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いつか陛下に愛を 小話集  作者: 朝野りょう


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侍女リリア視点(13)◆きっと、なるように◆

 妃様はここにいることを望んでいらっしゃらない。そんな考えが、妃様にお仕えしている間にも頭に浮かぶようになってしまった。

 ここを出て故郷へ帰りたいと思ってらっしゃるのでは?と。

 妃様の挙動一つ一つに、そんな様子が見えはしないかと探るような自分がとても嫌だった。


 ふうっと溜め息が漏れてしまい、意気が上がらないでいる私に近寄る騎士がいた。

 視線を落としていたのでわからなかったけれど、それは騎士ヤンジーだった。

 妃様付き騎士の中では非常に若く、まだ二十歳そこそこのはず。そういう私もさほど変わらない年齢なのだけれど。

 彼は不機嫌な様子を隠そうともせずに私の前で立ち止まった。

 私はこれから妃様の部屋で仕事につく途中であり、ここは王宮奥の廊下。だから、彼がここを歩いていても不思議ではない。でも、彼と話をしたことはない。

 もちろん、妃様の部屋で顔を合わせることは何度もあるし、互いにその存在も知っているけれど。

 そんな彼が、どう見ても私の進路を故意に妨害していた。私に話があるのだろう。

 彼の不機嫌そうな様子では、楽しい話題ではないと察する。騎士と侍女といえば、ロマンスが芽生える絶好の関係だと言うのに、それをチラッとも感じさせないなんて。

 それはそれで、どうなの?

 年頃の女性に対して、その不機嫌な態度は男性としてよろしくないんじゃないの?

 私は黙って足を止め、彼の顔を見返した。きりっと顔を引き締めて。その時、すんなりと私の気合が入った。

 少しぐらい女性としてちやほやしなさいよという不満が多分に含まれていた。

 そうして。

 じっと見つめる視線の先の騎士ヤンジーの顔で。

 なぜか眉に目がとまった。


 なんという、理想的な、眉……。


 太すぎず細すぎず、眉間から離れすぎもせず、その顔の中で見事な位置に配置されていた。

 少し毛羽立った様子が、野性味を醸し出してもいて。

 これは……。


「おいっ、あんた!」


 あまりに見事な眉に視線を奪われたままの私へ、妃様付き侍女の私をあんた呼ばわりって!

 と、思った。はずだったけれど。


「何でしょう?」


 私の口から出たのは、なんということのない返事だった。

 どうしたのよ、私ったら。

 と思いながらも、顔はぎこちない笑みを作っている。自分で自分が変だとわかっていても、私は制御することができないでいた。


「ドーリンガー卿の話を盗み聞きした件を、どうして騎士カウンゼルに話した?」

「えっ?」


 彼の口から語られるとは思いもよらなかった内容だったため、私は一瞬呆けてしまった。

 その私の態度が気に入らなかったのか、ヤンジーは声を荒げた。


「妃付き警護の隊長は騎士ボルグだ。相談するならボルグにすべきだろう? お前は貴族娘だから騎士ボルグに相談したくなかったんだろうがな」

「そ、そんなんじゃないわ。私は」

「あんたがそんなじゃ、こっちが迷惑するんだよ! これからはよく考えて行動しろっ」


 私の答えるのを待たず、彼は言うだけ言うとさっさとその場を去ってしまった。

 私は彼を追いかけて反論することはなかった。仕事に遅れるからというのは言い訳で。彼へ返す言葉がなかった。彼の言葉が図星だったから。

 誰かにドーリンガー卿のことを話そうと思った時、騎士ボルグも思い浮かんだけれど。相談するなら、お近づきになるなら、やっぱり騎士カウンゼルの方がいいなと思ったのは、ヤンジーの言った通りで。

 騎士カウンゼルはいいところの貴族家の出身であり、陛下付き騎士でエリートで。顔はもう一つタイプじゃないけど、彼ならロマンスが芽生えてもいいな、なんて。

 そんな自分の内心を見透かされ、指摘され。

 とても恥ずかしかった。

 彼が思ったことは、きっと妃様付き騎士達はみんな思ったことなんだろう。

 彼は交代で王宮奥を出口へ向かっていたから、今日は顔を合わせなくて済むけれど。妃様の部屋には今日も騎士がいるはずで。

 仕事へ向かうのが今日ほどいやだと思ったことはないかもしれない。何でもいいから妃様の部屋へ向かわなくていい理由が欲しいとこれほど願ったことも。

 騎士達のいる部屋へ行きたくなかった。恥ずかしくて、恥ずかしくて。

 でも、仕事を投げ出すことなど、私に出来るはずもなく。

 顔を上げ笑顔を作り、私は職場である妃様の部屋へと足を踏み入れた。

 室内へ入ると。


「リリア?」


 首を傾げて問いかける妃様に対し、私はとっさに言葉を返すことができなかった。

 気分を切り替えたつもりだったけど、おかしな態度になっていたのだろうか。妃様からこのように訝しそうな顔を向けられてしまうなんて。

 私はあわてて取り繕おうとしたけれど、何と言うべきか困った。妃様は、何かを問われたわけではなかったから、答えようがなくて。

 そうこう考えるうちに、妃様はソファーから小走りで私の方へやってきて、そおっと手を伸ばしてきた。

 私のすぐ前に立ち、見上げてくる妃様の視線は、私の顔ではない場所を見つめていることに気付いた。私の暗い表情ではなく、もっと別のことが気になっておられるらしい。

 じっと私の上方を真剣な眼差しで見つめている妃様の前で、私は動かずその行動を見守った。

 妃様ののばされた手はゆっくりと下がり。

 その摘まんだ指の間には薄金色の毛虫が揺れていた。


「生え際で妙にもぞもぞ動くから、何かと思ったわ」


 妃様はにっこりと笑顔で私の手に毛虫を押し付けた。妃様は、私の気落ちした様子に気付いておいでだったのかもしれない。気付かないふりをしてくださっていただけで。

 そんな風に感じるのは気のせいだろうか。

 心配をおかけしてはいけない。

 私は気分を引き締めた。

 ついでに拳にギュッと力を込め。


「ぎえぇっ、リリアっ。手っ、手っ、手ええっ」


 奇声をあげて私のそばから勢いよく後ずさる妃様。

 ええ。手に毛虫がいましたね。

 握りました。潰れては、いません。

 手の中でもがいているけど。

 ついていないときは、こんな失敗もある。

 私は手の中に気色の悪い感触をつかんだまま、笑顔を張り付けた。それは部屋に入った時の作り笑顔とは違う種類の、作り笑顔になっているだろう。


「リリア、それ捨てて手を洗って! 今日はこの前の可愛いドレスが届いたからこれから着るのよっ、その手で触っちゃダメっ」


 そんな私へ、妃様はびしっと宣言なさった。この毛虫は大丈夫ですよと掌を開いて見せようとしたけど、妃様はおもいっきり顔をそむけた。まあ、無理に見せなくてもいいか。

 私は他の女官に合図して、毛虫を開放するため部屋を下がった。

 毛虫を逃がし丁寧に手を洗った後、部屋へと戻ると、妃様は新しいドレスを広げているところだった。


「このドレスですと、髪を上げ、こんな風にしてみてはいかがでしょう?」


 ドレスを見ながら、ラミーが妃様のほどいた黒髪を束ね持ち、手で簡単に髪型をつくった。

 それを妃様は真面目な顔で鏡に映るその形に頷いている。お洒落など全く興味がないといったご様子だったこれまでとは違っており。

 ラミーの説明にも自然と熱がこもっていく。ここはこういうねじりを入れて、などと細かい話になるけれど、妃様も話についていった。

 そして。


「そうね。じゃあ、その髪型にしてみましょう」


 にっこり笑顔でそう言うと、妃様は髪をセットするための椅子へと移動された。

 妃様の髪を整えるのは時間がかかる。そのため夜会や面会のない時は、極力、髪型は楽なものを選んでおられたというのに。一体妃様に何が起こったのだろう。

 何が起こったとしても。

 この機を逃してはいけない。

 私は髪をセットされる妃様を見守りながら、懸命に頭を働かせた。

 今夜は陛下との晩餐の予定は、残念ながらない。お茶の時間は、すでに間にあわない。けれど、どうにかならないものか。

 珍しく着飾ろうという妃様を、なんとか陛下のお目にかけたい。

 私はラミーが妃様の髪をセットしている間に、事務官ユーロウスへと伝言を走らせた。陛下のご予定を急に変えられるはずもなかったけれど、これほど喜んでおられる妃様をお目にかけたくて。

 ああでもないこうでもないと妃様はラミーと髪型を検討し、なんとかまとめるのが難しい黒髪は綺麗に結いあがった。

 そして後ろリボンのドレスを着つける。

 全体はほんのり薄紅がかった生地で緩やかに裾が広がるシンプルな形。ドレスの襟ぐりと裾にはやや濃い目の薄紅色の刺繍がされており。それと同色の幅広い帯が胸下を横切り、背後のリボンへと繋がっている。

 頭が大きいがゆえに、背後の大きめの飾りリボンとそこから垂れる帯が釣り合っていて非常に可愛らしい。


「とてもよくお似合いです」

「本当に。これは妃様にしか似合いませんわ」


 思わず口から零れた。

 ラミーも妃様へ賛辞をおくる。

 その私達の声に、妃様は照れたように目を伏せた。口元には笑みを浮かべ、そわそわと目を彷徨わせて。それはそれは嬉しそうだった。


「そう、かな?」


 ちらっと見上げるようにして問いかける様子も、また何とも言えない。

 妃様はドレスをつまんで、鏡の前へ移動し、くるりと一回転して自分の姿を確認なさっている。

 別の女官が妃様の頭に髪飾りをつける。

 シャラリと軽やかな音をさせる金細工の髪飾りは、艶やかな黒髪に映えた。

 満足しているところへ、事務官ユーロウスからの伝達が届いた。

 陛下からのお茶の誘いだった。

 なんと珍しい。

 事務官ユーロウスへ訴えたのが功を奏したらしい。


「妃様。陛下が少し遅いお茶を一緒に、とおっしゃっておられますが。いかがなさいますか?」


 そう尋ねると、妃様は少し迷うような素振りをなさった。短い逡巡の後、ちらちら鏡と私を交互に見ながら。


「お茶にこの格好で行くのは、少し、派手すぎると思う?」


 妃様はどうやらそのままの姿で陛下にお目にかかりたいらしい。夜会用ドレスであり、お茶に着て行くには少々場違いになると思っておられるのだろう。


「そんなことはございません。時刻も夕暮れ前ですし、薄いベールをはおればぴったりですわ」


 私がそう言い終わらぬうちに、女官の一人がベールを妃様の肩にそっとかけた。

 それはドレスとお揃いの品らしく、本当によくあっていた。


「そう? そうね。じゃあ、これで行くわ」


 妃様はそのお気に入りのドレスで陛下の休憩なさる部屋へと向かわれた。



 向かわれる妃様はいつもよりすまし顔をなさっておられ。その歩き方は、気取っていてどこかおかしい。いつもの歩き方のほうが清楚な気がした。

 けれど。頬に力が入った妃様のどこか誇らしげな顔は、気合がこめられていて。

 それを口にする気にはならなかった。


 案内された部屋ではすでに陛下が待っておられた。室内へとおとなしく歩みを進める妃様に、陛下は戸惑っておられるようだった。

 妃様の振る舞いがいつもと違いすぎたのだろう。

 私はドレスを着て喜んでおられる妃様を見ているから、こんな取り澄ました妃様を微笑ましく思うけれど。

 陛下には、不審な振る舞いにしか見えていない?

 いや、まさか。

 妃様がいつもと違って着飾っておられるのが、わかってない?

 この可愛らしい妃様のお姿が、見えていない?

 そんな馬鹿な。

 まさか。

 まさか、こんなことって……。

 私はこのまさかの事態に目眩がしそうだった。

 陛下、女性は褒めるべきという事を知っていますか?

 知りません? 全く知りませんね?

 服など何を着ても同じだと思っているんですね?

 違いますよ、全く違うでしょう?

 いつもより可愛らしくはじらっていらっしゃるじゃありませんか?

 見えませんか?

 見ましょう!

 陛下、きちんと見ましょうよっ!


 私は、恐れながら陛下へ目をかっと見開き凝視した。

 少しでも陛下に伝わる可能性があるならと。

 褒めてもらえない妃様がこころなしか消沈しているというのに。陛下ときたら、何処か具合でも悪いのかと問いかける始末。

 妃様は気落ちつつも笑みを浮かべようと頑張ってらした。


 今回は、陛下が悪いです。

 ええ、絶対に。

 陛下の目は節穴です。目が悪いです、最悪です。

 妃様のそのお姿は、とっても可愛らしいんです。ほんとうです。間違いございません。

 そんな想いを込めた視線で妃様へと訴えた。

 届きはしないと、わかっていたけれど。

 しかし、一緒に付いてきていた女官も騎士も、何やら想いのこもった目をお二人に向けており。やきもきしているのは私だけではないようだった。


 お茶の間、妃様が気落ちなさっているのを陛下も気付いたのだろう。

 お茶を終えて部屋を出ようとする妃様を、陛下がふいに抱きあげた。

 陛下の片腕には驚いた顔の妃様がいて、妃様の背中に垂れた薄紅色の帯が緩やかに揺れる。それは、ドレスの仮縫いのときに想像したとおりで。


「もうっ。急に抱きあげられたら驚くじゃないっ」


 と、陛下に妃様は文句を言っているけれど。

 頬をふくらませ唇を突き出し、陛下の肩を拳で叩いている様は、怒っているようには見えなかった。

 ふくれた妃様の頬に手を添えた陛下は、一言。


「似合っている」


 それだけで、妃様は照れたのか、ついっと陛下から視線をそらしてしまわれた。

 そうして挙動不審になった後、陛下の耳元に顔を寄せて囁いた。


「ありがと」


 視線はそらしたままの妃様。

 でも、陛下の首元に顔を伏せたりなんかしていて。

 陛下は陛下で、そんな妃様を腕に抱きあげたまま一向に下ろす気配がなく。再三の官吏からの、時間です、という無言の合図を無視しておられる。

 あんな一言だけだなんて、陛下も不甲斐ない。もっと褒めてくださればよいものを。

 妃様はがっかりされていたのに、あの一言で機嫌を直されるなんて。簡単に許しすぎです、と思ったけれど。

 でも、ドーリンガー卿のような滑らかな褒め言葉を陛下が口にすれば、妃様はこういう反応をなさることはなかったのかもしれない。


 このお二人のことは、心配するだけ無駄なんじゃないだろうか。

 きっと、そうに違いない。

 なるようになる、のだろう。そのうちに。

 私は温かくあたたかくあたたかーい目でお二人を見守った。

 陛下へ合図を送り続ける焦った様子の官吏を、気の毒にと目の端にとらえながら。


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