表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode15_私は醜い蛹から蝶になる。
71/75

070_幸せが欲しかっただけなのに。

001



「──、。──、────……!」



『ぁ、えと。………っ、は、。……?……ぁ』



「──ね、────大、。──!──!」



「──、──────、──『大丈夫……!?』



目が覚めた。まるで、長い微睡(まどろ)みの中にみたいだった。


……私は今、何をしていたのだろうか。目の前を見ると、椅子に座り、机の上に置かれたクラムチャウダーと、半分に分けられたカスクートが見えた。


視線を上げると、そこには、何処(どこ)か不安そうな目線で、此方(こちら)を見詰める老夫婦の姿が。私が、いつもとは違う事を察したのだろうか。


一つも口の付けていないクラムチャウダーの、甘い香りが私の鼻を掠めるのと同時。


「大丈夫?貴方、随分(ずいぶん)と体調が悪そうじゃない。顔色も、悪いわ。風邪なんか引いてしまったら……!私の家は、医者に行けるお金何て無いわ。大丈夫?もし、体調が悪かったら言って。勿論(もちろん)、無理をせず、今直ぐに!」

「……今日、薪を小脇(こわき)に抱えて、持って行く時からそうだったではないか。やはり、外の瘴気(しょうき)に晒されて、風邪を引いたに違いない」


──その言葉と共に、目の前のクラムチャウダーと、カスクートの乗った皿が戻された。


手に握られたスプーンが、カラン!と大きな音を出して、床に落ちる。


はっ、とした私は、すぐ様拾おうと腰を下げる──が、それは老爺に止められた。次に、老爺は「もう、奥の部屋で寝て来なさい」と一言。


……「違う」そう言いたかったけれども。


私は、一口も食べられなかったクラムチャウダーの香りを、胸にそっと抱きながら。静かに、部屋のドアノブに手を掛けて。部屋の中へと戻って行く。


……見なくても分かる。背中に刺さる、心配と同情の(こも)った眼差し。


私の、頭から離れないのだ。あの、先生と呼ばれる、忌々しくも(はかな)い、(オオカミ)の姿が。


「あぁ、……っ。ぐ、ぅ。……うぅ、う」


明日の朝飯は、唯の(かゆ)になるだろうか……いや、私に明日なんてないんだと思う。私は、ベッドの(すみ)で、顔を(うず)くめ縮こまった。


いつもは日差しが気持ち良くて、全開に開けている窓のカーテンだって、今日は絶対に開けない。外は明るいが、その日差しが、私にとっては途轍(とてつも)も無く、眩しいのだから。


──嫌だ、死にたくない。私が先生の元に戻れば、この善良な老夫婦は死ぬだろう。


死ぬか、死ぬよりも壮絶(そうぜつ)な苦痛を味わうか。そして、「お前のせいだ!」と、私を責める。


いつだって、私は悪者だったんだ。裏に居る、私の身体の操り糸を手に取った奴が、私を操って。それによる批評は、全て私が背負わなくちゃいけない。


それに人形師が、変えの効く人形を粗末に扱わぬ訳が無い。


(しつけ)と称して、(ムチ)を与えるサーカスの道化師(どうけし)と同じだ。私は、ずっと支配されている。


……ああ、あの時の私の言う事を、聞けば良かったのかもしれない。あの忌々しい言葉を(なげ)く彼女の言葉に従って居れば、私はこうは成らなかっただろう。


『後悔しても、もう遅い』。彼女の放った言葉が、私の心を抉るのだ。


『──ほら、言ったろう。私の言葉は、やはり合っていた。ヴェルギリウス、君はやっぱり、私が居ないと駄目だなぁ。巣立ちしてまも無い鳥が、口を開けば餌が来ると思って居るのと同じ。間抜けで、何も知らない馬鹿』


クレヨンで、子供が塗り潰した様な絵が見える。所々、枠線からはみ出して居る所があるが、今はそんな事等どうでもいい。


……彼女は全てを知って居るかの様に、私の頭に手を添えた。


居る筈の無い彼女の息が、ほわっ、と私の首筋に。私は一人、悲しさに喘ぎに(なげ)いた。


私は今、一時の幸せの為に、全てを投げ出した事を後悔している。少女の温もりが、生暖かくて。私の心を酸化させる……。


『よーし、よーしっ。そう、泣かないで、ヴェルギリウス。君はやっぱり、巣立ちするにはまだ早過ぎたんだ。巣立てば、(おの)ずと危険が待ち伏せる。親鳥の恩恵や慈悲(じひ)を、もう味わえなくなっちゃうんだ。ずっと、幸せな夢の中に居たいだろう。だが、それは無理だ。ならずっと、殻に(こも)る方が幸せだろう?』


自問自答の繰り返し。頭の中の、もう一人の自分と会話をして居る様な気分だ。自分が質問や、苦痛の(むね)を伝えれば、少女は必ず答えてくれる。その答えが間違っていようとも、私には分からない。


だから、全てを投げ出す事にした。もう、何も考えたく無い。


考えた結果、直ぐこれだ。全てが、彼奴(あいつ)によって壊される。カルメ◇の時だって、感傷に浸っていた私を、奴は溝の中に沈めた。


全部そうだ。私が何かやろうとしたら、全て先生が壊して行く。だから、私は怖いんだ。


少しの幸せを願っただけなのに。何故(なぜ)、私はこんな目に遭わなくてはいけないのか。


私は何故(なぜ)、のうのうと呑気(のんき)に生きて居る野郎共を背に、こんなにも苦しまなくちゃいけない。


『ああ、可哀想なヴェルギリウス。……私──いや、俺は嬉しいよ。ああ、お前がこんなにも苦しんで居るだなんて。これで、俺はまた死に近付ける。……〜っ、ああ〜〜。興奮して来たじゃないか。っ、くふふ、ははは!』


少女の姿が消えて、目の前に忌々しい(オオカミ)の姿が現れる。いつもの、人を小馬鹿にする様な笑みを浮かばせて。ケラケラとまた、私を罵って。


──「苦しい」。私がそう叫ぶと、奴は嬉々としてその口元をつり上げるだろう。


此奴(こいつ)は、私の事を便利な道具としか見ていない。そして、表情を楽しむ玩具(オモチャ)として、奴はまた存分に、私を虐め倒すだろう。


殺さず、ましては生かさずに。殺さず生かさずの合間。最悪の地獄を味合わせるのだ。


私だけが、こんなに苦しんで。私だけが、こんなに悲しんで。慈悲も救いも無い世界。救いが見えたのかと笑えば、総じて苦痛が待っている。私には、苦痛しかありません。


私には、心を通わせる仲間は居ません。


私には、溝底の(ネズミ)の餌がお似合いです。


私には、幸せ何て似合いません。


私には、いつも絶望が付いています。


私には、何も有りません。


私には、空っぽの瓶しか有りません。


繰り返し、繰り返し。幸せになって、それ以上の絶望を味わって。その、繰り返し……。


『お前には何も無い。失敗作の阿婆擦(あばず)れが。幸せを望むなんて、身の程知らずも(はなは)だしいな。……さて、お前は、あの森奥の。老婆の家で何をされたんだっけか。肉親の血肉を味わって、それから。お前は何をした?──ああ、俺は臭いでしか人を判別出来なくてね。お前があんなに幼いと、全く分からなかったんだよ』

「嫌だ……っ。辞めろ、死にたぃ。……嫌だ、嫌だ。……ッ。その話は、するな……ぁ??」

『さあ、あのお遊びのお話を、もう一度俺に聞かせておくれ。──俺は知っている。全てを(あば)かれたお前が、どんな顔をするのかを。……あの時の顔は、随分(ずいぶん)傑作(けっさく)だったよ。生を諦めて、だが、その感覚に身を委ねて。そして、身を襲う嫌悪感に眉を歪ませて、ぐちゃぐちゃに(むせ)び泣く……』


死にたい。思い出すだけで、吐き気と羞恥(しゅうち)の感情が私を襲うのだ。「はっ、はっ」と、息が荒くなる。


全てがぐちゃぐちゃになって、顔も、あの時よりも歪んでいると思う。


心の底から、言葉では表現出来ない様な感情が、押し寄せて来るのだ。私って、きもちわるぃ。どうして、こんな風になってしまったのだろうか。今は唯、目の前の男が憎い。


「……っ、全て、お前のせいだ──……っ!お前が、私の全てを奪ったんだ。ッ。だから、私は、あんな目に遭ってしまった。……今は唯、お前をぐちゃぐちゃに殺してやりたいっ」

『ああ、出来るならそうしてくれ。それに、全て他人のせい、か。無責任の集合体だな、他人に全てを押し付けて、生きて居る(クズ)めが。あの時、お前は俺に言ってくれただろう?「お前を殺して、私も死ぬ」──と。もう、忘れてしまったか?俺はあの時、言葉にァ出来ない高揚感に襲われた。俺の運命を、変えてくれる奴が現れたから。俺だけの、壊れない玩具(オモチャ)。それだけで、俺ァ嬉しかったよ』

「黙れ……っ。黙れ黙れ黙れ黙れっ……ッ!!」


喉奥から、きゅう、と締められた声が捻り出る。「げほっ、げほっ!」そのせいで咳き込む私を背に、私の生み出した先生は、笑っていただろう。もう、想像しただけで分かる。


……私は、ベッドから静かに立ち上がった。自分でも、何がしたいのかが分からない。


『さて、お前はどうする。この幸せを、どうやって自分の手で収めるんだ?』


そう言って、先生は私の頭をそっと撫でた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ