王妃の肖像(前編)
王宮の秘宝編のすぐあとくらいのお話です。
かなり久々に書いたので突っ込みどころが多いかもしれませんが、生あたたか~い目で見ていただけると嬉しいです。
エテル・オト神殿で負った怪我も治って、そろそろ王妃業を再開したいのだけど、なかなか陛下の許可がなくて私は暇をもてあまし気味だった。息子のヴィルフレドは乳母のもとで王家の子供が覚えるべきことを遊びながら身につける必要があり、暇な母の相手をしてはくれない。となれば、将来に向けて何かしようかな、なんてのんびり考えていたある日のこと。
私のもとをひとりの王宮官吏が訪ねてきた。嘆願を携えて。
「王妃様、エテル・オト神殿の事件が世に広く知られるようになったため、王妃様のお姿を一目でいいから拝見したいとの声が上がっております。しかし、声のあるところへ王妃様に脚をお運びいただくことはかないません。そこで、王妃様の肖像画を描かせていただけないでしょうか」
熱意のこもった声で私にそう言った。
「私の肖像画を? 私の代わりに、肖像画を持って行くというの?」
「王妃様の肖像画は王宮にお納めしますが、その肖像画をもとに複製画をいくつも作り、神殿へ寄贈するのです。そうすれば、民も王妃様を拝することが叶い大変喜ぶことでしょう」
自分の姿を絵にして遠い地に配るとか、とてもじゃないけど了承しがたい。嫌です。めっちゃ嫌。過去の妃たちのような見目麗しい人であれば適役だったと思う。私は今が自分の人生で一番外見がいい時期なのは確かだけど、人に自慢できる容姿でないことは重々承知している。過去の妃達ほどでなくても、顔もプロポーションもいい人達はゴロゴロいる。この世界は美人が多いのだ。そんなところで、私の姿絵を配る? 嫌でしかない。肖像画を持って回るなら、ちょっとの間見せ物になるくらいならば許せるけど、ずっとそこに残される……なんて、勘弁してほしい。
が、官吏の言いたいことはわかる。確かにエテル・オト神殿の件は大事件だったし、すごい速さで国中に広まったと聞いている。王家の守護神殿として非常に有名な神殿だったので、王家の権威が揺らぎ国家の平穏を脅かす事態だったとも。だから、対象が私ではなく、陛下や騎士達だったら諸手を挙げて賛成していた。だがしかし、だがしかしっ……なぜに私の姿絵なのか……。そりゃ、私がエテル・オト神殿に乗り込んだし、王妃という目立つ存在だし、理屈としてはわかる。でも、私の姿絵が拡散するなんて、嫌すぎる。
「私じゃなくて、陛下の肖像画じゃダメなの? みんな、国王陛下の絵姿のほうが喜ぶんじゃないかしら?」
「陛下のお姿は即位の際に描いた肖像画をもとに数年前に複製画を作成したことがございます。この度は、王妃様が陛下より勲章を賜ることを示すよい機会となりましょう。ですから、ぜひ王妃様のお姿を!」
私へ熱意をもって訴えかける官吏は比較的若い。王宮官吏というのは貴族家の縁故で入ってくる場合がほとんどなので、貴族社会の考え方が基準だ。どことも知れない地からきた子供のような王妃を受け入れ難く感じる官吏は少なくない。この官吏のように、王妃の存在を国中に知らしめようとするなんて、今までは考えられないことだった。そういう提案だから、この彼が来たのだろうけど。
うーん。王家のイメージアップのためにもなるし、いい案ではあるのよねぇ。若手の官吏の案が成功すれば、私の存在に批判的な古株官吏ではなく若手の手柄になり、出世すれば王宮も若手官吏が活躍できる職場となる。私にとっても若手にとってもwin-winな関係になれるだろう。だから、提案を応援はしたい気持ちはあるにはあるけど、……うーん……。
「私だけじゃなく陛下も一緒の絵姿なら、受けてもいいわ。それなら協力してもいい、どうかしら?」
私は悩んだ末に、そう提案してみた。この場合、陛下の了承を得なければならないけれど、過去に承知したことがあるなら今回も了承される可能性は高い。
「ありがとうございます、王妃様。国王陛下御夫妻の仲睦まじいお姿の絵姿となれば、皆どれほど喜ぶことか! さっそく陛下への請願をしたためます」
私の言葉に官吏の表情はぱっと明るくなった。陛下にこの案を了承してもらえる公算が大きいのだろう。私の肖像を許可した結果ここにきているのなら、そう考えてもおかしくない。
「私からも陛下にお願いしてみるわ」
「ありがとうございます!!」
私も陛下に手紙を送り、この件は速やかに王の承諾が下りた。
それから一か月後。
陛下と一緒に肖像画を描いてもらうため、私は王宮の本宮へ向かい、画家が待っている部屋を訪れた。
「来たか、ナファフィステア」
すでに陛下が部屋でくつろいでいた。部屋の右手奥の長椅子に陛下が、その背後に陛下の騎士二人、部屋端近くには官吏や女官、騎士数名。そして左手に画家らしき人とその弟子か手伝い人がふたりといった配置。
陛下は大きな石のついた宝飾品を着け豪奢な衣装に身を包んで、長椅子にどっかりと背中を預けている。テーブルにはカップが置かれていて、到着から少し時間がたっていることがうかがえる。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、陛下」
私はほんの少しだけ腰を落として謝意を示して見せた。私は侍女リリアを連れて陛下の方に進む。
「かまわぬ。余が少し早く着いたのだ」
普通、王様が予定より早く画家を迎えるなんてあるはずがない。たまたま執務が早く切りあがった? 私が肖像画のための衣装と髪を整えるのに手間取ったのはあるけど、時間には遅れてないはずだ。それなら、私より陛下が先に画家に会う予定だったたということ。
少し奇妙に思いながらも、私は陛下の隣に腰を下ろした。隣といっても陛下のマントのせいで私は椅子の左端の方に座っている。私も陛下も公式な儀礼用衣装なので膨らんでしまうのだ。基本的に立っているのが前提の服だから座るにはあまり向いていない。
「王妃様、こちらが今回陛下と王妃様の御姿の肖像を描くレブロ・シェスーと助手のホミッツ・ヘフナン、ジョハン・ダウブールです」
先日会った官吏が画家を紹介した。その声を合図にぎくしゃくとした動きで礼のポーズをとりながら「お会いできて誠に光栄でございます、王妃様」と三人は口々に言った。
私は無言のまま三人をゆっくりと眺め見て、それぞれに頷きで返す。
それにしても、陛下の肖像を描くとなれば相当名のある画家で、貴族のパトロンがいたり貴族との会話は慣れているものだ。なのに、このぎこちなさは何故だろう。
「では、さっそく素描をはじめますので、王妃様は陛下の左の御膝の上にお移りください」
は?
「王妃様、いかがなされました?」
肖像画担当の官吏が不思議そうに尋ねてくる。
いや、待って。待って、待って、おかしいでしょ。陛下の膝の上へって言っておいて、何もおかしなこと言ってませんけど、みたいな顔されても。
しかし、女官たちが陛下の前のカップとテーブルをすすっと片付けてしまい、室内で戸惑っているのは私だけのようで。
「肖像画を描くのよね? 何か聞き間違えたみたい。私はどこに立てばいいのかしら?」
「はい、しばらくは肖像画のための下絵を描くこととなります。王妃様は陛下の左の御膝の上にお座りください」
「儀礼用の衣装だから立ち姿の方が見栄えがすると思うのだけれど…。それに、そんなところに私が座った絵では、陛下の威厳が半減してしまわないかしら?」
私は官吏に速攻返しで語気強めに言ってみた。笑顔を作ってるけど、内心ひどく焦っていた。
陛下の膝に座る? そんな構図では肖像画に陛下を巻き込んだ意味がなくなってしまうじゃない!
儀礼用衣装は絶対に立ち姿が映えるし、立って並ぶと陛下と私にはかなりの身長差があるから、肖像画は非常に縦長の構図にならざるを得ない。そうなれば、必然的に全体に対して顔は小さく描かれることになる。その絵をもとに胸上肖像として複製するには陛下と私の身長差のせいでバランスが不自然になってしまう。それを狙って陛下を巻き込んだのに、このままでは私が陛下より前に出て超目立つポジションという最悪の構図となってしまう。なんとしても回避しなくては。
「ナファフィステア、そなたは小さすぎて立ち絵は似合わぬ。余の膝に座るがよい。皆が待っておろう」
私ははっとした。これはすべて陛下の仕業に違いない! 官吏や画家たちに、王妃を陛下の膝に座らせるなんて提案ができるはずがないのだから。陛下が先にここへ来て話していたのは、そのためだったのか。
「陛下の膝に座るなんて恐れ多いですわ」
キッと陛下の顔を睨みつけて拒否を告げる。陛下はいつものごとく無表情で変化はない。しかし、私たちの正面に立つ画家たちはピシッっと音がしそうなほど一瞬で硬直してしまった。
しまった。貴族でもない画家たちにとって、国王を怒らせるのも、王妃である私の不興を買うことも、どちらも恐ろしいに違いなく。私が笑顔で承諾すれば丸く収まるけど、それは嫌。それ以外の何かいい案を早急に出さなくてはならない。
「いつも座っておるではないか」
「いつもじゃないわっ。陛下が乗せるから仕方なくでしょ? 肖像画を絵姿にするのに、そんな構図はおかしいわ。何代も後の世に残される肖像画なんだから、もっとこう……」
「別におかしくなかろう」
「いいえ、おかしいです!」
おかしいっ! 絶対におかしい!
陛下の膝に座る→私の方が前に出る→遠近法ゆえに陛下より私の顔の方が大きく描かれる→加えて陛下の正面顔のほうが私より小さい→私の顔がより大きく描かれてしまう。
よりによって一番避けたかった構図になるなんて、最っ悪!!! これなら私一人の肖像画の方がましだった。陛下の顔があると比較されてしまって、余計に顔幅&肩幅で私が幼児判定されてしまうじゃないの。
「例えば、私が陛下の後ろ側に立つのはどうかしら?」
私は立ち上がってさっさと長椅子の背後に回り、陛下の左横の背もたれに手を置いて言ってみた。が、陛下は見るまでもなく、正面にいる画家たち、官吏、女官たちの呆れた様子をみて、我に返る。陛下の後ろからひょいと顔を出すだけの王妃、これは流石にナシだわ、うん。
「…わかったわよ…」
私は渋々陛下の前へと移動して、ちょこんと片方の膝の上に腰かけた。とたんに陛下の手が腰に回され引き寄せられる。
「!」
「この位置でよい」
陛下が私を引き寄せてしまったせいで私の片足が宙に浮いてしまった。片足はかろうじて床についているものの、すぐさま私のドレスを整えにきてくれた女官達には私の状態がわかってしまっているだろう。子供みたいに足プラプラとかさせたくないのに、陛下ときたら…。
「陛下、ちょっと腰の手を」
と、私は他には聞こえないよう小声で陛下に文句を言いかけたところで。
「王妃様、こちらに顔を向けてください。こちらです」
画家助手が私に向かって声をかけてきたので、私はそちらへ顔を向ける。
いつの間にか画家たちは芸術家の顔に切り替わっていた。王と王妃の前という委縮はすでにどこにもない。
「ジョハン、もう少し左へ」
「王妃様、体の向きはそのままで、もう少しこちらへ顔を向けてください」
画家レブロが指示を出し、助手ジョハンが位置を変えて私を呼ぶ。画家と画家助手達にはすでに共通の完成図が頭にあるかのような真剣モードに入っている。この場の雰囲気にオドオドしてたのが嘘のようである。
「王妃様ー、目線は正面です。どなたか王妃様を後ろの髪を下ろしていただけませんか? 黒髪が肩にかかるように」
女官が私のもとにやってくるより早く、陛下が私の髪を結った頭に触れる。間もなく、サラリと肩に頑丈ストレートな髪が滑り落ちてきた。陛下が手馴れているのが何とも気恥ずかしい。どこをどうやって髪をまとめているかを熟知しているということで。陛下、どれだけ私の髪が好きなのか、恥ずかしいったら。
「おお、なんと素晴らしい。王妃様の身体はもう少し陛下のほうを向けてください」
「あ、お顔の方向はそのままでお願いいたします」
「光入れまーす」
何やら窓の方に大きな板のようなものを運んでいた画家助手ホミッツが言葉とともに被せていた布を取る。すると、私の左側から明るい光に照らされた。ホミッツが運んでいたのは鏡だったのだ。
画家レブロは用意した薄い板に向かってすさまじい勢いで描き始めた。スイッチが切り替わって、別人のようだ。王宮が選んだ画家なのだから腕は素晴らしいに違いない。
その集中した仕事っぷりに押され、結局、私は陛下に文句を言うこともできず小一時間の間ただただ黙って陛下の足の上に座っているしかなかった。




