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だから生きて、そばにいて。  作者: 葉方萌生


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「青葉ちゃーん、こっちも手伝って!」


「うん、すぐ行く!」


 十一月中旬。

 一年一組の放課後の教室では、一週間後に開催される文化祭に向けて、準備に追われていた。私たちのクラスは和風カフェをすることになっている。抹茶やお団子なんかを提供する予定だが、それ以上に教室の飾りを作るのに忙しい。

 いくつかのグループに分かれて、壁装飾、テーブル装飾など細かに作業を進めていたんだけど、結局最終的にみんなごっちゃになって、やりたい放題、飾り付け制作に専念していた。

 

 テーブル装飾のお花を作っていた杏ちゃんの元へ行く際に、ちらりと横目で彼——みっきーの姿を確認した。元恋人である彼は、自分の席でもくもくと折り紙を折っている。壁に貼る飾りを作っているらしい。彼の隣には彼と最近仲の良い田村くんがいて、二人は時々小さく会話しながら作業をしているようだった。


 みっきーと分かれて二週間、か……。

 この二週間、良くも悪くも心がすっと凪いでいる。波乱のない穏やかな高校一年生の二学期が過ぎていく。刺激がないと言われればそうだが、余計なことを考えなくていいので、精神的には以前よりもだいぶ落ち着いていた。


 別れよう、と言われた時はとても驚いた。瞬時に「別れたくない」という気持ちが湧き上がったのも事実だ。だけど、彼の口から紡がれる壮絶な過去の話に、胸がギュッと締め付けられて、苦しみがぶわりと押し寄せた。


 このまま彼と付き合っていたら、もしかしたら今度は私がまた、彼に同じ痛みを与えてしまうかもしれない。

 はっきりと、そんなことにはならないと言いきれたら良かった。

 私は彼を残して消えたりしない。だから大丈夫、安心してって。

 でも……言えなかった。

 私の中で芽生えている、彼への好きという感情の裏返しの気持ちが、どんどん大きくなって、すでに押しつぶされそうになっていたから……。

 自信がなかったのだ。

 このまま、無邪気に彼を好きなままでいられる自信が。

 彼のことを傷つけない自信が。

 だから、これ以上彼を傷つけないように、別れの言葉を受け入れた。

 私はきっと、世界でいちばん弱虫だ。


「青葉ちゃん、おーい」


「わっ、ごめん」


 考えごとをしていると、杏ちゃんが目の前でひらひらと手を振っていることに今気づいた。


「大丈夫? なんかまたぼーっとしてるみたいだったけど」


「だ、大丈夫っ。ちょっと考えごと」


「ふーん。それよりさ、今日この後駅前のクレープ屋さん、寄って行かない?」


「クレープ屋って新しくできた? 渋谷に一店舗目をオープンして大盛況でどんどん店舗が増えていってるっていうあの」


「そう! めちゃくちゃ美味しくて映えるみたい。どう?」


「うん、行く!」


 友達と疲れた身体を癒す場所まで決まり、より一層作業に精が出そうだ。

 杏ちゃんや他の子たちと一緒に、テーブルに飾る紙花を黙々と作る。赤、青、黄色、ピンク、水色。完成した色とりどりのお花を、今度は花束みたいに束ねていく。この時、色のセンスが問われるので、私は杏ちゃんに任せきりだった。下手くそだって思われたら嫌だし。


「青葉ちゃんってさ、坂倉くんと別れたんだよね」


「えっ」


 くるくると、茎の部分にリボンを巻いていた杏ちゃんが試すような口調で問いかけてきた。

 みっきーとのこと、誰にも言ってなかったのにな。

 女友達は何でもお見通しというふうに、私の目をじーっと見つめた。


「やっぱりね。すぐ分かったよ。青葉ちゃんってずっと坂倉くんのことばっかりで、すぐ彼の方を見てて、授業中もぽーっとして“恋にうつつを抜かしてる”って感じだったから。それがなくなったらさすがに気づくって」


「わ、私、そんな感じだったの……?」


「うん。めちゃくちゃ分かりやすく、恋する乙女やってた」


「うわ〜……」


 話を聞いて、ちょっとだけ凹む。私ってそんな単純な人間だったんだ……。

 

「で、どうよ。別れてから。あえて原因とかは聞かないけど、今どんな気持ち?」


「うん……杏ちゃんたちと遊べる時間が増えて、充実してるよ。別に、彼氏がいなくても青春できて幸せかな」


 半分本当で、半分嘘っぱちだった。

 友達との時間が増えてそこに価値を感じているのは間違いない。

 けれど、彼がいなくても幸せだなんて、本当は微塵も思っていなかった。


「そんな嘘、ばればれだって。本当は青葉ちゃん、まだ坂倉くんのこと好きだよね?」


 私の心を見透かしたような口調で彼女が言う。


「え、なんでそう思うの? さっき、恋する乙女な感じがなくなったって……」


 だから、私がみっきーと別れたことに気づいたって言ったじゃん。

 杏ちゃんの主張が真逆になっていて、どういうことなのか、不可解だ。


「あーそれは、カマかけてみました! 本当は青葉ちゃん、まだずーっと恋煩いって感じ。むしろ付き合ってた頃より今の方がひどいよ。坂倉くんのこと、ずっと目で追ってる。だから別れたけどまだ好きなんだろうなって気づいた」


「……そうだったんだ」

 

 迂闊だった。彼女がそこまで鋭い人間だとは思っていなかったから。


「で、どうするの?」


「どうするもこうするも、どうしようもないよ。私たちはもう終わったんだし」


「そう。だけど青葉ちゃんは納得してないんだよね? だったらもう一度話し合うべきなんじゃないの? って、外野がこれ以上とやかく言う筋合いはないかっ」


 あっけらかんとした口調でふふっと頬を緩める杏ちゃん。

 彼女は何も知らない。

 私とみっきーがどうして離れることになったのか。

 ただ単に、普通の男女のすれ違いだと思っているんだろう。

 でもね、そんなに簡単じゃないんだよ。

 互いを好きでも、私たちはどうしても、離れなくちゃいけなかったの。

 好きで好きでたまらないのに、今もこうして、届きそうで絶対に届かない位置に、彼は座っていて。

 私の方を見向きもしてくれない。私は今でも、みっきーのことを無意識のうちに目で追ってしまうのに。


「青葉ちゃん、大丈夫?」


 気がつけば、目の縁いっぱいに涙が溜まっていた。

 わ、私、教室の真ん中で何を……。

 慌てて涙を拭う。けれど、口からは嗚咽が止まらないし、涙と鼻水で顔がどんどん歪んでく。

 私の異変に気づいたクラスメイトたちが、「どうしたの?」と近づいてくる。男子は少し離れた場所で「何があったんだ」と訝しげな視線を送ってきていた。

 だめだ、私。

 ここは教室なのに。

 こんなふうに泣いたら、確実に面倒な女だって思われるっ。

 

「青葉ちゃん、教室から出ようっ」


 杏ちゃんが一際大きな声で私の腕を掴んだ。その時ちょうど、異変に気づいたみっきーがこちらを振り返る。

 嫌だ、見ないで……!

 私の酷い顔を見た彼の顔つきが、呆けたように固まる。何か、大切なものを失ったかのようなその空虚なまなざしが私の目に焼き付けられる。

 今彼がどんな気持ちで元恋人である私のことを眺めているのか分からない。

 そのうち彼は「あ、う、」と声にならない吐息を漏らした。近くにいた田村くんが「光希?」と心配そうな声を上げる。その声も聞こえていないかのように、ふらふらと教室の外へと出て行った。


「なんだあれ、坂倉どうした?」

「なんか様子が変だったぞ」

「というか渡会さんは大丈夫なの?」

「二人、最近仲悪いみたいだけどどうしたんだろう」

「別れたって聞いたよ」


 いろんな声が、いろんな響きを伴って、あちこちから飛んでくる。

 みんなが私とみっきーのことを噂している。「坂倉」「渡会」の名前が聞こえるたびに、身体が海底へと沈んでいくような、重たい気分にさせられた。


「みっきー……」


 彼が完全に教室から姿を消した時、底知れない恐怖と不安に襲われた。心臓の鼓動がドクドクと急速に速くなる。閃光のような痛みが身体中を駆け抜けて、いてもたってもいられなくなった。


「ちょっと青葉ちゃん!」


 杏ちゃんの手を振り解いた私は、ふらつきながら立ち上がると、彼が去っていった扉の向こうへと進む。


「待って」


 杏ちゃんが追いかけてくる。でも私は、心配してくれる友達を手で制して、「一人で行かせて」と懇願した。


「お願い杏ちゃん。今彼を追いかけないと、この先一生後悔すると思う」


「でも、二人はもう……」


 さっき、「もう一度話し合うべきだ」と言ったのは彼女なのに、いざ私がみっきーを追いかけようとすると、複雑な表情をする杏ちゃん。彼女の気持ちは分からなくはない。自らけしかけたことだけれど、こんなふうに私が教室の真ん中で感情を溢れさせて、みっきーが教室から出ていくなんて展開を予想しなかったんだろう。彼女の瞳に困惑の色が浮かぶ。


「終わったよ。だけど私たちの人生は、まだ続いていくから」


 今度は大きく瞳を見開く杏ちゃんに、「行ってくる」と呟いた。

 彼女を振り切って教室から飛び出した私は、どこかへ行ってしまった彼を追いかけるべく、走った。

 どこにいるのか分からない。でも、今彼を一人にしてはいけない。心がそう叫んでいる。 

 二週間前、彼とこれ以上一緒にいるのが辛くて、逃げてしまった自分を振り払うように。

 私は全力で、彼の気配を探し続けた。




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