侍女リリア視点(3)◆ご機嫌伺い◆
今日の午後、妃様は専用の接見室にて王族の血筋につながる古い貴族方の訪問を受ける予定になっていた。
私を筆頭に女官達はそうした場が好きではなく、今日はみな口数が少ない。仕事に好き嫌いを言うべきではないけれど。
妃様を訪ねる貴族の方々は、妃様のご機嫌伺いにきているのに、お世辞と思わせながら遠まわしに嫌みを含んだ発言をする。それに妃様が笑顔でお言葉を返すのを、内心で意味も測れぬ愚か者と嘲笑う底意地の悪い連中ばかり。
正直、言いたいことがあれば妃様に正面切って言えばいいのにと思う。
王宮にて行われる夜会で妃様を敵視するお嬢様達の方が、よほど度胸がある。お世辞を言わず、妃様の目の前で嘲笑って見せるのだから。もちろん陛下の見ていない時に限って。
でも、そんなことに妃様は動じたりはなさらない。そばで聞いていると眉を顰めそうになることが度々であるにも関わらず。どんな方の嫌みや蔑みも全く意に介さないところは、本当に見事だと思う。しかも我慢なさっているという様子は欠片もない。
そんな妃様を、王宮の夜会に出席されるお嬢様達や貴族夫人達は、半数以上が蔑視している。それは、妃様がどの貴族グループにも属していないから。
貴族達の社交場というのは、案外狭い。貴族の社交場には複数の貴族グループが存在し、上位の貴族家夫人が仕切っている。妃様は、実家も後見も持たないため当然どこにも所属していない。
後宮が存在していた頃、いくつかの貴族グループから接触がはかられていたのに、妃様は全て無視しておられたらしい。
後宮が閉じられて以降、妃様との接触は陛下によって厳しく制限され、結局、どこのグループも妃様を取り込めず今に至っていた。
そういう経緯があるというのに、ご機嫌伺いに来る貴族達が妃様のご機嫌を本当に取ろうとしないことに唖然とする。妃様を取り込めれば、陛下の覚えめでたく、社交場でのグループ間争いに勝利できると思われるのに。
しかし、取り込めば、グループトップの夫人は妃様にグループ内の最上位を譲らなくてはならない。陛下の寵愛を失えば何の利用価値もなくなる妃様を、自分達の上に立てたくはないというのが本音なのだろう。陛下の寵は数年と考えれば当然かもしれないけれど、妃様ほどの若い娘一人懐柔できないなんて底の浅い方々だと思う。
一方庶民はといえば商魂たくましい方々ばかりである。
一般の貴族女性と違い、妃様は特定商人との取引を行っておらず、今が売り込みのチャンスだった。自商品をぜひ妃様御用達にと商人達がしのぎを削り合っている。
妃様への面会希望は、そういった意味では殺到していた。事務官達はどんどん増える売り込み業者の中から選別するのが大変らしい。
そんな状況の中、ご機嫌伺いにくる貴族など歓迎する気分にはなれない。長い時間居座って、何の結果も残さないのだから呆れる。
今日もまたどこかの貴族男性がやってきた。妃様は薄い笑みを浮かべて、貴族男性を迎えた。まだ若い整った顔立ちの貴族男性は自分に自信があるのだろう。妃様にむかって、非常に愛想のいい笑顔を浮かべていた。
「ナファフィステア妃には、ご機嫌麗しく……」
お決まりの文句を述べる貴族男性を前に、妃様は微動だにしない。じっと見つめ返すだけ。
貴族男性の言葉が終るのを待って、妃様はゆっくりと頷いて、椅子を手で示した。
「本日は我が家で採れました果実で作った菓子を持参いたしました。妃様がお好きと伺いましたので」
「ありがとう。お菓子は好きです」
貴族男性の後ろから従者が箱を捧げ持ち、蓋を開けて見せた。
妃様が私達へ視線を投げるより先に、その従者から箱を受け取る。箱の中身は庶民で一般的に食べられる焼き菓子だった。
ふっ。全く、坊っちゃんは、やることが浅い。
微笑まれる妃様を見て、貴族男性は満足したらしい。意味のない言葉を連ね、時間を潰してから去っていった。きっと、妃様が庶民の口にする物を喜んで受け取ったと話して回るのだろう。本当に先の読める方々だ。陛下の心象をどれほど悪くしているのか考えが及ばないところが、愚か過ぎる。
妃様は面会を終え、楽しそうに部屋へ帰っていく。この後はお茶を飲み、妃様の好きな散歩をなさる予定だからだ。
「ああいった方々の訪問をお受けになるのは、大変ではございませんか?」
毎回大して意味のない会話ばかりの貴族との面会について、妃様に尋ねてみた。
場合によっては、減らすよう事務官に伝えようかと思ったのだ。本当に底の浅い人達ばかりでうんざりだから。けれど。
「別に大変ではないわ。座っていればいいだけだから。それより、売り込まれる方が大変。皆さん熱心すぎるんだもの」
女官達とは逆に、妃様は貴族方の相手は問題ではないらしい。商人の売り込みの方が困っていらしたとは。確かに、妃様のおっしゃる通り、最近売り込み合戦が加熱しすぎているのではある。
商人達に多くの商品を献上されたり宣伝される中、これといって妃様の気を引いた物はまだない。
事務官には、妃様がお好きなものを報告するようにと言われているけれど。今のところ、お菓子と散歩と昼寝くらいしか報告できていない。
事務官ユーロウスは、陛下から催促されているらしく、毎日のように何か新しいものは見つかったかと問いかけてくるので煩い。最近は泣き落としにかかっており、とてもうっとおしい。女官達の誰もに泣きついているらしい。
それだけ陛下から問い詰められているのだろうとは思う。思うけれども、邪魔すぎる。
「直接、お尋ねになればよろしいのに」
「先程ナファフィステア妃にお尋ねしたら、枕、と答えていただいた」
彼はぼそりと呟くと肩を落とし、事務室へと戻っていった。答えがもらえたなら、いいじゃないのと思う。例えそれが、枕、であっても。
もちろん、数日後、陛下から新たな枕がナファフィステア妃の元へと届けられた。
「枕? どうしたんだろ、陛下」
新しい枕を胸に抱いて、妃様は不思議がられていた。きっと、数日前のユーロウスに答えたことなどすっかり忘れてしまわれたものと思われる。
こういっては失礼だと思うけれど、なんだか陛下が不憫に思われた。
しかし、その夜、お越しになられた陛下に。
「陛下。枕、ありがとう」
と、ベッドで枕を胸に抱きしめて言う姿は可愛らしく。
そう思われただろう陛下は、とても満足そうだった。
今夜は妃様を膝に乗せて猫かわいがりするバージョンらしい。妃様が枕で陛下を殴っているようだけれど、抵抗される妃様を咎める陛下の声は、甘くて甘くて、ひたすら甘かった。
陛下が不憫?
気のせいだった。
本当に仲のよいお二人でいらっしゃる。妃様の態度には多少疑問があるとしても。
いつまでもこうだと、平和でよいけれど、迷惑でもあるような。
我ながら、贅沢な悩みだなと思った。