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侍女リリア視点(2)◆妃付き侍女とは◆

 

 妃様に仕えるうちに、妃様が姫君らしくないことはすぐに気付いた。

 部屋を出て妃として振る舞われる時、妃様は非常に無口ですました笑顔をしておられる。他者からの皮肉にもお世辞にも、妃様ご自身の失敗にも動じない。その点は、さすがと思う。

 その失敗にはどうしてそんなことにとの疑問をいだくことが多いけれど。


 しかし、自室にもどれば違う。

 部屋へいらした陛下に対してマナー通りに礼をなさる時、その動作に優雅さはない。他の場では丁寧な礼をなさるのに、陛下に対しては違うらしい。元気いっぱいにぶんぶんぶんという動きで、子供らしいと言えるのかもしれない。でも、どう見ても、面倒くさがっているようにしか見えない。

 姫君のはずなのに。陛下の御前なのに。もうすぐ御歳十九になられるというのに。女性らしい色気が、なくていらっしゃる。


 それを全く気にせずベッドへ連れ込む陛下。いや、むしろそれが可愛いと思っていらっしゃるらしい。

 陛下は子供好き趣向をお持ちなのだなとこっそり思った。もちろん口にはしない。


 普通、妃というものは陛下を満足させる為に様々な技を寝所で発揮するもの。もちろん、それ相応の教育を受けている。そこは、各貴族の家毎に工夫を凝らしていると聞いている。

 けれど、妃様は隣国からお越しになられたために、そのような教育を受けておられないらしく、毎晩のように妃様は陛下に抵抗なさっておられる。


 最初はその抵抗なさるのが技なのかとも思った。小さな妃様がじたばたじたばたする姿は子供らしく可愛い。が、これが結構粘られる。粘ればその分、夜は長くなり、翌朝の妃様は不満顔となる。その様子から、技ではないと確信した。


 私は、妃様がそういう寝所での振る舞いについての教えを受けておられないのではないかと女官長に伝えた。このままでは、妃様がすぐに寵愛を失われるのではないかと思ったので。

 しかし、それは陛下の意向だと知り、何とも言えない気持ちになった。

 子供であられる妃様を、今は陛下が寵愛なさっているとしても、いずれ妃様も大人になられる。その時、陛下は別の子供のような新しい妃を娶られ、心を移されるのかと。後宮とはそうした場であり、私がどう思ったところでどうにもなりはしないのだけれど。


 私は妃様に同情するようになった。

 妃様は祖国から遠くはなれ一人この王宮にいらっしゃる。他に妃様の国の者はいない。陛下のお心が離れればどうなるのか。元妃の方々をみても、陛下の寵愛は長くて数年のこと。その先のことを思えば、お気の毒だと思った。

 妃様が心細くないように、陛下のご寵愛が長く続くようできるだけのことをしよう、と。


 この件だけでそう思ったわけではない。

 実は、時々見受けられる妃様のちょっとした態度が原因でもあった。


 少しばかり融通の利かない事務官ユーロウスを言葉でやり込めた時、妃様がぼそっと漏らされた。


「リリア、さすが王宮女官……」


 驚いたような称賛まじりの瞳で、思わずこぼれたというその言葉は。

 堪らない快感だった。

 顔には出さないようにしていたつもりだけれど、後で別の女官に問い詰められてしまった。つい嬉しくてその話をすれば、女官は羨ましそうな顔をした。これがまた私の優越感をくすぐり、他の女官達からは更なる不満と愚痴を浴びることになった。


 妃様は正直な方なので、そうした感情を隠そうとはなさらない。鈍い方だと思っていたけれど、どうしてどうして。

 私が時々そうした瞳を受けるのと同様に、妃様がぽろりと漏らされる言葉を時々仲間達に伝えることにした。


 たとえば、朝、妃様が顔を拭いてらした時のこと。

「今日は柔らかいわね。ふわっふわ。気持ちがいいわぁ」

 と笑いながら頬ずりしていたことを係りの者に伝えると、涙を流して喜んだ。彼等は今後も益々布と柔らかさに拘ることになるのだろう。


 そうした事を繰り返していると、お仕えする誰もが妃様のことを温かく見守るようになっていった。整えられていない部屋に気がつきもしない、仕えがいのない方だと思ったのが嘘のように。

 時々、どうしてこの方が陛下の寵妃なのだろうと思うことはあるのだけれど。



 そう強く思った出来事が起こったのは、ある涼しい夕暮れ時のことだった。

 妃様は散歩をなさるのがお好きならしく、いろいろなところを歩かれる。

 王宮内でも奥の住居空間は自由に歩いていいと思っておられたらしい。


「そちらは陛下のお部屋でございます」


 と妃様にお伝えしたけれど、妃様はずんずんと歩くのを止めずに進んでいく。

 

「そう。陛下の部屋はこっちにあるのね」


 言葉は通じているのに、意味は伝わっていなかった。陛下のお部屋に無断で近づくことはいくら寵妃といえど危険な事である。

 それなのに、陛下の部屋がある一角へと向かうのを止めない。

 何がしたいのだろう、妃様は。

 私達は妃様と共に歩くしかなく。


「これより先は陛下のお部屋だ」


 放っておけば陛下の部屋の扉に手をかけようとする妃様の前へ、当然、警護の騎士が立ちはだかった。

 騎士は剣を抜いている。妃様へ向けているわけではないが、怪しいと思われれば、それが妃様へ向けられる。

 きらりと光る剣先に、震える女官達。

 妃様の横で妃警護の騎士が剣を抜いた騎士へ険しい視線を送っている。

 しかし、その緊張は妃様以外の者達だけで。


「知っているわ」


 そう呑気に答えた妃様は、まじまじと騎士が腕に持つ剣に、自分の顔を映していた。

 何を、なさって?


 妃様はゆっくりと剣の刃へと手を伸ばす。剣を持つ騎士は徐々に顔を強張らせていく。

 妃様の横に立つ妃警護騎士は腰の剣に手をかけ、騎士を威嚇する。動けば抜く、そう無言で。

 その辺り一帯は息が苦しいほどに張りつめていた。

 ただ一人、妃様を除いて。

 妃様は刃を指先で触れ。


「いたっ」


 と、すぐさま刃から指をひっこめた。

 指先に赤い血が滲み、妃様はそれを口にくわえる。

 思わずほうっと息を吐いた。

 騎士が剣を動かさずにいられたのは、奇跡のようだと思った。


「ナファフィステア。何をしておる?」


 背後から陛下のお声。

 剣を抜いたままの騎士の顔面は魂が抜けたように蒼白だった。


「ちょっと散歩」


 朗らかな妃様の声が廊下に響いた。

 その明るい口調は、周囲の人々に複雑な感情をもたらす響きだった。


 陛下は妃様の腰を持ち上げ、部屋の中へと入っていかれた。誰も入るなという言葉を残して。


 その後、部屋の中で大声で怒鳴る陛下のお声が廊下へ漏れ聞こえた。陛下はしばらく前から様子を見ておられたらしい。

 ほどなく私達は妃様の部屋へと戻された。


 さすがにこれは、と思った。

 きっと、このような事態に陥った咎めを受けるだろう。妃様も愛想をつかされるに違いない。

 短い妃付き侍女だった。


 そう落胆していたけれど、翌朝には陛下ご自身が眠っている妃様をシーツに包んで部屋へとお連れになられた。

 そのご様子は、愛想をつかされるどころか、より一層増しているような。

 なぜ?


 妃様はお目覚めになられると、いつものような元気はなく、しゅんとされていた。

 昨晩陛下にお叱りを受け、落ち込んでいらっしゃるらしい。



「どうして剣の刃に手をのばしたりなさったのですか?」


 私は不思議だったので妃様に尋ねてみた。刃物が危険なものだと知っているはずなのだから。


「凄く尖ってたから。よく切れるのかなと思って」


 切れますとも。切れない方がおかしいでしょう。そう思ったけれど、妃様のお育ちになられた故郷では刃物が切れにくいものなのかもしれないと推測する。


「ナファフィステア妃のお国では、剣は切れないのですか?」

「切れるんだろうけど、切るとこ見たことないし。資料館で見たのは、錆びているのとか多かったし、ガラス越しだったから。あんなに大きな剣が綺麗に研いであるのを間近で見たのは初めてだったの」


 剣をふるうところを見たことがないのは不思議ではない。しかし資料館とは。

 妃様は詳しいことはお話しなさられなかったけれど、故郷では妃様の視界に剣を持った者がいなかったと思われた。血生臭い場面など見る機会がないほど、奥の世界にお住まいだったのだろう。


「陛下にはこってり怒られたわ。だからって、これはないと思うのよね」


 妃様は不満気にそう漏らされた。

 そう、妃様は動けないのである。足腰がだるくて立つことができない。

 元気のない妃様はため息をつきながら、ベッドの上をごろごろと転がり。やがて飽きたのか、ずりずりとベッドから降りようと頑張りはじめた。背の低い妃様にとってベッドは高いのだ。

 

「ナファフィステア妃っ」

「だって寝てるばかりじゃ退屈だもの」


 なんとか床に辿りつき、その後、四つん這いで、もぞもぞと夜着のままソファへと移動される。寝室とはいえ、この行動はあまりにみっともないとは思うけれど。ある意味、だるい足腰を動かそうと一生懸命なその姿には、心打たれるものが、ないことは、ない。


「本でも持ってこさせましょう。どのような本がよろしいですか?」

「恋愛本がいいわ! かっこいい騎士様が姫君を攫ってハッピーエンドになるようなお話とかっ」


 思わず顔が引きつってしまう。騎士が姫を攫う? 間違っても陛下のお耳には届いて欲しくない情報なのだけど、伝わってしまうのかしら。

 どうしてこの方は、陛下の寵愛を削ぐ行動ばかりをなさるのか。理解に苦しむ。

 とはいえ、妃様の退屈をしのぐための本を取りに行かせた。さりげなく、古い王と王妃の物語を選んできた女官に、本を受けとる返しに感謝の笑みを送った。

 その女官からも含んだ笑顔を返される。

 視線で通じ合える、素晴らしいこの職場が、長く続けばいいのだけれど。


 私は熱心に本を読みふける妃様を見ながらそう思った。


 

 その夜、陛下がお越しになられた。しかし、本を胸に乗せソファで居眠りしている妃様。

 陛下は妃様を抱き上げベッドへと運ばれる。そのまま、妃様を眠らせておくつもりはないようで。


「うんにゃーっ。ねるっ!」


 今日は眠っている時間が多かったせいか、十分に睡眠が足りている妃様はすぐに目を覚まされ、陛下へ元気に抵抗なさっておられた。

 無駄な抵抗を。いや、陛下はその方がお好みのようだった。

 

 

 妃付き侍女というのは、些細な事には動じない強心臓が求められるのだと思った。

 そして、陛下のご趣味はあまりよろしくないらしい、とも。

 

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