ようこそファンシーランド!丘の一軒家とおじいさんの夢
私、小林!!妖精さんにお願いされて、魔法の女王様を助け出すことになりました。始めてダークネス軍と戦ったら、戦利品の不思議な絵本を手に入れて…
その本は人間が長い歴史の中で作り出してきた本の中でも特に悍ましい代物であると鑑定するに、少なくとも一切の間断を生じさせなかった。
何しろ、その絵本はタイトルこそ「楽しいファンシーランドへようこそ」と可愛らしい刺繍が施されてはいるものの、表紙が肌色でどうも人皮で装丁されているのだ。
「うわ…何なのそれ?鼻とかついてるし。」
小林はグロい系は大の苦手キャラなので、こういう趣味の悪い物体はマジ勘弁だった。
「この絵本はファンシーランドに行く為の手段の一つだ。この絵本に秘められた不思議な力でファンシーランドにワープ出来る。比較的安全にな。」
ワープとは時空間を捻じ曲げることにより、一瞬で別の場所に移動する術である。
「どうしてもその本じゃ無いとダメなんですか?他に手段は無いんですか?」
「お嬢さん。残念ながらファンシーランドに行く方法は3つしかない。
・一つは海路と空路。これはダークネス軍に確実に見つかり一番危険だ。
・二つ目は通常のワープ。これは我々妖精達の呪文によるワープで、敵にも見つかることなくワープ出来る。ただし、腕が未熟なので成功率が10%以下しかない。我々はここに来るだけで半分以上の仲間が亜空間の歪みで粉々になってしまった。
・しかし、三つ目の方法、つまり、この絵本によるワープはファンシーだから致死率が断然低いんだ。」
黒人が諭すように言った。しかし、小林はあまり納得していない様子だった。
「どうして?ファンシーじゃないと魔法は使えないの?そもそもそのグロい絵本はファンシーから程遠いと思うんですけど。」
すると鈴太郎くんは絵本の中身を開き、見せてくれた。
「小林さん、この本は人皮でできてるけど、中の絵はお城とか動物とか書いてあって、とてもメルヘンだよ。」
確かにその通りであった。人皮の絵本と言えども、中の絵はとてもメルヘンでファンシーで可愛らしい絵柄のだ。特に3ページ目の丘の一軒家など見ているだけで心が落ち着く。
「それに、この人皮の人だって好きで魔法の絵本にされたんじゃないんだよ。嫌がってるのを無理矢理本にされたんだ。可哀想な奴なんだよトニータは。」
「トニータ!?」
「あぁっ!?いやいや…げふんげふん。知らない、何も知らないよ。トニータが組織を裏切ったら生きたまま実験にされたなんてことも知らないし、そしてトニータって誰かな?カエルの新種かな?」
「どう言うこと!?ねえ!!」
しかし、小林の意識は突然途絶えてしまった。鈴太郎必殺の当て身である。
「危なかった危なかった。」
「鈴太郎、トニータの話題はボスがキレるからやめとけよ。」
「ごめん、分かったよ。トニータの話はもうしない。」
「違うだろ、トニータは新種のカエルだろ。」
気がつくと小林は仏壇の前で正座していた。
「起きたようだな。良く寝る子だポン。」
「何ここファンシーランド?」
「外を見てみるポン。」
黒人に促されるままに仏壇の間から出た。小林が目にしたのは現実とは思えない辺り一面に広がる野原だった。
「もしかして本当にファンシーランドに来たの?」
「そうだポン。ワープは結構ショックがキツイから寝てる間にすべて終わらせたポン。」
ショックとは何なのか。聞こうと思った小林だったが、ぼんやりと思い出したのは不明瞭な意識の中で辺りが赤色と青色交互に発光しながらワープする光景だったので聞くことをやめた。
「とりあえず今から市街地の外れ丘にある工場を目指すポン。味方がいるポン。」
「味方?」
「ヤムおじさんっていう食品業者だけど一流の機械技師でもある器用貧乏なおじさんだポン。助手もいるポン。」
何か言いたかったがとりあえず小林一行は北を目指すことにした。それにしてもファンシーランドである。空は青く雲は白いのだ。そして目に映る野原や麦畑?などの景色が実にファンシーである。この様子では丘にあるという工場にも期待出来ようものである。
二時間程北に歩くと工場が見えてきた。赤い屋根に白塗りの壁のちいさな一軒家である。それはいわゆる近代的工場のイメージからは程遠い造形であった。寧ろどちらかといえばヨーロッパの田舎にでもありそうなのどかな農家である。しかしよくみると、赤い屋根から、アスファルトを突き破るタンポポの如く伸びた煙突から煙が排出されている。工場という建物は人類史以前の地球全生物全環境に喧嘩を売りながら静止しつつ蠢く悪魔の臓物である。工業用水は人間の体に悪いとは良く言われる事だが、それ以前に川に流れる水にとっては自身を汚染する地獄の泥水であり、また小魚にとっても体を蝕む化学物質に他ならないのだ。煙に含まれるダイオキシンも大体同じである。さらに最も悪魔的なのは、工場がなくなると死んじゃうか弱い人間が沢山いる事である。所詮人間社会は人間の事しか優先できない様に出来てるのだ。それを現代人は健全と呼び、あらゆる事態に対応できる模範回答として祭り上げ、前近代的に崇めたて祀るのだ。あらゆる社会問題の議論は人間主体に考えなければ前提として成立し得ない事を小林は幼稚園児の時、砂場に水を流した時に気付いた。ファンシーとかは基本的にそれ自体独立して形成できないのである。
そして、人間社会の搾りかすの様な掃き溜めがメルヘンのど真ん中に我が物顔で突っ立っていたのだった。と、小林は思った。
「愚昧ね。人間なんて吹けば飛ぶような欠陥住宅なのに。」
「ポン!?」
「うふふ、私はこんなおっさんの住処に何を期待していたのかしら。メルヘンなおっさんなんて要らないのよ。」
「それ以上は言ってはいけないポン。」
何かを諦めた小林は自ら一軒家の扉を開けた。
「失礼します。魔法少女よ。誰かいないの?」
玄関にいたのは何か黄土色の犬と、東洋人の美女であった。美女はデニムの作業着にコック帽を被ったエキセントリックないでたちで、その痩せこけた顔はいかにも麻薬常習者の様である。
「愛宕さん!!」
黒人が美女に駆け寄った。
「久しぶりね、マーカス。食パンでも食べる?」
「愛宕さんも元気そうですね。」
後に知ったことだが、この愛宕さんという女性は日本人だそうだ。
小林も愛宕さんに近づいた。
「私は小林と言います。」
「そう。私は愛宕さんよ。よろしくね魔法少女さん。ヤムおじさんの所に案内するわ。」
愛宕さんに通されて一同はヤムおじさんのいるという地下室に向かった。どこからか聞こえるのは呻き声と叫び声である。
「彼がヤムおじさんよ。」
地下室にいたのは調理服を著たおっさんと体育座りで俯いているおっさんだった。
「おお良く来たねみんな。ワシはパン職人のヤムおじさんだよ。その美女が助手の愛宕。そこにうずくまってるのがロドリゲス。そしてこのアンパンが常食、その犬が非常食だよ。」
「わんっわんっ」
「ほうら焼きたてだよお。」
しかしヤムおじさんに渡されたのはカビが生えたパンだった。
「どうしたんだヤムおじさん。」
ヤムおじさんは泣き出した。
「血に染まった両腕では最早パンを焼く事すら許されないのだ。」
意味がわからないでいると愛宕さんが釈明し出した。
「反乱軍が蜂起してから一ヶ月、ヤムおじさんは少しノイローゼ気味なの。」
「反乱軍?ダークネス軍の事?」
「ダークネス軍とは王国による反乱軍の蔑称なのよ。」
「じゃあ今この国は内乱の真っ最中って事?」
「そうよ。不況に苦しむ民衆がジャスミン革命に影響を受けて一ヶ月前に蜂起、そのまま城を攻め落として女王を捕えてしまったの。」
ここで小林は疑問を投げかけた。
「でもなんで革命なんて起こったの?メルヘンの国だったら王国がある方が民衆もメルヘンを満喫出来て万々歳じゃないの?」
小林の質問に答えたのは以外にも鈴太郎だった。
「実は王国側が南米との取引による麻薬利権と米国との取引による兵器利権を独占してたのが問題なんだ。」