侍女リリア視点(4)◆リリアの愚痴◆
「リリアも大変ね。普通の妃様の侍女はこうではないのよ?」
最近新しく入ったこの女官は他妃の侍女経験者だった。侍女経験者ということは、貴族の娘と思われる。元妃の実家が取りつぶしになったことを考えれば、そこに連なる貴族家もただでは済まなかったろう。
彼女は王宮の裁縫係の女官として働いている。他の女官達となんとか上手くやっていこうと努力中のようだった。
「そうなの? 私は今の妃様にしかお仕えしたことがないから」
「普通は貴族夫人達や女性達を招いてお茶会を開いたり、音楽会を開いたり様々なことをなさるのだけれど。今の妃様は、何もなさらないのね」
彼女は妃様の生活が華やかではないと思っているらしい。確かに、華やかではない。勉強や面会などが主であり、社交活動は時折ある王宮での催しに陛下とともに出席されるだけである。
妃様がどの貴族グループにも所属していないせいでもあるのだろうけれど、おそらくそれは陛下の意向であると思われる。
陛下は妃様が貴族達と会うことを極端に嫌っておられるらしい。妃様は多少の悪口雑言など物ともしないのだけど。
「それは大変そうね」
「忙しいし大変よ。でも、そういう機会にこそ、他の殿方に見染めてもらえるというのに」
どうやら侍女はそういう機会があるからこそ美味しいポジションだと思っているらしい。
「xxx卿のご子息とか、xxx卿のご子息に誘われて木陰で二人で囁き合ったりして。楽しかったわ。そんな楽しみもないなんて、本当に可哀想ね」
そんな楽しみはいりません!
そう思っている私には全く気付かず、気の毒にといった顔で彼女は去って行った。
憐れまれるって、なんだか無性に腹が立つ。彼女が悪いわけではない。ただ、カチンときただけで。仕方ないわ、人それぞれなのだし。と、私は自分を落ち着かせた。
貴族達の催しとは、そういった男女で恋愛ゲームのようなことをすることが主だったのかもしれない。侍女ですらそうなら。
元妃達は後宮におられたので、てっきり陛下以外の男性とは接触がないものと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
妃様の侍女に私が選ばれたのは、そういうことに疎いということもあったのかもしれない。
妃様は今は興味がなくていらっしゃるけれど、そういった催しがお好きになられるのだろうか。
仲間の女官に愚痴ったところ、一笑された。
「馬鹿ね。男性貴族を招く催しが許可されるってことは、陛下のお渡りのない妃ってことなのよ? 元妃だって必死だったでしょうよ。それ以外の事で華やかな立場にいることを主張するしかないんだから。陛下がナファフィステア妃にそんなことをお許しになるはずないわ」
「それもそうね。ナファフィステア妃は元妃方とは違うものね」
「珍しいわね。そんなことでリリアが愚痴るなんて」
「男女の事には疎いのよ」
「私達もお年頃だから出会いは歓迎するけど、坊っちゃん達の遊び相手はしてられないわ。そのくらいは皆わかっているけど、リリアはちょっと心配」
「大丈夫です」
「だといいけど」
同僚に心配されてしまうなんて。そんなに疎いとわかるのかしら。憐れまれて悔しかったのがまだ残っているのかもしれない。妃様の前では、絶対に出さないようにしなければ。
そうして私はいつもより気を張って、妃様の部屋へと向かった。
妃様は仕立てたドレスを試着なさっておられた。ドレスを着ては、そのまま裁縫師が調整していく。その間、妃様はじっと立っていなければならない。
しばらくすると、妃様の笑みが虚ろになってくる。こういう姿勢を長時間保つことは苦手でいらっしゃるらしい。
「そろそろ、調整は終わりにしていただけますか?」
私は裁縫師達に声をかけた。彼女達は急いで糸を仕舞いはじめる。
もう終わりだというのに妃様は笑みに再び力を込め、しゃんと背を伸ばした。あまりにもわかりやすいその態度に笑いがこみあげそうになる。裁縫師達も忙しなく手を動かしながら顔を見合わせ笑いを殺していた。
裁縫師達がドレスを手に部屋から出ていくと、妃様はぐったりとソファへ倒れ込んだ。
「今日はもうお仕事終わりよね?」
クッションから顔を半分だけ上げた状態で妃様が問いかける。口の辺りがクッションに埋まっていて聞こえ難い。けれど、毎日同じ台詞が出るのだから簡単に予想はつく。
「本日の予定はこれで終了でございます。夕刻までには時間がございますが、いかがなさいますか?」
「うーん、散歩はもうちょっと後がいいし、本を読むのもお菓子を食べるのも気分じゃないなぁ」
妃様はソファでぼんやりとなさっておられる。特に何をするでもなく、こうした時間を過ごされることがお好きなようだった。
「ナファフィステア妃は、音楽や絵画をお好きではないのですか? 貴族子女の間では、楽器を嗜まれる方々や絵をお書きになる方々がいらっしゃいます。妃様も何かなさってみてはいかがでしょう?」
「音楽会に行きたい!」
がばっと起き上がった妃様は、だらりとしていた先程までと違い瞳を輝かせている。
楽器や絵画を習うことをお勧めしたのであって、演奏会や展示会をお勧めしたわけではない。妃様も、滅多な事で王宮を出ることはできない身だとご存じのはずなのに。
「陛下にお願いすれば、王宮へ音楽団を招いてくださるのではありませんか?」
「それは、嫌」
「なぜでございますか?」
「音楽会といえば、音が美しく反響するように設計された音楽堂で、大勢の聴衆と一緒に耳にするのがいいんじゃない。最後の一音の後の一瞬の静寂。そして、その後の拍手喝采! あぁ最高よね」
王宮で行われる音楽団の演奏ではお気に召さないらしい。音楽会には思い入れがおありのようだった。確かにそのような音楽堂がありはするけれど、上位貴族が出席するところではない。まして妃様が、などとは。
「あれはそういう施設に行かなきゃ!」
身分の高い貴族が行くところではないと説明してみたものの、妃様は音楽家を招待することに妥協しない。あくまで施設で聴くことが大事だと思っておられる。
妃様はさっそく手紙をしたためられた。
おそらくは音楽会に出かけたいという旨を書かれたのだろう。
夜お会いする時に陛下にお頼みすればよいのに、妃様はこうして文によってご要望を申請される。
「なぜ手紙を出されるのです? 今夜もきっと陛下はいらっしゃられます」
「夜は駄目よ。こういうことは、きちんと証拠を残しておかないと」
何かの意図があって妃様は手紙にしているらしい。証拠を残すとは。夜の陛下は嘘をつくとでも思っていらっしゃるのだろうか。
まぁ、その、睦事に嘘がないとは言えないけれど。
すぐに手紙の返事が妃様へ届けられた。音楽会へ出かける許可は下りなかったらしい。
がっくりと肩を落とされる妃様。しかし、宙を見つめる目が、何かを企んでいそうで不気味だった。
夜、陛下がお越しになられた。
「ナファフィステア」
「お疲れさまぁ」
ソファでクッションを抱きしめてうたた寝していた妃様は目を瞬かせているが眠そうなのに変わりはない。そんな妃様を陛下はソファから抱き上げた。妃様はのそのそと陛下の首に腕を回す。
「ナファフィステア、王宮の外は」
言いかけた陛下の口を妃様はべしっと手で塞いだ。その手の動きには結構な勢いがあった。陛下がそれ以上言葉を発せられないのを待って、妃様はそのまま首元に頭を埋める。
「もう、寝よう」
首元に頭を擦りつけながら、妃様は小さくそうおっしゃった。
陛下はそのまま妃様を抱いたままベッドへ移動されたが、眠るつもりはないようだった。
「寝ようって言ったよね」
「まだ夜は早い」
「眠い!」
「眠くなさそうではないか。目が覚めたのであろう?」
「寝るっ。寝るっ。寝るのっ」
「眠ければ寝てもよい」
「……寝られないよぅ」
相変わらず仲の良いお二人は、今夜は熱々モードらしい。先程の妃様の態度が、陛下の何かを刺激したものと思われる。
妃様にとって、夜の陛下は昼の陛下と違う意味をもつ存在なのかもしれない。だから、夜は改まった態度ではなく子供っぽい振る舞いをなさり、陛下に頼みごとをするのは昼の手紙なのではないだろうか。
妃様のことをもっとよく知らなければと思った夜だった。