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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode15_私は醜い蛹から蝶になる。
72/75

071_地獄。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



……ガラ、ガラガラ──ッ。


……何かを引き()る音が聞こえる様な、気がする。木の上で、重い鉄を引き()っている様な音色だ。(いささ)か、とても良い演奏では無かったのは確か。


私の頭は、空っぽだった。(ただ)、私に温かい感情をくれた老夫婦へ、『お返し』をしなきゃと、思って居た。……ガラッ、ガラガラッ。


私は、醜い(サナギ)から(ちょう)になるんだ。その為には、殻を破る事が必要だよね。だから、私が、彼らの殻を破ってあげるんだ。


……──ガラガラ、ガラッ。ガラ……。


老夫婦の羽は、どんな色をしているんだろうね。青空と同じ、空色かな。もしかしたら、星空の様な、少し紫薄めの黒色かも。


……ガラ、ガラガラ。


……彼らは、私なんかよりも、良い蝶で、立派な羽があると思う。


…………………………………………はは、見えた。老夫婦の姿だ。


「──ん、どうした『さあ、ヴェルギリ』。風邪が治る『その』まで、安静『この俺を引』居てよ。貴方『くれっ!』が心配『!!』」

「……大丈夫だ、安心してくれ。ありがとう、貴方達が、私にとても良くしてくれたお陰で、私は幸せになれた。だから、それの恩返しをするよ。殻を、破いてあげる」


……ガラガラ、ガラガラ……ガラッ。


木製の床の上で、それを引き()る。


──それは、斧であった。私の、血を血で洗い流した斧でもあり、薪割りの時に使った斧でもある。大切な物。──殻は、硬い。


だから、鋭利な物で、私が割ってあげなくちゃいけないんだ。……私が今、あんな野郎に壊される前に。この手で、壊してあげる。


それが、私の選んだ最後の孝行(こうこう)だった。先生に何かされて、苦しんで死ぬよりかは。私の手で、終わらせる方が良いだろう。


「『その斧を、俺の頭』薪割りは、もう終『れ。俺を、殺したいだろう?』それに、君は『俺を殺したいならば、その斧を』休んで」

「大丈夫だ。私は、人を苦痛無く楽に殺す方法を知っている。安心してくれ。貴方達に、私が苦痛を与える事なんてしないよ」

「『はは、一体誰に向かって、その様な口を』どう言う事『。っくく、遂に幻覚が見え始めたか。現実逃避も、極まれば此処(ここ)に堕』って、斧は『のか。』ないわ。今すぐ、辞め『ろ。』」


出来るだけ、苦しませないように。出来るだけ、苦痛が少なく殺してあげるから。それが、私にとっての孝行なのだ。


目元が熱い。何より、目の前が真っ暗だ。何も見えない闇の中。(ただ)、見覚えのある人影二人が見えるのみ。


──……息が荒い。何か、花瓶の様な物が、割れる音がしたような。


まあ、私には関係無い話だ。正義を執行しなくては、私は善意でやっている。だから、彼奴(あいつ)らの様な、自らの感情を穏やかにさせる行為では無い。救済(きゅうさい)執行(しっこう)するのみだ。


「辞めなさ『ェル』!?怪我──ッ、怪我をする『血が見たいんだろう?なら、見せてや』!!嫌っ!!辞めて、辞めて!!ヴェルギリ『ウス。何も聞こえない。そうだろう?』」

「ああ、そうさ。私は、いつだって、全ては皆の為にやって来た。あの時だって、今だって。私は、貴方達の為に、この斧を振るう」

「あ、あなた──ッ!!嫌だ、ッ!!『ギ』この子を──止め『さぁ』て──ッ!!早く!」


地面に尻餅を着き、此方(こちら)を見上げている。


私はそんな老婆の目の前で、自身の後頭部へ斧をめいいっぱい振り。


……私の瞳が、純血色にぎらりと輝いた。目の辺りには、キラキラと星々の様なぱらぱらが散っている。


狂った様に、踊る様に。踊って、狂って、着飾って、足のステップは踏み出さずに。


そうだ。そのまま、いつも通りに──狂え。


狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、狂え、


殺せ。


──私は、醜い(サナギ)から(ちょう)になるんだから!


「──ッ、ァ゛??『ヴ』が。っ。──ィ゛、ィだ、ぁ……ッ〜〜??!『続』ィだぁ゛あぁぁあ゛ぁ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛ッ??ッ、ぁ゛、!??ァ゛ぎ、ッぐ??」

「……はは、っ。……あはは。あッ、はははははははははははははははは!!!!ひ〜ッ、くっははははははははははははは!!?ははははははははははははははははーー!!!!」


思うがままに、繰り広げた。斧を何度も、何度も、何度も振り下ろす。血や、細かく刻まれた内臓。飛沫が飛ぶが無問題(もうまんたい)。顔へ、私は何度も斧を打ち付けた。


死体が何度も痙攣(けいれん)し、人間では出せない様な、奇怪な音を発する。骨は砕け、歯は何処(どこ)かへ飛んで行き。片目は跡形も無く潰されており、脳味噌が、割れた髑髏(しゃれこうべ)から突起して。


私の身体に、誰かが静止の手を置こうがお構い無し。私は、その私の身体へ手を置いた輩の方へと振り付けば。その勢いは崩さずに。


──そのまま、投げ飛ばす様に斧を振るう。


それは、(やから)の脇腹へ直撃。唸り声を荒げ、地面へ倒れ込んだ所を見て。私はその者の頭にも、斧を打ち付けた。根性焼きをする様に。


「……ッ、が、ッ????ひ、ッふ。ぁ゛、ッ。あがッ、いひゃ゛……ッ……〜!??──!ッ、ぁ゛が、ッ!!!???!??」


私の足が動く事に、地面には、足跡をなぞる様な血跡が生み出され。私の(クツ)は、赤い。まるで、シンデレラになった様な気分だ。赤い(クツ)を踊らせながら、私は斧を振るった。


途中、老爺の持っていた『写真立て』の硝子(ガラス)が、割れる音がした。しかし、もうどうだっていい。


ずん、っ。ずんっ。机が、その振動で動こうがお構い無し。鮮血(せんけつ)が飛び散り、黒装束(しょうぞく)が紅く染まろうがお構い無し。私には関係無い。


「──ッ、はーーーっ。……ひっ、はーーっ。」


──息が切れ切れになり、目の前を見てみると。……そこには、ぐちゃぐちゃになった肉片があった。性別すら判断出来ない、死体。


手には、臓器のへばり付いた斧が握られている。手は真っ赤で、頭巾も真っ赤。


……あ。私、殺したんだ。


冷静になって考えてみると……あ。駄目だ。目の前が見れなくなる。


──私は斧を床へ落とし、自身の頭へ手をやった。ズン、ズン。頭痛の様な、変な痛みが頭を襲う。


「……っ、ぐ。……ぇ。……はは、あはは……」


自分のやった事なのに、反吐が出そうになった。


が、私はそれをグッと堪え。……もう、諦める事にした。涙は、乾いて出てこない。


後悔、人を苦しめる。私は何も悪くない。全ては、私をこうした先生が悪いんだ。私は救った、老夫婦を救ってあげたのだ。


死体は損壊し、身元すら分からない、そんな(しかばね)。……苦痛無く、殺せただろうか。あぁ、違う。殺せた、そうだ、殺せたんだ。


「私は悪くない……。私は、私は……悪くない。……だから、悪くないから。……悪い」


私は静かに、地面に落ちた斧を握った。そしてズルズルと、その斧を()わせて、外へと向かって行く。


──扉を開く時に、硝子(ガラス)が鏡の様になって、自分の顔が見えた。この世の者とは思えない、顔だった。醜い、って。


次に、斧を背中に掛けて。私は、白い雪の上を、赤黒い靴で歩き始めた。ずぶ、っ。雪に足を沈める度に、雪が紅く染まって行く。じわっ、と。まるで、尿を漏らしたみたいに。


と、目の前に、見覚えのある人物が見えた。其奴(そいつ)は、私の姿を見るや否や、「はっ」と一言。──呟く様に、鼻で笑えば。


「よぉ、久しぶりだな、ヴェルギリウス。──向こうで、元気にやってたか。えぇ?」


もう、一生聞きたくなかったその言葉。


煽る様な、その言葉。


──頭が、ずんっ、と何かの衝撃を感じる様に熱くなる。私は直ぐに、奴の元へと駆け寄った。地面をより荒く、血で汚しながら。掻き乱す様に……。


「……先生……ッ、ッテ……──ダンテ!!!」


荒々しい、そんな怒号と共に、上空に(かざ)されしは、大きな拳。私は、奴へ向かって拳を突き立てた!


……だが、奴は避ける素振りすら見せない。──ああ、この野郎。私が殴れないと……分かっているんだな。


私は、静かに奴の胸元へ、その拳を力無く叩き付けた。先程の様な、迫力や覇気(はき)は無い。とすん……っ。と、力無く音が鳴っただけ。


「……もう嫌だ……。私は、私が何をしたいのかすら、分からない……ッ──」

「……っ、くく。無様だなぁ。人間よりも、醜く馬鹿でみっともねぇ。……──さあ、お前は一体何がしたい。何でも俺に言ってみろっ」


先生は、私の血の匂いを嗅ぎながら、朗らかにそう語った。意識が、今にも飛びそうだ。


「…………もう、何もしないと言う。……お前の言う通り、お前の言う事だけを聞く。…………お前が、殺せと言ったら殺す。…………お前が、私に死ねと言ったら死ぬ。…………………もう、お前の望む事全て、叶えるから……っ」


喉の奥が詰まりそうだ。嗚咽(おえつ)が終始、喋る私の喉を甚振(いたぶ)る。けれども、此処(ここ)で言わなければ、私は今度こそ、死んでしまうだろう。


もう、何もしたくない。自分で、何も考えたくない。──だから、諦める事にした。


「……だから、もう、勝手にしてくれ。先生、お前の言う事は幾らでも聞く。希望も、光も、灯火も。……全て、投げ出すと約束するから。………………もう、私から、何も奪わないでくれ……………………っ」


下僕化。私は、その時、奴の目の前で誓った。そして、頚縄(くびなわ)を相手へ託したのだ。


もう、何も自分で考えたくない。


だから私は、何も選ばない事を選んだ。


自分で考えた結果がこれだったから。だから、何もしない事にした。何もしないことを、私は選んだのかもしれないね。


「──お前、本当に、人間を辞めたか」


その言葉と共に、先生は少し嬉しそうに、私の頭へ優しく手を置いた。次に、掻き毟る様に、荒々しく私の頭を撫でれば。無愛想に、私の手を取って。──引き()る様に、地獄へと案内してくれる。


私は案内人、ヴェルギリウス。案内人だからこそ、地獄への旅路を、放棄してはいけないのだ。放棄すれば、ダンテが必ずやって来る。案内人の仕事は、難解を極める。


「地獄への案内を、また初めてお()れ。ヴェルギリウス」


……ああ、地獄よ。お前は、私を離さない。


離さないからこそ、人々はそれを地獄と呼ぶ。そして、私の地獄は今此処にある。


死にたい、死んで早く、楽になりたい。


そんな思いすら叶わぬ此処(ここ)は、正に地獄だ。

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