意にさせていただいていますし・・・」
これは嘘ではない。公爵家の金は基本カイトの個人資産になる。ただ冒険者としての稼ぎではないだけだ。
「そ、それは・・・勝手に良かったのかね?」
「それが、一番全体の生存率を高められますからね。公爵家については渡りをつけるだけですし、彼女らもコネはありますからね。そこは、彼女ら次第と」
頬を引き攣らせた教師が問いかければ、カイトは仕方がない、と認める事にする。そうして、今度はカイトが問いかける番だ。想定外ではあったが、カリンのお陰で一気に押し込める土壌が出来上がったのだ。
「それで、どうしますか?」
「ふむ・・・」
「天音くん・・・君は良いの? 行くとなれば、君は確実に自分で行くでしょう?」
「私ですか?」
灯里の問いかけにカイトが首を傾げる。それに灯里は無言で頷いた。
「そうですね・・・私は地球に帰りたい。そして、同時に。帰りたいと頑張っている奴らを率いています。今更、手を血で汚したくないと言うつもりはありませんよ。冒険部でも外に出て盗賊と戦った、という奴は少なくない・・・そいつらが必死で戦っているのに、オレ一人だけ逃げる事を許すとでも? なら、私が率先して戦いに赴くのが、私のギルドマスターとしての在り方です」
カイトは己のギルドマスターの在り方を語って答えとする。が、それに別の教師が問いかけた。
「だが、相手は・・・」
「盗賊ではなく兵士だ・・・ですか? それこそ今更だ。私はギルドを立ち上げた時から、ギルド同士の抗争も考慮していましたよ。ユニオンから悪い冒険者の討伐に関する依頼が来る事も、盗賊の討伐依頼が来る事も、です。人殺しに大差はない。兵士も盗賊も一個の生命だ。人殺しと呼ばれる事ぐらい覚悟の上ですよ、始めから」
「「「っ・・・」」」
カイトの返答に誰もが押し黙る。始めから覚悟していた、と気負いもなくただ淡々と事実として言われては誰も何も言えない。これが、覚悟の差。それを思い知らされた形だった。と、そんなカイトは一転少しだけ気を抜いた。
「とは言え・・・それを強制するつもりは無いです。だから、志願制にしたんです。殺しなんて経験しないで良いのなら経験しない方が良い。そんなの当たり前ですからね。そして幸い、カリン殿も協力してくれるという。安全はかなり確保出来たと断言して良いでしょう」
「あー・・・そう言えばスルーしてしまったのだが・・・彼女は誰なのかね? てっきり普通に護衛で雇った冒険者だとばかり思っておったが・・・知り合い、だったのかね?」
桜田校長がカイトに問いかける。と、それにカイトもそう言えば語っていないな、とカリンを紹介する事にした。
「ああ、彼女はカリン・アルカナム。ユニオン創設者の一人である花凛・榊原の子孫で生粋の冒険者です。以前ヴァルタードへ行った際に知り合ったのですが、数日前にこちらに来たそうですね」
「強いのかね」
「はぁ・・・強い強くないで言えば、間違いなく強いですね。なにせ勇者カイトの盟友の一人なので。<<花園の女主人>>と言えばランクS冒険者の中でも最高位の一人に挙げられる女傑ですよ」
「「「・・・何?」」」
あっけらかんとしたカイトの発言に教師達が全員呆気にとられる。まさかこんな所でそんな人物が来るとは思いもよらなかったのだ。と、そんな呆気にとられた一同に、どうやらやり取りを終えたカリンが自己紹介を行う事にした。
「っと、悪いね。自己紹介が遅れた・・・あたしはカリン・アルカナム。<<粋の花園>>12代目ギルドマスターだよ。まぁ、見知っておいてくんな」
どうやら連絡を取り終えたらしいカリンが軽い感じでどかり、と椅子に座る。いつも通りなので胸も下着は丸見えだが、呆気にとられているので全員がぽかん、となって注意する事も出来なかった。
「で、商談の続きだ。依頼内容としちゃあ、とりあえずウチが足出して、戦場でおたくらと共に戦えば良いって所でどうだ? まぁ、こっちも多分神聖帝国から金出るだろうしね。そこら、交渉はそっちと一緒にやるさ」
「つまりは、そちらが守っていただけると?」
「ま、流石に馬鹿やらない限りガキ共に死なれちゃ目覚めが悪いってもんよ。馬鹿やらない限りは、守ってやる。それが依頼だしね。これでも、大戦期のエースの一人。並の戦場なら生還は保証出来るよ。勿論、戦場だからバカしない、って前提は入るけどね」
桜田校長の問いかけにカリンが明言する。ガキだろうと雑魚だろうと、それを守るのが依頼ならそれをやるのが冒険者だ。この場合は戦場一つに付き値段を付けて、更に冒険部所属のギルドメンバーを生存させられた場合に一人頭で成功報酬とするのが通例だろう。前者は神聖帝国からの報酬で賄い、後者はカイトの資金とする。それが、一応の公向きのストーリーだ。
「さて、どうする? ウチとしちゃ、せっかくの商談なんだから纏めて欲しいんだけどもね」
「う、うーむ・・・」
ここまで出されて、否やは言い難い。故に全員の顔に悩みが浮かぶ。勇者カイトの盟友。それがかなり効果的だった。が、やはり最後の一歩が踏み出せない。なので彼らはカイトへと問いかけた。
「天音くん・・・生還、出来るかね?」
「私という意味でしたら、確実に生還しましょう。他は流石に担保は出来ませんけどね」
カイトは敢えて現実を提示する。ここで安易に出来ると言うのはあまりに無責任だろう。故に次に瞬へと問いかけが飛ぶ。
「ふむ・・・一条くん。君から見て、生還は可能かね」
「生還するつもりで、自分もみんなも常に戦っています。それはどこであろうと変わりません。魔物だろうと人が相手だろうと、生還するつもりで出ています」
問いかけられた瞬は運動部の連中の顔を一度見て、頷いた。彼は常に生還するつもりで戦っている。であれば、今度もそのつもりでやるだけだ。
「・・・1時間、時間をくれたまえ。結論を出すのに・・・いや、より最善の手を考える為に時間が欲しい」
瞬や部の部長達の頷きを見て、桜田校長は最終的な判断を一時間後と定めた。が、これは言外に了承を下したに等しい。そうして、この一時間後。紛争介入への承諾が下りる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次回予告:第992話『再びラエリアへ』




