073_落魄れた英雄と、嘲笑する仲間と共に。
003
「あ、おかえり、ヴェルギリウス」
「……ぁ。……ただ、ぃま、…………?」
──先生に連れられて、私がとある森奧の館に戻ると、そこには、死んだと思っていた、オズヴァルドの姿があった。
私は、オズヴァルドが死んでいたとばかり、思い込んでいたから。平然と佇み、何やら卓上遊戯を嗜んでいるオズヴァルドの姿を見て、拍子抜けを。
オズヴァルドは、そんな私の方を見て。……血塗れなのか、顔を見てか。何かを悟ったらしく、「風呂は空いてるよ」と一言。
余計なお世話だとか何とか言いたかったが、そんな気力は無い。「分かった」とだけ声を捻った。
些か、身体が重いのだ。自分の思う様に動かせない。苦しい、吐き気がする様な気分だ。
今や、ジャーキーを口にしただけで、嗚咽の後に、容易く全てを吐き出せる自信がある。
「……お前、先生に、殺されなかったのか……」
か細い声。まるで、年老いた老婆の様。
だが、オズヴァルドはそれを聞き。いつも通りの笑みを浮かべ、賽子を投げ。……卓上の駒を、賽子の数動かしながら。
「別に。それに僕は、君と同じく、あの人を殺したいんだ。──満場一致、誰も苦しまない。だから、ダンテさんは喜んで僕を生かしてくれたさ。あ、風呂上がったら、僕と一緒に卓上遊戯でもやるかい?最近、流行りの遊戯でねっ。賽子の出目で、行動が変わる遊びなんだ!」
「いや、別に。……っ、私は──……」
「ヴェルギリウス」
鋭い言葉。棘のある、キツイ言葉だった。
「君は憂鬱だろうね。……だけど、ずっとその気分に飲まれながら生きていくつもりかい?復讐を諦めた君の姿は、何処かとっても不気味だよ。それに、後悔しているのならば、どうして最初から、君は止めなかったのかな」
本気で、此奴の事を嬲り殺したくなった。
何様のつもり何だ、此奴は。お前は、只、今の今まで、卓上遊戯やら何やらで、遊び呆けて居た癖に。何を、分かった風な口振りを。
お前は、目の前で全てを奪われた奴の気持ちなんか、分かりもしないだろうな。大切に作って、装飾何かをしたりして、繕って。頑張って作った物を、目の前で壊される。
ぐちゃぐちゃに、べこべこに。もう、原型なんて残らないくらいに。再利用すらできやしない。残るのは、悲しい感情だけ。
──私は、吐き捨てた。唾を吐く様に。
「勝手にやってろ、糞野郎が」
そう言って私は直ぐに、水場と思しき部屋へと入り込み。ドガン!勢い良く、その扉を閉じた。
──そして、そんなヴェルギリウスを眺めながら、オズヴァルドは「?」という表情で。次に、煙草を片手に息を吐く、先生……いや、ダンテの方へと視線を向ける。
その視線に気が付いてか。ダンテは「はぁ」と大きく息を吐くと。嗤う様な笑みを見せ。
「余り、揶揄わないでやれよ。彼奴は今、絶賛生理中なんだ。血の匂いがしたろう?」
「ははは、あの様子じゃ、僕の母親のより酷いね。それより、少しからかい過ぎた様だね。……で、何があったのかい?ダンテ──さんっ」
腰掛けにもたれ掛かり、大股で煙草を吸うダンテを横に、オズヴァルドは興味有りきの様子で、鼻息を荒らげながらそう呟くと。
何回か、手の平で賽子を、転がせ飛ばせ遊ばせる。次に、卓上で賽子が一つ回った。ダンテは、それを見ながら「はっ」と笑えば。
「──少し、弄ぶ程度に、奴を放っておいたんだ。そして今日、それを俺がぶち壊した。……燻製だってそうだろう。時間を置く程、より美味く。より甘味になって行く。良い具合に積み上げるには、時間が必要さ」
「へぇ、で、壊された結果があれかぁ。結果はどうであれど、良く頑張ったんじゃない?最強ってのは、暇で良いねぇ〜。僕何か、君を殺す事で手一杯で、……あ、賽子一つ増える!やったね〜、僕も最強の仲間入りさっ」
どうやら、これは賽子の出目で、行動が変わる遊戯らしく。オズヴァルドは嬉々として、机の上に置かれた賽子を一つ握る。
「ああ、賽子が沢山有れば、最低値を引こうが、他の数がそれを平たくしてくれるのか」
ダンテは人差し指と親指に、煙草を咥えさせながら。オズヴァルドの遊戯をまじまじと。
「そうそう。だから、大きい出目が出易い訳。それに、この状態じゃ最強だよ。……まあ、専ら薄っぺらい、表面だけの最強だけどね」
「どれだけ沢山賽子が有ろうとも、いつかは必ず、全ての出目が一になる。そして最強は一気に、誰にも勝てない弱者となる」
「あっはは。中身はどうであれ、着飾っただけの最強は、所詮こんな物よ──っ」
オズヴァルドの出目は、『三』と『二』。何方も、上手い具合に良いとは言い難い。見た目は最強に等しいが、中身は唯の運任せ。無論、最強と呼ぶには、事足りぬ代物だ。
「冴えない木材に金箔を貼ったとて、果たしてそれは金なのか。無論、本物の金には劣るだろう」
そう言って、ダンテは黒煙を吐いた。
「それと同じ様に、只の冴えぬ凡夫が、一気に力を手に入れるとどうなるか。はは、見た目は華やかで、正に魅力的に映るだろう。だが、中身は何も変わらない。本物には、必ず劣る劣化品だ。……馬鹿が力を手に入れ様とも、中身は何も変わらない」
そう言えば、ダンテは何かを思い出したのか。少し、煙草を口に咥え数秒黙り込むと。
「そんな馬鹿に着いて行く輩も、総じて其奴と同類さ。……そして、こんな俺に着いて来るお前らも、な」
「溝鼠のお友達は、総じて全員溝鼠。……ひゃー、唯の賽子を使ったボードゲームなのに、どうしてこうなっちゃう物かっ。──あ、全部一引いちゃった。あ〜あ。僕、折角賽子一つ増えたのに。もう、負けちゃったよ〜」
そう言えば、オズヴァルドは「飽きた」と一言。次に、そのボードゲームを乱雑に胸いっぱいに抱き抱えれば。
──奴が向かった先は専ら、ゴミ箱の前であった。そして、買ったばかりなのにも関わらず、捨てられる遊戯。
「金の無駄使いだな」ダンテがそう呟くが、オズヴァルドはそれを受け流し。「懐に余裕があるって良いよ」と一言。多分、実家から金を少しちょろまかして来たのだろう。
オズヴァルドは、自身が先程座っていた席に座り込み。「暇だなぁ」と一言。口を三の字にしながら唸るのだ。
「……ねぇ、ダンテさん。ダンテさんはさ、何か暗〜い過去とかって有る訳?ほら、僕達見たく、悪役になった理由とか。僕、前々から気になってたんだよね。──ダンテさん。君が、何故それ程まで悪役に固執するのかと」
鋭い目付き。まるで、嘘は逃さまいと言わんばかりの瞳であった。
……だが、ダンテはそれを見ても尚。真正面。オズヴァルドの顔面へ、「ふぅー」と黒煙を吹き掛ければ。
「悪役になるには、何か悲しい過去が必要なのかい?」
オズヴァルドが前々に言った通り、本当に薄っぺらい男である。悪役である事に固執している部分以外、何も特徴的な所が無い。
「薄情な男だ。……それに、顔へ煙草の煙を吹き掛けるのは、『今夜お前を抱く』って意味なんだよ」
「そりゃあ良かった。今夜彼奴に試してみるよ」
本人はそれを、恰も生き甲斐にしている様な。しかし、彼はそれを辞めようと、自身を殺せる者を募っている。
──薄情、その言葉がこれ程までに似合う男は、存在しないだろう。
その回答に、オズヴァルドは「ちぇっ」と悪態をつけば。椅子をギィギィと揺らさせて。「暇だなぁ」と呟くのだ。
その態度は、ダンテへ生涯を掛けた賭けを行った者には到底思えない。恰も、恋人すら居ない様な感じがする。
「……お前は、ヴェルギリウスと違って、俺を殺そうと表向きに殺意を向けないんだな」
硝子の灰皿に、縮んだ煙草を押し付ける。
「ははは、冗談止してよ。僕は、君が死んでくれて、ヴェルギリウス程嬉しい訳じゃない。あくまでも、僕と同じ喪失感や絶望を与える為に、僕は動いている物で。……僕がヴェルギリウスを、君の目の前でまた殺そうとしたら、ヴェルギリウスはどうなっちゃうんだろ」
「自殺でもするんじゃないのか?──あの世何て、いい所じゃあ無いがな……っ。おい、オズヴァルド。煙草が切れた、買って来い」
ヘビースモーカーであるダンテは、煙草の箱の中身が無い事を確認するや否や、「ちっ」と舌打ちを。次に、オズヴァルドへ煙草の箱を投げ捨てるのだ。
いてっ、と唸るオズヴァルドを横に、ダンテは「早く」と急かす様に呟くのだ。
「……買ってくるけどさぁ、僕、ダンテさんの奴隷じゃないんですけどぉ〜。頼むなら、次からヴェルギリウスにしてくれよね」
「風呂に入ってるだろ馬鹿が。それに、些か時間が掛かるだろうに。──何より、煙草の銘柄が分かるのは、お前しか居ねぇんだよっ」
「はいはい、分かりましたよ〜ダンテさんっ」
篦棒な返事を聞き、ダンテはオズヴァルドへ、硝子の灰皿を投げ付けたんだとか。




