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侍女リリア視点(1)◆ナファフィステア妃との出会い◆

 

 王宮に務めて三年。私は国王陛下の寵姫ナファフィスティア妃付き侍女に抜擢された。実家はなんとか中流に引っかかっている程度の貴族の家柄だったので、とても妃付き侍女などという華々しい地位になるなどあり得ない。

 地位を極めたとしても、せいぜいが侍女付き女官や部屋付き女官といったところだ。それなのに20歳になったばかりのまだ経験の浅い私が、とは。

 私も驚いたけれど、私に限らずこの度の人事は王宮女官全体を揺るがす出来事だった。

 妃付きとなる者の身元は厳重に調べられており、恐らくは危害を加えたいと考えそうな大貴族とのつながりがない家柄を選んだためだった。


 とはいえ、家柄はいまひとつでも腕には自信をもつ女官達が揃えられていた。茶葉選びから極上の茶を入れる腕前を持っている者、化粧品調合に長けた者、服飾関係に秀でた者など。家柄よりも寧ろそういった点を重視して選び出されていた。

 その彼女等を妃付き侍女の私が使う立場となった。仕事に対するプライドは高く腕もあれど、一癖も二癖もありそうな性格の女性ばかりだった。


 何とか彼女等と会話をし、妃様が王宮へ入られる前までの三週間で全てを整えなければならなかった。もちろん、女官長も手伝ってはくださった。なにしろ準備期間が短すぎたのだ。

 遠くから妃様を拝見し、また、現在の部屋の様子から好みを把握し家具や壁紙などを調達。

 普段使いの日用品、ベッドカバーやシーツ、手拭き、下着からドレスまで、など気が遠くなりそうな毎日。

 プライドの高い女官達も時間との戦いに誰もが目をギラギラさせていた。

 ちょっとしたことで口論が起こる。苛々しているせいで。そこを何とかなだめ仲裁しているうちに、何故か彼女等の信頼を得ることになった。

 皆が一体となり、後少しという時、妃様の王宮入りが早まったと事務官に告げられ。

 倒れそうになった。

 もはやこれまで。

 そう思ったけれど、全てが揃わないとしても出来る限りのことをしよう。

 そうして力尽きた予定日の夜。

 私と女官達は部屋で陛下と妃様がいらっしゃるのを待った。

 一応は揃えられているものの、ソファの搬入がまだだった。顔を洗うための水盥も水差しも新しいものは届いておらず仮置きの物。

 あちこちを見て、唇を噛みしめる。

 誰もが。

 しかし、現れた陛下の姿を見ては、そんな感情はどこかへ飛んで行ってしまった。


 陛下の腕の中でスヤスヤと眠る小さな黒髪の姫君。それを大事そうに腕に抱えた陛下は、彼女を起こさないよう静かにゆっくりとベッドに寝かせた。

 シーツをかけると妃様はくるんと横向きに転がりシーツに顔を押し付ける。

 陛下は、しばらくその様子をベッドの横で眺めていらした。

 陛下が手をのばし妃様の黒髪に触れ撫でると、妃様は気持ちよさそうな表情を浮かべた。

 なんとか陛下は妃様を揺すったり名を呼んで起こそうとされていたが、目を覚まされることはなく。

 陛下は、畏まる私達に一言を残し去っていかれた。


「これからは、あれを主と思い、仕えよ」




 翌朝、妃様の目に中途半端に揃えられた部屋がどのように映るだろう。

 私達は半ば諦めていた。

 昨夜の陛下は気づかなかったとしても、朝日を浴びた明るい室内では隠しようがない。

 あれ程の寵愛をうけた妃様に、不十分な部屋のためご不快を抱かせることになる。それは誰の胸にも重苦しくのしかかっていた。もう少し時間があれば、そんな思いが消せない。

 息苦しい雰囲気の朝。

 妃様はお目覚めになられた。


 しかし、ぼんやりと周囲を見回すだけで何もおっしゃられなかった。

 昨夜、陛下が妃様をお連れした時に眠っていらしたので、どうやらここがどこかご存知なかったらしい。


 はじめは従順でおとなしい姫君だとの印象を持った。不満を口にされることはなく、少しぼんやりしているようにも見えたので。

 少しずつ揃えられていく部屋にも気付いていないようであり。お怒りを受けることなく済んだのはいいけれど、反応がないのは嬉しいことではない。

 評価されることは、ないのが普通なのだけれど。


 一日を過ごされた姫君は、陛下のお越しを待たずに眠るとおっしゃった。


「もうしばらくいたしますと、きっと陛下がお越しになられます」


 陛下が来ないので姫君は不機嫌になられたのかと思ったけれど。

 姫君は眠そうに大きなあくびをして、ふがふがと。


「ねむひかりゃ、も、ねる」


 あくびをしながらベッドによじ登られた。

 こてんっと横になると、すぐに寝息をたてられ夢の世界へと旅立たれた。

 困ったのは、残された私達女官である。

 ただ一人の寵妃が陛下の訪れを待たず先に寝る?

 陛下がいらっしゃると知っていながら?


 私達は部屋で待った。無言で。沈黙の間、おそらく誰の頭の中にも無数の疑問が飛んでいただろう。


 さほど待たず陛下がおいでになられた。

 私達は何も告げることなく、礼をしたまま室内へと陛下をお通しする。


 奥へ入られた陛下は、何とか妃様を起そうとなさられたようだが、妃様はうにゃうにゃと寝言で抵抗されていた。


「起きろ! お子様か、お前は。昨日も今日も早くから寝つきおって」


 陛下の怒鳴り声が響いた。

 私達は皆びくっと硬直する。陛下があのようにお怒りになるとは、妃様は?

 やはり、何としても先に眠るのをお止めすべきだったのかと悔やんでいたけれど。

 その後、ひそひそとお二人の声が聞こえ。

 女官達の冷や冷やハラハラの心配をよそに、結局、お二人は仲良くお休みになられたのだった。


 陛下、お怒りだったのではないのですか?


 妃様って?


 想像していた姫君とはかなり違うのではないかと思いはじめていた。


 この後、私はとても迷惑なお二人を近くで見続けることになったのだった。

 

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