表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/40

侍女リリア視点(6)◆陛下の休息日◆

 今日の午後、陛下は政務をお休みになられる。

 こうした政務から離れる時間、以前であれば、陛下は妃達の中から一人を選び訪れていた。そうして選ばれる妃が陛下に寵愛されている証とされていた。陛下の夜の訪れは、ほぼ均等に割り振られていたために。

 だからこそ、選ばれた妃は他の妃に負けまいと、陛下のために美しく着飾り、踊りや音楽で陛下をもてなしていたという。

 そんな事情を、後宮の隅でお暮らしだったナファフィステア妃はご存知ないらしい。


「もうすぐ陛下の執務が終わり、こちらへ向かわれますが、いかがなさいますか?」


 事務官ユーロウスが妃様に尋ねた。

 このようなやり取りは、今日すでに何度目かのことだった。


「陛下にはちゃんと伝えた? 仕事が休みなら、ゆっくり自分の部屋で休んでくださいって私が言ったって?」

「お伝えいたしましたとも。それでも陛下はこちらへいらっしゃられるのではありませんか」

「自分の部屋に帰ればいいのにっ」


 ぶつぶつと文句を言い続ける妃様は、陛下をもてなす気持ちは欠片も抱かれないらしい。それどころか、迷惑だと思っておられる。

 それも仕方ないことだった。

 妃様は、以前陛下にいただいた枕に頭をボスボスと埋め、じたばたと足を動かしておられる。貴族女性にはあるまじき、ソファにうつ伏せで寝転んだ状態で。

 身体が重くて怠いんだよアピールである。

 昨夜、陛下が加減に失敗なさられたらしい。


 

 今朝妃様の部屋へ入った時。

 お目覚めになられた妃様が怠い身体をおして起き上がろうとし、下半身に力が入らず頭からベッド横に落ちた。

 その場面を目撃した私は、朝から何を遊んでいらっしゃるのかと思ってしまった。

 唸りながら妃様は、その状態でしばらく腕を絨毯について腕立てをなさっていらした。何度も繰り返していれば、さすがに頭に血が上るだろうと、時を見計らい妃様に声をかけ、ベッドの上に起き上がらせた。

 はぁはぁと顔を真っ赤にされた妃様は。


「だいたいっ陛下が悪いのよっ! 陛下は当分部屋に入れちゃ駄目だからねっ」


 そこで、先程の妃様は下半身が動かずもがいていたことに気付いた。あまりにも危機感のない動きだったからわからなかったとは、言い訳にしかならない。最初なら気付いたことも、妃様付きの生活で妃様が奇異な動きをなさることを知ってしまったために判断を誤ったのだ。以後気を付けなければ。

 と、反省はしたものの。


 そうおっしゃられましても、妃様。

 本日、陛下は午後お休みなのでございますが。きっとそのせいで昨夜は加減を間違えたのだと思われますし。


 不機嫌な妃様の着替えを手伝いながら、私は言葉にせず妃様へ語りかけた。

 そうして妃様はずっと不機嫌なままだった。




「陛下がいらっしゃいました」


 入口の扉が開き、ついで女官の声がした。

 ばっと枕から顔を上げた妃様は。


「今日は体調悪いんだから、出ていってっ!」


 陛下に向って声をはりあげた。

 それにびっくりしたのは、入室を告げた女官だけで、陛下は何事もなかったように歩みを止めない。

 妃様の寝そべるソファへと歩み寄られる。


「出ていってって言ってるでしょっ」


 妃様はキッと睨みながら、ソファの上をもぞもぞと移動していた。

 陛下を座らせまいと一人でソファの座面を独り占めなさろうとしているらしい。

 そんな子供染みたことを……。

 うつ伏せで寝そべり、そばに立つ陛下に向けて唇を尖らせ。ふふん、どう?座れないでしょ、と妃様はニヤリと歪な笑みを浮かべてらした。


 子供すぎます、妃様。


 陛下は屈みこむと妃様の腹の下に片手を差し込み、その身体を軽く持ち上げた。


「ぎゃっ。反則! 反則よっ!」


 両足をバタバタ動かしている様は、かなりおかしかった。もう、はしたないとかいうレベルではない。

 私は、はぁーっ、と大きく息を吐いた。妃様付きとして、あの無様さは何とかしなくては。


 陛下は空いた場所に腰を下ろされ、膝の上に妃様を横抱きになさられた。


「お仕事休みなんでしょっ! さっさと部屋に帰ればっ?」


 なおも陛下に噛み付く妃様。

 しかし、陛下は、なぜか大層ご機嫌でいらした。表情にはあらわれてないけれど、陛下から滲み出る雰囲気が、それはもう。


「そなたも余の部屋に行くか? それも、たまにはよいかもしれぬな」

「行くわけないでしょっ。誰のせいで動けないと思ってるのよ!」


 陛下は妃様の腰を撫でながら、枕で陛下の顎を下から持ち上げようとしている妃様を見下ろしておられる。

 その枕が、自分が贈ったものだと喜んでおられるらしい。押し付けられているというのに。

 柔らかい枕だから、口にかかっても息を止める効果はないし、ダメージも与えられない。

 何の役にも立たないことを妃様はなさる。自分が不満だということを、陛下へ訴えるためだけに。

 陛下もそれがわかっておられるのだろう。不満をぶつけられることを喜んでおられるのかもしれない。

 とはいえ、もう少し女らしい訴え方があるのではないだろうか。

 ばふばふと陛下の口元を枕でふさぐよりも、拳で胸を叩くよりも、もっと違う方法が。


 しかし。

 そうしながらも妃様は陛下の腕の中から出ようとはなさらない。

 陛下の腕を叩くのに、逃れようとは。

 そしてしばらく後、妃様は大人しくなられた。

 言うだけ言って暴れると気が晴れたのか、諦めたのか。それは唐突にピタリとおさまった。不思議なほどに。

 顔にはまだ不機嫌を張り付けてはいるが、むっと突き出した唇で陛下に身体を預けている。

 その唇を陛下の指がからかうように弾くと、妃様はその指に齧りつこうと顔を動かす。噛んだ時にカシッと音がするので、妃様は本気で齧ろうとなさっている。


 そうして陛下とふざけ合っているうちに、妃様は機嫌をなおされたらしく笑みを浮かべていた。


「うひゃっ」


 可愛くない声をあげた妃様は、ソファに押し倒されていた。


「重いっ、暗いっ、狭いっ!」


 陛下に向って唇を突き出し、気に入らないと陛下に訴える。だが、それは作った不満で心底思っておられるわけではない。妃様は、間近に迫っている陛下の頬をピタピタと叩いたり引っ張ったり。

 と、妃様が急にうひゃうひゃと笑い出され、身を捩った。

 陛下が妃様をくすぐってらっしゃるのだ。目を細めて首を縮める妃様をひょいと掬い、陛下が態勢を入れ替えた。

 妃様の小さな身体には大きかったソファも、陛下が相手では小さい。肘掛に背を持たせかけ、片足はソファから落とした態勢だ。その陛下の胸の上に妃様が乗せられていた。


 本当に仲がよろしくて。

 すぐ表情が変わる妃様とは対照的に、陛下は始終同じ表情で、その行動にはまったくそぐわない。

 そもそも、陛下がふざけた振舞いをするということが、臣下の誰が見ても不思議な光景だった。目を疑うほどに。人によっては、陛下の真意は何処にあるのかと、探ろうとすらするかもしれない。

 だが、妃様は何の抵抗も感じておられない。不思議だと思われないらしい。普通の人ならばそうだとしても、相手は陛下であられるというのに。


 妃様は陛下に対して失礼があってはと緊張されることがない。後宮にいらした頃、陛下とどんなお付き合いだったのかはわからないけれど。噂とは異なる何かがあったのだろうと思う。身分上下のない関係を築いてこられたらしい。

 そういう意味において、お二人は互いに特別な存在なのではないだろうか。他の妃様方には成し得なかった、陛下の特別。妃様は自覚なさっておられないようだけれど、妃様にとってもまた特別なのだろう。陛下の腕の中に大人しく収まっておられるのだから。



 惜しむらくは、仲のよい恋人同士ではなく、仲のよい父娘に見えることである。

 その空間に、色気があるといえば、ある。ないといえば、ない。

 如何せん見た目が……。

 妃様が大人っぽくなられれば、そのうち釣り合いがとれる日がくるだろう。

 しかし、大人っぽくなられては陛下のお好みから外れてしまわれる?

 女らしい妃様の姿も、陛下の寵愛がなくなることも今は想像できない。

 今はまだ、これでいいのだろう。きっと。


 私は女官にお茶の仕度を指示した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誤字などありましたらぜひ拍手ボタンでお知らせくださいませ。m(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ