ナファフィステア視点◆娘の名前◆
部屋で娘マルゲリータとくつろいでいると、陛下が入ってきた。
「お父ちゃまぁ、お母ちゃまがぁああーぁん」
それにいち早く気付いた娘マルゲリータは陛下の足に向かって突進していく。
小さな娘の身体は、足にぶつかる前にひょいっと抱き上げられた。
娘はそれを知っているから、人へ向って突進してしまう。ぶつかることもしばしばである。
マルゲリータは父が大好きである。
普段は無表情な陛下も、娘の前では和らぐ。とはいえ笑顔ではない。
それでも娘は父が大好きらしい。
抱き上げられ陛下の首元にへばりつくけれど、なんとまあ小さいこと。
「どうした、リータ?」
陛下がマルゲリータにかける声が甘いっ。
甘やかしすぎじゃありませんかね、と思うくらい。
でも、父娘が会えるのは昼間のほんのひと時だけだから、しかたがないのだろう。
陛下は相変わらず毎日忙しい。その合間をぬって、何とか時間を捻り出しているようだ。だから、毎日会えるというわけではない。
会えないまま陽が傾いてくると、マルゲリータはむっつり黙り込み不機嫌になる。こういうところは、ミニミニ陛下だなと思う。
息子ヴィルがミニ陛下ね。
陛下が口数が少ないのは職業柄だと思っていたけど、実は元々そういう性格らしい。子供達は顔も性格も陛下似だ。
が、陛下から見ると、二人共私に似ているという。小さいところと、顔の彫りが浅いところか。
息子は超ハンサムになるよ。我が息子ながら、格好いいったら。オリエンタルなハンサム最高っ!
将来が楽しみすぎる。ちょっと性格が暗くてひねてるのが難点だけどね。あと身長と体格も心配。
私に似て小さいと、男性として将来の王様として、やっぱり威厳が、ね。
陛下はもちろん息子にもメロメロだ。王太子教育でキリッとした陛下にしか会わないから、息子はメロメロな陛下を覚えてないかもしれない。残念。
「お母ちゃまが怒るの。お父ちゃま、リータの名前をおしえて?」
文章がおかしいわよ、リータ。
たぶん、お気に入りの自分の名前の話をしてくれと言いたいんだろう。
さっきまで、お菓子をおもちゃにして遊ぶから叱ってたんだけど。陛下がきたから続きは無理そう。
「マルゲリータの花の話か? リータはこの話が好きだな」
「好きっ。リータの花だもん」
陛下は娘に名前の由来となった話をして聞かせる。微笑ましい父娘の姿。
遥か遠い私の祖国を象徴する薄赤い花マルゲリータ。葉がなくて木に花が咲くと木全体が赤く染まり、その木が作る並木道は赤い花びらがはらはらと舞い散り、道に雪のごとく静かに降り積もり赤い絨毯を作る。それを風が舞い上げ、降らせ、散らし、道行く人々の髪や肩に舞い落ちる。そうして毎年、その花が散れば暖かい季節になるのだ。
その花の色は、リータの髪の色と同じ。
という見事に作り話である。
花のモデルは桜だ。リータの髪の色に合わせて赤に変更してある。
「だから、お母ちゃまは、リータの髪が好きなのよねっ!」
「そうよ。大好きよ」
「お父ちゃまも好き?」
「ああ」
陛下は娘のふわふわした赤い髪を撫でる。
娘は自分の髪が誰とも違うことを最近認識した。赤い髪のことを話すのを耳にしたのだろう。
髪の色は歳とともに変わることもある。金髪や茶髪になるかもしれないけど、このまま赤い髪のままかもしれない。
だとしたら、私と同様に非常に目立つ。とても可愛いと思うけど。ここの世界では美意識が違うから。
この先、苦労するんだろうと思う。
その時にこの話が何かの足しになればいいけれど。
と、美しい話にまとめてはいるけど、全ては辻褄を合わせただけである。
マルゲリータを出産直後、私は意識が遠のいてしまった。
気を失う直前に、口にしてしまったのだ。
「(宅配ピザの)マルゲリータ(が食べたい)」と。
気を失って危ないと思われてたらしいけど、産まれたリータを見てちょっと気が緩んだだけよ。力尽きてたから。
その名前を聞き取った女医さんが陛下に伝えてリータの名前になった。
後で聞いた私は、さすがに食べ物の名前だとは言えず適当な作り話をするしかなかった。
それがリータお気に入りの名前の話なのである。
真実は絶対に墓場まで持っていかなければ。
うっかり真実を口走ってしまわないか、かなり心配である。
何せ、私だから。
「お父ちゃま、大好き!」
娘に大好き攻撃され、ご機嫌の陛下。
この後は仕事がはかどることだろう。
陛下が来たときに娘が昼寝していた時の陛下ときたら、がっかり感が半端ない。
本当によく似ているんだから。
ああ、もうすぐ時間が来る。さあ、もうお仕事だからと父と娘の仲を裂くのは私の役目。
切ない父娘の別れの場面も繰り返せばうっとおしい。
娘には膨れられるし、損な役回り。
でも、こんな毎日は結構楽しい。
「はーい、陛下。そろそろお時間でーす」
投げやりな私の声が響き、二人に恨みがましい目を向けられるのだった。
それはそれで、結構快感だけどね。
~The End~