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隣の女子に巻き込まれて、世界を征服した件について

「私、世界征服以外に興味ありません!」


高校二年の春。


始業式の自己紹介で、隣の席の少女――黒峰ミコトは、教室中に響く声でそう言った。


クラスは、静まり返った。


担任のチョークが、ぽきりと折れた。


前の席の男子が小さく笑ったけど、ミコトがそちらを見ると、すぐに咳払いをして黒板を見た。


俺、牧コーマは思った。


ああ、今年は隣の席ガチャに失敗したな、と。


「という訳で、牧くん」


放課後。


俺は何故か、誰も使っていない旧校舎の一室に連れてこられていた。


扉には、達筆な筆文字でこう書かれている。


――世界征服研究会。


「帰っていい?」


「ダメです」


「入部した覚えがないんだけど」


「隣の席になったでしょう?」


「席順を入部届にするな」


ミコトは、長い黒髪をばさりと払い、机の上に地球儀を置いた。


「まずはこの学校を征服します」


「いきなりスケールが小さくなったな」


「世界征服とは、足元からです」


妙に真面目な顔で言われると、反論しづらい。


ミコトは黒板にチョークで書いた。


一、購買の焼きそばパンを独占しない。

二、掃除当番を押し付ける者を許さない。

三、いじめ、陰口、無駄な上下関係を廃止する。

四、昼休みに屋上を自由解放する。

五、全校生徒に一日一回、温かい味噌汁を配る。


「……世界征服?」


「そうです」


「めちゃくちゃ学校改善案じゃん」


「支配とは、民を幸福にして初めて成立します」


俺は少しだけ黙った。


言っていることは変なのに、内容だけ見ると、妙にまともだった。


「でも無理だろ。生徒会も教師も動かない」


「そこで、牧くんの出番です」


「俺?」


「あなたにはチートがあります」


「ないよ」


「あります」


ミコトは俺のスマホを指差した。


「昨日から、そのスマホ。少しおかしくありませんか?」


心臓が、どくんと鳴った。


確かに、おかしかった。

朝起きたら、見たことのないアプリが入っていたのだ。

アイコンは、王冠を被った白い猫。

アプリ名は――“命令”

怖くて開いていなかった。


「な、なんで知ってるんだよ」


「私にも届きましたから」


ミコトは自分のスマホを見せた。

同じアプリが入っていた。


「このアプリは、一日一回だけ、世界に命令できます。ただし条件があります」


「条件?」


「誰かを直接傷つける命令は通らない。誰かの自由を完全に奪う命令も通らない。けれど、多くの人が少しだけ幸せになる命令なら、かなり強く通ります」


「……なんだそれ」


「つまり」


ミコトは地球儀をくるりと回した。


「世界征服に最適です」


その日、俺達は最初の命令を入力した。


――この学校の全員が、明日一日だけ、相手の腹の虫の音を聞こえるようにする。


翌日

学校は地獄になった。


一時間目から、教室のあちこちで腹が鳴った。


普段偉そうな体育教師の腹が、授業中に「ぐぅううう」と鳴り、クラスの空気が和んだ。


昼休み


弁当を忘れた奴が、気まずそうに机に突っ伏していると、その隣の女子が無言で卵焼きを半分差し出した。


購買で焼きそばパンを買い占めた先輩は、後ろに並ぶ一年生達の腹の音を聞いて、全部渡した。


放課後には、職員室の前に張り紙が出た。


――明日より、高齢会の方々が、親睦の為お味噌汁を提供して頂けることになりました。頂いた生徒は必ず感謝しましょう。


「第一段階、成功ですね」


旧校舎の部室で、ミコトは満足そうに頷いた。


「これ世界征服か?」


「空腹を共有させました。立派な支配です」


「支配の意味、絶対に違う」


二日目の命令。


――誰かを馬鹿にしようとした時、一秒だけ自分が馬鹿にされた時の気持ちを思い出す。


これが、思ったより効いた。


陰口は減った。

廊下で弱い者をからかっていた三年生が、急に黙り込んだ。

机に落書きされていた女子は、翌日、自分の机が綺麗になっているのを見て泣いた。


三日目。


――面倒なことを押し付けられた人の頭上に、小さな王冠マークが見える。


掃除を押し付けられていた奴の頭上に、金色の王冠が浮かんだ。

サボっていた奴らは、逆に気まずくなって掃除を始めた。


四日目。


――ありがとうと言いたいのに言えない人の背中を、少しだけ押す。


それから学校中で、変なことが起きた。


「昨日、ノート貸してくれて……助かった」


「いつもゴミ拾ってくれてたんだな。ありがと」


「弁当の卵焼き、美味かった」


「ありがとうを言う事に、躊躇する必要なんてないって!」


小さな言葉が、廊下を飛び交っていた。


一週間後。


生徒会室の扉が、世界征服研究会によって占拠された。

いや、正確には。

生徒会長が自分から鍵を差し出した。


「君たちの案を、生徒総会に出したい」


ミコトは当然のように頷いた。


「よろしい。では、この学校は本日より、私の支配下に入ります」


「それは違う」


俺と生徒会長の声が重なった。


でも、誰も笑わなかった。

たぶん、みんな少しだけ分かっていた。

この変な女が言う世界征服は、誰かを踏みつけることじゃない。

誰も見ていなかった痛みを、見えるようにすることだ。

誰も言えなかったありがとうを、言えるようにすることだ。


それから俺達は、町を征服した。


横断歩道で止まった車に、歩行者が会釈するようになった。

ゴミを捨てようとした人の頭上に、カラスの幻が三秒だけ鳴くようになった。

閉店間際の弁当屋には、余った弁当を安く買えるアプリが勝手に導入された。


町内会は混乱した。

市役所はもっと混乱した。

だれど、苦情より感謝の方が多かった。


やがて新聞に載った。


――謎の善意現象、全国で拡大。


ミコトは新聞を広げ、ふふんと笑った。


「牧くん。そろそろ日本征服です」


「警察に捕まる未来しか見えない」


「大丈夫です。私達は誰も傷つけていません」


「世界を勝手に変えてる時点でかなりアウトだよ」


「では聞きます」


ミコトはまっすぐ俺を見た。


「昨日より今日の方が、少しだけマシな世界になっていませんか?」


俺は答えられなかった。

確かに、そうだったからだ。


一ヶ月後。


俺達は最後の命令を入力した。

アプリの画面には、こう表示されていた。


――この命令を実行すると、アプリは消滅します。


ミコトは迷わなかった。

俺にスマホを渡してきた。


「牧くん。最後はあなたが」

「俺が?」

「ええ。巻き込まれた一般高校生代表として」

「嫌な代表だな」


でも、俺は入力した。


――世界中の人間が、一日に一度だけ、自分以外の誰かの幸せを本気で想像する。


送信。


画面が白く光った。

次の瞬間、アプリは消えた。

何も起きていないように見えた。


だけど、その日の夜。


世界中で、ほんの少しだけ奇妙なことが起きた。


遠い国の誰かが、隣人にパンを分けた。

戦場に向かう兵士が、家族の写真を見て足を止めた。

会社で怒鳴ろうとした上司が、言葉を飲み込んだ。

駅のホームで泣いていた人に、知らない誰かがハンカチを差し出した。


翌朝。


ミコトはいつものように、教室の窓際に立っていた。


「牧くん」

「今度は何だよ」

「世界征服、完了です」

「どこがだよ。国境も政府もそのままだぞ」

「いいえ」


ミコトは笑った。


「世界中の人間の中に、一日一度だけ、私達の命令が残る。これを支配と言わずして、何と言いますか?」


俺は窓の外を見た。


中庭で、知らない一年生が転んだ誰かに手を貸していた。

購買の列は、今日もちゃんと一列だった。

味噌汁の湯気が、春の空にのぼっていく。


俺はため息をついた。


「……まあ、悪くない征服かもな」


ミコトは満足そうに頷いた。


「当然です。私は世界征服以外、興味ありませんから」


その日から



俺達の世界は、ほんの少しだけ

マシになった。

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