八十八の罪
掲載日:2026/07/03
海辺の家を借りて、ピアノを弾く。
主題歌を作らなければいけない映画がある。
曇り空。波は灰色で気分のすぐれない。
白い服の若い女性が立っている。
相変わらず曇っている。
また白い服の女性がきていた。
右手で軽やかに弾くと、女性が歌った。
左手で重々しい和音を鳴らすと、波が少し膨らんだ。
和音を鳴らすと波が強くなり、軽やかに弾けば、女性は歌う。
もっと強く和音を鳴らすと、ついに波が女性の足を濡らした。
わたしは強く弾き、女性は笑いながら、歌う。
波を強く、もっと強く弾く。
今や、女性は腰まで波に浸かる。
だが、歌うのをやめない。
わたしが右手でメロディを強く、狂ったように鳴らすから。
そのうち、右手がつってきた。メロディが絶え絶えになる。
左手で鳴らす和音は乱れることなくなり続ける。
白い女性の姿と歌が波に途切れる。
和音を弾くのがやめられない。
最後はひとつ、ふたつの高い音をぽつぽつと弾く。
女性は沖へと流され、その姿はぽつぽつと見え、耳を澄ませなければ、歌の破片をきくことができない。
右手を鍵盤から完全に離した。
だが、左手は海を弾き続ける。




