第984話 粋の花園
二日に渡る荒野での訓練から更に数日。ソラはカイトと共に、再び荒野へとやってきていた。理由は単純で、ランクBへの昇格試験を受ける為だ。とは言え、今度は二人だけなのでほぼ最高速で駆け抜けた。なので、一時間程でたどり着けていた。
「にしても、驚いたな・・・桜ちゃんの方が先に受けてたのか」
「ああ・・・意外っちゃあ意外だが、魔糸を使った桜はかなり強い。特にソラ、お前は相性が悪すぎる。絶対に相手にするべきじゃあないな」
「そうなのか?」
カイトとソラの二人は桜についてを話し合う。実は彼女はこの前日にランクBへの昇格試験を突破しており、その様子はかなり楽々とした様子だった。そもそも彼女は固い鱗を持つ相手ではない限り、非常に相性が良かった。待ちの一手で良いのだ。非常に余裕で戦えていた。
勿論そう言う意味でいえば、ソラも同じだ。が、ソラは近づかなければ攻撃出来ないのに対して桜は密かに糸を忍び寄らせて拘束する事も可能なのだ。両者待ちになった後、桜がソラを拘束するというのが見えていた。
「さて・・・来るぞ」
「おう」
と、話している内にお目当ての魔物が近づいてきたらしい。それにソラは気合を入れ直す。突破は確実だろう、と言われているがこれは実戦だ。万が一のことも起こり得る。油断は禁物だ。
「ん?」
と、見えてきた赤い狼の姿に、ソラが目を瞬かせる。実はソラはこの数ヶ月の訓練の間に何度かこいつと戦っていたのだ。
「あれ? カイト、あいつ・・・」
「あっははは。まぁ、そうなるな。ま、そのまま戦え」
討伐対象は『血塗れの狼』と聞いていたソラがどう見ても『血塗れの人狼』な敵に首を傾げる。
冒険者として活動を続けていれば、当然こういうことは起こり得る。瞬はランクBの実力を得られた時点で試験に臨んだが、全員が全員そうであるわけではない。ソラの様にある程度ランクBとしての実績がありながら受けていない者もある程度は存在している。現にカイトはそうだ。
そう言う場合は、こういう風に試験が試験の意味を持たない事もあるのであった。これだけは、各々の考え方なので強制は出来ないだろう。
「おけ・・・まぁ、こいつなら戦い方はわかってるから問題ねぇな」
ソラは『血塗れの人狼』の姿をしっかりと目で捉える。そもそもこいつはランクBの入門編と言われる相手だ。ランクBならある程度までは単独で討伐出来る瞬とそこそこ互角に戦えるソラなら、油断しなければ負ける相手ではなかった。
というわけで、彼は突進してきた『血塗れの人狼』の牙に対して迷いなく右手の片手剣を突き出してそれを敢えて噛ませる。
「美味いか?」
突進を食い止めたソラは笑いながら問いかける。ガチガチと音が鳴っているので『血塗れの人狼』はどうやらソラの片手剣を噛み砕こうとしているのだろう。
「ばーか」
己の片手剣を噛み砕こうとした『血塗れの人狼』に対して、ソラは迷いなく盾に仕込んだ仕込み刀を叩き込む。それは柔らかな腹を貫いて、『血塗れの人狼』の身体を串刺しにした。とは言え、それだけでは『血塗れの人狼』は倒せない。
「おらぁ!」
ソラは土手っ腹を突き刺された衝撃で口を開いた『血塗れの人狼』に対して、左手に力を込めて地面へと叩き付ける。
「逃さねぇよ!」
変形して腕に力を込めてソラの仕込み刀を抜き放とうとした『血塗れの人狼』に対して、ソラは魔力を固めて返しを作って抜けないようにする。そして更におまけ付きで全体重を乗っけて踏みつけて完全に逃げられない様にした。
「行くぜ! 『リミットブレイク・ゼロコンマファイブセカンド』!」
完全に逃げられない様にしたソラは、そこで一気に出力を上げる。そうして、そのまま一気に刃を起点として『血塗れの人狼』へと魔力の嵐を叩き込んだ。強烈な魔力の嵐は『血塗れの人狼』を消し飛ばした挙句地面を打ち砕いて、周囲へと強烈な地響きを響かせる。
「・・・ふぅ。標的は完全に沈黙、と」
ソラは完全に消滅した『血塗れの人狼』の姿を確認すると、僅かに滲んだ汗を拭う。どうやら彼もこの程度の魔物なら余裕だったようだ。
「これでいいのか? とりあえず『血塗れの人狼』ぶっ潰したけど・・・」
砕けた地面から出たソラはカイトへと問いかける。言われるがままに戦った彼だが、結局何がなんだかはさっぱりだ。
とは言え、それはそうだろう。今回はカイトが一緒なので良かったが、本来は何もわからず戦わされる事になるのだ。混乱するのが普通で、今回はカイトが監督で幸運だった、という所だろう。
「まぁ、教えてやるが・・・とりあえず帰りながら話すか。ああ、試験はこれで終了だからな」
「なんかわかんねぇが・・・それならそれで良いか」
とりあえず昇格試験が終了しているのであれば、それで良い。ソラはそう判断すると、カイトと共に再びマクダウェルを目指して、走り始めるのだった。
それから、一時間後。ソラとカイトは連れ立ってマクスウェルのユニオン支部へとやってきていた。理由は勿論、ランクBに昇格する為だ。
「終わりました。では、ご武運を」
全ての手続きを終えて、ソラが新たにランクBの証が登録された冒険者登録証を受け取る。これで、全部の手続きは終わった。そうして、椅子から立ち上がって登録証を見ながら少しニマニマとした笑顔を浮かべる。
「良し・・・とりあえず、これで俺も今日からランクBの冒険者だな」
「おめでと・・・で、紹介とかはどうしたんだ?」
別に付き合う必要もないと近くの椅子に腰掛けていたカイトがソラへと問いかける。どうやら一通りの説明は受けたらしく、カイトの問いかけに疑問はなさそうだった。
「あ、登録しといた・・・問題無いよな?」
「メリットの方が大きいからな」
「やっぱりな」
ソラは小さくガッツポーズをする。どうやら彼の方は一時期とは言えギルドの運営に関わっていたからか、他のギルドや他組織へ紹介してもらえる事の有益性がわかっていたようだ。ほぼ迷うこと無く紹介制への登録を決めていたようだ。そうして、しばらく二人は他の組織の事についてを話し合う。
「ということは、商人ギルドとか鍛冶師ギルドとか色々と紹介受けてんのか」
「ああ。商人達は特にな。ギルドになると酒だ食料だ、って定期的に購入するからな。彼らとお付き合いを持つのは良いんだ・・・まぁ、オレの場合はヴィクトル商会にコネがあるから、特に問題があったわけではないが・・・足回りが良い商家や突発の依頼だと別口で依頼する事も多い。そう言うときには、紹介制を利用させて貰ってるよ」
「はー・・・」
ソラはカイトの方策を聞いて、なるほど、と頷いていた。と、そうして話していると入り口から見知った女性が入ってきた。
「ん?」
「お?」
入ってきたのはギルド<<粋の花園>>のギルドマスター・カリンだ。しかも珍しく彼女一人だ。そんな見知った相手に、カイトはしばらく目を瞬かせる。
「・・・なんでいんの?」
「ああ・・・っと、ちょい待ち。先に受付済ませてくる」
「おう」
カイトはカリンの言葉にとりあえず頷いておく。外の冒険者が新しい街に来てまずやることはその街の支部に顔を出して、所在地証明の様な形でここに居ますよ、と宣言しておくことだ。そしてその手続きぐらい数分で終わるので、待っているのは問題はない。そもそも暇をしていた所だ。が、その一方のソラは首を傾げていた。
「・・・誰?」
「ん? ああ、昔なじみのギルドマスターだ。結構有名な人だ・・・ほら、チラホラと彼女の方見てるだろ?」
「ん?」
ソラはカイトの言葉に少しだけ周囲を見回す。そうして見てみれば、カリンに向けられる視線の何割かは美女に向ける下世話な視線ではなく、尊敬や畏怖の感情を含んでいた。それを確認したのを見て、カイトは更に続ける。
「ランクSの冒険者で名はカリン・アルカナム。300年前の戦争時代のエースの一人だな。オレの部隊を結成する前後からの知り合いだ」
「へー・・・」
確かにそんな風格があるな、とソラはカリンを観察する。身のこなしは己よりも遥かに洗練されており、明らかに格上である事が彼にも理解出来た。
「でもそんな人がどうしてこっちに? あれか? お前の件か?」
「いや・・・アイツ確かカジノ行ってるはずなんだが・・・」
「カジノね・・・」
ソラが笑う。確かに、切った張ったが似合いそうな風貌だ。と、そんな話をしていると、カリンの方の手続きが終わったらしい。再びこっちにやってきた。
「おう・・・で、どした? 依頼か?」
「まぁ、そんなもんなんだが・・・カジノ船がこっちに来ちまってね。じゃあ総会で、って言って締まらないけども、こっちもここで活動さ」
「ありゃ・・・ヴィクトル商会の申請の中に飛空艇の届け出入ってるかね」
カイトは通信機を起動して、クズハ達へとヴィクトル商会の動きを問いかける。どうやら申請があったらしい、という事がわかったのでそれについては覚えておく事にした。
「ってことはサリアさんも一緒か?」
「ああ・・・本社に詰めてるつってさっき本社に入った。その護衛の依頼受けてね。で、ついでなんで私だけこっちに来たってわけさ。ウチはギルドで動いてるから、ギルドマスターが申請すりゃ良いからね。他のは飛空艇に戻ってこっちでの活動の用意整えてるってわけ」
「そっか・・・まぁ、この事態か。確かに一度本社に入って全体の引き締めをやっておくべきかもな」
カイトはサリアの動きを読む。元々ヴィクトル商会はティステニア陣営を裏切ってカイト達についている。それ故に支持は集めているが、そうなるとどうしても『死魔将』の復活とあっては動揺は避けられないだろう。本社に入って指揮を行うのは良い判断だろう。動揺を抑えられる。
「で、そっちもか」
「まぁね・・・で、ついでなんでそっちも手伝うよ」
「そりゃどうも」
カイトとカリンは座りながら話し合う。彼女としても想定外だったが、まぁ、ここは大陸最大の都市だ。金は手に入る。悪い事ではなかった。
「で・・・そっちの小僧は結構面白い物を持ってるね」
「は?」
「へー・・・仕込み刀か。基本的な方法だが、その鋭さだと初見でやられると怖いね。意外とえげつない」
「わかるんっすか?」
何も言わなくても見抜いたカリンにソラが目を見開いて驚きを露わにする。<<透視眼>>は罠等を見抜くだけではなく、このようにソラの様な暗器を見抜く力もあるのであった。
「魔眼持ちだからね」
「へー・・・」
色々な魔眼があるものだ、とソラが感心する。と、そうしてしばらくの間、三人が話し合う。そうなるとソラが気になったのは、カリンのギルドだったらしい。
「そう言えば・・・カリンさんのギルドってどんなのなんっすか?」
「ん? ああ、ウチかい。ウチはまぁ、歴史としちゃあ結構古いギルドだよ」
「設立1000年以上。冒険者が今の冒険者の形として活動を始めた頃からのだったか」
「だね。ユニオン創設者の賛同者の一人が、ウチの創設者だ」
カイトの言葉にカリンが同意する。そもそも、冒険者とは個別に冒険をしていた者の事を言うのだ。それが集まってギルドという集団を創り上げ、そしてギルド同士の抗争に発展しそれではいけない、と1000年前に出来上がったのが、冒険者ユニオン協会だ。なのでユニオンより古いギルドがあったとしても、不思議はなかった。そうして、カリンが続けた。
「ギルド戦国時代・・・ユニオン設立直前の時代をそう呼ぶ。結構、その時代に失われた技術ってのは多くてね。あたしらはその時代の遺物を探したりしてる。で、ヴィクトル商会とは仲良くしててね」
「あそこの会長さんの紹介で、彼女の親父さん・・・先代のギルドマスターと知り合ってな。それ以来の付き合いだ」
「あっははは。あの時のペーペーの小僧がいつしか勇者さまでこの世界最強だ。笑えるね」
カリンが背もたれにもたれかかりながらカイトの言葉に笑う。カイトと彼女はサリアを介して知り合ったらしい。ちなみに、サリアのタリア人形を提供したのが、彼女ら――正確には先代――だという。それ故、サリアの正体も知っているそうだ。
過去の遺物で彼女らの求める物は彼女らが入手して、それ以外の不必要な物はヴィクトル商会に高値で買い取ってもらっているらしい。と、そんなカリンにソラが問いかけた。
「過去の遺物っすか?」
「花凛 榊原・・・中津国の言い方だと榊原 花凛か。武門・榊原家伝説の女傑。聞いたことないかい?」
「・・・すんません」
「あっははは。覚えときな・・・ウチの初代で、ユニオン創設者の一人だ。オリジネーターの一人。冒険者やるなら、覚えといて損の無い名だよ。私の名前の由来となった方でもある」
カリンは笑いながら、己のギルドの創設者の名を語る。彼女はその創設者の名を頂いたらしい。
「その彼女が遺した8本の武器。通称、『八花』。濁点は有ってもなくてもどっちでもいい。とにかくそれを集めるのが、今のウチの使命さ」
「結局、まだ集まってねぇのか」
「『八花』は偽物が多いからねぇ・・・見た目も優秀、武器としても優秀。美術館に飾られてるならまだしも、盗品やら贋作やらが溢れかえってる。裏含めて半分見付けられてるだけで御の字さ」
カリンはカイトの言葉に顔を顰めながら、己の腰に帯びた刀を弄ぶ。これも、その一振りだった。と、そんな発言にカイトが驚いた。前に聞いた時と一緒だったからだ。
「って、数変わってねぇのかよ」
「名刀『壱の花』。これ残ってただけ御の字だろ・・・この300年で見付かったのは全部偽物。美術館で本物って言われて大急ぎで見に行って贋作だった時は笑ったよ」
カリンがその当時を思い出して笑う。美術館の鑑定員でさえ、本物と偽物の区別が出来ない程の贋作もあるらしい。それ故、見つけにくいのだそうだ。
まぁ、実は彼女らがカジノに居るのもそこらに起因する。カジノは闇の情報も仕入れやすい。そういうルートに流れている遺品を探しているそうだ。と、そんなカリンにソラが問いかける。
「他はどんなのがあるんっすか?」
「無刀『四つ葉』、名槍『睦号』、剛弓『八月』・・・これが今、見付かってる他のだね。あたしの腰にあるのが、さっきの『壱の花』」
カリンは腰の刀の鯉口で遊びながら、ソラの質問に答える。その彼女の動きを見てソラも腰に目をやれば、そこには漆黒の鞘に収められた一振りの刀があった。漆黒の鞘には金色の蝶や花の装飾が施され、鞘だけでも美術品としての価値も非常に高そうだった。
「で、他は豪鎚『弐の花弁』、双鞭『参の蔦』、暴斧『伍の閃』、硬盾『七の大花』・・・これに本家榊原が持つ『裏八花』を全部ひっくるめて、『八花』って言うのさ」
「裏まであるんっすか・・・」
「おまけに無貌『零』ってのもある」
カリンはケタケタと笑いながら、ソラへと更に告げる。総計17本の武器。それの中で散逸した品を、彼女らは探し求めているそうだ。
「『零』ってのは『八花』の試作品みたいなもんだ。初代様の使ってた武器の一つだね。あたしは使えないんで、こいつにくれてやった。ある意味こいつ専用だからな。本家も匙投げたし、そもそも厳密にゃ『八花』じゃないしね」
「は?」
「はぁ・・・お前、それ隠されてるのに言うなよ・・・と言うか、裏もそもそも秘密なんだが・・・」
カイトは呆れながらも刀の柄だけを取り出す。これが、『八花』の試作品『零』らしい。が、即座にカイトは隠した。話の流れで出しただけだ。と、そんなカイトに対して、カリンが問いかける。
「っと、で、そっちこっからどうする?」
「オレ? あー・・・飯行くか?」
「なんで?」
「祝い。奢ってやろうと思って待ってたんだが・・・」
「え、マジ? サンキュー!」
「ゴチになります!」
「いや、なんでてめぇまで!?」
何故かこれ幸いと自分まで奢られる気で居たカリンにカイトが怒鳴る。が、そんなカイトは完全にスルーして、カリンが強引にカイトを立ち上がらせた。
「いーじゃんいーじゃん、色々と知らない仲じゃないんだから。さ、行こうぜ。なんなら一発おごるから」
「うっし!」
「はぁ・・・まぁ、たまにゃ経済に貢献しとくか・・・言っとくが、メインはウチとこの食堂だからな。他になんか欲しけりゃ西の酒場からの出前頼め」
「飲めりゃ良いよ」
こうなったらどうせ止められない。というわけで、カイトはカリンを伴ってギルドホームへと帰還する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第985話『使者・再び』




