008_堕天使、蛇に化ける。
001
目の前に広がるは、白濁色の雪景色。純血とは真逆の純白に染まりしその光景には、何人たりとも抗えまい。
そして、先生はとある平野で足を止め、「ここら辺で良いだろ」と一言。次に、先生は床へ飲み干した空瓶を捨てると、にまりと笑えば。
「おい、先ずは誰からだ?」
「僕は辞めておくよ、どうせダンテさんと戦っても、負けて体を痛めるだけだしさっ」
しゃがみ込む私の隣に、オズヴァルドは座るとそう答え、そのまま"ライター"片手に煙草へ火を付ける。……私が行こう、そう声を出そうとするが、またもや先を越されてしまい。ユダが片手に剣を持ち、口を開く。
「ならば私がやろう。この中でも随一の実力を有してるんだろう?是非手合わせ願いたい」
「お、馬鹿が一人釣れたな。おいオズヴァルド、審判を」
先生は口を開き笑えば、そのままユダに向かってそう呟く。馬鹿、ユダの事を指す言葉だろう。確かに、無謀だと思うが……実力差を見せるには十分だ。
オズヴァルドは煙草片手に、左手を深淵の如き暗闇の夜空へと振りかざす。そして、その左手で地面を切る様に振り下ろせば。
「勝負、開始っ!」
その言葉と共に、先に踏み出したのはユダの方だった。雪の地面が割れ、空気が避ける音と共に聞こえるは風を斬る音。
ユダは、あの大きな黒色の大剣を、先生に向かって振り翳す。が、先生はそれを容易く避ければ。
いつもの笑顔のまま、獲物を弄ぶ様に、ユダの攻撃を軽々と避ける。それを見ながら、私はオズヴァルドへ話し掛けた。
「……先生め、調子に乗ってるな」
「ダンテさんも、毎日同じ相手じゃ飽きるだろ。食事と同じ。偶には、そう言う味変も必要なんだよ、ヴェルギリウス」
毎日同じ相手……私の事を言っているのだろう。私も、正直に言って、油断した先生相手に十秒が限界だ。それを何セットも繰り返していれば、確かに飽きが来るのは当然か。
白い息を吐きながら、私はそう考える。
「実力差的にもユダちゃんが負けるし、何より力の入れ具合が歴然だ。ダンテさんは酒を飲んでるから暖かそうだけど……ユダちゃんの方はそういかないかもね〜。やっぱり、戦う環境は大切なんだとつくづく思うよ」
「……雪が降ってるからな。そりゃ、剣を握る手も悴む訳だ」
手が悴めば、自然と握る力は弱くなる。何せ、震える体じゃ何も出来やしない。暖かい部屋に入れたとしても、治るのに数分は掛かるだろう。
環境や体調、それが、先生とユダとの実力と言う名の平野を、大いに隔てているのだ。……それに。
「ほいっ!」
先生が、ユダの大剣へ、銃口部分を打ち付ける。剣はそんなチンケな攻撃で壊れはしないが、振動が来るのは確か。
ユダの大剣は全てが同じ素材で出来ている。それ故に、響き渡る振動が通常よりも大きいのだ。
「──────────────っ!?」
勢い良く、不意打ちで隣から物を打ち付けられた事によって、剣全体に振動が響き渡る。
グォングォンと揺れる剣、それに加えて掴みきれていない手。必然と、運命の如く。剣が落ちるのは誰しもが分かる結果であった。
雪の地面へ落ちるはユダの大剣。そして、それを狙っていたかの如く。先生はユダの背中へ瞬時に回れば。
「まだまだ半人前だなっ」
そう言い先生は、ライフル銃の銃床を、ユダの首元へと打ち付けた。それと同時に、白い絨毯と名高い雪へと倒れるユダ。
気絶、首元を力一杯打たれたことによるだ。
「ダンテさんの勝ち〜〜っ!」
そうオズヴァルドは高らかに宣言すれば、そのままユダの体を引っ張り場外……私達がいた場所へと連れて行く。次は、私の番だと言う事か。
……私は腰に掛けた斧を手に取り、にまりと笑う。今日こそ、この忌まわしきオオカミの首を掻っ切ってやるっ!と。
「次はヴェルギリウスか。……そろそろ体が冷えて来たなあ……っ」
白い息を手元へ吐き、先生はそう呟く。
「……ん、僕もそろそろ手先の感覚が無くなってきたなあ……このまま凍え死んじゃいそう」
「……っまあ大丈夫だろ、五秒で終わらせるからよ」
その態度に腹が立ち、私の額に、血管が浮かび上がる。……っ調子に乗りやがって。
オズヴァルドは、悴む指で、気絶するユダの胸を揉みながら、もう片方の手を上空へ翳す。そして、鼻水を啜りながら、その手は降ろされた。
「────────────」
そのまま先手を取るために、ユダと同じく目の前へ駆け出す私。先生はライフル銃を横に構え防御の姿勢。そして、目元はいつも通り笑みを浮かべている。だが、その軽薄な態度が、より一層私の闘心を刺激した。
先生の方へ、フェイントを含んだ攻撃を繰り出す。足を攻撃しようと見せかけて、勿論ガードの甘い脇をぶっ叩く戦法だ。
……だが、一瞬にして私の視界は空へ向く。
「馬鹿が。目線で全てが丸分かりだ」
…………………………あ、死んだ。
先生は、私の掴んだ斧をライフルで退かすと、そのまま私の首をぎゅっと摘めば。その場で、私の視界は暗くなり初め……私は意識を失った。この間、ざっと三秒である。
「すまん、三秒で終わらせちまった」
「………………」
気絶をした私を小脇に抱き抱えながら、見下す様にそう告げる先生。だが、当の本人である私は気絶をしているので、返答は返せない。それを分かってのその言葉。本当に、腹の立つ奴だ。
先生は小脇に私を抱き抱え、そのままオズヴァルドへ「宿に帰るぞ」と声を出す。
その言葉に生温い返事を返すオズヴァルド。そして、胸の感触をしっかりと味わえるように、オズヴァルドは背中にユダを担ぐ。
彼らは雑談を交えながら、元居た宿へと戻って行く。
「いや〜ユダちゃんは胸があるから良いねえ。まな板を担ぐ気分はどうだい?ダンテさん」
「此奴は、胸も女としての威厳も無いが、俺の好みに似てんだよ。それに、こう言う醜い奴を見ていると、こっちが気持ち良くなってくる」
先生は、気絶する私の頭を小突けば。
「だが、俺も一応人間的な感情は持ち合わせているんでね。長年共に過ごして居れば、自然と情が湧いてくるんだよ」
「そう?ヴェルギリウスの事、僕的には虐めてる様にしか見えないけどねっ」
笑いながら私の頭を小突いた先生に、オズヴァルドはそう告げる。
小突く、人の体を指先でつつくと言う意味。そして、その言葉には、意地悪く相手を苦しませると言う意味も含まれているらしい。
「そんな具合じゃ、ヴェルギリウスとの出会いも最悪だったろうに」
小馬鹿にする様な、オズヴァルドの嘲笑。
その言葉に先生は「はっ」と息を出せば、笑いを堪える様に口元へ手を置き語り出す。
「出会い……か。確かに最悪だったな。俺がヴェルギリウスに家族の肉を振舞って、あと……少し味見もしな。それが始まった時に、彼奴は初めて俺に憎悪の目線を向けて来たよ、そりゃもう今と同じ様に」
「出会い頭が、家族を殺したその時か。確かに最高に最悪だね」
「ああ。だから、俺は彼奴に此処までして、恨まれる結果になったんだ。まあ、俺を殺してくれと頼んだのは俺自身だけどな。……それに、彼奴は家族の仇を討ちたいから、俺の事を殺そうとしているんじゃねえ。自分が死ぬ為に、俺を殺そうとしてるんだよ」
軽率で、深いその言葉。先生はそう言うと、そのまま過去に耽る様に、黙り込む。
オズヴァルドはその言葉の意味が分からない様子だ。……だが、私達と共に時間を過ごせば、嫌という程分かる様になってくる筈だ。
そんなオズヴァルドの心情を理解してか、先生は物語最後の追記の如く、言葉を付け加える。
「然るべき時が来たら、その時に酒と共に、じっくりと話しをてやるよ」
闇雲にそう話を切り上げ、先生はオズヴァルドへ、咥えた煙草を差し出せば。オズヴァルドは少し眉を沈めながらも、先生の煙草へ、ライターで火を灯す。
マッチよりも、今の時代はライターだ。マッチ売りなんて、金にならない仕事だろう。それは、今も昔も同じ様に。