表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode1_知恵の実の最後
7/75

006_失楽園。林檎と蛇の名の下に。

003


「……お前が、ヘンゼルとグレーテルの童話を殺した大罪人かっ」


先生の部屋、そこにも、支部の追っ手が迫っていた。片目に黒色の眼帯(がんたい)、そして、キッチリと着込んだ黒スーツ。


そいつは先生に、ヘラヘラとした様子で、声を掛ける。そして、先生もいつもの笑顔で返事を返す。


「何の用だ。生憎、俺は今から酒を弟子と共に煽る予定だったんだが」

「弟子か……。ああ、私の支部の内一人も、その弟子さんを殺すと(なげ)いて居た奴がいたなあ。今日はそいつと二人で任務に来ていてね」


酒瓶を片手にそう言う先生を見て、黒スーツの男はこう語る。追記で、「だが、そいつは(すこぶ)る頭が悪い」と一言。


先生は、酒をまた(たな)に戻すと。そのまま立ち上がり。ベッド上に雑に放り投げた、スナイパーライフルを手に取れば。


「馬鹿が。こんな近距離で、スコープを覗く暇を与えるとでも?」

「大丈夫だ。何も入っちゃいねえ」


笑いながら、先生は弾の入っていないライフル片手に、くあっと欠伸(あくび)


しかし、相手は舐めているのかと、血管を浮き出し少し苛立(いらだ)っている様子。その姿を眺めながら、先生は見下す様な笑みを見せる。


その態度を卑しく思ったのか、スーツの男はコツコツと。靴音を響かせ先生の元へと向かって行く。


「弾無しの狙撃者、か。間抜けすぎてこっちが笑えて来る。……はは、じゃあなんだ?そのライフルにお前は何を詰める。夢か、希望か、絶望か?それじゃあ間抜けな泥舟(どろぶね)だ」


そう言い、先生を睨みつける男。

しかし、その言葉に先生は。


「泥も炙れば(うつわ)になる。想像力だよ、想像力。お前にはそれが足りないみたいだけどな」


そう言った。しかし、弾無しの狙撃者が何が出来ると言いたげな男。だが、私やオズヴァルドは知っている。


先生は、ライフルの弾が無くとも十二分に戦えるのだ。近接戦闘では、誰も勝てないと思わせる程に。


しかし、それを知らないのがこの男だ。男は、先生に向かい、メリケンサックを付けた拳を振りかざす。……その瞬間、男の前から、先生の姿が見えなくなった。


「え?」


急に、彼の視界は天井を向いた。なんだ?


そう思う暇も与えず、地面へ倒れ込んだのを感覚で感じる男。


ああ、俺。股間と首を打たれたんだ。あのスナイパーライフルで。


そして、地面に倒れた彼に向けられたのは、銃弾の入っていないライフルだ。しかし、そのライフルは、今を生きる猛獣(もうじゅう)の様に強い。


男は、身を持ってそれを体験したのだ。


勝負は数える間も無く、静寂と共に終わりを告げる。先生は、そんな地面へ倒れる男の顔面へ、グリグリと靴裏を押し付けると。


「ほお〜〜ら、吐けよお。『この下僕奴隷(げぼくどれい)の肉便器が、貴方様の様な高貴なお方に踏まれて光栄(こうえい)です』〜ってさあ」

「てめえ……っ!?」


小馬鹿にする台詞を吐けと命令され、またまた男の眉間に(しわ)が寄る。だが、何も口にしない男に痺れを切らしたのか。


先生は刺繍(ししゅう)されたポケットから弾を取り出せば、スナイパーライフルへその弾丸を装填した。


そうだ、持っていたのに使わなかったのだ。完全なる舐めプである。そしてそのスナイパーライフルを、先生は奴の眉間へガチャリと翳せば。また、厭らしく微笑んだ。


「ほらほら、死にたくなければ言うんだな。今回のは、弾入りだぜ?」

「…………っ」

「あ?台詞を忘れたか。『この下僕奴隷の豚箱性欲肉便器が、貴方様の様な高貴なお方に踏まれて光栄です』だ」

「……増えてるぞ」

「覚えてるじゃねえか」


そう言い、煽る様にして銃口を動かす先生。


すると、命が()しいのか。もごもごと曇らせながらも、口を動かす男の姿。


「……この、下僕奴隷の豚箱性欲……に、肉便器が、……っ貴方様の様な高貴なお方に……ふ、ふ、っ」


口を動かすが、肝心な部分の声が小さい。

それに苛立ったのか、先生は舌打ちをすると、また銃口をチラつかせ。

それに怖じける男。………………そして。


「踏まれてっ……かうっ、こ、光栄ですっっ!ーーーー!!!」


最後の部分は声が高く裏返っていたが、問題無し。その言葉を聞いて、先生は大爆笑。


腹を抱え、顔を真っ赤にし、馬鹿を見た様な顔で笑った。そして、その先生の様子に、恥ずかしさだろうか。相手も顔が暁色(あかつきいろ)の如く、赤くなっている。


………………だが、ストンッ。静かに何かが何かに刺さる音が。先生が目に浮かぶ涙を拭い、目の前を眺めると。無慈悲(むじひ)にも、倒れる奴のつむじにナイフが刺さっていた。血が流れ、そして、それを見てまた笑う先生。


「くはっ、くははははっははははははは!!ははっひ……っくくく、くははははは!!っひひ、はははっ……っぶはっ!」

「……敵が目の前に居るのに、よく笑えるな」

そこには、同じくほくそ笑むユダの姿が。


先生は嘲笑(ちょうしょう)を込めた意味だろうが。このユダという名の変態は、興奮という意味で笑っているのだろう。扉から部屋に入り、かつての仲間だった死体の髪を鷲掴み。


そんなユダの姿を見て、先生は笑いながらもこう言った。


「お前からは敵意や殺意が感じられないんだよ。……っくく、地上にあるもの全てには、独特の匂いが存在してる。美味い人間と、不味い人間とかな。……っそれは、感情にもあるんだよ。お前さんからは、甘い香りが鼻が曲がる程臭ってきてるんだよっはははっ!」


甘い香り、所謂(いわゆる)性的興奮である。


「成程……私はこの罪悪感や、自身の劣等感に興奮しているのか。……んっ、股が濡れてきた」


そう言い、身を震わせながら、ユダは死体を引き摺り、私の部屋へと向かって行く。


先生はそれを見ながら、「堕落(だらく)」と呟き嘲笑した。


004


「っくはははははははっ!!マジで仲間の死体を持ってくるとはなあっ!思いもしなかったぜっ」


私は、部屋に仲間の死体を、本当に運んでやって来たユダ共々を嘲笑(あざわら)う。酒をカラカラと煽りながらだ。ユダは、股をもじもじと動かしながら、(ほお)を火照らせにまりと笑う。


「これで、お前らの仲間として認めてもらえるんだろうなっ」

「そうだ雌豚(めすぶた)。私は先生とは違って優しいからな。そう期待させてから殺すなんて、野蛮(やばん)な真似はしねえ」

その言葉に、「んっ……!」と反応を示すユダ。これにて、生意気だった女の堕落落ちの完成である。


私はカラカラと再度グラス内の氷を回すと、そのままユダ用の酒を注ぐ。


そして、出来上がった酒を手渡し、私はユダの方へとグラスを向ける。ユダも、死体から手を離し。そのままグラスを片手にニマリと笑う。


「大丈夫、今回の酒は本当に毒入りじゃねえ」


前に出した酒は、勿論毒入りだった。


補足程度にそう呟けば、私は「乾杯」と一言発し、そのままウイスキーを一気飲み。


その私の様子を見て、ユダはウイスキーの匂いを嗅ぐ。そして、此方(こちら)へグラスを傾けて。


「毒入りだな。この程度の小細工で、私を騙せると思うなよ」


そう言い、笑いながらグラスから手を離す。

硝子(がらす)が音を立てて割れるのと共に、床へ毒入りウイスキーの、小さな湖が出来上がる。


その湖に反射して、裏切り者のユダの姿だけが、綺麗に反射した。


「……合格、いいなーお前、そこらの馬鹿とは大違いだ。……私の名前はヴェルギリウス。好きな酒はフォアローゼス、好きな食べ物はチェリーパイとバタースコッチシナモンパイだ。一応、毒は匂いと味で分かるんでね、毒殺はオススメしないよっ」

「……私の名はイスカリオテ・ユダフリッヂ。好きな食べ物は、トルタ・サラータ。酒は……ワインのみ飲んだことがある。酒は全般苦手だ」


そう誇らしげに、勇者の様に語り出すユダ。

私は、その自己紹介を聞きながら、ゆっくりと酒を飲む。


しかし、無性にツマミが欲しくなる。塩っけの効いたサラミ等、喉奥が塩辛くなるチョイスが欲しい所だ。


だが、生憎この場に酒のツマミは無い。あるとすれば、ユダの語り話だろう。


と、その時。宿の扉が開く音と共に、煙草の煙が部屋内に漂って来たかと思えば。


「んっ。帰ったよ〜ダンテさん、ヴェルギリウス〜。……って、死体落ちてんじゃん。あはは、もしかしてヴェルギリウスがやったの?」


死体を蹴り飛ばし、笑いながらのご登場。そうだ、女誑しで有名な、オズヴァルドである。


オズヴァルドは、ハッシュパピーのたらふく入った紙袋を手に持ちながら、煙草片手に私の部屋へズカズカと入って来た。そして、ユダと目が合うオズヴァルド。ユダの顔を見て黙り込むオズヴァルド。


……すると(おもむろ)に、オズはポケットから、小さなナイフを取り出した。


「待て、オズヴァルド」


私は、オズヴァルドに向かってそう告げる。


彼は(ふところ)にナイフを仕舞(しま)い、「何事?」とそう言い放つ。懐にナイフを入れたとは言え、まだオズの手には、ナイフが握られている。


「どうしたんだよヴェルギリウス。そいつはどう見ても、君を殺そうとした支部の人じゃないか。殺すしかないだろ、その手を退かせ」


冷徹(れいてつ)なオズヴァルドの言葉。私はユダへ腕を翳したまま、話を進めることにした。


「此奴を今日から私達の仲間へ入れる」

「遂に頭までおかしくなったのかい、ヴェルギリウス。幾ら物語の仲間の構成が大体四人組だからって、少し影響され過ぎな気もするけど」


冗談を言い笑うが、顔が全然笑っちゃ居ない。だが想定通り。オズヴァルドは、いつもヘラヘラしているからと言って、頭が悪い訳じゃない。

逆に、私達内で一番頭がキレると言っても過言では無い。


「もし条件を呑んでくれれば、私に好きな事を一つ頼んでも良いとしよう。なんでもだ」

「はっ、誰がこんな傷だらけで、乳の小さな女とセックスするかっ。もうちょっと自分を卑下した方がいいんじゃない?」


そう言いながら、片手に持った煙草を手に、私の首筋へ、根性焼(こんじょうや)きをするオズヴァルド。


ジュウッ!人肌で火が消され、オズヴァルドは煙草を地面へ吸殻を投げ捨てると、そのまま靴裏で焦げた部分を踏み付ける。


「……じゃあ、これはどうかな?」


根性焼きの痛みに耐えながら、私は懐からとある紙を取り出した。そして、オズヴァルドへそれを見せ付ける。その瞬間、オズヴァルドの目が、カッと見開いた。


「こっ……これは!?」


そうだ、それは金である。最近、オズヴァルドは娼館の通い過ぎにより、金が枯渇しているのだ。……そんなオズヴァルドにとっては、喉から手が出る程欲しいだろうに。

……自分でも阿呆(あほ)らしくなってくる。


女好きのオズヴァルドが毎度通っている娼館を、数回は十二分に楽しめる程の金額。


ハッシュパピーの袋片手に、オズヴァルドは、その金の入った袋を目にも止まらぬ速さで奪い取る。そして、友好的な態度を示しながら、ユダに向かって笑顔を見せると。


「僕の名前はオズヴァルド。オズの魔法使い出身で、好きな食べ物はハッシュパピーと、ラム肉。酒はソルティドッグが一番好きで、女遊びが大好物さ!」


瞬時に懐へ金を仕舞うと、その手でユダと無理矢理握手をする。そして。


「てかさ、君、処女?もしかしてまだ処女捨ててない感じ。そんな胸もケツもでかいのに、(ちつ)はまだきゅうきゅうかな。それなら、本番でも痛くない様に僕が手伝ってあげ」


突然のセクハラ発言に、私はオズヴァルドの頭を、思いっきり蹴り飛ばした。そして、鼻血と袋に入ったハッシュパピーが、床へ散乱。


……本当に、性欲と食欲は紙一重だな。私は再度そう実感した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ