密やかな夜
夜。
静かな部屋の中、空気がわずかに張り詰めている。
「で、何をしている?」
コラジイの視線に、おっちゃんは目を逸らす。
「あー……冒険者は辞めた。で、住んでる」
さらに何かを言いかける。
コツっ。
「ぴよぴよぬかすな」
びくっと肩が跳ねる。
「だってよー」
まだ、もごもごと続けようとする。
「わしが聞いとるのは、そんなことではない」
一歩、近づく。
「なぜ、こんなになるまで放っておいたか、ということじゃ」
杖の先が、腰を軽く突く。
おっちゃんが、その勢いに押されるようにベッドに座り込む。
「いや、それは、その……」
沈黙。
コラジイが、ため息をつく。
「まったく、情けない」
軽く首を振るコラジイ。
「わしの教育が足らんかったようじゃのう」
おっちゃんの脳裏に、
コラジイから逃げ回っていた日々が蘇る。
「コラジイのせいじゃねえ」
あの時、ちゃんと聞いておけば――
その残滓を飲み込むように、手元の酒をあおる。
「ふむ、まだぴよぴよぬかすか」
眉が、わずかに動く。
「言い訳はしねえ。でも、どうしようもないだろ?」
すがるような視線。
「治すことは出来ん」
ドサリ、と体が沈む。
「だよなあ」
おっちゃんの声は暗い。
「ただ」
コラジイが続ける。
「名に相応しい行動をとり続けるなら、考えてやらんこともない」
顔を上げかけた体が、また沈む。
「名前なんて……とうの昔に捨てた」
腕で顔を覆う。
コラジイは、腰の革袋から薬草を数枚取り出す。
「捨ててはおらんよ。シェルガード」
静かに。
「お前さんは聞いておらなんだがな。歴史を紐解けば、本来は“避難所”の意じゃ」
杖が、淡く光る。
「名は、背負うもんじゃない。生き方じゃ」
光はそれ以上強くならない。
「今回限りは、サービスじゃよ。わしの腕が鈍らんための練習台になれ」
おっちゃんの喉が、ごくりと鳴る。
「それ、痛いやつだろ。絶対痛いやつ」
じり、と後ずさる。
「ふむ。それだけの元気があるなら耐えられようて」
次の瞬間。
闇夜に、おっちゃんの絶叫が響いた。
翌朝。
いつものようにリアカーに座ったペッカじいちゃんが首を傾げる。
「なんか、いつになく軽いのう」
同じくリアカーの隣に腰かけたコラジイがふんっと鼻を鳴らす。
「わしの家が雨漏りでもしたら困るでのう」
ペッカじいちゃんが、おっちゃんの背中を見る。
「今日の昼は、薬草園で食事かのう」
それを耳ざとく聞きつけた、子供たちの声。
なだめる年寄りの声。
「るせー、俺は直すなんて一言も、いでっ」
コラジイに腰を突かれるおっちゃん。
「これも治療のうちじゃ。きりりと働け」
すぐに真似を始める子供たちと、おっちゃんの声が青空に消えた。




