第985話 使者・再び
カイト達が二日に渡る訓練を行っていた頃。事態は密かに、進行していた。それは、遠くアニエス大陸は神聖帝国ラエリアの帝都ラエリアの帝城にて、起きていた。
「・・・」
「・・・」
神聖帝国ラエリアの幹部達が円卓を囲んでいた。その誰しもの顔には苦渋や困惑、焦り等の感情が浮かんでいた。数日前にある通告がやってきて、それが彼らを悩ませていたのだ。
「・・・少佐。頼まれてくれるか?」
「はっ」
そんな中で唯一人、顔つきを変えないシャリクの言葉にバリーが敬礼で応ずる。彼はこの数ヶ月での残党討伐によって、階級を一つ上げて少佐にまで進んでいたらしい。
「飛空艇はかつて彼女が使った物を使え。あれなら、マクダウェル家も知っている。話はし易いだろう」
「わかりました」
「よろしい・・・では、任務を復命してくれ」
「復命します。エネシア大陸マクスウェル支部所属冒険者カイト・アマネの招聘。及び先王シャーナ様へと親書を渡す事。以上の二つです」
「その通りだ・・・では、行け」
「はっ」
ざんっ、と軍礼で応じたバリーはその場を後にする。そうして、シャリクが深く椅子に腰掛けた。
「頼んだぞ・・・」
「・・・受けますかね」
バリーを見送ったシャリクに対して、軍の高官が問いかける。それに、シャリクは深くため息を吐いた。彼は自己嫌悪に苛まれていた。王故に、兵士の前でそれは見せなかっただけだ。
「・・・わからん。可能性は五分と五分・・・だが、餌は付けた。彼らがどうしても食いつかざるを得ない餌を・・・後は、彼とシャーナがどんな判断を示すか、だけだ」
「彼一人でなんとかなるものでしょうか?」
「・・・ならんだろう。だが、彼の事だ。皇国へと相談はするはずだ。皇国は彼を、そして彼らを動かすはずだろう。皇国からしてみればこれほど良い利益は無い。動かさぬ道理がない」
しばらく考えた後。多大な申し訳無さを滲ませながらシャリクが告げる。本来、このような事は道理を考えればすべきではないのかもしれない。だが、もうそういった事を言っていられる段階ではなくなった。なくなってしまった。だから、やっただけだ。
「・・・シャーナ様をお止めいたしますか?」
「・・・いや、止めるな。あれならばそうするだろうし、それが王であった者の務めでもある。私達は、それを利用するだけだ」
再びしばらく悩んだ後、シャリクはシャーナの意思を尊重する事にさせる。せっかく自由になれたのだ。己の意思で決めさせてやるべきだ、と判断したらしい。
勿論、自分の望みに沿うのだろう、と分かってはいる。それ故、この2つの案件に関してだけは彼は本当に一個人として、自己嫌悪に苛まれていた。だが、彼にもどうしようもなくなったのだ。藁にもすがる思い、と言っても良かった。
「・・・どうなるか・・・死神が舞い降りるか、それとも天使が舞い降りるか・・・」
シャリクは天井にはめ込まれたステンドグラスを見る。そこには、天使と死神が描かれていた。
「俺は、死神だな・・・南部軍との戦況を報告せよ」
「はっ」
自己嫌悪から気を取り直したシャリクの指示を受けて、軍議が進められる。そうして、再びラエリアからの使者がカイトの下へとやってくる事になるのだった。
その数日後。冒険部ギルドホーム食堂にて、ソラの祝宴が行われていた。
「そっかぁ、そりゃぁめでたい・・・ランクBかぁ・・・あたしが取ったの何歳の時だっけ。ま、とりあえず壁の突破おめでと。これでプロ名乗っても恥ずかしくねぇぞ」
「あ、どもっす」
ソラが何処に至ったかを聞いて、カリンが楽しげに酒を注ぐ。それをソラも嬉しそうにお酌を受けていた。
「・・・誰?」
「知らね。気付いたら居た」
何故か居るカリンに冒険部一同首を傾げるも、誰かわかったのは数少ない。で、残念ながらわかったのは瞬らごく一部だった。と、そんなカリンは改めて、ソラに冒険者の心得を説いていた。ここらは先輩として、自分が語られてきた事だ。だから、彼女も語り伝えていくのである。
「ランクBになれば一通りの事は出来ると見做される。これ以降はプロと見做される領域だ・・・故に、ランクB以降は冒険者の看板を背負ってるんだ。生半可な事をすりゃぁ、同じ冒険者から狙われる。それだけは、覚えておけ」
「うっす!」
ソラはカリンの言葉を胸に刻む。今まで恥じる行いをした事は無いが、それでもこれからはより一層それが求められるのだ。その心を忘れるわけには、いかなかった。
「おし。その意気だ・・・まぁ、つってもこの世にゃ冒険者って騙ってるだけの屑共も多い。ランクB以降になりゃ、そう言う奴らを積極的に討伐する様な仕事も来る。そん時にどうするか、ってのは心に決めとけ」
「・・・うっす」
「ははは! まぁ、そんなかたっ苦しく考えんな。基本、冒険者ってのは誰でもなれる。元盗賊上がり、元軍人、元お尋ね者、元貴族。なんでもありだ。金を積まれりゃ強盗、殺人、強姦・・・なんでもござれの仕事を引き受ける様な屑も多い。その現実ってのだけはわかっとけ」
カリンは気圧されたソラを見て改めて、冒険者という職業を語る。周囲からは憧れを受ける者も、誹りを受ける者も居る。上は神の如く、下は汚物の如くなのだ。
それが、冒険者の扱いだ。どちらに属する事が出来るのかは、その人次第だ。と、そんな語りに気圧されたギルドメンバーの一人が、おずおずと問いかけた。
「あの・・・その屑にあったら貴方はどうするんですか?」
「あん? あたしか?」
カリンは問いかけたギルドメンバーに問いかける。それに、彼は頷くだけだ。そんな問いかけに、カリンは今までで一番の覇気を放出した。
「殺すよ。こんなナリでこんな性格だが、あたしは由緒あるユニオン創設者の後代の看板背負ってんだ。冒険者の看板汚すんなら、あたしは容赦しないね」
ぞわり、とその場の全員が、それこそカイトさえも背筋を凍らせる。豪快な女傑であればこそ、彼女は己の筋の通らぬ者に容赦はしない。ある種の誇りを彼女は持っていたのだ。
「あたしの名はカリン・アルカナム・・・だがね。もう一個、あたしには名前がある。その名を名乗らせるのなら、あたしはユニオン創設者の子孫として刃を振るう。それだけさ」
「カリン・アルカナム・・・<<粋の花園>>12代目頭首・・・<<花園の主人>>・・・」
誰かが、カリンの二つ名を呼ぶ。それには畏怖が篭っていた。彼女の名は、こちらの冒険者であれば普通に知っている事だった。
「ま、小僧共がそんな事にならない事をあたしゃ祈るね。ガキ殺したら寝覚めが悪い。二日ぐらい酒が不味くなるからね、あれは」
カリンは覇気を収めると、肩を竦めてそう語る。だが、その言外の意味は誰しもが理解していた。彼女はガキだろうとなんだろうと、屑と見做せば容赦なく殺しているのだ。と、そうして僅かに気圧された様子の若い冒険者達を見て、カリンが頭を掻いた。
「ん? あー・・・駄目だね、どうも・・・でも、小僧共も冒険者なら、覚えときな。それが、現実だ。この世界で国家間の戦争は滅多に起きない。この300年で起きた『戦争』は両手の指で足りる。が、当然内紛や紛争程度なら日常茶飯事だ・・・人が人を殺すのは別に不思議な事じゃないし、あたしらはそう言う世界に生きてんだ」
カリンは頭を掻いて最後に、現実を言い含める。それが、現実だ。比較的平和な皇国に居ればわからないが、皇国とて今でこそ和平が成立して西側も平和になったが数ヶ月前までは普通に小競り合いは日常茶飯事だった。
起こらないのは、総力を結集した全面戦争だけだ。魔物への備えを失う事になってしまうので、どこの国も余力だけは残さなければならないのだ。だが、それ以外の紛争や内紛、小競り合い程度なら起こり得る。
「まぁ、そう言っても、だ。経験しないで良いなら、その方が良い。なるべく逃げれる術は考えといて損はない。あたしらだって好き好んで殺してるわけじゃあないからね」
カリンが一転僅かに苦笑して笑う。それは当たり前といえば当たり前の話だ。彼女らが好き好んで殺戮をしているわけではない。被害を食い止める為に、殺しているだけだ。そうして、そんな心構えを説かれて、一同は奇しくも心を入れ替えさせられる事になるのだった。
と、そんなしんみりとした雰囲気が蔓延した祝宴ではあったが、しばらくすると何も知らない奴らが来て再び盛んに祝杯が交わされる様になってきた。今はカリンがカイトへと語っている番だった。
「うぃっく・・・ってわけよ。あの遺跡、ものすげぇやばかったわ!」
「マジか! やっぱ遺跡探索は冒険者の醍醐味の一つだよなー!」
カリンとカイトが旅路の話を交わし合う。やはり、ここは生粋の冒険者二人だ。交わし合うのはお互いの旅の事が多かった。というわけで、カリンが語れば、今度はカイトだ。
「で、そっちどうよ? なんか面白い事やった?」
「あー、それな。こないだ・・・まぁ、夏の入りん時か。そん時に家出の皇女様に頼まれてエメリアまで行ったのよ」
「ほうほう・・・それで?」
「で、そこでちょいとダンジョン潜ったんだわ」
「あー・・・あれか。大剣使い限定ってやつだっけ?」
「それそれ! あそこの最下層やっぱやばかったわ! あれ作った奴ぜってー性格ネジ曲がってる! 居ねえんだけどな!」
「「あはははは!」」
二人は笑いながらお互いの苦労話を語り合う。そうして、一頻り笑った後、カリンが先を促した。
「で、どうなったのさ、結局」
「んでよ、あの骸骨剣士と戦ってたらまさかの地面崩落でさー・・・下の大空洞にぶち込まれたわけよ・・・そしたら、何居たと思う?」
「あ? まさか魔物びっしりとか? 大穴虫だらけってお前の悪夢もあり得るけどな!」
「それ、マジ悪夢だわー・・・いや、それが居たの『世を喰みし大蛇』。ガチ焦ったわ」
「あー、あれか! 新聞の記事なってたな! あれに巻き込まれてたのか! ぎゃっはははは! お前らしいけど、すっげぇことになってんな!」
カリンが大笑いする。まぁ、すでに宴も酣な状況だ。誰も二人の会話を気にしていなかった。と、そんな風に大爆笑やら嘆きやらを交えていた二人の所へ、椿がやってきた。
「御主人様」
「あ、かわいこちゃん」
「っと、椿か。どした?」
「え、知り合い? 紹介してちょーだいよ」
「ウチの秘書だよ」
「メイド服着てんのに・・・って、あんたの趣味考えりゃ普通か」
カリンはカイトの言葉を完全に受け入れる。酔っているので気にしないとも言う。というわけで、仕事なら仕事でそちらを優先させる事にする。カリンとてそのぐらいの分別はある。
「ああ、悪いな。オレの古い知り合いのカリンだ」
「存じ上げております。<<花園の主人>>カリン様ですね? お仕事の話は・・・」
「ああ、構わん。で?」
「はい、では失礼して・・・クズハ様よりお客様が来られている、とのお話が来ております。もう少しすれば、こちらにご到着なさるかと」
「客? それもクズハを通してオレにアポ?」
椿の言葉に、カイトが首を傾げる。クズハを通すということは、どこかの国の要職の可能性が非常に高い。とは言え、今日は来客の予定は無かったはずだ。特にマクダウェル公カイトとしては入れていない。だから、ソラの監督に出向いてその後に奢るつもりだったのだ。
「ふむ・・・突発は珍しいな・・・誰だ?」
「いえ、それが、その・・・ラエリア神聖帝国のバリー・シュラウドと名乗っておられます。ラエリアの大使館より先ごろ申し出があった、と。どうやら唐突らしいのですが・・・」
「バリー? んな知り合い居たかな・・・」
椿の言葉にカイトは己の記憶を辿る。最近になり刷新された神聖帝国の要人の名前を全員覚えているわけではないが、少なくともカイトを訪ねてくる様な人物に心当たりはなかった。と、そんなカイトへと、近くに居たソラが口を挟んだ。
「それ、お前がクーデターの時に戦ったって人じゃね?」
「あぁ、それだ! そういやバリー大尉って言われてたな! へー、あの人シュラウドって名前なのか・・・」
カイトは得心が行ったように手を叩いていた。が、そうなるとやはり疑問が出る。それはなぜ彼がクズハを通したのか、そして彼がなぜわざわざ他大陸に居るカイトにアポイントを取ってきたのか、という所だ。
「今、彼は?」
「・・・すでに到着されているご様子です」
椿は内線を通して、丁度来たらしい事を確認する。どうやら、ミレイが取り次いでいたようだ。色々とあってアポイントが土壇場になってしまった、と言う所なのだろう。些か褒められたものではないが、起きてしまったものは仕方がない。
「わかった。すぐに行こう。シロエに頼んで応接室に案内しておいてくれ。オレは一度顔だけは洗ってくる」
カイトはそう言うと立ち上がる。今の今まで飲んでいたのだ。一応普通に行動出来るが、身だしなみは整える必要はあるだろう。
「・・・ってことで悪いな。勝手に飲んでてくれ」
「ごちー」
「ひゃあ!」
カリンがカイトの言葉に片手を挙げて答える。その際に椿の尻を撫ぜていたのは、ご愛嬌だろう。なお、それに対してはカイトが上から魔力の拳をぶち当てておいた。目を回していたがこれで懲りる彼女ではない。
そうして、カイトは一度私室に戻って身だしなみを整えて、応接室へと歩いていく。と、その部屋の前にはシロエが立っていた。
「あ、マスター。お客様にはお茶をお出ししておきました」
「ああ、助かる・・・椿、給仕を引き継いでくれ」
「かしこまりました」
カイトの指示を受けて、シロエと椿が給仕を交代する。そうして、カイトは椿と共に応接室へと入った。そこには案の定、過日に矛を交えたバリーが座っていた。
と言っても今日はフルフェイスヘルメットを脱いで軍服に身を包んでいるので、顔は露わになっていた。年の頃は30代中頃。頬に大きな傷のある褐色の肌の大柄な男だった。
「ああ、少年。久しぶりというわけではないが・・・ん? 酒の匂いがするが、宴会中だったか?」
「ああ、いえ、申し訳ありません。丁度ギルドメンバーの一人が壁越えをした所でしたので・・・」
「それは・・・すまなかったな」
バリーは元冒険者だ。それ故、カイト達がなぜ祝宴をしていたのか理解したようで、カイトから酒の匂いがしていた事については目を瞑る事にする。
やはりランクBという立ち位置は冒険者にとって一つの目標点の一つだ。冒険者からしてみればかなりの慶事であると言って良い。そこで大々的に祝う事は珍しい事ではなかったので、ギルドマスターが真っ昼間から飲んでいても不思議はない。逆に元冒険者であれば目くじらを立てるのではなく、そのタイミングで来てしまった事を詫びるのが筋だった。
「それで、大尉。改めてお久しぶりです。と言ってもこのような形で話すのは初めてとなるのですが・・・」
「ああ、いや。今は少佐だ」
「っと、失礼しました、少佐。それで、どういったご用事でしょうか」
カイトはバリーと握手を交わし合うと、お互いに腰掛けて本題に入る。まぁ、本来は見知らぬに等しいが、数度刃を交えた相手であり、幾つかの言葉を交わしあった相手でもある。挨拶はこの程度で十分だろうし、バリーには時間も無かったので挨拶はこの程度にしておいた。
「・・・シャリク陛下より、依頼を持ってきた。と言っても強制ではないし、出来る限りで受けてもらいたいという話だ」
「それなのに、わざわざこちらへ?」
バリーの言葉にカイトは首を傾げる。出来れば受けてもらいたい、というだけなのにわざわざ別大陸の冒険者を呼び寄せようというのだ。出来る限りと言いつつ、よほどの理由があるとしか思えなかった。そうして、カイトへとバリーは来訪の意図を伝える事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第986話『難しい決断』




