第990話 夜明けと共に
カイトがシャーナと情を交わしてから、しばらく。彼はぼんやりと月夜を眺めていた。が、しばらくして唐突に口を開いた。
「・・・心愛、居るか?」
『ボクは何処にでも居るよ? なにせ心を司る大精霊だからね。君たちの直ぐ側に、僕は居るのさ』
カイトの求めに応じて、精神を司る大精霊が声を返した。それは澄んでいて明るさが滲んだ声だった。と、そんな彼女にカイトはベッドで眠るシャーナを見ながら問いかけた。
「彼女の力を抑える道具を作りたいが・・・出来るか? これはお前の力だろう? 土の眷属ではなく、お前の眷属か」
『正解。そして勿論出来るよ・・・と、でも声だけじゃ無理だね。姿を出すよ』
カイトの求めに応じて、精神を司る大精霊が姿を現す。名は、ココア。心を愛すると書いて、ココアだった。そうして現れたのは、白いワンピースにつばの広い帽子をかぶった蒼い髪を持つ15歳前後の美少女の大精霊だった。とは言え、それはどこか見たことがある印象があった。
「なんつーか・・・その姿見てっとオレと浬ってやっぱ兄妹なんだなーって思うわ、何時も」
「ボクに手を出した時、妹さんに手を出した気になった? 一応、下半身には血の繋がり無いから出しても大丈夫だよ?」
「そう言う問題じゃねぇよ・・・一瞬思っちまったじゃねぇか・・・」
ココアの言葉にカイトがゲンナリとした様子でため息を吐いた。誰かに似ている、と言われて答えは一つしか無かった。それはカイトに似ていたのだ。この年頃のカイトを女の子にした顔をベースにして更に可愛らしくしてやって髪を長く伸ばしてやれば、こうなるのであった。
と、言うことはなのだが、非常にぶっちゃけてしまえばカイトの妹である浬にも似ている。彼女も美少女と呼んで良い顔立ちだ。それ故、カイトをベースにしているココアの顔は決して同じ顔ではないが、似ていると感じるレベルではあった。
「はぁ・・・というか、その姿、どうにかなんないのか?」
「それは無理だよ。ボクは精神を司る大精霊。見る者に応じて姿を変えてしまう大精霊・・・まぁ、今は君との関係性を起点としているからこそ誰の前でもこの姿で顕現出来るけど、その前は無形だったんだよ?」
ココアが確認する様にカイトに告げる。彼女は、精神の大精霊。故に本来は見る者に応じて姿を変える事が出来て、カイトに祝福を授ける前は見る者に応じて姿を変えていた。本来の姿が無かったのだ。
とは言え、それでは不便だとなったらしい。そこでカイトと話し合って、彼の幼少時の姿を起点として少し彼女好みに修正したこの姿を設定して、それを己の本来の姿と定めたのであった。
「ちっ・・・どうせならオレの理想の美少女像でも当てはめときゃよかった」
「その場合はティナちゃんかルイスちゃんかヒメちゃんだね」
「あ・・・そういやそうか・・・ロリティナは何時もだから良いけど、ロリルイスとかロリヒメアとか出たら悪夢だな。うむ。もし性的な意味で興奮したらやばいな。それはそれで頭抱える。英断と判断しとこ」
カイトは己の過去の判断を英断と判断する事にする。が、そんな事を話したくて呼び出したのではない。なので気を取り直して本題に入る事にした。
「で、とりあえず出来るんだな?」
「うん、出来るよ。まぁ、一応これは秘密なんだけど彼女の開祖、実は異世界人だからね」
「あ、やっぱりか。ティナともそうじゃないか、って推測してたんだけど、やっぱりな」
「うん」
どうやら、カイト達も大凡異世界の人物だろうな、とは思っていたようだ。というより、そんな特殊な能力を持つ種族はこのエネフィアにはシャーナの血族しか居ない。突然変異ではなく、サリア達の近縁種。そう思っていたのである。
「本来は、医者とかやる種族なんだけどね」
「なるほど。カウンセラーか。思考は読めないけど、悩んでいる事の大凡は分かるか」
「そういうことだね・・・っと、これで良いかな。その世界の人達が使ってる腕輪・・・シャマナ・シャマナも持ってたんだけどね。子供の頃の物だから、知らずに外して失伝しちゃってるみたい。どっちにしろ、製法はなかったから失伝するのも必定だったのかもね」
「っと、サンクス」
カイトはココアからシャーナの力を封ずる腕輪を受け取る。そうして用件が終わったので、ココアが消えた。
『じゃあ、後はよろしくね。設計図は・・・必要になったらまた呼んでね』
「あいよ、サンクス」
カイトは腕輪を大切にしまい込むと、そのままベッドに戻ってシャーナの横で眠りに就くのだった。
それから、数時間。一眠りしたカイトは朝一番にシアと会合を得ていた。というよりも、カイトが起きたと同時に彼女が入ってきたのだ。
「起きたようね」
「ああ・・・っと、触れてはやるなよ。多分、寝てても分かるぞ」
「触らないわ・・・今は、ね」
カイトの言葉にシアは笑みを浮かべる。カイトの寝ていたベッドには、三人の少女の姿があった。その三人の名を告げる必要はないだろう。そうして、カイトは密かにベッドを降りて部屋に備え付けの机へと移動した。
「全く・・・陛下もお前も朝早くからご苦労な事だな」
「それが、仕事だからよ。幸い、どこかの男が昨夜は相手をしてくれなかったのだし早めにゆっくり寝られたわ」
「なんだよ、相手してやろうか? 昨日は気を遣ってたから、まだまだ大丈夫だぜ?」
「あら・・・そんな駄目な男になりたいのかしら?」
カイトと茶化し合いながらもシアは机の上に一つの通信用の魔道具を設置する。そうして、即座に起動した。そこに映ったのは、当然皇帝レオンハルトだ。
「おはようございます、陛下」
『ああ、おはようマクダウェル公・・・すまんな、可憐な少女らの初夜の後のピロートークがむさ苦しい男で』
「あはは。陛下のお言葉とあれば、少女らとのピロートークよりも優先されましょう」
カイトと皇帝レオンハルトは少しだけ小さく笑い合う。当たり前だが、これは皇帝レオンハルトの意向でもあった。相手はシャーナだ。彼の最終的なジャッジがあってこその話だった。そして彼は単刀直入にカイトへと一番大事な事を明言する。
『早速で悪いが、シャーナ殿との子は皇室に連なる者と婚約する事を覚えておいてくれ。これは決定だ』
「本当に早速ですし、気が早すぎます。彼女らの種族は子をなしにくい」
『わかっている。そして公が敢えて子を成さぬ魔術を使っている事もな』
「なら、良いのです・・・それで、まさかそんな事を話し合う為にこんな早朝に連絡をしたわけではないでしょう? そんな事は私もこの話を応じた時点で承諾していた事です。シャーナ様も、応諾されるでしょう」
一通りの何時ものやり取りを終えて、カイトは本題に入ってもらう事にする。朝一から何もこんな会話をしたいわけではない。
『うむ・・・皇国としての方針は定まった。当初の予定通り、マクダウェル家で動いてくれ。他国への調整はハイゼンベルグ公が行う。実働部隊の選定は貴公に一任する。が・・・』
「公にはならない様に密かに、ですね」
『ああ。そうしてくれ。大々的に関わっている事が露呈すれば、南部軍だけでなくどの国も政治的な問題として提起するだろう。北部軍の勝利が確定するまで、それは避けておきたい。それにこれ以上事態が混迷になるのも望まん』
「パイは一人で食べたい、と仰れば良いのでは?」
『ははは。言ってくれるな・・・まぁ、そうなのだがな。甘い蜜は一人で吸うに限る』
皇帝レオンハルトはカイトの言葉にひとしきり笑った後に認めた。当たり前だろう。これで他の国までおおっぴらに関われば代理戦争の様相を呈してくるし、それは連合軍の足並みの乱れにつながってしまう。それだけは避けねばならない。
更にはそうなればどちらが勝っても一国につき取れる取り分はかなり少なくなる。それではもはや何のためにやったのかわからない。独占したいのなら、他国が関わっている事を公にしない事が条件だ。
『それで、公よ。人員についてはどうするつもりだ?』
「それ以前に、現状どうやって学園を説得するか、ですね。それについては、考え中です。とは言え今回は事が事ですし、当家は顔が売れているのが多い。少々考える必要はあるかと」
『ふむ・・・わかった。こちらからの使者には強くプッシュさせよう。場合に応じては俺直々に説得しよう』
「そうしていただければ。こちらも更にプッシュは掛けますが・・・やはり内紛は受けが良くない」
『そうだろうな。とりあえず兎にも角にも、公が向こうへ行ける算段を立てねばならん。そしてこれは公的にも天桜としても最善の判断だ。道理云々を考えてはならんだろう。そこは後は使者となんとかしてくれ。こちらでは次の段階の手はずを整えておく』
「お願いします」
カイトは皇帝レオンハルトの言葉に頷いた。これで、とりあえず国としての意思は統一出来た。皇帝レオンハルトが今朝の時点でゴーサインを出したのなら、大臣達も合意の上だろう。そうして通信を切断した後、カイトがため息と共に少しの苦笑を覗かせた。
「にしても・・・」
「朝が早いな、かしら?」
「ご明察」
「ついさっきまで会議してたのよ、たぶんね」
「流石にそうなるか・・・」
「利益、大きいもの。数時間前の土壇場まで貴方以外に適任者が居ないか探してたわよ」
シアが肩を竦める。今回は本当に土壇場になってしまったのでカイトで許可したが、本来ならばこういうことはもっと前に決めておきたい所だった。
が、まさかこうなるとは予想出来ず、皇国としても対処を早急に立てねばならなかったのである。そうして、シアがため息と共に実情を吐き出した。
「今回の一件、本当は貴方以外で依頼したい所だったのでしょうけどね。まさか、ここまで手早く動くとは・・・」
「あのクソ野郎共が大方情報をたらしこんだんだろうな」
カイトは大凡の裏を見通して、苦々しげに吐いて捨てる。今回、皇国もシャリク達も後手に回ってしまったのはヴァルタード帝国があまりに素早く動いてしまったからだ。
まさかここまで素早く動いてくるとは、とどちらも予想を外してしまっていたのである。とは言え、それならそれで裏の理解も出来た。それ故の、カイトの言葉だった。そうして、彼は更に続けた。
「まぁ、お陰で助かった。ハイゼンベルグ家はそもそも本家筋に適任者が居ない為無理、大公家とブランシェット家は現状で即座に援軍を出せる状況に無い」
「リデル家はそもそも商家、アストレア家は今回の様なガチの戦闘向きじゃない、と・・・はぁ。面白い様にウチ以外無いのよね、適任が。まぁ、ウチが桁違いの戦力を幾つも抱えているのが可怪しいのだけれど」
カイトの言葉に続けて、シアが各家の実情を語る。実情としてどうしても他家による介入が無理なタイミングで起こされてしまったのだ。
いや、おそらくヴァルタード帝国はそれを探った上での行動だったはずだ。彼らとて皇帝レオンハルトと同じく、パイは独り占めしたいのだ。
カイトの事は賭けに出たと言って良いだろう。彼には冒険部の事もある。動けない可能性は十分にあり得た。こうなっては皇国としてもカイトに頼る以外に方法が無かった。
「はぁ・・・碌な事が無いな。可愛い女の子抱ける以外に・・・」
「疲れが見えるわね」
「見えない方が可怪しいだろう」
シアの言葉にカイトは疲れた様な笑みを見せる。もしゴーサインが出た場合には即座に動く事になるのだ。昨夜も遅くまで動いていたし、今日も朝一から動く予定だ。疲れが見えないはずがない。
「武器の調整、渡航許可の入手、戦略の策定・・・考える事は山ほどある」
「そうね・・・ああ、人員はどうするの? ああ、公爵家という意味でよ?」
「それか・・・とりあえず、ホタルと三人娘は確定だ。この三人を欠くと各所からお怒りの声が届く」
「当たり前ね」
というか私が出す、と言わんばかりの顔でシアが認める。この四人組は、絶対条件だ。どんな状況になるかはわからないが、行くのが戦場である事は確定だ。とりあえずこの四人を連れて行かねば誰もが納得しない。最悪はティナから鉄拳制裁が飛んでくる。とは言え、そこでもまた別の問題が出た。
「問題は何処に魔導殻を搭載するか、とかだな・・・まぁ、そこは後でティナと考える」
「そう・・・それは任せるわ。他は?」
「陛下にはああいったが・・・指揮官としてはユリィ一択」
「ああ、やっぱりそうなるのね」
「相棒だからな。戦争であいつを置いていくわけにはいくめぇよ。学園は公務でお休みにしてもらうさ」
カイトが笑う。こちらも当たり前だ。カイトが在る所に彼女在り。今回も一緒に行くだけだ。そして幸い、彼女ならシャリク達への言い訳が可能だ。と、そこまで言われてシアが肩を竦めた。
「と言うか、この時点で勝ち確定ね」
「あはは。常勝は伊達じゃないんで・・・後は、どうすっかね」
一頻り笑ったカイトは深く椅子に腰掛ける。この五人が、今のところの確定面子だ。他は名が売れすぎているので連れていけば皇国の関与がおおっぴらになりすぎる。
それにこれで十分だろうと言われればそれまでだが、確実性を高められるのなら高めたいのが本音だ。というわけで、シアがアル達について問いかけた。
「ヴァイスリッター家の御曹司達は?」
「あっちはこっちに残ってもらう必要がある。冒険部から腕利き引き連れていく事になるからな。残留組がやばい」
「そういえば・・・そちらもあるのね」
「ああ・・・面倒な話だ。この一週間でそこら全部決めないと、だからな」
「確かに、疲れるわね」
カイトの疲れの原因を聞いて、シアが僅かに同情を浮かべる。もしかしなくても一番忙しいのはカイトだろう。流石に彼女も同情したようだ。と、そんな彼女に対してカイトが頭を掻いた。
「あー・・・でも多分、シェリアとシェルクは連れて行く事になると思う」
「あの二人を? 確かに護衛としては出来るでしょうけど・・・腕、そこまで良くはないわよ」
「もう一個の個人的な目的の方の貴族と縁があってな。そこ筋で、だそうだ。どうしても連れて行ってくれ、ってさっきな」
「そう・・・まぁ、そこらは貴方に任せるわ」
「おう、任された・・・そっちはメルの補佐、任せるぞ。万が一はあっちで一戦だからな。ティナは補佐に残していく。彼女の判断をしっかりと聞いてくれ」
「ええ・・・気を付けて」
「あいさ」
カイトの返事と共に、シアが立ち上がる。用件が終わったので、シャーナ達が起きる前に出て行くのだろう。見られて良い気がしないのは、同じ女として分かるらしい。と、そんな会話から30分。カイトが椅子に座りながら休んでいると、シャーナが身じろいだ。気付けば朝日が差し込んできており、それに照らされたのだろう。
「ん・・・んぅ・・・」
「お目覚めですか?」
緩やかに目を開けたシャーナに対して、カイトが微笑みかける。それに、シャーナが少し慌てた様にシーツを口元まで引っ張った。
「ん・・・」
「あぅ・・・」
「あ・・・」
シーツを引っ張り上げた事でどうやらシェリアとシェルクが僅かに不機嫌そうな気配を出したらしい。恥ずかしげにシャーナがおずおずと引っ張っていた力を抜いた。
「あはは・・・おはようございます」
「・・・おはようございます・・・」
恥ずかしさから蚊の鳴くような声でシャーナが返事をする。耳まで真っ赤だった。
「はい・・・お身体の方はお変わりありませんか?」
「変わりがない、とはいまいち言えませんが・・・」
「っと、これは失礼」
カイトは例によって例の如く、道化のような笑みで大げさに頭を下げる。そうして、昨夜の内にココアから貰っておいた腕輪を取り出した。
「では、陛下。無粋を働いた愚かな道化にして騎士よりの貢物にございます」
「・・・これは?」
「陛下の祖先、神聖王陛下が幼少のみぎりに身に着けられておいでだった腕輪にございます・・・と言っても同じ物ではなく、原理が同じだけの物なのですが」
「・・・なぜそんなものがここに?」
「私は、勇者カイトですので」
目がこぼれ落ちん程に驚いたシャーナに対して、カイトが微笑みと共に腕輪を差し出す。とは言え、シャーナの方は腕輪の詳細はわからなかったようだ。首を傾げていた。
「あの・・・これはどういう・・・」
「あはは。お分かりにならないのも仕方がないですね。大精霊達より頂いただけです。あ、防水性やら蒸れやらはきちんとしてくれますよ」
「だ、だけですか・・・」
だけ、と言い切れるのは間違いなくカイトだけだ。大国の女王であったシャーナとて無理である。というわけで、少し畏れ多い感じで腕輪を受け取って、それを腕に嵌めた。
「それで、これは一体・・・」
「陛下のお力を抑える物・・・だそうです。陛下の祖先たる神聖王陛下は幼少のみぎりに持たれていたそうなのですが、何らかの理由で失われたそうです。当時の彼は『大地の賢人』の下で学ばれ、他の人と関わる事は無かった。それ故、神聖王陛下も知らなかったのでしょう。大精霊達が教えてくださりました」
「そんな物が・・・」
あったのですか。シャーナがまじまじと腕輪を見る。これがあれば、今まで何人もの王族が死ななくて済んだはずなのだ。どこか呆れが滲んでいたのは、仕方がない事だったのだろう。
「はい・・・私も知りえませんでしたがね。っと、どうやら、二人もそろそろ起きそうですね。では、朝食の準備を整える事に致しましょう」
「貴方が、ですか?」
「こういう時は、甘えてください」
カイトは笑ってその場を後にして、目覚めが近いシェリアとシェルクの分を含めた朝食を作りに行く事にする。そうして、様々な運命が決まる一日が始まるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第991話『結論』




