33.こんな流れで告白とは
光の渦が五月女さんを飲み込む。
彼女の姿が消えても、光の渦の表面には東京の景色がまだ消えずに映っていた。
『サヨナラー』
『モウ来ナイデネー』
『アー、コワカッター!』
渦に向かって、やけに嬉しそうに妖精ちゃんたちが手を振っている。
「よかった……五月女さん、ちゃんと帰れたんだよね」
ゆらゆら揺れる水面を見下ろし、胸を撫でおろす私に、ぽつりとイオが問いかけた。
「お前も帰るか?」
「……え? いま、なんて言ったの?」
イオは真剣な瞳で見つめ、私に向かって、もう一度言った。
「今なら帰れるぞ、元いた世界に。お前、小娘と同じ場所から来たんだろ」
「どうして……そんなこと」
思いがけないほど動揺している自分に気づく。
『イオ! ドーシタノー!?』
『オカシクナッチャッタノ!?』
『行ッチャヤダヨ、チカー!』
妖精ちゃんたちがイオの髪の毛を引っ張って喚く。
うるせえな、と呟きながら妖精ちゃんたちをやんわり引き剥がし、イオは軽い調子で言葉を継いだ。
「戻っておいたほうがいいぜ。トーキョーは楽園、なんだよな。たしかに、やたら楽しそうな景色だ。まぶしくて昼か夜かもわかんねえ」
そう言って、光の渦へ視線を向ける。
水面には、クリスマスが近づく東京の夜の風景が映し出されていた。
太陽みたいに眩い光を放つ百貨店のショーウインドー。
高層ビルの窓の灯り、色とりどりのネオンの輝き。
着飾って楽しそうに行き交う人々、街路樹を彩るイルミネーション。
きらめく幻のような美しい街。
「あの小娘は、いろいろ言ってたけど。いい女だよ、チカは。賢くて優しくて勇気もある。そのぶん強情だけど、それでいい。お前なら、どんな場所でだってやっていける」
「イオ……」
「お前といて楽しかったよ。幸せだった!」
イオが、不自然なくらい明るい笑顔を向ける。
そしてすぐに横を向き、続けた。
「……これ以上、求めることなんかできねえ。チカ、トーキョーに帰れ。ちょっとめんどくさそうな感じの世界だけどな、俺といるよりマシなはずだ」
『イオー』
『ガマンシテル……』
『嘘ツイテル……』
妖精ちゃんたちが泣いている。
「俺に悪いとか思うな。幸せになれ、チカ」
「……ありがとう。イオは優しいね」
「気づくの遅えぞ」
イオが、おどけたような苦笑いを浮かべた。
あらためて、光の渦の水面を見下ろす。
都会の景色は次第に薄くなりつつあった。
「あのね、イオ」
自分の気持ちを整理するように、言葉を口に出してみる。
「東京は楽園みたいなところ。それは本当だよ。楽しい場所がたくさんあって、美味しい食べ物もいっぱいあるの」
「へえ。だから、チカのつくる飯は美味かったんだな」
腕を組み、唇の片端を上げてイオが言う。
『美味かった』。過去形だ。
「楽園みたいなところなのにね、私、あそこでは上手に生きられなかった。五月女さんの言ってたこと、当たってるところもあるのよ。でも今なら何とかなりそうな気がする。イオと出会って、自信をもらったから」
「そうか。そりゃ、よかった」
イオが頷いた。
手をひらりと振って、城のほうへと歩き出そうとする。
「じゃあな。早く行け、門が閉じちまう」
「私、帰らないよ」
イオが驚いたように振り返った。
彼の瞳を見つめ、ぎゅっと拳を握って言葉を絞り出す。
「ここにいたい。一緒にいたい、イオと」
イオが息を呑む気配がした。
彼が何かを言う前に、続ける。
「どんなに素敵な世界でも、自信を持って生きられたとしても、イオがいないと意味ない。……あなたが、好き」
声が上ずる。
心臓が口から飛び出しそう。
(あああ、言っちゃった……!)
まさか今日、こんな流れで告白することになるなんて。
これで、彼と私の関係性は変わってしまう。
でも、決めたんだ。これ以上、自分の気持ちに嘘はつかない。
私は、イオが好きだ。
「チカ……」
私の名前を呼んだきり、イオは黙ってしまう。
『チカー、ココニイテ!』
『イオ―、ナンカ言エー!』
イオの足もとで妖精ちゃんたちが騒ぐ。
「うるせえって、静かにしろよ」
照れ隠しのように妖精ちゃんたちに言い、イオは私を正面から見つめた。
「……俺は竜人だ。ここに残れば、俺はお前を生涯の番にする。それでもいいのか」
「うん」
番。
竜人の、伴侶の呼びかた。
「後悔するぞ。俺はバケモノだ」
「イオは、イオだよ」
「それだけじゃない。俺は口が悪い」
「知ってるってば」
「あと、めちゃくちゃ執念深い。お前を死ぬまで離してやらねえぞ。……いいのか、本当に」
澄んだ紫色の瞳を見つめかえし、頷く。
「いい。後悔なんて、一生しない。イオのいる場所が私の楽園だから」
振り向いて、光の渦を見た。
水面には、もう何も映っていない。渦を巻きながら小さくなって消えていく。
イオが呆れたように息を吐いた。
「チカのこと賢いって言ったけど、あれ撤回するわ。バカだな、お前」
「なっ……ちょっと、何よそれ!?」
「可愛いって意味だ、バーカ!」
憎まれ口を重ねて、イオが顔を歪める。
そして、いきなり私を抱きしめた。
「い、イオ!?」
慌てる私の耳元でイオが囁く。
「俺も。……俺もお前が好きだ、チカ」
いちど体を離し、彼が両手で私の頬を優しく包む。
怜悧な顔が、ぐっと近づいた。
(え……え? なんか、急……!)
キスされる。
と、思った……のに。
次の瞬間、イオが視線を逸らした。
泣きそうな表情になったかと思うと、いきなり私から離れる。
戸惑う私の前で顔を両手で覆い、低い声でイオは呟いた。
「だめだ」と。




