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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode14_甘い甘い、理想の様な夢を見た
69/75

068_夢は続く。しかし、終わりも速しかり。

002



……──数週間後。過去のトラウマも、薄れうつろいつつある今日この頃。慣れた手つきで、私は部屋の窓を開く。窓の外には、さんさんと雪が降り積って。白色の絨毯(じゅうたん)が、被せられている様な感じだ。


部屋から出て、リビングに行くと……。部屋の(はじ)に、ベツレヘムの星の飾られた、ツリーがあるでは無いか。少し小規模だが、昨日。老爺と共に、まだ育ち切っていない木を伐採して来たのを思い出す。


居間には、珈琲(コーヒー)片手に、椅子へ座り込む老婆の姿が一人。


「今、あの人が(ふもと)の街まで降りて行っててね。色々、美味しい物が食べられるわよ。……娘や息子が居た時の事を、思い出すねぇ……」

「娘や息子が居たのか。あの人にも聞いたな」

「ええ、そうよ。娘達は、私に似て赤みがかった髪色をしていてね。娘の方は、私に似て天真爛漫(てんしんらんまん)だったけど。息子の方は、あの人に似てかしら。大人しくて、頭も優れた子だった。だからか、成人して直ぐに、皆都市部の方へ旅をしに行ったんだけど──。貴方の使っている部屋は、元々は娘の部屋だったわ」


どうやら、彼女の娘は随分(ずいぶん)天真爛漫(てんしんらんまん)な性格だったらしい。私の部屋に、値段の張る本が何冊も(大半が、騎士道物語であったが)置かれていたのを思い出す。


それに、赤色の髪。老婆に似て、随分(ずいぶん)と美しかったのだろう。


その旨を口にすると、老婆は少し驚いた様に此方を眺め「口達者でありますね」と一言。


次に、余程(よほど)嬉しかったのか。奥からゴソゴソと、戸棚から何かを取り出す素振りを見せて。私の目の前へ、クッキーの入った瓶を。


「前に作ったクッキー何だけどね。少し湿気(しけ)っているかもしれないけど、良かったら食べて」

「ぉ、おお〜。なら、有難く頂こう──」


私はその中から、葡萄(ぶどう)の干し果実が混じったクッキーを手に取り、一口。……美味い。少し湿気(しけ)てはいる物の、然程(さほど)気にはならない。


しかも、中にはまだそれよりも美味そうなクッキーが有り余っているのである。


葡萄(ぶどう)の他にも、素材の味を生かしたプレーンや、砂糖を溶かし注いだのだろうか。ステンドグラスクッキーも、宝石の様に輝いている。


(ゆえ)、食べる指が止まらぬや……。老婆は、懸命(けんめい)にクッキーをたべる私の姿を横目見ながら、「山羊(ヤギ)牛乳(ミルク)は要る?」と一言。


それに私は「はい」と即答し。──数分後。私が、クッキーを数枚食べ終えた頃に牛乳(ミルク)はやって来た。


「小麦粉に砂糖、バター、香料(こうりょう)などを入れて練り込んで、それを(かまど)でじっくり焼くの。……時間があれば、一緒に作って見たいねえ」

「良いな。──それなら、私でも手伝えるかもしれない。……ああ、前に馬鈴薯(ばれいしょ)の皮を剥いて、中身まで削いでしまったのは、すまないと思っているよ……うん」


先日、料理の手伝いをした。しかし、私は馬鈴薯(ばれいしょ)の皮剥きを頼まれた物の……余り上手くは出来なかったのである。


(あまつさ)え、皮は(おろ)か、中身まで削いでしまう始末で。最後、私の手に残ったのは、鰹節(かつおぶし)の様な馬鈴薯(ばれいしょ)だけであり。


昔は、スプーンでも馬鈴薯(ばれいしょ)の皮を剥けたのに……数十年やっていなかったからか、随分(ずいぶん)と腕が鈍ってしまっていた。


だが、先日の老婆はその私の失敗作を綺麗に繕って。私達へ、馬鈴薯(ばれいしょ)のチップを出してくれた。


念入りに皮は洗い、水で濯いだからか、随分(ずいぶん)と美味かったのを覚えている。塩の塩味がまた幾分(いくぶん)と、食欲を唆らせる物で……。


おっと、少し話をし過ぎてしまった。心の中でそう後悔すれば。私は、静かにまたクッキーを一摘み。それを見て、老婆もクッキーを手に取れば「意外と美味しい」と呟く。


と、玄関の扉が開く音がした。玄関の方を見てみると、そこには手一杯に荷物を抱え、深くコートを被った、老爺が一人。


どうやら、(ふもと)の街から帰って来た様だ。


「──おお、只今。良い所に。……婆さん達や、見てみろ。ほぉら、良い具合の鶏肉(とりにく)が、市場で安く売っていてな。買ってきおった」

「ああ、お帰りなさい。……っと、良い肉じゃない。まあ、市場の肉屋も、今日この鶏肉(とりにく)を売らなきゃ、赤字だものね。安値にして、気を引くのも分かる気がする──……っ、と」


重い腰を上げ、その荷物を(かまど)付近へと持って行く老婆を背に、老爺はクッキーを一摘み。


そして、私に向かって。


「今日の外は、より一層冷え込む。……だから、今日の(まき)割りは辞めにしよう。(いささ)か、手も(かじか)んで、上手く斧は握れんだろうし」

「──遠慮(えんりょ)は要らない。私は、(かじか)んだ手で斧を(しっか)り握る方法を知っている。大丈夫だ、身体も少しは良くなって来たし、何より、昨日貰った、古着のコートを着込めば全然──」

「こら。……駄目(ダメ)と言ったら駄目(ダメ)だ。それに、私もそろそろ歳なんだ。昔は、君の様に悴んだ手でも斧を握れたが……(シワ)だらけの、老耄(おいぼれ)にはそうとも行かん。それとも、手元の狂った老人と共に、君は斧遊びをしたいかね?」


「はははっ」老爺はそう言い、一人でガハガハと、少し喉奥の(たん)を絡ませながら笑い。「まだ、昨日割った予備があるから」と。


確かに、手元の狂った老人と、共に斧を交わすのは(いささ)か命の危機に反する。……まあ、それが、老爺なりの冗談なのだろう。


「分かった。……なら、貴方は休んで居て良い。食事の準備は、私がやる。(いささ)か、(ふもと)まで降りて、腰も身体も辛いだろう」

「おお、何と気の利く坊主や。天晴(あっぱれ)、なら、お言葉に甘えて、少し休んで行くよ……っ」


そう言い、老爺は重い腰を手で叩きながら、部屋へと戻って行く。──クリスマス当日、私は、老婆と共に、料理をしたのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



──ぼ、わっ。蝋燭(ロウソク)の、瞬く間に消えそうな灯火(ともしび)が、ゆらゆらと揺れている。


その周りには、野菜の添えられたブラートヘーンヒェンやら、麦酒(エール)が置かれており。私の席には、葡萄(ぶどう)酒に似た飲み物が。


席に座り、その葡萄(ぶどう)酒へ手を(かざ)し、鼻へ(あお)ぐ様にして嗅ぐと……。葡萄(ぶどう)の香りや、匂いから想像させる風味が感じない。どうやら、これは葡萄(ぶどう)酒ではなく、何かの(もど)きらしい。


こう、それに比べて酸味が効いている様な匂いがするからだ。鼻の奥に、針を刺す様な。そんな風味が、随分(ずいぶん)と鼻の奥に残留(ざんりゅう)する。


「なあ、老婆や。──この飲物は何だ?長く発酵させた葡萄(ぶどう)酒だな。随分(ずいぶん)と、酸味と匂いが(いささ)か強い様な気がするが……」


その私の言葉に、ブラートヘーンヒェンにナイフを突き立て、その腿肉(ももにく)を千切る老婆は。


「ああ。それは、赤紫蘇(あかじそ)の飲物よ。──成人、十五歳になる(まで)葡萄(ぶどう)酒等のお酒は禁止だもの。……ふふ、っ。けど、守ってる人は見た事無いわね。他の家も皆、秘密で宗教やら何たらで、一杯は必ず子供に飲ませるもの。けど、今回は駄目(ダメ)。お酒は、人を駄目(ダメ)にする」


──食事の挨拶を終えた彼女らが言った言葉はそうであった。クリスマス、三日で復活した預言者の誕生を祝う誕生祭(厳密には、その男の誕生日は記録されていない)。


その為、その男の血と表される葡萄(ぶどう)酒を、飲む家庭も少なからず存在するらしく。如何(いかん)せん、クリスマスならば、その飲酒率は跳ね上がる。


……私も、初めてお酒を飲んだのは、お恥ずかしながら八歳の時だった。飲んだ日は、勿論(もちろん)クリスマス当日。叔母(おば)に、小さなコップ一杯の葡萄(ぶどう)酒を飲まされたのが、初めての飲酒だ。


──無宗教の母は、そんな叔母(おば)を見て、「次から酒は飲ませるな」〜と言っていた様な……。だが、そのストッパーはもう居ない。


故、私は今に至るまで、様々な酒を口にしたのだがね。……そして、私はもう十六歳だ。


赤紫蘇(あかじそ)の飲物……甘露(かんろ)水の様な物か。──ううむ、では一口……っ、ん。ああ、これもこれで、良いな。酒には無い部分が有る。少し、甘くて塩っぱい、不思議な味がする」

「おお、そうかいそうかい。そりゃあ、良かった。──さあ、婆さんがブラートヘーンヒェンを切ってくれたよ。存分に、遠慮せず頂きなさい。腿肉(ももにく)と、胸肉。何方(どちら)でも。……だが如何(いかん)せん、我々はもう歳な物で。脂身の効いた腿肉(ももにく)は、最近食べられなくなってね。食べても、腹を下す様になったんだ。……ああ、婆さんや。胸肉を少し下さいな」

「なら、私は遠慮無く。腿肉(ももにく)を頂こう……!」


──しゃん、しゃんしゃん。馴染みのある音楽が、聞こえて来そうな気がした。家の中では、暖炉(だんろ)の火が揺れ動き、暖かい。


飯は美味しい。全部、私が好きな物。会話を交えながら食べる食事は、これ程楽しい物なのか。……久しぶりに、思い出せた。


外では、雪が降っている。ぽと、ぽと、と。雨粒みたく。だけど、雨粒程痛くない。外は、白い。白い、雪で白い……。白い。



003



朝、窓から差し込む太陽の光で手を覚ます。


確か、昨日は大好物のチェリーパイを食べて、満足気に寝た筈だ。……それと、老婆が寝て、寝静まった後、老爺と共に、晩酌の燻製(くんせい)チーズと五葷(ごくん)のツマミを食べて──。そして外へ出て、少し身体を動かして寝たのだ。


思い出す。まるで、昔に読んだ本を、再度読み返している様だ。先の展開は分かっている筈なのに、自分が読んだ感じがしない。


……確か、外では雪が降っていた。我々の住む場所は丘に似た山のてっぺんに近い。(ゆえ)、丘下にある、童話の首都が丸見えだったのも覚えている。


南瓜(カボチャ)色の丸い光が、キラキラと輝いて。今にも、子供の笑い声が聞こえそうな感じ。


……そんな、思い出深い昨日の記憶のページを捲りながら、私はふと、ベッド横へ視線を。


──私は直ぐに、部屋から飛び出した。リビングには、いつも通り。老爺が新聞を読んで、老婆がせっせと朝食の準備をしていた。


私は、興奮する頭をぎゅっと抑え、声を変な所で転調させながら。小脇(こわき)に、とある物を、大切そうに抱き抱え。


「──わ、私のベッドの隣に、こんな物が!」


(ぞく)に言う、プレゼントボックスの様な物。


私の反応を待ち望みにしていたのか、老夫婦は二人で目配せを。そして「まあ、開けてみなされ」と一言。


私は直ぐに、ダイニングテーブルの上にそれを置き、揺れる手を抑えながら。……静かに、その箱を開けた。


──すると、そこには……。


フリルの付いた、ドレスが入っていた。


「わっ、──〜わ、ぁ……!な、なぁッ。私っ、こ、こんな物を貰っても良いのか。フリルが……こう、フリフリでぇ。……可ッ愛い」


少し色褪せた、桃色のドレスだった。フリルが所々に付いていて、私の胸が自然と踊る。


「おお、良かったなぁ。……きっと、『サンタクロース』が、良い子である君の為に、持って来たんだろう。……はは!」


ああ、そうか。これを持って来てくれたのは、『サンタクロース』と言う人物か。


当分の間忘れていた。私には、縁もゆかりも無い話だから。


……それに、その謎の老人の正体を、私は知っている。そして、それは老夫婦もまた、私が知っている事を、重々承知しているだろう。


──優しい嘘、と言う訳だ。


皆が皆、優しい甘い嘘で、優しく微笑み合う。キツイ冗談と度の過ぎた嘘と共に、血肉に塗れた手で殺意を向けるよりかはマシさ。


私は、ドレスを胸いっぱいに抱きながら。


「……なぁ、こ。ッ。──こんな私が、こんな大層な物を、着ても良いのだろうかっ。指の爪は美女とは掛け離れて歪で、顔も野獣だ。身体だって、傷だらけだし……っ。何より、私は悪い子だから、こんな物……」

「──良いんだよ」


そう言って、二人は私へ微笑み掛けた。


「悪い子でも、良い子でも。その人が良い子と思えば、良い子なの。……貴方は、自分が悪い子だと思ってるけど、私たちから見たら、随分(ずいぶん)と良い子なのよ。自分を卑下(ひげ)しないで」

「じゃあ、もし……。っ、もし私が、人を殺したり、罪なき人を(しいた)げて来たとしても……?」

「それはいけないね」


その言葉に、きゅ、っ。と、心臓が握られた様な気がした。唇を噛んだ。……けど。


「けどね、それはそれで、これはこれだから。逃げる様な言葉だし、罪は確り(つぐ)わなくちゃいけない。貴方がもし、人を殺していたら、私達は許さない。……けど、それはそれで、これはこれ。貴方を許さないけど、それよりも大きな愛で、貴方を受け止めてあげるから」


『それはそれで、これはこれ』。


随分(ずいぶん)と、都合の良い言葉だと思う。けど、私にはそれが──とても。


メシア(救世主)のお言葉の様に、思えたから。


「──そう、か。……やっぱり、そうだよな」


一時くらい、逃げても良いのかもしれない。

雪と共に見える白色の⬛︎⬛︎(%〜髄∇亞)等、眼中に無い。


私は、責任を背負う。だけど、その重荷を抱えながらも、空を飛んで見せよう。

だって、『それはそれで、これはこれ』なんだから……。

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