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侍女リリア視点(8)◆妃様も趣味が悪い◆

 

 妃様付き侍女となってはじめて、私も夜会に妃様の付き添いとして出席することになった。

 私のような身分の低い貴族娘の侍女では王宮の夜会に参加することはないと思っていたけれど。陛下のご配慮と思われる。妃様がお一人となる時に、他の貴族女性の楯にとお考えなのだろう。

 妃様が一人の時に他の貴族娘達が妃様へと近づき嫌みを連発していく。そこには警護の騎士達がいるけれど、彼女らは騎士など壁か精々使用人程度にしか思っていない。そうした貴族女性からの嫌み妬み嫉みを受け、妃様が心を痛められることを陛下はご心配なさっていらっしゃる。


 しかし、今までのところ、妃様に打撃が与えられる程のつわものはいない。夜会での状況を詳しく事務官から聞き取り、部屋に戻られた時の妃様の様子を見る限りは。妃様が夜会で受けるダメージの大半は、退屈のため眠気との闘いにある。事務官達や騎士達はその意見に同意しないので、これは女性から見た妃様と男性から見た妃様の印象の差が大きく作用していそうだ。

 小さな妃様は華奢な体格もあいまって壊れやすく頼りない印象を与えるらしい。精いっぱい明るく振舞い、頑張っていらっしゃるのでとても健気な方だと。騎士ボルグは、口数は少ないのでわかりづらいが絶対にそう思っている。それには私以外の女官達も同意していた。間近で見ている妃警護騎士がそうなのだから、他の騎士達の印象もさして変わりはない。

 理由として考えられるのは。階段の上り下りに苦労なさるご様子とか、上りきった後の、ふうっ私はやった!みたいな場面を毎回見ていれば、騎士達のように勘違いを起こすかもしれないということ。毎回そんなことをしている妃様の方がおかしいと思わないところが、かなり毒されていると思うのだけど。

 陛下はさすがにそこまで妃様を壊れやすいとは思っておられない。陛下が怒鳴っても妃様は全く怯えることがないのだから。そのはずだけれど、やっぱり壊れ物のように扱われる。手に力を込めれば簡単に砕けそうな腕の細さや、夜の妃様の抵抗が可愛らしいせいかもしれない。妃様の腕なら私でも折れると思ったことはある。

 妃様が私のような体格だったら、陛下や他の騎士達の印象も大きく異なっていたに違いない。


 抱く印象が違うとはいっても、慣れない国で生活される妃様をお守りしたいという気持ちは私も持っている。方向や熱の入れようが違うだけで。

 私は私の仕事を果たすべく、今夜の準備のため早めに仕事を交代して自室へと下がった。


 その夜、王宮の舞踏会場はとても豪華絢爛で圧倒されてしまった。でも、態度には出さない。こんなことは慣れているのよと言わんばかりに振舞った。どこで誰が見ているかわからないので、気を抜くことはできない。


 陛下が会場へ入られると、場は一気に華やいだ。そして、妃様の登場が告げられ。登場するだろう階段を眺めていると、扉がすっと開かれ妃様が姿を現された。

 陛下が階段下へと立たれ、妃様がゆっくりと階段を下る。私はその一歩にハラハラしながら見つめた。小さな子供がよいしょっと一段また一段と下りてくのを拳を握りしめて頑張って!と見守る心境だった。

 それにしても。

 これは、遅い。遅すぎる。

 毎回、こんな様子で妃様は階段を下りてらっしゃるのだろうか?

 事務官の聞き取りでは、こんな状況の説明はなかった。これが普通だなんておかしすぎる。妃様を待つ会場の人々の様子は当然のようであり、毎回これが行われているのだとわかった。

 妃様はいつもより着飾っておられる上、妃様を補助する人がそばにいないので慎重に下りておられる。そのため、階段を下りるだけなのに、いつも以上の時間がかかっているのだろう。

 もっと動きやすいドレスにするよう提案しなければ。いっそ、あの階段を改築するよう事務官ユーロウスに提案するのもいいかもしれない。

 そう考えている内に、妃様はようやく下へ辿りついた。

 ほうっと私は息を吐いた。

 気分は、よくできました、というところだった。


 妃様が陛下のそばに立つと、会場には喧騒がもどってきた。しばらくすれば音楽も流れはじめる。

 妃様は陛下の隣におられるようだけれど、人垣ができてしまえばそのお姿を遠くから拝見することはできない。

 私はもう少し近くへと移動を開始した。

 その時、ふと、特徴的な眉に視線を奪われた。

 恐るべし、私の視力。一瞬で顔ではなく、眉に照準を当てるとは、どれだけ眉なし神に反応するのか。

 私は一瞬で焦点をずらした。

 あぶない。こんなところで笑い転げるわけにはいかない。

 私は視線をずらしたけれど、その持ち主の位置を正確に把握するために視界には捕えたままに会場を移動した。

 そのうち、ドーリンガー卿が妃様を見ていることに気付いた。この方が女性に囲まれておらず、ひっそりと貴族男性と連れ立っているということが、奇妙に思えた。四六時中女性に囲まれていないとおかしい人なので。

 ドーリンガー卿は斜め後ろから近づく私には気付かない。それをいいことに私は卿の背後を通過する時、妃様の方を見た。卿が見ている景色を確認しようとして。

 そこにあったのは、いたく不機嫌な陛下の顔だった。妃様は人壁で見えない。


「エッジル氏はナファフィステア妃の心を捕えたみたいだな。さすがはドーリンガー卿。女性のお好みをよくご存じでいらっしゃる」


 卿の隣に立つ男性の発言だった。すぐ背後にいる私には二人の声が鮮明に聞き取れた。

 エッジル氏? ナファフィステア妃の心を捕えた?

 不穏な言葉に、私は足早に妃様へと近づいた。


 にこやかに見上げる妃様の視線は、背の低い男性に注がれていた。彼がエッジル氏らしい。妃様の態度は、明らかに不審だった。ちらちらと見上げては俯き、見上げては俯きを繰り返している。エッジル氏は私よりも背が低いけれど、なるほど妃様の背を考えると釣り合いのとれた高さだった。穏やかそうな愛嬌のある顔立ちだが、エッジル氏はどちらかといえば普通の女性には相手にされないタイプだった。逞しさや男らしさに欠けるので、そういう男性は女性に人気がない。

 しかし、妃様には人気らしい。この態度では、かなりの好感度なのだろう。妃様がこういうタイプをお好きだったとは、想像もしなかった。

 妃様の周囲で溢れている冷気に、妃様はまるで気付いておられない。

 そして、やっと陛下の機嫌の悪化に気付いたエッジル氏は、他の連れとともに陛下の前を辞した。

 妃様はにこにことエッジル氏の後ろ姿を目で追っていた。それを上から見下ろしている陛下は険悪な視線を向けておいでになる。お二人を副宰相や騎士が注視しており、全ては妃様の頭上で繰り広げられていた。

 緊迫した空気の中、私は小さく声をかけた。


「妃様、お飲み物などいかがでしょうか?」

「あらっ、今日はリリアもいるのね。陛下、もう挨拶は終わり?」

「ああ、あちらで休んでおれ。後で呼びにやる」


 陛下の声が重低だった。その声で陛下が不機嫌だとようやく気づかれたらしい妃様は、不思議そうな顔をして陛下を見上げた。


「どうしたの? 急に不機嫌になって。気分転換したいなら、後で散歩に付き合うわよ?」


 妃様はとても上機嫌だった。普段ならしないだろう提案をするくらいには。ぽんぽんと気安く陛下の腕を叩いている妃様は、陛下の不機嫌の元が自分にあるとは全く思っておられない。


「そうか。ならば」


 そう言うと、陛下は周囲に無言の視線を投げた。

 そして、妃様の腕を持ったまま、庭園へ向けて歩き出した。

 あれ?という表情を浮かべたまま陛下に連れられて行く妃様。その後を、騎士達が付き従う。その場に陛下を取り囲んでいた人々の溜め息が充満したが、散り散りとなり消えていった。


「おそらく陛下はもう帰ってこられないだろう。パーティをゆっくり楽しまれるといい」


 騎士カウンゼルが私にそう告げた。夜会でゆっくりしろと言われても、下っ端貴族娘の私には有難くない。それより、詳しいことを今聞いておこう。


「どういうことなのですか、騎士カウンゼル様? 最初から見ていらしたのでしょう?」


 騎士カウンゼルに問いかけた。

 眉をひそめどうするか迷った後、私の質問に答えてくれた。


「次の貴族家を継ぐ者達が陛下と妃様に挨拶していたのだが、どうやら妃様は一目でエッジル氏を気に入られたようだ」


 妃様は他の貴族男性には目もくれず、エッジル氏だけに注目していたらしい。よほど目を引いたのだろう。その反応を陛下が気に入るはずがない。妃様は一体どういうおつもりなのだろう。

 私がそう考えているところへカウンゼルの呟きが耳に入った。


「なぜ妃様は陛下に気を配ってくださらないのか」


 溜め息をつきながら、陛下達の向かった先を見つめている。

 私はさきほど離れた場所からみた陛下と妃様の様子を脳裏に蘇らせた。妃様とエッジル氏は身長の釣り合いが丁度よい具合だった。それでも、妃様はかなり上を向いていらしたけれど。妃様が陛下に話しかける時、たいてい真上を向いていらっしゃる。あれほどの身長差であれば、妃様にとって陛下は頭上の遥か上の存在で、身近には感じられないのではないだろうか。


「陛下は妃様からは遠すぎるのでしょう」

「どういうことかな?」

「妃様は身長が小さくていらっしゃいますので、陛下のお顔はとても小さくしか見えません。ここは昼間ほど明るくありませんし。それに加えて、妃様は、やや目がお悪いのではないかと思うのです」


 そう。ドーリンガー卿が眉なしに見えるくらいには。

 咄嗟に私は筋肉に力を込めた。

 今は冷静に考える時。笑い発作を起こしている場合ではないのよ。

 目を見開き、私は騎士カウンゼルの目を見つめた。さぞ、迫力のある顔になっていたのだろう。カウンゼルは私の視線を受け、後ろに身体を引きかけた。が、踏みとどまる。


「妃様の目がお悪い?」

「おそらく。日常生活に支障をきたすほどではありませんが」

「だから、人を覚えるのが苦手でいらっしゃるのか」


 それはまた、別問題だと思います、興味のないものは覚えたくないと思っておいでのようですので。

 とは内心で答えておいた。カウンゼルの思い違いは、妃様にとって悪いことではなさそうなので、否定はしない。

 すると騎士カウンゼルは一人頷いていた。どうやら、妃ともあろう方が他人を覚えられないのは資質に問題ありだと思っているらしい。

 それは否定しないけれど、私は全てを満たすことは不可能だと思っている。完璧な方が陛下の寵愛を受けるなどとは。そもそも完璧な人間など存在しないだろうとも思う。

 妃様に足りない部分があれば、それをどこまでお助けできるかが私達妃様付きの者の腕の見せ所。いつかは騎士カウンゼルや他の人々にも、この妃様は素晴らしいと言わせてみたい。私はふと大きな野望を抱いた。その野望は抗いがたいものがある。妃様だからこそできることなのだから。それは、妃様が足りない部分が多いということに他ならないけれど、可能性とやりがいは十分にある。

 私は、自然と笑みを浮かべた。


 さて、妃様のあの行動をどうするかについて対策を練らなければならない。陛下の寵愛を維持し続けることが大前提なのだから。

 それに、眉なし神にも油断はできない。

 前のご機嫌伺いの失敗で眉なし神を甘くみすぎてしまった。よもや、あの時、妃様の好みの男性像を完璧に押さえていたとは。

 侮り難し、眉神。私を笑いで揺るがせるだけのことはある。

 笑みを浮かべたまま会場の人々へ視線を流した途端、捕えた一点。

 私は硬直した。


「侍女リリア殿?」


 ああ、さすが、眉神。

 一瞬で私の視線を捕えるとは。

 騎士カウンゼルの声がまるで耳鳴りのように遠くに聞こえた。

 意識を眉にとらわれた私は、ギギギと音がしそうな程の堅い動きで会場に背を向けた。

 硬直した笑みを浮かべ、当然、口を開くことなどできず。騎士カウンゼルが訝しげに私を見ていることはわかっていたけれど、それに答えることはできなかった。

 鼻息も荒く、私はなんとかその場を逃れようと身体の硬直を解くことを試みた。しかし硬直をとけば笑いが込み上げる。その押し寄せる笑いを堪えつつ逃げなければならない。

 時間との勝負だった。

 私は動いた。

 一歩を踏み出せば、後は早かった。

 スタタタタタと滑るような滑らかな足取りで、私は薄暗い廊下を通り抜けた。

 私一人が会場から去ったとしても、誰も不審には思わない。いたとしても、あの場にいた騎士達くらいのもの。

 頭のどこかしらで冷静な判断が下されていく。それに従い、私は足を進めた。

 そして、もう大丈夫だろうという場所に立ち止り。私は空に向けて高らかな笑い声をあげた。静まり返った夜の王宮奥の庭園に響く笑い声は、狂気すら感じさせただろう。しかし、私にはそれを止めることはできなかった。

 おそるべし、眉神!

 次こそは、必ず……。

 そう決意しながらも、お腹の底から次々と笑いが込み上げる。

 誰か止めてください!

 お腹と頬が痛くて苦しくて。私は涙を流しながら切実にそう思った。



 翌朝、当然のように妃様は立ち上がることができなかった。喉も枯れていらっしゃるようで、かなり無理をなさったのではないかと推察される。

 その夜、まだ不機嫌な陛下が訪れた時、妃様は短い棒を持ってベッドの下に隠れてしまわれた。手を伸ばそうとすると妃様に棒でつつかれ叩かれ、陛下は困り果てておられた。

 しかし、なんだかんだと仲の良いお二人だった。文句を言いながらブンブン腕を振り回し陛下に蹴りを入れる妃様ごと陛下はベッドへお籠りになられた。

 どうなることかと思ったけれど、お二人には大した障害とはならなかったらしく、ほっと胸を撫で下ろした。私だけに限らず。




 その三日後、突然、王宮勤務の職場異動が発表された。このように一斉に異動が発表されることは今までに例がない。それは妃様の目の届く範囲から、特定の容貌の者と背の低い男性を除くためだということは誰の目にも明らかだった。

 その後、妃様がわかりやすい反応を見せる度に、王宮奥から排除される男性の容貌が増えた。そうして、背が低い、童顔、という条件に当てはまるだけで、王宮奥には配属されることはなくなった。

 そして事実とは逆の噂が語られるようになる。妃様が使用人を容姿で選んでいる、と。それについて事実を知る者達は、多くを語ろうとしなかった。



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