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友人を殺したと訴えられて決闘裁判になったので、俺はとある真実を言う事にした

作者: 恵京玖


 雪が積もった十一月上旬の朝。カーモス領騎士団寮の裏の空き地でトピアス・ユヴァが雪玉を転がしていた。しかも手袋をしないで雪玉を転がしているため手が冷たいのか、時折自分の息で温めていた。

 大人になって雪玉を転がすなんて、と生まれてからカーモス領から出ていない俺にとって不思議だった。

 だからしばらく唖然として見ていたが「何をやっているんだ?」と俺は聞いた。


「え? 雪だるまを作っているんだよ。レコさん」


 すでにトピアスの腰くらいまで育った雪玉を転がすのをやめて、俺の方を見て言った。なんともトピアスは普通に答えているが、俺は脱力した。子供ならともかく成人男性が雪だるまを作るなんて変な話だ。

 俺が黙っているとトピアスは穏やかに笑って更に言う。


「小さい頃から雪が降ったら、外に出られなかったんですよ。だから雪だるまも作った事も無い箱入り息子でしたから」

「普通、箱入り娘じゃない?」

「貴族間の面倒な約束事で僕は死なせられないようにされていました。だから温室育ちなんです」


 そう説明してトピアスは作っていた雪玉から手を離して、別の雪玉を作り始める。今度は頭部分を作っているのだろう。

 俺はその場から離れて、近くの雑木林へと向かった。そこで松ぼっくりなどの木の実、そして棒を手に入れてトピアスの所に戻る。

 すでにトピアスは作っていた頭の雪玉をさっき作っていた体部分の雪玉に乗せていた。乗せている途中、トピアスはよろめいた。確かに本人の言う通り温室育ちだろうな。

 だからこそ疑問に思う。なので「トピアスさん、はい、雪だるまの顔」と言って松ぼっくりなどを渡した時に思い切って言ってみた。


「ありがとうございます、レコさん。松ぼっくりは目にしよう」

「なあ、トピアスさん。何でこんな辺境の領地の騎士団に見習い騎士として派遣されたんですか?」


 エリート騎士を輩出して来たユヴァ公爵に婿入りした男なのに、こんな辺鄙な雪山に一人で見習い騎士としてやってきたのだ。しかも結婚式当日にこちらに向かったという話も聞いている。いや、初夜を迎えていないじゃん! 新婚に何をしているんだか……。

 トピアスは黙って雪だるまの顔を作っていた。松ぼっくりの目とドングリの鼻、枝の体にさして腕を作る。

 雪だるまが完成して一息つくとトピアスは幽かに笑って「普通に政略結婚ですから」と言った。


「ユヴァ家の領土で起きた災害で僕の家が支援しました。その時にユヴァ家の当主の孫娘だったソフィアを次男の僕と結婚させてほしいって僕の家はお願いしました」

「……でもユヴァ公爵家って大昔の戦争で活躍して勲章と貴族の位をもらった人とか歴代の騎士団長を多く輩出して来たとか、うちの国で一番歴史の古い貴族の一つで王族に嫁いだ人もいるし、困窮しているって話も聞いたことが無いんだけど……」

「ユヴァ家も王族も親戚筋の方もね、本当はこんな成金の子爵の支援なんて受けたくなかったと思います。でも二次災害で伝染病が蔓延していて、僕の家で作っている薬が必要だったんです。だから約束を引き受けるしか無かった」


 なんだか色々とツッコミどころがあるけれど、俺はトピアスの話を聞いた。


「ソフィアと僕の婚約だから、僕が死んだら約束が無くなります。だから両親は僕が病気にならないように神経を尖らせていました。だけど約束は取り付けたけど、婚約者のソフィアやユヴァ家との関わりなんて結婚式までほとんど無かったんです」

「え?」

「しかも結婚式当日でソフィアと初対面だったんですよ」

「……マジで。しかもトピアスさんって結婚式当日にカーモス領へ出発したんですよね。じゃあ、新妻にほとんど会っていないって事ですよね」


 大きなため息をついてトピアスは「因果応報と言いますか……」と前置きして話し出した。


「こんな品のない形で結婚の約束を取り付けたんです。だから結婚した後は、単身赴任と言う形で僕は遠い土地に行かせたんですよ」

「もしかして結婚式当日に騎士になってカーモス領へ行けって言われたんですか?」

「あ、分かりました? そうなんですよ。女当主であるソフィアを支えようと思って領地経営とか領地の産業とか薬剤師の資格などの勉強とか頑張ってやったんですけど結局無駄になってしまいました。ユヴァ家の人間たるもの、騎士として国を守れって言われて」


 あっけらかんと笑ってトピアスは喋っているが、俺はユヴァ家の嫌がらせに絶句してしまった。そして俺が抱いていた疑問が解けた。

 ユヴァ家が支援と引き換えにトピアスを婿にするのが嫌なら、王家や他の貴族から圧力をかけたり、子爵がやっている製薬工場などを買収することだって出来たはず。だけどこれはあまりにも荒々しい。

 だから一回約束を取って婿に取ったら、ユヴァ家の人間として見習い騎士として遠くに送ってしまえばいいと考えたのだろう。

 子供の頃から鍛えさせたり、最初から騎士団に入らせればよかったと思うけど、軟弱な大人になって見習い騎士にして屈辱感を味わわせるように仕向けるためだ。現にトピアスは俺と同い年ではあるが、俺の方が先輩なのだ。

 見習い騎士期間は三年。年末年始の休暇はあるが、かなり短いし無くなる可能性もある。そして離縁の条件は三年以内に子供が出来ない事だ。この分だと白い結婚、つまり子供が出来なくて離縁になりそうだな。

 俺も幸せな身の上では無いのだが、トピアスに比べればまだマシに思えた。


「まあ、品のない交渉をした我が家への罰ですよ」

「なるほどね」

「でもここに来て雪遊びが出来て嬉しいですね」


 遠い目をしながら雪だるまを見ながらトピアスは言う。

 決して体力があるとは言えないし、剣なんて持った事すら無い男なので騎士として評価は低い。だけど仕事は真面目だし医学も明るく薬剤師の資格もあるから、何かとケガの多い騎士団では結構重宝されている。また王家とも近しいユヴァ家は威圧的で横柄な態度を取る奴らが多いのだか、トピアスは謙虚だし礼儀正しいので他の団員も拍子抜けしたと言っていた。

 何より複雑な生い立ちである俺に対して普通に接してくれる。


「雪遊びをした事が無いって事は、雪合戦なんて知らないだろ」

「え? 雪合戦? ……うぎゃ!」


 俺が投げた雪玉がトピアスの顔に当たる。得意げになっていると俺の顔に雪玉が当たった。


「雪合戦は知っていますよ。家の中で観戦していましたし」

「じゃあ、やったことは無いんだな」

「初めてですね、レコさん」

「敬語もさん付けしなくていいよ、トピアス。雪合戦では先輩後輩は関係無いのだあああ!」

「うぎゃ!」


 こうしていい年した大人である俺達は本気で雪合戦を始めた。朝から子供のような歓声をあげながら雪合戦をするとカーモス領主の二番目の子供 俺にとってもガリア兄様が「何してんだよ、お前ら」と騎士団寮の窓から顔を出した。


「はい! 敵が雪玉で攻めてきた時の訓練です!」

「ばーか! ただの雪合戦じゃねえか!」


 ガリア兄様が軽口を言うとトピアスは「おはようございます! 団長!」とピシッとした擬音が付きそうな礼と挨拶をした。そうガリア兄様は辺境騎士団のトップなのだ。

 ガリア兄様は周りの雪景色を見ながら、うんざりしたような声で言う。


「十一月に入ってもう積もったか……。今年の冬は大雪になるかもしれないな」



 ガリア兄様の予言通り、その年の冬は大雪になった。

 領内の雪下ろしの手伝いなども騎士団の仕事になって来る。これが面倒で目をキラキラさせて雪合戦していたトピアスもうんざりしていた。

 でも王都で貴族の暮らしをしていた彼だったが、辺境の田舎であるカーモス領の暮らしに慣れ親しんでいたと思う。

 やがて雪が解けて国の中で一番遅い春を迎えた頃、トピアスはまだ見習い騎士期間を終えていないのに王都へ帰って行った。

 彼の妻、ソフィアが懐妊したためだ……。




****


 トピアスとの雪合戦をぼんやりと思い出していた。薄暗い、臭い男ばかり牢屋の隅に座って。

 牢屋の真ん中ではサイコロ博打をやっている。サイコロの目に一喜一憂している悪党どもを眺めていると、負け越している窃盗犯が声をかけられた。


「おい! 兄ちゃん! 博打しようぜ! 博打!」

「……俺、ルール知らないし、そもそも金持ってない」

「ルールは教えてやるよ。それにあんた、貴族の隠し子だろ?」


 窃盗犯の不躾な質問に俺は嫌そうな顔で「何で?」と聞いた。


「雰囲気で分かるさ。俺達のような平民とは違う。かといって貴族だったら、こんな汚い牢屋に入れられない。じゃあ、貴族の愛人のガキだろ。面会の時にご両親からお金や差し入れをもらえたり出来るから、物や金かけて博打も……」

「貴族の愛人の子? そんな訳ないよ」

「え? そうなのか? いや、自信があったんだけどなあ」


 俺は鼻で笑って「見る目が無いね」と返した。だがこの窃盗犯、かなりいい所を突いている。少しだけ冷や汗をかいた。

 そんな時、看守が牢屋に入って「レコ・カーモス様、面会です」と俺に言った。こんな嫌なタイミングで名前に様をつけて敬語を使わないでくれ、看守。

 すぐさま窃盗犯は「ほら! やっぱり! 貴族の隠し子だろ! お前!」と指さして言い、看守に注意された。

 俺は窃盗犯の言葉を無視して牢屋から出た。



 面会室は貴族専用の牢がある場所だった。はっきり言って普通の平民の家よりも綺麗では無いかと思う。

 部屋のソファーにはガリア兄様、つまりカーモス領の騎士団長が座っていた。


「難儀だったな、レコ」

「団長もわざわざ来てくださって、申し訳ない」


 そして俺はガリア兄様に対峙するように座って、口を開いた。


「俺はトピアス・ユヴァを殺してはいない」

「分かっている」


 そう言ってガリア兄様は手をあげると看守が紙を俺達の間にあるテーブルに置いた。

 それは俺がトピアス・ユヴァを殺した真偽を神に判断するため、決闘裁判をせよと言うものだった。

 決闘裁判とは、神に真偽を問う神判だ。つまり決闘をして俺が負ければ、正義と真実の神が味方をしなかったのでトピアスを殺した証明になるのだ。逆に言えば、俺が勝てば殺人容疑が晴れる。

 ただ、色々と疑問に思う事がある。


「何で俺はトピアスを殺した容疑をかけられているんでしょうか?」


 確かにトピアスが死んでいるのを発見したのは、俺である。

 秋が深まった十月のある日、とある用件での答えを出すためトピアスが指定した人気のない林の中で待ち合わせをしていた。だが待ち合わせの時間、トピアスはうつ伏せで倒れていた。

 近くの人を呼んで、王都の騎士にも連絡して事情聴取も受けて、辺境の地へと帰って、しばらくは音沙汰が無かった。

 しかし年が明けた春、怖い王都の騎士達が俺の家にやってきて、決闘裁判の令状を出されて王都の牢屋へと連れていかれたのだ。


「トピアスの妻 ソフィアはお前が殺したと訴えを起こしたんだ。今回の事件はトピアスの殺人の目撃者も真犯人も見つからない。すでに迷宮入りになる事件だった。そうなると遺族が怪しい人間を決闘裁判で訴えることが出来る。ソフィアの証言では、トピアスがお前と会うのを怖がっていたらしい。もしかしたら殺されるかもしれないと話していたそうだ」

「え? それで俺が殺したって話になるんでしょうか?」


 俺が呆れてそう言うと、ガリア兄様は「それだったら、冤罪だらけになるだろ」と言った。


「事件が起こる前日、お前と夕食を食べに行った時、喧嘩をしたという話も聞いた。内容は例の件か?」

「そうです。例の件を近いうちに公表するって事を、一応トピアスに伝えようと思って。でも伝えると止めてくれと言われてしまって……」


 例の件を伝えるとトピアスは狼狽え、最初は公表するのは止めてくれと頼まれた。だがいずれは、公表しなくても世間に知られる話であり、ずっと疑いの目を向けられるだろう。それに辺境でもカーモス伯爵は腐っても貴族である。そして貴族は足の引っ張り合いが年間行事だ。公表をすれば、国の騎士の中で威張っているユヴァ家の鼻っ面を叩きつける事が出来る。こんなチャンス、親父殿 カーモス伯爵家当主が利用しないわけが無い。

 だが俺も例の件を公表する事を嫌がるトピアスの気持ちはわかる。しがらみも多く、立場の弱い婿養子のトピアスと、もう一人を考えれば……。


「トピアスは例の件を公表するのを嫌がったか。別にあいつが傷つく訳では無いのに……」

「兄貴、愛の無い夫婦と祝福されない夫婦、どちらの子供が不幸だと思います?」


 俺の質問にガリア兄様は「分からんな」と呟く。兄様には縁遠い質問だろうな。


「でも最終的にはトピアスは公表するのを分かったと言ってくれました。それを踏まえたうえで、妻と相談をするとも言っていた。あいつと会う約束をしていたのは、妻との相談した答えを聞くため。冷たくなっちゃったけど」

「なるほど」


 そして事件について話し合いをして、決闘についての話をした。ソフィアは女性なので代わりに戦う代闘士の話になった。


「お前が決闘する相手は、クリステル・カルピネンだ。知っているか?」

「知らないですね」

「俺もお前が決闘裁判すると聞くまでは知らなかった。だが王都では有名だ。第三王女護衛騎士らしい」

「なるほど。つまり顔がお綺麗って事か」


 基本的に王族、特に王女様の護衛をする騎士と言うのは厳しい条件があるのだが一番重視されているのは、王女様の好みに合った美形かどうかだ。

 俺が軽口を言うとガリア兄様は真剣な顔をして「そしてかなり強い」と言った。


「王立騎士学校の競技大会で三年連続優勝をしている。俺もそこに通っていたから後輩から話を聞いたんだが、スピードを重視したタイプで一瞬にして決着をつけるという。また去年の王国主催の競技大会でも入賞をしている」

「俺は騎士学校に行った事が無いけど、凄く強いのか」


 騎士になるには色々とルートがある。まずは俺やトピアスのように騎士団に見習いとして入って修行するルートだ。これは平民でも騎士になれるが、めちゃくちゃ大変で厳しい。だが騎士のほとんどが、このルートを進む。

 そしてもう一つが王立騎士学校を卒業するルートだ。このルートはガリア兄様も含めて武官を目指す貴族が行く。王族の護衛などエリート騎士を育成させ、コネクションを増やしたり、競技大会に出場して目に見えた実績を作るのだ。今、王国の騎士団長や過去に勲章をもらっている騎士は、この学校に入っている者が多い。ただ入学には年齢制限と厳しい試験があるので狭き門だ。

 そんなエリート学校卒業し、競技大会入賞して、第三王女の護衛騎士の男。

 こんな奴を知らない人間は辺境の田舎である領民くらいだろう。


「そのクリステル・カルピネンって言う男は、ユヴァ家と何か関係があるんだっけ?」

「カルピネン男爵家は元々ユヴァ家の分家だ。そしてユヴァ家は親戚同士の繋がりが強い。それにトピアスの妻のソフィアと幼馴染だったらしい」


 俺は「……へえ」と相打ちをしながら、殺される前のトピアスとの食事での会話を思い出した。例の件の話になる前に、トピアスはソフィアと生まれた赤ちゃんの話をしていた。その時、赤ちゃんが父親の自分よりもソフィアの幼馴染の奴の方が懐いていると愚痴っていた。

 その幼馴染がクリステルで決闘裁判をする相手。……例の件に関係していたりして。

 俺は下種な事を考えていると、兄貴が「ともかく」と話を戻した。


「決闘裁判は明日、予定されている。明日に備えて貴族牢で休んでもらう。それとお前が愛用している騎士用の剣を持ってきた。決闘の際にはこれを使え。飯の用意もした」

「ありがとうございます」


 ガリア兄様がそう言うと自分が愛用している剣を看守が持ってきてくれた。濡れ衣とは言え、決闘裁判をする俺に至れり尽くせりである。だがこれはユヴァ家とカーモス家の代理対決とも言える。一応カーモス伯爵家の人間である俺とユヴァ家の分家のクリステルの決闘だからな。


「冤罪だろうと負ければ有罪だ。勝てよ、レコ」

「もちろん」

「それと相手は恐らく和解による話し合いをするはずだ」


 決闘裁判では和解による話し合いも行われる。というか戦いで決着をつけるより、和解による話し合いで決着をつける方が多い。


「多分お前が罪を認めるのなら処刑はしないで無期懲役にするという和解をするだろうな。応じないよな」

「フン! やってもいないのに上から目線で無期懲役かよ! 絶対に応じない!」 

「その時に【例の件】を話してもいいぞ」


 意地悪気にガリア兄様が言い、俺は「分かりました」と返した。


 貴族牢のベッドでガリア兄様の話、トピアスの話、そして殺されたトピアスの姿を思い出し、考えながら寝た。

 



***

 貴族牢の良いベッドで寝たからか目覚めは良かった。

 俺は支度を終えて看守の案内の元、決闘裁判の会場へと向かった。


 すでに決闘裁判の闘技場には観客が大勢いた。特に貴族専用にはユヴァ家の面々が厳しい顔をしながら座っていた。

 そんなユヴァ家から離れた場所で俺の兄貴も座っている。当たり前だが親父殿と次期当主の一番上の兄貴はいない。まあ、俺はカーモス伯爵家の人間であって、当主の子供じゃ無いから居なくてもショックではない。

 そして対峙するようにトピアスの妻 ソフィアとクリステルが入場し、俺は看守を引き連れて入場する。

 ソフィアとクリステル、そして俺は神に仕える牧師へと向かい、聖書に触れて宣誓する。

 

「すべてを統べる神よ。レコ・カーモスが私の夫 トピアス・ユヴァを殺した悪事を、私は決闘で証明させたいと思います。だからどうか力を貸してください」


 トピアスは自分の妻を細身の儚くまだ少女のような雰囲気を持っていると惚気ていた。だが宣誓する姿は名立たる騎士を生み出したユヴァ家の人間らしく力強さがあった。

 そして傍らにいるクリステルは王都で有名になるだろうなと思えるくらい美青年だった。ソフィアと一緒にいると何だか演劇の主人公とヒロインに見えた。

 だとしたら、俺は悪人に見えるんじゃないのか? と考えながら聖書に触れて宣誓する。


「すべてを統べる神よ。俺は友人であるトピアス・ユヴァを殺した事実は無い事を、決闘で証明させたいと思います。だからどうか力を貸してください」


 俺が宣誓を終えると平民の観客席から少ないがブーイングが起こった。牧師はすぐにやめさせたが、ここにいる観客は俺がやったと思っているんだろう。

 ソフィアとクリステルを見ると殺意がこもった目を向けていた。


「決闘のルール説明をします。決闘者の武器は一本の剣のみ、違反した者は敗者として取り押さえます。決着は相手が死亡もしくは戦闘不能、または降参の意思を示すまで。和解による話し合いは戦闘中でも行えます。もし和解をしたければ、手をあげてください」


 決闘の審判である牧師はルールを簡潔に告げて、原告のソフィアを決闘場の端にある台座へと移動せよと告げる。

 彼女が台座へと移動して、俺とクリステルは剣を構える。

 そして牧師が「始め」と言った瞬間、兄貴の言った通りクリステルは手を挙げた。兄貴の言う通り和解の話し合いをするつもりだ。


「レコ・カーモス! 殺人罪による斬首刑に恐れて、罪を認めていないのだろう。だがもし今、ここで罪を認めるならソフィア・ユヴァ様やユヴァ家当主様が無期懲役にすると掛け合ってくれるそうだ。このユヴァ家一族の寛大な心に感謝して……」

「認めるか、バーカ!」


 おっと、暴言が出てしまった。俺は「失礼、言葉が汚すぎました」と謝罪して、話す。


「俺はトピアスを殺していない。斬首も嫌だが、やってもいない罪を認めて無期懲役なんてまっぴらだ! 生き地獄もいい所じゃないか!」

「あくまで認めないのか」

「もちろん。俺がトピアスを殺す理由が無いからな」


 クリステルは俺の「殺す理由が無い」と言う発言に鬼の形相で睨みつけて、「嘘をつけ!」と怒鳴った。


「カーモス領の騎士団を勝手に辞めた腹いせじゃないのか! 色々と雑用を押し付けて、いじめなどを行っていたんだろう! それで騎士団に戻れと言ってトピアスが断ったから、お前はカッとなって殺した!」

「俺はそこまで短絡的じゃ無いし、いじめだってやっていない」


 俺は「そもそも」と話し出した。


「死んだトピアスを一番先に発見したのは俺だから怪しいと思うが、一番怪しい人物がいるだろ?」

「……誰だ!」

「ソフィア・ユヴァ」


 トピアス・ユヴァの妻でありユヴァ家の女当主の名を告げると、クリステルは「何だと!」と視線で殺せるくらい殺意を持った目を向けた。

 さすが幼馴染で夫よりも親し気にしている男である。兄貴が聞いた噂では、第三王女の護衛騎士であるこの男は王女から公休日に「出勤して欲しい」と呼び出しされても、「思い人と会っているので」と断ったという。王族の一人であり雇い主の命令より【思い人】を優先させるなんて巷の女子は素敵と思うだろうが、その思い人がソフィアで人妻と言うのが闇深い話である。またこんな態度でも王女からの信頼は厚く、護衛騎士を続けているという。顔が良いから許されているんだろう。

 一方、俺が犯人と名指ししたソフィアは表情を変えていない。俺は怒っているクリステルではなく、台座にいるソフィアに目を向けて話す。


「まずトピアスの遺体を見て思ったのは、全くと言っていいくらい綺麗だった。誰も来ない林での話し合いだったから、枝や葉っぱはつくだろうし、何より靴の裏が新品のように綺麗と言うのは、かなりおかしい」


 クリステルは「お前が別の所で殺したんじゃないのか?」と言ったので、「だとしたら、俺のアリバイはどうなる?」と聞いた。


「俺はトピアスを見つけるまで、飯屋で朝食を食べていたんだ。夜は相部屋の宿屋で寝ていた。相部屋で一緒だった男は俺がずっと部屋にいたことを証言している。これは事件を担当した奴らも確認して、文書にも書いている」

「そんなもの、金を出してもらった証言だろ!」

「トピアスは大の大人だぞ。別の場所で殺して、一人で遺体を持ってくなんて無理に決まっているだろ」

「それも誰かに金を出して、手伝ってもらったんだろう」


 クソ! 俺を犯人扱いしやがって! と思いつつ、冷静になって俺はソフィアを指さして口を開いた。


「だったら、何でソフィア・ユヴァの聴取と家宅捜査をしなかったんだ? 事件を調査する者達からソフィアどころか、ユヴァ家のメイドも使用人も話を聞けなかった。しかも家の中も調べられなかったとも言っていたぞ! 何か隠している事でもあるんじゃないのか?」

「下衆の勘繰りをするな! ソフィアは幼い子を抱えているのに夫を亡くして、精神的に追い込むなんて酷い事が出来る訳ないだろ! それに彼女は軟弱で卑怯な夫を健気に支えていたんだぞ!」


 クリステルは軟弱で卑怯なトピアスを支えるソフィアのエピソードを語る。

 伝染病が蔓延したため、薬の援助をする代わりにトピアスの家はソフィアと結婚しろと迫った。だがトピアスはそれをよく思っておらず、婚約期間中も会うどころか手紙すら送ってこなかった。恐らく所詮は貴族の義務としての、政略結婚だからと思っていたからだろう。

 こんな領民の命と引き換えに不幸な結婚をさせられるソフィアは、トピアスを支えるのを決意したのだ。


「軟弱者がカーモス領と言う田舎で不便な辺境へと行ってしまった時、ソフィアは近くユヴァ家が所有している土地に移り住んだのだ」


 知らない情報に俺は「え? そうなの?」と思わず言った。

 ソフィアは王都に住んでいるってトピアスは言っていた。また彼の王都にいる親からの手紙は時間をかけて届いていた。だがソフィアからの手紙なんて来なかったのだ。

 俺は「ソフィアはどこに住んでいたんだ?」と聞くと、カーモス領を出て山越えた所のユヴァ家が所有する避暑地だった。


「それなのにトピアスはソフィアに会いに来るどころか、手紙すら送らなかった」

「当たり前だよ。トピアスは知らなかったんだから」

「そんなはずはない! なぜなら彼はその地に来てソフィアに会っているはずだから!」


 クリステルの言葉に俺は内心、ほくそ笑んだ。だが俺は黙ってクリステルの話を聞いた。

 見習い騎士は年末年始の休みがある。彼はその休み期間でソフィアに会い、無理やり抱いたという生々しい内容だった。


「彼女は嫌がったのに、トピアスは無視して無理やり抱いたのだ。その地にはソフィアの両親がおらず、女性のメイド数人しか居なかったことが不幸だった。トピアスは私や両親など、上の立場の人間や騎士などの強い人間には卑屈な態度を取っているが、弱い立場の人間には威圧的な態度を取るのだ。だがこんな哀れな事が起こっても、ソフィアは力強く生き、出来た赤ん坊を育てようと決意したのだ」


 クリステルもソフィアも、トピアスを悪者扱いしたいらしい。


「赤ん坊は父親を失った。だがソフィアとユヴァ家、そして私があの子を支えて立派に育て上げるつもりだ。そしてまず父親を殺したお前に罪を認めさせるか、倒さねばならない!」


 色々と言いたいことがいっぱいありすぎる。まず、俺は犯人じゃ無い。そして、しれっと赤ん坊を一緒に育てる宣言をするな! クリステル!

 だが顔が良い奴がこういう事を言うと、男性陣は盛り上がったり、女性陣は涙ぐんでいる者もいる。

 クリステルは「さあ、罪を認めろ!」と俺に迫った。


「やってもいないんだから認めないよ。そもそもトピアスはソフィアに会っていないはずだ」

「はあ? 何を根拠に!」

「俺達、カーモス領民が証人だ。トピアスや俺達カーモス領騎士団は年末年始の休みを返上して、雪かきしたんだよ!」


 どういう理由でユヴァ家はトピアスの見習い騎士期間をカーモス領で過ごさせたのだろう? 派閥が違う場所だとイジメられる事があるので、トピアスもそうなったらいいと思って送り出したのだろう。

 しかしまさか年末年始の休みが無くなるなんて思ってもみなかっただろう。


「去年から今年の冬は大雪だったんだ。そうなるとカーモス領の騎士団は隣の領地までの道を雪かきする。トピアスや俺達はそれに参加したんだ」

「じゃあ、その雪かきの合間にソフィアに会っていたんだろ!」

「ユヴァ家の避暑地とカーモス領は近くない。馬車で丸一日かかるくらいだ。しかも大雪だから、馬車も通れない。これは俺だけではない。カーモス領の当主や騎士団、住人も証言しているぞ。しかも雪かきが終わったのは年末年始の休みが終わった後だ。全員、疲労困憊だから遅めの休みを領地内で過ごすんだ。トピアスもずっとカーモス領内で休みを過ごした」

「そんな話、ソフィアやユヴァ家は知らなかったぞ!」

「それはあいつらが手紙を読んでいないからだ。トピアスは実家とユヴァ家に手紙を送ったと言っている。届いている時には年末年始の休みが終わった頃になっているだろうけど。そもそもソフィアが避暑地にいるなんてトピアスは知らなかったけどな。というかカーモス領が大雪で帰れないってことくらい伴侶なら心配しろよ!」


 そして俺は自然と頬を緩ませて「さて、そうなると赤ん坊は誰の子なんだろうな」とクリステルではなく、台座に座るソフィアに言った。


「トピアスは結婚式までソフィアに会ったことが無いと言っていた。そして初夜もやっていない事は有名な話だし、年末年始の休みにも帰っていない。一年くらい夫婦が会っていないのに、どうやって赤ん坊が出来るんだろうな」

「……」

「カーモス領の当主が貴族院に報告する事をあらかじめトピアスに伝えた。喧嘩になってしまったが、最後はトピアスも分かってくれた。そして妻に報告して、次の日また会おうと告げた。それが俺にとって最期の言葉になってしまった。ソフィア、お前が殺したんじゃないのか? 自分が不貞をしたという事実を貴族院に伝えられると聞かされて」

「……」

「そしてこの事を恐れてけん制のために俺がトピアスを殺したとして決闘裁判で訴えたのだろう。だが残念ながら当主は普通に本日、貴族院に報告している!」


 俺の言葉に傍聴席に座る平民はざわついていた。それもそうだろう。卑怯な夫を殺された可哀そうな若妻と思っていたら、実は赤子は夫の子じゃ無い可能性が出たのだ。どんでん返しもいい所だろう。

 平民用の傍聴席は騒めいているが、貴族用の傍聴席ではユヴァ家は微動だにしない。ユヴァ家はこの状況は分かっていたって事だろう。ちなみに兄貴も動いていないが、恐らくほくそ笑んでいるだろう。

 一方、クリステルは虚を衝かれたような表情をしている。うまく隠していた事がバレたような顔ではない。思ってもみない事を言われて、思考が停止しているような顔だった。

 もしかして赤子の本当の父親はクリステルじゃないのか? 

 そう思っていると、ソフィアが「お黙りなさい、痴れ者!」と一喝するような厳しい声が決闘場に響いた。まるで戦士を奮い立たせる戦の女神のようだ。


「あの子は確かにトピアスと私の子です! 恥辱的な行為でしたが、確かに私は彼の子を作り生みました。そしてトピアスも自分の子であると認めています!」

「当たり前だろ! あいつは立場が弱い婿だ! そして三年以内に子供が出来なかったら離縁され、実家はお先真っ暗になる! そういう状況だったら誰の子か分からなくても自分の子だって誰でも認めるぞ! 何せ、この結婚は愛の無い政略結婚だからな! 愛が無いなら、自分の子供じゃなくても父親って言うぜ!」

「カーモス領の魂胆なんてわかっております。辺境の何もない地方でくすぶって、我々ユヴァ家の地位を落とそうと考えているんでしょう。だが我がユヴァ家は揺るぎません! そのような信ぴょう性ない事実を誰が信じるんでしょうか!」

「カーモス領、そして周辺の領地の者達だ! 確かに首都中心を守るお前らの派閥は力をつけすぎて、王家は地方の領地の者達をないがしろにしているからな! 騎士学校が一番、分かりやすいだろ? 王立だってのにユヴァ家の血筋の者は試験免除だったり、地方の貴族に学費以外に追加のお金を要求しているだろ!」


 ソフィアは俺の言葉を無視して、クリステルに優しく呼びかけた。


「クリス、私、もう耐えられない。私だけじゃなくて、ユヴァ家すらも貶める気でいるわ。事実じゃ無い事を民衆のいる前で喋って、我がユヴァ家が築き上げた物を壊そうとしている。お願い、あなたの剣で終わらせて! あの男を倒して、私の訴える言葉が真実であることを、証明して!」


 俺が放った衝撃の言葉で呆然としていたクリステルだったが、ソフィアの言葉に揺らいでいた意思が固まったような表情をしていた。

 そしてクリステルは「では和解は無しで良いんだな?」と俺に聞いたので「当然だ!」と答えた。




 審判は「それでは決闘を再開します」と言い、俺とクリステルが剣を構えたのを確認して「始め」と言った。


 俺達は剣を構えたまま、動かなかった。お互いに剣先を突っついてけん制しあっていた。俺の剣は騎士になって初めてもらう太くて重たいロングソードだ。使い慣れている剣であり、両手に構えるとよく馴染んでいる。

 一方、クリステルはレイピアのように細くて鋭そうな剣だった。剣幅は俺のロングソードの方が広いが斬るというより叩くといった鈍器みたいな剣だ。だがクリステルはレイピアのような剣はちょっとでも触れたら切れてしまう刃先である。


「ふん、どうした? 動かないのか?」


 クリステルは馬鹿にしたように笑ったが、ここで挑発に乗ってはいけない。俺が振りかぶって奴を切る前に、奴は素早く俺の腹を切るだろう。

 だったら……。

 俺は一歩、踏み出して剣を振りかぶる。その瞬間、クリステルは素早く動いた。まさに風に乗って早く飛ぶ鳥のように俺の剣を避けて懐に入った。


 そしてクリステルの剣は俺の皮膚を切り裂いた。


「はあ?」

「痛いな、やっぱり」


 クリステルの剣先を握る俺の左手はポタポタと血が落ちる。


 クリステルは殺したり危害を加えないで、俺を降参させるように仕向けるはず。だってその方がスマートっぽいし、競技大会でも雑魚相手ではそうやって勝ち進んできた。だから俺の事も侮って、首辺りに剣先を止めて「降参するか?」なんて舐めた真似をするだろう。

 だから俺は自分のロングソードから手を離して、クリステルの剣先を左手で握った。当然の如く左の手のひらは切れて血が落ちている。痛みが走るがその剣先を思いっきり引っ張る。

 剣先を握る俺に驚くクリステルは引っ張られて、前に出る。そこに思いっきり俺は頭突きをした。鈍器で叩かれた音がクリステルの額に響いただろう。

 更に腹を蹴って、剣を離させる。腹を押さえたクリステルは信じられないものを見るような目で見る。ルールで決められた競技大会だったら、俺は普通に負けている。だがここは決闘裁判。剣は持って戦う以外にも己の拳で戦ってもいいのだ。

 よろけながらクリステルは「お前、何で、こんな事を……」と俺に言ってきた。


「俺は友達を殺したと濡れ衣を着せられるくらいなら、左手を犠牲にして無実を勝ち取った方がまだマシだ!」


 そう言って俺は右手を握って思いっきりクリステルの頬を殴る。

 俺の拳はクリステルの頬にクリティカルヒットして、仰向けに倒れた。

 そして立つことは無かった。








***


 こうして俺はクリステルに勝って、トピアスを殺していないという事が証明された。左手のケガは血がいっぱい出ていたが、軽傷だったのですぐに治った。

 ただユヴァ家はこの決闘裁判は不当だと異議を申し立てた。剣で戦っておらず一方的に殴って暴力的であったと。だが決闘裁判を取り仕切る牧師達は聞く耳も持たなかった。必ずしも剣で戦うというルールでは無いし、殴られて気絶して戦闘不能になったのはクリステルなのだから不当ではないと判断された。

 王家とのつながりがあるユヴァ家なので、更に反論するかと思いきや特に無かった。


 さて俺が拳で無罪を勝ち取ったのを見て、民衆は感動して俺とトピアスの熱い友情を描いた劇が出来て流行った……なんて展開は一切なかった。でも俺がもし負けていたら、クリステルとソフィアをモチーフにした劇をやると言われていたらしい。結局、大番狂わせで俺が勝ってしまったため、その劇は無くなったという。本当に勝って良かった……。


 俺がトピアスを殺していないという判決になったが、結局誰がトピアスを殺したのか? 真犯人は分からない状況だ。

 またソフィアの赤子の父親も分からない。貴族院にはトピアスは年末年始の休みはカーモス領にずっといた事を告げた。だがユヴァ家はこれに対して否定しているし、王家は深く調べ無かった。

 癒着とかそういう問題ではなく、出来なかったといっていい。


 決闘裁判が終わった次の日、ソフィア・ユヴァが自殺したのだ。


 決闘に負けた後、すぐにソフィアは両親と共に自宅へ帰った。その時から精神的に不安定な感じだったようだが、彼女は大丈夫と気丈に振る舞っていたそうだ。だが次の日、メイドが彼女を起こしに行くと冷たくなっていたという。

 この悲劇にユヴァ家と王家はこれ以上、真実を追わないと決めたそうだ。


 俺的には不満が残る結果ではあるが、カーモス領当主や地方の領地の騎士達には良い方向に向かって行った。





 そうして、あの決闘裁判から十五年後……。


「久しぶりです。レコさん」

「久しぶり、ハンス」


 ハンスはガリア兄様の長男、俺から見たら甥っ子である。十五歳以上から入学できる騎士学校に今年から行っている一年生だ。

 王都に用事があったのでハンスの様子も見に来たのだ。


「どうだ、騎士学校? イジメられていないか?」

「大丈夫ですよ。友達のカールやレオン先輩達もいますし、先生も的確で無理なく指導してくれますし」


 朗らかに話しているハンスに安心した。

 ガリア兄様が通っていた頃の騎士学校は地方から来た生徒へのイジメなどがあり、先生も特定の生徒を贔屓して、それ以外の生徒には無茶な指導をしていた。我慢強くて滅多に弱音を吐かないガリア兄様ですら「悔しい!」と実家に泣いて帰ってきた事もあった。

 それが改善されて良かったと思う。

 決闘裁判後、ユヴァ家はゆっくりと力を落とした。そこにカーモス領当主や他の地方領の当主達が入ってきて、実力主義と公平性で騎士団をまとめたのだ。

 ハンスの明るい騎士学校生活を聞きながら、俺はある事を聞いた。


「なあ、ハンス。同級生か先輩でレヴァンスって名前の生徒はいるか?」

「レヴァンス? いや、いないと思います」


 ハンスは不思議そうな顔で答え、俺は笑って「分かった」と言った。


 俺はハンスと別れて、目的の地へと向かう。王都から少し離れたトピアスの墓地へと行くのだ。今日はトピアスの命日なのだ。

 決闘裁判後、俺はなぜかソフィアを殺した大悪人みたいに言われて、首都に来たら殺そうと意気込んでいた奴もいたらしいが、十五年も経っていれば忘れているだろう。

 とは言え、裁判後はずっとカーモス領で俺はひっそりと騎士をやっていた。地方の人たちは俺が無実だって分かっているのでいつも通りの生活をしていた。

 だが騎士の昇進試験は首都で行われるので、出世の道は絶たれた。まあ、別に偉くなりたいとは思っていないので特に問題は無いけど。


 墓参りに行く時、最後のトピアスの会話を思い出す。



 個室のある飲み屋で俺とトピアスは話し合った。個室だと話の内容は聞かれないからだ。

 俺は「ソフィアとの子供じゃ無いだろ」と聞いて、トピアスは完全に否定したがカーモス領の当主が貴族院に報告するというと渋々認めた。


「トピアス、お前、悔しくないの? 完全に自分の子供じゃ無いのに認めて」

「悔しくは無い。それにこれは好機だ」


 諦観したようにトピアスはそう言った。


「レコも分かっているだろ。カーモス領に行かせて、首都から離れさせてソフィアと関わりを持たせないようにさせた。我が家の製薬工場もユヴァ家に乗っ取られてしまって、離縁されたら我が家は何も残されていない」

「実家のために知らない子供の父親になるのか」


 ボソッとトピアスは「レコなら分かってもらえると思ったけど……」と同意を求めているような目で見て、更に口を開く。


「愛のある夫婦と祝福された夫婦、どちらの子供が幸せだと思う?」

「何だ、それ?」

「父親が言っていたんです。確かに愛し合って生まれてきた子供は夫婦にとって宝物のような存在だ。そして愛の無い政略結婚で生まれた子供は無関心で、政治の駒にしか思わない。だけど本当に愛し合った夫婦から生まれた子供は幸せなのかって」


 遠い目をしながらトピアスは語る。


「昔、僕が生まれる年にユヴァ家の領地近くの山に仲の良い夫婦がいた。明らかに奥さんは、貴族の方で駆け落ちしてきたのでは? と村の人々は噂していたんだ。でも夫は腕のいい家具職人だったから、生きていくには困らなそうだった。でも例の災害で山は崩れて、住むところが無くなってしまった。しかも悪い事に夫が伝染病にかかった」

「……」

「平民って自分たちと違う人間にすぐ気づく。避難所にいた奥さんの方は明らかに貴族の人間だって気が付いて、差別したり襲われそうになったりして、可哀そうな目にあっていたみたいで……。奥さんの方は毅然とした態度だったんだけど、夫が伝染病で亡くなった時はさすがに大泣きしていたらしい」

「……」

「亡くなった直後に奥さんは子供が出来た事に気が付いた。だけど伝染病で亡くなった夫の死で奥さんはもう生きていく気力が無くなっていて、でも村人はよそ者だからって事で何もしなかったんだ。だから薬と一緒に医者として来ていた僕の祖父や父が彼女の身元を割り出して、その貴族の家に届けてあげたんだ」

「……」

「奥さんはあらぬ疑いをかけられて婚約破棄された人で亡くなった平民の夫と仲良くなったけど、結婚に反対されて駆け落ちしたと聞いた。貴族の家族は無気力になった奥さんを引き取ってくれた」


 トピアスの話は聞き覚えがあった。いや、この話しはずっと昔から何回も聞かされた話だ。

 そしてトピアスはまた同意を求めるような目で語る。


「この話を聞いた父は思ったんだ。愛があっても当人たちの家族が祝福されなければ、子供は不幸だ。こんなピンチにも他の家族に助けを求められない。政略結婚だとしても周りが助けてくれるから。もし自分の子じゃ無いとして、そんな事はあり得ないけど彼女の子供がないがしろにされたら、可哀そうだろって」

「……お前、俺の事を可哀そうとか不幸とか思っていたのか?」

「いや……、そうじゃなくて」


 そう、俺はカーモス領当主の隠し子じゃない。当主の妹の子供なのだ。

 婚約者につまらない言いがかりをつけられて婚約破棄をされた後、平民と恋をして駆け落ちをした俺の母親。でも災害に遭い、父親は病で亡くなり、生きる希望が無くなった母親は俺を生んだら自分の役目は終わったとばかりに亡くなってしまった。愛する夫の名前を俺につけて。

 当主は俺を育ててくれたが、決して父親では無かった。ガリア兄様は「俺、弟が欲しかったんだー」と言い、子供の頃の俺は【ガリア兄様】と呼ばせてもらっているけど、目に見えた格差はあった。そして今は【団長】と呼んでいる。決して家族ではないのだ。

 でも、だけれども!


「いいか、愛がなかろうと祝福されていなくても、子供の不幸なんて決めつけるな! それと不幸になるから他人の子供の親になるな! 愛も祝福もあっても、真実を知ったら絶望するぞ!」

「……ごめん」

「謝るな! フン! どうせ、不幸にならないためと言って親になってもお前、絶対に馬鹿にされるぞ! と言うか、絶対に嫁は子供に父親の子じゃないって言うぞ。そして自分の親じゃないくせにって子供に見下されるだろうよ!」


 その時、飲み屋の店員がチラッと俺達の個室を覗いていた。トピアスは目ざとく気が付いて「すいません、ちょっと喧嘩しちゃって」と答えた。

 店員が居なくなったことで、トピアスは「何で、僕にこんな話をしたんだ?」と気まずそうに聞いた。


「あらかじめ、僕に話をしなくても良かったんじゃないか?」

「そうだな。当主にも兄貴にも口止めされていた。だけど、突然貴族院や王宮から言われるよりはマシだろ。俺ら、友達なんだから」


 俺の言葉にトピアスは「そっか」と笑った。




 トピアスとの最後の話し合いを思い出していると、ようやく墓場に到着した。早速トピアスの墓を探したんだが、見当たらなかった。

 あれ? 決闘裁判前に聞いた話ではユヴァ家の先祖が眠る墓地があると聞いていたんだけど……。

 俺が首を傾げていると「あの、もしかして……」と声をかけられた。


「トピアスさんの墓を探しています?」

「え? あ、そうだけど」


 振り向くとボロボロのローブを被った背の低い男がいた。フードを被っており、顔は分からないが声からして若いなと思った。そしてフードは地面についているが、腰に何かをさして、体の重心がそちらに傾いている。


「トピアスさんの墓はご実家の墓場に移されました」

「え! マジで!」

「はい。最近トピアスさんのご兄弟の方が当主になられまして、生前のトピアスさんの境遇があまりに可哀そうと言う事で実家の方に墓を移したそうです」


 そう言えばトピアスの実家、ユヴァ家の縁を切ったんだよな。元々製薬工場を一緒にやっていたけど、ユヴァ家にすべて乗っ取られてしまった。そこでまた新たにトピアスの兄弟たちが製薬工場を始めた話を聞いていた。

 ユヴァ家は元々騎士を輩出させてきた家だ。薬の事について分からないから、別の人に任せていたけど結局、ユヴァ家が乗っ取った製薬工場は潰れてしまった。

 確かトピアスの兄弟仲は悪くないと言っていたから、ユヴァ家の事をよく思っていなかったんだろうな。

 でも墓がトピアスの実家の方にあるのか……。首都から離れているから、出直さないといけないな……。


「教えてくれてありがとう」


 俺は教えてくれたローブの被った男にお礼を言って来た道を帰ろうとした。その時、男のローブから何かを取り出したのが見えた。

 すぐさま、男の手に持っていた物 ロングソードに向けて回し蹴りをする。側面の方を蹴ったので蹴った足が斬れることは無かった。

 蹴られた反動で男は手からロングソードを離し、更にしりもちをついた。その時、ローブのフードが取れて顔が見えた。

 髪はぼさぼさで輝きは無く、顔には大きな痘痕があった。だが顔立ちは綺麗で目も大きく、鼻筋は高かった。そしてまだ若い、ハンスと同じくらいだった。


「お前、レヴァンスか?」


 俺の問いに男が忌々しく「ああ! そうだよ!」と返事をする。

 レヴァンス。ソフィアが生んだ子供だ。だが彼の顔立ちは当然トピアスに似ていないし、ソフィアのような繊細な顔立ちでは無かった。

 そして目は怒りで満ち溢れていた。


「よくも父を殺して、母を自殺に追い込んだな!」

「俺はトピアスを殺していない」

「うるさい!」


 そう言ってレヴァンスは隠し持っていたナイフを出して向かってきた。俺は避けてナイフを持っていた腕を持って、背負い投げをする。思った以上に軽かった。

 地面に背中を付けたレヴァンスは悶絶しながらうつ伏せになって、グスグスと泣く。そして「分かっているよ」とうわ言のように言った。


「俺の父親を、トピアスを殺していないって。殺したのは俺の母さんと恋仲になって、一緒に心中した使用人の男だって。そしてそいつが俺の父親だろうって……」

「え? そうなの?」

「カルピネン様の屋敷のメイド達が噂しているのを聞いたから……」

「あれ? お前ってクリステル・カルピネンに引き取られたのか?」


 俺は決闘裁判後、レヴァンスの行方を探っていた。だがユヴァ家はソフィアの子について隠しており、全然分からなかった。でもクリステルが育てていたのか……。そう言えば、決闘裁判の時、【一緒に育てる】って言っていたからな。有言実行している。

 そう思ったらレヴァンスは忌々しく「ああ、そうだよ!」と怒鳴った。


「あいつは俺の養育費目当てで引き取ったんだ! 俺を育てるお金なのに、全部自分の酒や賭けに使って! 昔はものすごくかっこよかったらしいけど、今はただの豚だよ! 俺の事を隠して、奴隷みたいに働かせるし、機嫌がいいと王女様の護衛騎士をしていたみたいな話をして、機嫌が悪いとお前のせいで決闘裁判に負けたんだ、母さんは死んだんだって殴る。俺が病気でうなされて死にそうになってようやく医者を呼ぶ。顔の痣は重症化した時に出たものだ。俺の血の繋がっていない父親だったら薬を作れただろうなって鼻で笑って、痘痕が出来たら汚いとか醜いとか言いやがって……。母さんに全然、似ていないから誰からも愛されねえよって……」


 前言撤回するわ、クリステル。最低だ、お前!


「俺が十五歳になって養育費が取れなくなったら、このロングソードとナイフだけ投げ寄こされて、お前の首を取って来いって言われたんだ……」

「あの野郎……」

「あいつは俺が死んでほしいって思っているんだ。だから、こんな命令をしてきたんだ。取って来るまで帰って来るな、逃げてもユヴァ家が追うって……」


 そう言ってとレヴァンスは地面に突っ伏して、再びグズグズと泣いた。

 俺は「俺の所に来るか?」と聞いた。するとレヴァンスは「え?」と顔をあげた。


「首を取って来るまで帰って来るな、逃げるなとか言われて、行く場所無いんだからカーモス領に来るか?」

「俺、あんたを殺そうとしたんだけど?」

「そんなヒョロヒョロで、どうやって殺せるんだよ。ロングソードだって持つだけで精いっぱいだろ」


 レヴァンスはムッとした顔になったが、俺に言われた通りなので黙っていた。そして「お人好し」と言ったので、「じゃあ、刑務所に行くか?」と返した。すると「嫌だ」と首を振った。


「じゃあ、一緒に帰るか」

「……うん」


 そう言って俺達はカーモス領へと帰る。その間、うちの領について説明した。


「カーモス領は高い山があって、結構雪が積もるんだよ」

「へえ、寒いんだ」

「そう言えばさ、お前って雪遊びしたことあるのか?」

「あるわけないじゃん。カルピネン家で奴隷みたいに働かされて防寒具もくれなくて、俺と同い年の奴はみんな避けるし遊べるわけないじゃん」


 レヴァンスの言葉に俺は遠い目をしながら「そうだよな……」と返して、トピアスとの雪遊びを思い出す。

 俺は経験者のように雪遊びをトピアスと一緒にやっていたけど、俺もやったのはあれが初めだった。貴族でも無いし平民と言うわけでもないから俺も友達なんて居なかった。トピアスが初めて出来た友達だった。


「昔、お前の父親、トピアスと雪遊びをしたんだ」

「そうなんだ」

「友達だったんだ。雪が降ったら、教えてやるよ」


 そう言うとレヴァンスは少しだけ顔を綻ばせた。





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― 新着の感想 ―
家族じゃないけど家族のような絆を育てる話が大好きなので面白かったです。 レコとレヴァンスが義理の親子みたいなかんじで活躍する話も読んでみたいです。
創作物なのに中途半端に「現実はすっきりしない事ばかり」が上手に表現されていて読後は良くないですね。でも最後のシーンは友人の残した縁として良かったです。
ユヴァ家やクリステルなど、それなりに痛い目には合ってるけど、人を嵌めたクズどもが没落もせずに終わっており、モヤっとが溜まる物語でした。 せっかくのフィクションなのに、リアルのようなクソさは残念です。
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