28.新たな花嫁、まさかの人選
『イオー!』
『チカー!』
『タイヘン!』
『タイヘンダヨー!』
外に遊びに出ていた妖精ちゃんたちが、ひどく慌てた様子で城の中へと飛び込んで来た。
「大変って?」
『誰カガ森ニ入ッテキタヨ!』
『コワイヨー』
「コーワーイー!」
抱きとめた私の腕の中で、ぎゅうぎゅうに抱き合って震える妖精ちゃんたち。
「誰かが森に入った?」
イオの眼差しが、たちまち警戒の色で尖った。
妖精ちゃんたちに問いかける。
「ねえみんな、どんな人だったか教えて?」
『オオキイヒトー、イッパイ」
「エートネ、コノクライ!』
『ウウン、モットイッパイ!』
私の問いに、フウちゃんが両手の指を広げてみせる。
大人が十人以上いる、と言いたいらしい。
『ソレトネー、オンナノコ』
『イタネー、オンナノコ』
『ミンナ、コワイ顔シテルー……』
イオの瞳の奥にギラリと赤い光が揺れた。
怒っているときの色だ。
「また侵入者か! 懲りねえやつらだ。俺が様子を見てくる。チカはここにいろ」
「私も一緒に行く」
「だめだ、危険だ」
「それは、そうだけど」
妖精ちゃんたちの発した、ある言葉が引っかかる。
侵入者は、いっぱいの「大きい人」、それから「女の子」。
その組み合わせって……
「もしかしたら、またアスダールのひとたちが花嫁をつれてきたんじゃない? 私みたいに生贄として」
「ああ、それも考えられるか」
イオの顔に、ありありと呆れの色が浮かんだ。
アスダールの王都では、私の後輩社員だった五月女みりあさんが聖女兼王妃として稼働しているはず。
なのに、新たな生贄花嫁って送り込まれてきちゃうものなんだろうか?
「もし新しい花嫁が連れてこられたのだとしたら、イオは、その人をどうするの?」
「送り返すにきまってる。どこから来た人間だって、俺なら元いた場所に戻してやれるからな」
当たり前のこと聞くなよ、と付け加え、イオは人差し指で私のおでこをつついた。
「だったら私が一緒にいた方が怖がられずに済むでしょう? 花嫁の子、きっと怯えてると思う。話しかけて安心させてあげたいの。お願い、つれてって」
「どこまでお人好しなんだよ、チカ……」
渋々といった様子ながら、最終的にイオは「そこまで言うなら」と承知してくれた。
「みんなは、ここで待ってて」
震えている妖精ちゃんたちに笑いかける。
『気ヲツケテネー、チカー』
『マッテルヨー!』
心配そうな声に見送られ、城の外へと駆け出した。
イオが竜の姿に変化する。
いつもより巨大な体躯の戦闘モードだ。
鬣の中に体を埋めると、飛び立つ前にイオに釘を刺された。
「もう一回言っておく。チカ、約束してくれ、絶対に俺から離れないって」
「わかったよ、イオ」
「じゃ、行くぞ」
イオの背中に乗って、しばらく飛ぶ。
そうしているうちに、どんどん空が暗くなってきた。
イオの警戒心が灰色の雲になって、低く渦を巻いているのだ。
木々の緑が開け、地面が剥き出しの場所が眼下に現れた。
広場の中央には、大きな石の舞台。
私が生贄として捨てられた場所だ。
石の舞台の周囲に、人影の集団が蠢いている。
スイちゃんが言っていたように、ざっと二十人はいるようだ。
一見したところ、屈強な男性ばかり。空の輿や、貢物らしき品物の山も見える。
(私がここに運ばれてきたときの状況に似てる……!)
竜の大きな影が上空を横切ると、広場に集まっていた人々が一斉に悲鳴を上げた。
森の出口へ向かって、我先に脱兎のごとく逃げていく。
――残された人影は、たったひとつ。
石の舞台に突き立った柱に、白いドレス姿の女性が縛り付けられ、もがいている。
手足も縛られていて逃げられないのだ。
「やっぱり、生贄の花嫁……!」
「そうみたいだな」
「行こう、イオ。助けてあげなくちゃ」
地面を揺るがせて、イオが大地に降り立つ。
舞台の上の女性が、「ぎゃあっ」と泣き叫んだ。
無理もない、竜怖いもんね。間違いなく喰われるって思うよね。わかる、私もそうだった。
一刻も早く、理不尽な恐怖から解放してあげたい。
「もう大丈夫です! 安心してください、竜はあなたを食べたりしませんから」
「おいチカ、俺から離れるなって!」
イオに制止されながらも、走り寄った。
拘束されている女性が、驚いたように顔を上げる。
恐怖に引きつり、涙にまみれた彼女の顔を認識して、思わず足が止まった。
「……え?」
生贄の顔に、見覚えがあった。
「……嘘、でしょ……?」
相手の女性も、こちらを見上げて呆然と呟く。
荷物のように縛り上げられ、石の舞台に取り残されていたのは。
「五月女、さん……?」
そう。
かつて私と同時に、この世界へ召喚された職場の後輩――そして、聖女として認定されたはずの――五月女みりあさん、だった。




