29.聖女の末路
「せ……センパイ? なんで……なんで生きてるの!?」
両手両足を縄で縛られた五月女さんが呆然と呟く。
しばらく会わない間に、彼女の容貌は激変していた。
痩せ細り、肌は荒れ、艶々だった巻き髪は枯れ草みたいに傷んでいる。
元の世界では職場のお姫様として鳴らしていたのに、あのときのキラキラ感は微塵も残ってない。
そもそも、異世界召喚された直後に生贄として捨てられた私と違って、五月女さんは救国の聖女に認定されていた。
そのうえ、アスダール王国の王様ラスティンと結婚して、悠々自適の生活を送っていたはず。
そんな彼女が、なぜ、ここに?
「五月女さんこそ、何があったの? どうしてこんなところに……王妃様になったんじゃなかったの?」
助け起こしながら問いかける。
窪んだ目に悔しさを滲ませ、五月女さんは唸るように言葉を絞りだした。
「そう……みりあ、王妃になったの。ありがたい聖女様って言われて。みりあは居るだけで王国に加護をもたらす宝物だからって。なのに……」
「なのに?」
前屈みで地面に頭をこすりつけるようにして、五月女さんは叫んだ。
「あいつら、コロッと態度を変えやがったの! 飢饉も天候不良もおさまらない、だからみりあは聖女じゃない、偽物だって。みんなを騙した罪で邪竜に喰われろって!」
聞けば、五月女が王妃としてチヤホヤされたのは最初だけだったという。
神殿で祈ることが聖女としての唯一の仕事だったけど、彼女が祈っても、とくに効果はなかったらしい。
(そうか……考えてみれば当然かも)
違う世界からやってきたというだけで、五月女さんは普通の女性。
異世界に来たからといって特別な力が発動するわけではなかったのだ。私がそうだったように。
やっぱり、聖女召喚システムそのものが無意味なのでは?
過去に成功例があるとしたら、そのとき召喚された「聖女」に、たまたま特別な力があっただけなんじゃない……?
それにしても五月女さんには、アスダールの人々を一瞬で納得させた秘密兵器があったはず。
「五月女さん、聖女の御印は? 聖女認定を受けたのに、こんな仕打ち……」
鋭い目で睨み返されて、ハッと言葉をのみこむ。
乱れたドレスからのぞく五月女さんの胸からは、赤いハートマークが綺麗になくなっていた。
「嫌味ですか? センパイも知ってるくせに。あれ、シールだもん。ストックがなくなっちゃったんですよ」
日本から持ってきた化粧ポーチに入っていた転写シールが底をつき、聖女の御印を偽装できなくなった五月女さんは、彫り物師にわいろを握らせ、本物のタトゥーを入れようとした。
それがバレてしまい、偽物として糾弾されることになったというのだ。
「だからって……国王は助けてくれなかったの? 夫婦になったんでしょう?」
「助けてくれるも何も、みりあを邪竜の花嫁にするって言い出したのはラスティンよ!」
国民からの風当たりが強くなると、ラスティン国王も掌を返し、別人のように冷たくなった。
五月女さんを守ってくれる人は一人もいなかった。
なんの後ろ盾もない王妃を庇っても得はないと、みんなわかっているからだった。
ともあれ偽の聖女と断定された五月女さんは、ラスティン国王にあっさり離縁されてしまった。
あげく投獄の憂き目に遭い、花嫁あらため生贄としてこの森に運ばれることになったのだ。
『今度の聖女様もダメだった』
森の外からきた少年ロニーが言っていた言葉を思い出す。
それが、こんな事態を意味していたなんて!
「大変だったね、五月女さん」
汚れたドレスの肩に手を置くと、五月女さんは声をあげて泣きだした。
「ひどい……どうして、みりあがこんな目にあうの? 意味わかんない。みりあ、なーんにも悪くないのに! どうして死ななきゃならないのよー!?」
意味わかんない。
どうして死ななきゃならないの。
それ、私も「邪竜の花嫁」になれって言われたときに思ったっけ。
あのとき、五月女さんは笑ってた。
しかも彼女の嘘も手伝って、私は生贄コースに直行だったわけだけど……そのあたりのことは忘れちゃったかな?
(……もう、いいか)
号泣する姿を見るうちに、可哀想になってきた。
二人同時にこの世界に召喚された五月女さんと私。
たとえ私が聖女に認定されていても、同じ運命を辿っていたはずだ。まったくもって他人事じゃない。
竜の姿のイオが溜息をつき、枯れ枝だけの周囲の木々が風圧で大きく揺れた。
「あいかわらず迷惑なこった。生贄なんぞ要らねえっての」
イオが大きく翼を広げる。
そのシルエットが見る間に縮小してゆき、ものの数秒で彼は人間の姿になった。
「え、え、え、なに?」
初の変身シーンを目撃して目を白黒させる五月女さん。
近づいてきたイオが、かるく右手を上げる。
早乙女さんの手足を戒めていた縄が、ひとりでに解けて地面に落ちた。
「ええ!? なに、いまの? 誰、この人……!?」
「俺か? 俺の名前はアイオライトだ」
混乱する五月女さんを見下ろし、やたら自慢げに彼は名乗った。
「アイオ、ライト? 宝石の……?」
「チカの知り合いなら、『イオ』って呼んでも許してやる。知ってるぞ、お前ら人間が俺を邪竜って呼んでるの。失礼な話だ。俺、ヒトは喰わねえから」
五月女さんが、不安そうに私のほうを見る。
「セ、センパイ……この人の言ってること本当? だって、邪竜でしょ? ほ……本当に人間、食べない? みりあのこと食べない?」
「本当よ。私のことも助けてくれたの」
「そうなの!? じゃあみりあ、死ななくていい?」
「うん、大丈夫。安心して」
五月女さんの顔に、たちまち生気が戻った。
「やったー! しかも邪竜様、すっっっごいイケメン!!」
このへんの切り替えの早さとポジティブシンキングは流石だ。
私も見習わなくちゃいけない。無理か。
「イケメン? どういう意味だ?」
きゃあきゃあ騒ぐ五月女さんに呆れ気味の視線を向けながらも、イオは再び竜の姿になる。
「チカ、とりあえず、こいつを連れて城に帰るぞ。王国の奴らが近くにいたら面倒だ」
「そうね、そうしよう。五月女さん、一緒に来て」
「はーい! すごーい、みりあ、竜に乗るのなんか初めてー! わー! もふもふー! 邪竜様、かっこいーい!!」
五月女さん、まるでテーマパークのアトラクションに向かうみたいなはしゃぎようだ。
イオがうんざりした声を出す。
「うるせーな。チカ、こいつだけ爪の先に引っ掛けていってもいいか?」
「ダメだよイオ、いじわる言わないで」
ハイテンションの五月女さんと私を背中に乗せ、イオは大きな翼で空へと舞い上がった。




