2.それは花嫁と言いません
「あの! みりあが聖女だと思います!」
五月女さんが自信満々の表情で宣言した。
「五月女さん!?」
驚く私の横で、五月女さんがワンピースの胸ボタンを二個、手早く外し、下着ぎりぎりまで布地を下げてみせる。
鎖骨の十センチほど下に、小さな赤いハートマークが現れた。
円陣を囲んでいた男性たちの間から、どよめきが沸き起こった。
「御印だ!」
「おお、聖女様……!」
「このお方が聖女様だ……!!」
皆が雪崩のように次々と膝を折る。
五月女さんに向かって、ラスティン国王が満足そうに笑いかけた。
「そなたの名は?」
「五月女みりあです。みりあ、って呼んでください」
さっきまでの剣幕はどこへやら、五月女さんがしおらしく答える。
「ミリア、良い名前だ。では神官長、ミリアが聖女ということでよいな?」
「はい、国王陛下」
神官長が恭しく答える。
あれ、聖女認定って今ので終わり? 早くない?
「ミリア、お前はこれから宮殿で暮らし、この国のために祈れ。そうすれば、余がどんな贅沢もかなえてやるぞ」
「嬉しい! よろしくお願いしますねっ、ラスティン様!」
まんざらでもなさそうな五月女さん。
この対応力の高さは間違いなく彼女の長所だ。私には真似できない。
そうよね、たしかに「お妃」っていう響きは魅力的……か?
でも、待って。五月女さんの胸のハートの「御印」って、どう見ても……
「ねえ五月女さん、それ……タトゥー、ですよね?」
小声で尋ねる私を面倒くさそうに横目で見て、五月女さんが答える。
「やだ、本物のタトゥーなわけないじゃない。これシールよ、シール。みりあ、今日は仕事終わりに遊びに行く予定だったからつけてただけ」
「そ、そう、シールなの……って、大丈夫ですか?」
「何が?」
「ここが安全な場所かどうか、まだわからないんですよ。聖女ですなんて言っちゃったら何をさせられるか……だいたい国王たち、私たちを元の世界に帰す気がないみたい」
五月女さんがフンと鼻で笑った。
「そんなの、とっくに気づいてるってば。こうなったら少しでもメリットのある生き方を選択しようかなって」
「メリット?」
「そ、メリット」
私に向かってニッコリと微笑み、五月女さんは続けた。
「本当のこと言いますね。みりあ、センパイのこと以前からウザイなーって思ってたんです。ここでお別れでいいですか?」
「……え?」
可愛らしい笑顔と相反する言葉に、ぞくっと寒気が襲う。
「ところでミリア、こちらの女は? お前の侍女か?」
ラスティン国王が割り込んできた。
尋ねられた五月女さんが国王へと振り返り、甘えた声を出す。
「違います! さっきまでみりあ、この女に殺されそうになってたんです。それで一緒にくっついてきちゃったみたいで……」
「殺され……って、え? 違うでしょう、五月女さん!?」
いきなり何を言い出すの、この子!?
「いやー、こわーい!」
国王の背後に隠れる五月女さん。
「それはいかん、取り押さえよ!」
「ちょっと待って、聞いてくださいってば!」
ラスティン国王の一言で、私は護衛の騎士たちによって拘束されてしまった。
床に押さえつけられた私を、五月女さんは口元に手を当てて見ている。笑いを隠しているのだ。
「こちらの者はいかがいたしましょう、陛下。この……聖女でないほうの女性は」
王弟ジャスティンが尋ねる。
「そうだな……ああ、よい使いみちがあるぞ」
何かを思いついた表情で、ラスティンが笑った。
国王に耳元で何事か囁かれたジャスティンの顔が曇る。
「いや、しかし……それではあまりに、この異世界人が哀れではありませんか」
「我がアスダールの安寧のためだ。この女にとっても名誉なことだぞ」
ラスティン国王が私へと向き直る。
そして周囲の人々にも聞かせるように、高々と宣言した。
「異世界から来た女よ、そなたに名誉を与える。死の森へ赴き、そこに巣食う邪竜の花嫁となるがよい」
「……はい?」
死の森? 邪竜の花嫁?
意味がわからない。何よ、それ?
両手を腰に当てて私を見下ろし、ラスティン国王は続けた。
「そなたは北の辺境、死の森へ行け。これまでも数多の女が花嫁となって国を守った。そなたも身を挺して邪竜を慰め、あの怪物を森にとどめるのだ。決して王都に近づけるな」
「身を挺して、って……具体的になにをすれば?」
「簡単だ。邪竜に食われろ」
「それ花嫁って言わない! 生贄じゃないですか!」
国を守るために異世界から聖女を召喚する。ここまでなら、ギリギリ理解できなくもない。五月女さんが聖女に認定されたのだって異論はないですよ。
だけど、巻き込まれただけの私が「邪竜への生贄」って!!
それはさすがに納得いかないし、ひどすぎない!?




