6.妖精たちと異形の主(あるじ)
黄金色の果実を手にとって、夢中で食べた。
甘い果肉が口の中でとろける。ひとつ食べるごとに、疲れた体に力がみなぎっていく。
「美味しい……!」
思わず独りごとが出た。
すると。
――フフッ。
誰かが小さく笑う声がした。
赤ちゃんみたいな、幼くて高い声だ。
「誰かいるの?」
びっくりして呼びかけたけど、返事はない。
どう見ても、部屋にいるのは私ひとりなんだけど……空耳?
ところが視界の端で、僅かに動くものがあった。
天鵞絨張りの長椅子に置かれたクッションが、不自然に揺れている。
(クッションの陰に、何かいる?)
そーっと近づき、クッションを持ち上げて。
一瞬、何を見たのか理解できなかった。
長椅子の上には、掌に載るくらいの小さな幼児――ヨーロッパの絵画に出てくる天使みたいな。金色の巻き毛で、ぷくぷくした裸の体、背中に白い翼が生えてる――が四人、こちらを見上げて蹲っていたから。
「……きゃあ!」
「キャー!」
「キャー!」
私が悲鳴を上げると同時に、小さな天使たちも叫ぶ。
そして、
「ドラゴン!」
「ドラゴンニ知ラセナキャ!」
「オンナノコ、目ヲ覚マシタヨー」
「ハヤクキテー、ドラゴンー!」
口々に囀りながら、背中の翼で羽ばたいて部屋から出て行ってしまった。
(可愛い……けど)
やっぱり夢の中だな、ここ。
だって、どうみても天使だもの、あれは。いや、あのサイズ感は妖精ちゃんかな?
どちらにせよ、現実にいるわけない。夢だ、夢。私って可愛い系の夢も見られるんだなあ。
妙な感心を覚えつつ、妖精ちゃんたちに続いて部屋を出てみる。
廊下に出たあとも、第一印象を裏切らない景色が続いた。
(まごうかたなき、お城だわ、ここ)
高い天井。シャンデリア。階下へ続く螺旋階段。
……そして、どこまで歩いても誰にも会わない。
「オンナノコー」
「コッチダヨー」
声のしたほうを見ると、螺旋階段の手摺に妖精ちゃんたちが腰掛けていた。
私を見ると空中へ舞い上がり、手招きしながら下へ下へと誘う。
階段の下は広いホールで、しんと静まり返った空間をシャンデリアが照らしている。
やっぱり、ここにも誰もいない。
少し行ったところに、大きな扉があった。
私の力では到底開けられそうにないな……と思いながら近づくと、扉はひとりでに開いた。
流れこむ外気が頬を撫でる。
そこは、お城の中庭にあたる部分らしかった。
枯木と枯草ばかりの庭園の真ん中に、一本だけ緑の樹がある。
青々と繁った葉の間には、さっき私が寝室で食べた黄金の実が、たわわに実っていた。
どんより曇った空、美しいけど無人のお城、荒廃した庭に立つ黄金の果実の樹。
すべてがアンバランスで、おかしな夢を見ているみたいだ。
ふと視線を感じて、視線を上げる。
庭園を囲む回廊の屋根の上に、黒いシルエットがあった。
(ずいぶん大きな鳥……)
そんなことを思ったとき、影がバサリと羽を広げ、私の前に舞い降りてきた。
「わっ!」
思わずビクッと体が竦む。
鳥と思ったものは、人間だった。あの異形の青年だったのだ。
菫の花びらのような、雨の前の曇り空のような、不思議な紫色に輝く瞳が私を見つめている。
そして、彼の背中にも翼があった。蝙蝠に似た黒く大きな羽だ。
驚きのあまり声も出ない私をよそに、妖精ちゃんたちは楽しそうに青年のま わりを飛び回り始めた。
「ドラゴン、ドラゴン!」
「オンナノコ、クダモノ食ベタヨー」
「オンナノコ、オイシカッタッテー」
「おう、そりゃ良かった」
ぶっきらぼうに答える青年。そして私に向かい、
「少しは気分がマシになったか」
「は……はい。ありがとうございます……」
お礼を言いながら、私の目は彼の背中に釘付けだった。
翼が収縮して、遂には体に吸い込まれたかのように完全に消えてしまったのだ。
「ヨカッタネ、ドラゴン!」
「トッテモ心配シテタモンネ、ドラゴン!」
「おい、余計なこと言うなって」
からかうように囀る妖精ちゃんたちを、青年が耳を真っ赤にして叱りつける。
竜?
「じゃあ、やっぱりあなたは、あの邪竜……さま、ですか?」
あやうく呼び捨てしそうになって、慌てて敬称をつける。
「人間たちは、そう呼んでるみたいだな」
ぶっきらぼうな口調で青年が言葉を返す。
「てっきり夢かと……竜が人になるとか……」
「まあ、そう思うよな。お前、まる一日寝てたから」
(そ、そういえば!)
あの石のステージの上で私、意識がなくなっちゃったんだった。
どうやら気絶したっぽい……?
「残念ながら夢はおしまいだ。お前が今いるのは現実の世界、目の前にいるのは竜から人に変身するバケモノだぜ」
彼が皮肉な笑みを浮かべる。
犬歯にあたる部分に、牙のように尖った二本の歯が覗いた。




