ナファフィステア視点◆お試しの日◆
「いつか陛下に愛を2」の前のナファ&陛下の話です。
とっても爽やかに晴れ渡り、空は真っ青で所々に薄雲があるだけの素晴らしい晴天。
これぞお試しにふさわしい日だった。
今の私は、十八歳か十九歳ってことになっている。その年齢だとこの国ではりっぱに婚期の終期だ。
私の小さな体格のせいで、もっと子供扱いされているみたいだけれど。
背が低かろうが子供に見えようが、そろそろ将来を見据えた人生設計を考えなくてはならないお年頃だった。
実年齢二十六なのだから、いつまでも実家暮らしというのも、ね。
ここが実家ってわけじゃないけど、いい大人がいつまでも誰かの保護を受け続けるわけにはいかない。
なんて気取ってみたけど。
受け続けられないだろうというのが現実だった。
妃という立場だから、ここでずっと暮らせるのかと思っていたけど。
妃というのは、永久就職とは違うらしい。
最終的に王のそばに残るのは妃の中でも特別家柄のいい寵愛厚い女性が二~三人くらいだと過去の歴史を見て気が付いた。
その二~三人に入るのは無理。私に後ろ盾は全くないから。
あの陛下の様子だと、当分追い出されたりはしないようだけど、安心してはいられない。誰しもロミジュリじゃないけど突然命をかけた大恋愛に落ちる可能性はあるだろうし。あの表情のない陛下にだって、ないとは言えないし。あの陛下が?とは思うけど。
そんな大恋愛より、政治的な何かで状況が突然変わるという事の方があり得そう。
そうした将来のために今できることを!
有事に備える危機意識は必要よ。
安定した生活の今こそ、いろいろと試せる絶好の時期。
と、いうことで、前からやってみたいと思っていた独り暮らしを試みることにした。
まずは、火の起こし方を習い、水の確保の仕方を侍女達に聞いて、予備知識はばっちり。
さぁ、独り暮らしをやってみよう。
すでに見当をつけておいた庭の一部に急ごしらえのテントを作る。木の枝に古シーツを引っ掛け、その上から木の葉を重ねた簡易な屋根を作っただけ。それでも小さな空間が出来上がった。
火を使うために庭の木を折るのは流石に悪いので、庭師から雑木や枯草を入手した。
石で簡単なかまどを数少ない過去のキャンプ経験を思い出しながら作成。
なかなか様になってきた。
さて、水を取りに行かなくては。
この日のために水袋というものを購入していた。
私はそれを手に、川へと向かうつもりで、噴水に向かった。
だぷだぷと満杯まで水を入れた袋は、非常に重くて運ぶのには苦労してしまった。
重い上に袋だからぐにゃぐにゃと持ちにくいのだ。
そんなにたくさん入れなければいいんだろうと思いついたのは、私の仮家に運び終えてからのことだった。
とりあえず下準備は整った。
さて次は、料理、なんだけど。
野菜はその辺りの食べられる草というのを取ることにして、問題はたんぱく質の確保だった。
肉は好きだけど、その辺りにいる鳥が鶏肉の元なんだと理屈ではわかっていても。捕ろうって気にはなれない。たとえ捕まえられたとしても、とてもさばける自信がない。まず、簡単には捕まらないんだけど。
やっぱりスーパーに売ってる肉のパックじゃないと、私には無理。
ということで肉は早々に諦めることにした。
確か、豆類にはたんぱく質があったよね。
私は王宮内の庭を歩きまわり、豆類を探して彷徨った。
でも、王宮内に自然発生している豆植物があるはずなく。みな、王宮の食事用に栽培されているものばかりだった。
そうこうしている内に、川というか、掘りを発見。
何と魚が泳いでいるじゃないの。
釣りにしましょう。
私は針を曲げて釣り針を作り、掘りに垂らした。
が、釣れない。
重りがいるらしい。
四苦八苦しながら石で重りをつくりつけ、再び垂らした。
まだ、釣れない。
泳いでいるのが見えるのに。
針に餌……つまり、虫が必要、なのかも。
うーん、と悩んだけど。
生きていくには、虫くらい触れないと。
私はちっさなミミズのような虫を見つけ出し、なんとか針に突き刺し、掘りに垂らした。
すると、今度はヒット!
やるじゃない、私。
小さな魚をゲットした私は意気揚々と仮家に引き上げた。
さて、火をつけて、と。
火打石で火をつけようと試みるも、中々火が出ない。というか、火が出る気配がまったくない。そもそも、これって本当に火打石なの?
水袋と一緒に火打石を購入しておいたんだけど、火をつけるのがこんなに難しいとは思わなかった。ただ、これを打ち合わせればつくと思っていたのに。
全然、火がつかない。
まず火がつかないと、火を大きくする方法を実践するどころじゃなく。
もちろん、魚も干からびていくばかり。
えっ、えっ?
私は必死で火を起こそうとがんばったけど、この火打石は駄目そう。
こうなれば木を擦る原始的火おこしにチャレンジするべきか、と悩んでいると。
「何をやっておるのだ」
いつの間にか、左手に陛下が立っていた。
これが仁王立ちというやつか。
肩幅に両足を開き、腕を組み、私を見下ろしている。
陛下の髪はサラッと爽やかな風に吹かれていたが、晴天の陽の光は陛下の目元を黒く影をつくっていて。
その影からは見えない威嚇線が放出されているのではないかと思うほど陛下は重苦しい気配を発していた。
「何って、独り暮らしのお試しよ? ユーロウスがそう報告しなかった?」
朝、事務官吏のユーロウスにはそう伝えておいた。
前もって私の予定を二日ほど開けて欲しいと言っておいたから、別に問題はないはず。
「独り暮らしのお試し、とは、何だ?」
胡乱な顔で陛下は私の仮家とその周囲を眺めている。
私も振り向いてみたら、独り暮らし、というよりも。キャンプな様子に見えていた。
あれ? 私、何か間違えた?
いやいや、ここで独り暮らしするにはこれも必要な経験のはず。
この世界の暮らしが原始的だと思っているわけじゃない。そりゃ少しは思ってるけど。
王都では街暮らしが大半だけど、王都を出れば自給自足の生活だと聞いてる。
手に職がない私は、小金を持っているとはいえ生活に使えばあっという間になくなるだろう。
「一人で暮らしてみることよ。急に一人で暮らすのは無理だろうから、どんなものかと試してみているの」
「その手にしているものは、火打石か?」
「そのつもりだったんだけど。これ、火打石じゃないみたい」
私がそう言ってぼやくと、陛下は私の隣にしゃがみ込み火打石を手にとった。そうしてカッと打ちつけると、簡単に火花が散った。
私がさんざん打っても火の欠片も見えなかったのに。
あまりにもあっけなく。
これは、火打石に間違いなくて、単に私が使いこなせていなかっただけみたい。
「陛下、火打石、使えるの?」
陛下のような身分の人が、こんな生活必需品を使いこなせるとは思わなかった。
一発でつくなんて。
「これは、簡単に火がおこせるようになっているのだ。誰にでも使えるだろう」
「そ、そうなの……」
誰にでも、ね。誰でも……。
出来なかった私に対する嫌み?とちょっとやさぐれる気も起きたけど。
陛下がそんなことができる衝撃の方が勝った。
陛下は手際良く火をつけたフワフワした枯れ糸状のものから燃えにくい大きな木へと火を燃え移らせようとしていた。
「陛下、上手なのね。意外だわ。身分が高いから絶対にやったことないと思ったのに」
陛下と並んで火が起こるのを見ながら私はそう呟いた。
だって、こんなことは臣下がついている陛下には必要ないことだから。普通はそう思うよね。
だけど、陛下は。
「戦場では何があるかわからぬ。王位を継ぐ者なら生き延びる術は身につけておくものだ」
そうか。
陛下は、何としても生き延びないといけない人だから。
いろんなことを知っているんだろう。
「私にもその使い方を教えて」
「そなたには必要ない」
「どうしてよ? 私こそ必要でしょう? 食事を作る女性は、きっとみんな使えるんでしょう?」
「火のつけかたを覚える前に、覚えることはたくさんあろう?」
「でも、これって人生でとっても大事よね? 今ちょっと教えてくれればいいだけじゃない。ね、ほら、教えて?」
嫌そうな様子だったけど、何度も頼むと陛下はしぶしぶ火打石の使い方を教えてくれた。
「どう! 見てっ! 火がついたように見えたわよね?」
「そうだな」
「火打石って案外使うの難しいのねぇ」
私が喜んでいると、ぽいっと火打石を取り上げられた。
そして陛下の腕に抱きあげられてしまう。
高く抱え上げられた私は、そこでやっと空が赤く染まっていることに気付いた。知らないうちにずいぶんと時間が過ぎていたらしい。
「片付けよ」
陛下が告げると、わらわらと人々が私の仮家と近辺を片付けはじめた。
「ま、まってよ、陛下! 私、ここで寝るつもりだったんだけどっ」
陛下の腕の中でジタバタと足を動かし訴えてみた。
すぐそばの陛下は、前を見たままで答えた。
「あんな場所で、何かあったらどうする?」
「王宮の庭で何かあるわけないじゃない」
「そなたの嫌いな虫や蛇が現れる場所で眠れるのか?」
「うっ……虫除けの、何かがあれば……」
「……」
「虫除けできるもの、陛下なら知ってるんでしょ? 何か知らない?」
陛下の首に腕をかけて、うんうんと訴えても答えてくれない。
ウンともスンとも言わないってことは、絶対に知ってるはず。
「絶対知ってるでしょ。ね、何なの? 教えてよ! どうして教えてくれないの!」
「……そなたには絶対に使わせぬ。使い方を誤れば、人に害を及ぼすものだ」
静かな陛下の声には重々しさがあり、薬草のようなものらしいと推測した。人に害を及ぼすということは、自分だけではおさまらないかもってことなのかも?
でも、知らないと余計に危ないと思うんだけどな。
「そういうことは、ちゃんと説明してくれれば、いくら私でも簡単に使おうとしたりしないわよ」
陛下が言い渋るということは、割と危険なものなのかもしれない。
自分でちゃんと調べることにしよう。
火打石も打てば火が出ると思ってたけどそうじゃなかったし。何事も簡単にできると甘くみてはいけないらしい。
どこの世界でも一人暮らしは大変みたい。
「どうして、独り暮らしのお試し、などと……」
陛下の小さな呟きは、私にだけ聞こえた。
だから、私はこっそりと陛下の耳元に話しかけた。
「陛下も、一人で暮らしてみたいって思ったこと、ない?」
ぴくっと反応したようだけど、陛下は黙って私を抱えたまま歩いて行く。
返事をしないけど、ちゃんと話は聞いてくれているらしい。
「一人ぼっちになりたいわけじゃないのよ? 一人で暮らせるか試したかっただけで」
「一人で暮らす必要などない」
短く言い放つ陛下は少し苛々しているみたいだった。
そりゃ一人で暮らす必要がなければいいけど、備えあれば憂いなし、よ。災厄は忘れたころにやってくるものなんだから。
私は目を閉じて陛下の首元に顔を埋めた。それが陛下へ甘えるような仕草になってしまったのは、我ながらちょっと不安だったんだろう。
そんな私の感情を読み取ったかのように、陛下の手が慰めるように背中を撫でる。陛下の手は大きくて。そうされるのは、とても心地よくて。
そうしてしばらく宥められた後、私は明るい口調で陛下に問いかけた。
「陛下は料理も作れるの?」
「作れる」
陛下の作る料理って一体どんなものなんだろうと結構何でもこなす陛下に感心しながら、私は陛下に連れられ食事の間へと向かった。
こうして私の独り暮らしのお試しは、失敗に終わったのだった。
~The End~