7.返品魔法リトライ
邪竜様が皮肉な笑みを浮かべた。形の良い唇の両端に、二本の鋭い牙が覗く。
「残念ながら夢はおしまいだ。これは現実、目の前にいるのは竜から人に変身するバケモノだぜ」
自虐っぽく話す彼の姿は、たしかに私――いわゆる「人間」とは違っていた。
上腕部の外側を覆う鱗。額に生えた二本の角。耳も少し尖ってる。
でも、不思議と怖くはなかった。邪竜様とは会話が成立している。邪竜様なのに。
アスダール王国の人たちは人間だったけど、誰も私の言葉に耳を貸そうとしなかった。
「夢じゃないなら、ここはどこですか?」
おそるおそる尋ねてみる。
「俺の棲処だ」
「もしかして、わざわざベッドに運んでくれたのも、あなた……?」
「まあな。お前がいた世界に返そうにも『門』がどこにも繋がらなかったし。……そんなやつ、はじめて見た」
邪竜様がいう「門」とは、あの光の渦のことだろう。
何も映し出さなかった、どことも繋がらなかった門。
「なあ。お前さ、さっき花嫁とか言ってたよな。あれ何だ?」
邪竜様が尋ねる。
今になって、急に恥ずかしくなってきた。
「あの、花嫁っていうか……邪竜様に食べられて、怒りを鎮めろみたいに言われて……」
「は? 意味がわかんねえ。それ花嫁か? 生贄の間違いじゃねえの?」
「わ、私も、そう思います」
邪竜様が身を乗り出す。
「いい機会だから教えてくれよ。王国のやつらが俺に花嫁だか生贄だかを送り込んでくる狙いを」
「せ、説明? 私がですか?」
「おう、知ってること全部話せ」
どうやら邪竜様とアスダール王国の人たちの間で、この生贄花嫁システムについてのコンセンサスが取れてないらしい。
それって、究極に無駄なんじゃ……。
ともあれ、私は自分が体験したことを話した。
長い話を我慢づよく聞き終え、呆れたように邪竜サマは言った。
「ふーん。その召喚の儀とやらに巻き込まれて、違う世界から来たわけか。で、もう一人の女が聖女で王妃、お前のほうは邪竜の餌にされたと。そりゃ災難だったな」
「はい……」
邪竜様が、ふっと笑った。
「聖女、ね。生贄と何が違うんだか。そっちの女も気の毒に」
「気の毒……」
聖女と生贄じゃ、かなり違うけど。
一方で、邪竜サマの言うとおりだとも思った。
五月女さんも、元の世界に帰れないという点は同じだ。
でも、彼女は「聖女」に選ばれた。というか、実際に聖女なんだろう。私には特別な力がないんだから、消去法で考えたらそうなる。
「御印」がどうとかいう話が少々ひっかかるけど、五月女さんは世界を救うことができるんだ、たぶん。
「ま、事情はわかったぜ。じゃ、帰んな」
「え、帰るって……さっきはダメでしたよね?」
冷めた顔で邪竜様が立ち上がった。
「やりなおしだ。お前も食うもん食って、少しは落ち着いたろ。今から『門』を開いてやる。次こそ繋がるはずだ、元いた場所を思い浮かべてみな」
そう言って踵で地面を蹴る。
彼の足元から、ふたたびあの光の渦が広がった。……だけど。
「……マジかよ。また何も映らねえ」
「ですね……」
きらめく水面には、やっぱり景色は映らない表面に
「おい、考えろ、思い出せ。育った場所とか、住んでた家とか、家族とか」
「や、やってます」
東京の景色を頑張って思い浮かべる。でも、渦の中心は空っぽのままだ。
渦は小さくなって消えると、邪竜様は目に見えて焦りはじめた。
「これまずいだろ……お前、このままじゃ帰れねえぞ? いいか、もう一回、『門』を開くからな。今度こそ頑張れ!」
「はい!」
「その意気だ! 集中!」
この流れを何度も何度も繰り返したけど。
結局、渦の表面が東京の景色を映し出すことは一度もなかった。
最終的に邪竜様は、がっくりと地面に膝をついた。
「どうしてだ……なんで、『門』が繋がらない……。お前、帰りたい場所ねえの?」
「ごめんなさい。そうみたいです……」
ぜーぜーと肩で息をする邪竜様を前に、私は謝るしかなかった。
邪竜様に『どこへでも繋がる門』を開く力があっても、私に帰りたい場所がなければ無意味なんだ。
(自分で思ってる以上に世界と縁の薄い人間だったんだな、私)
ちょっと泣けてくる。
そして、皮肉だ。もしも邪竜様の花嫁にされたのが五月女さんのほうだったら、彼女は日本に戻ることができただろう……。
「で? どうするよ、これから」
かすれた声で邪竜サマが私に尋ねた。
「どうする、って」
そんなのこっちが聞きたいわ!
……と、キレたい気持ちはあるものの。それを邪竜様にぶつけるのは、どうやらお門違いらしい。
邪竜様は花嫁も生贄も要求してない。彼にしてみれば頼んでもいない商品(しかも生体)を送りつけられ、返品もできない状態なわけで、困っているという点においては私と同じなのだ。
「どうしましょうね……」
もう、それしか言えない。
見つめあう私と邪竜様のあいだには、妙な連帯感さえ芽生えつつあった。




