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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode1_知恵の実の最後
6/75

005_齧り屠るは禁断の果実。

002


……オズヴァルドと別れ、宿へ戻り。今は、自室で窓の外を眺めている最中である。


マッチ売りの少女の童話通り、外は絶えず雪が降り注いでいた。


そして、その雪達を、緑色の着色料で塗装された街灯が、明るい黄色でぽっと照らす。


私は窓縁(まどふち)に肘を置き、窓にできた水滴を手で拭う。そして、ぼーっと暇そうに、外の景色を眺め続けた。……だが、こんな暇な時は、無性に酒が飲みたくなる。


「……確か、棚にウイスキーを入れて置いた筈なんだが」


重い体を動かして、私は隅にある棚の扉をひっそり開く。そこには、硝子(がらす)に囲まれた麦色のウイスキーと、赤紫色のワインが一本。


朝に葡萄酒(ぶどうしゅ)、ワインは飲んだ。選択肢はウイスキー一択だろう。


腰を(かが)め、硝子製のウイスキーボトルに手を伸ばした時だった。部屋の扉がキイと軋む音が聞こえて来たのだ。


ドアノブを掴み、此方(こちら)へ不敵な笑みを浮かべるそいつは、血の様に真っ赤な髪で、服は白色のリブタートルネックを着用。


そして、左半身を覆い尽くす白色の包帯、見え隠れする火傷跡。…………そうだ、ユダである。


三日ぶりと言うべきか。彼女も、指折りで数えられないほどの童話がある中で、よく私達が住む宿に来れたものだ。


今まで必死に探していたのだろう。だが、私達の情報をら新聞記者に話していないのは少し気がかりだ。


「久方振りだな大罪人、因縁の決着を果たしに来たぞっ」

「なんだ、夜這(よば)いか?……だが、今まで私たちの尻尾追い掛け回すのに苦労しただろ。……まあ座れよ〜、一杯入れてやるからさ」


部屋の真ん中にある、丸いティーテーブルと二席の椅子を指差し、私はそう告げる。


ユダは笑いながらも、その言葉に返事は返さない。だが、席には無粋(ぶすい)ながらも座ってくれて居た。


私はユダの方へ、ウイスキーグラスを差し出せば。そこへ蓋の開けたウイスキーを注ぎ込む。そして、自分用のウイスキーグラスにも、麦色のウイスキーを注いだ。


私は、それを口に入れ、そのままゴクリと飲み込めば。


「安心しろ、毒は無い。氷も入れてないからな、安心して飲むといいさ」

「飲む訳が無いだろう、安全だとしてもだ。……だが、お前を探すのに本当に苦労したよ。人様の骨の髄を、ここまでしゃぶったのは初めてだ」


多分ユダは、住民の情報を片っ端から聞きに行き、集めたのだろう。……そこまでして、私に会いたかったその理由。それは。


「お前に負けてから、私はお前の事しか考えられなくなった。格闘戦では私に勝る者は誰も居らず、その度に積み上げられてきたプライドが、全てズタボロになったさ。……あの時、偶然通り掛かった仲間に助けて貰ってね。少し火傷は負ったが正常だ、存分に戦える」


私があの時、先生達に助けられてから、彼女もまた、部下に助けられたのだ。そうユダは自らの口から流暢(りゅうちょう)に語り出す。


その戯言(ざれごと)を聞きながら、私も酒を存分に煽った。そして、ユダの過去回想が終わり、私は酒の匂いが漂う口を動かしこう話す。


「あれは勝ちの無い戦いだったなあ、私も、お前に負けたとずっと思っていたさ。……っくはははっ!はははははっっ!!」


何故だろう、笑いが止まらない。

そして、笑っている私に苛立(いらだ)ってか。ティーテーブルに手をつき、此方(こちら)を睨むユダ。


「……何がおかしいっ!!」

「焦るな、股が濡れるぞ」


その言葉の後、数秒の沈黙(ちんもく)。……だが、意外にも。先に口を開いたのは、ユダの方だった。彼女は多分、勝利に()えていたんだと思う。


初めての敗北という苦味を噛み締めてから。……そして、勇気の籠った言葉で。


「儚く散ったプライドの為に、私は命を賭けられる──っ」


そう豪語するユダ。それに私は「同じく」と言葉を返すと、彼女は狭い部屋の中、背中に掛けた、あの大きな大剣を手に握る。


だが、此処は室内だ。あの大きな大剣を思う存分(ぞんぶん)振り回せば、自然と壁に刺さり抜けなくなったり、刃が欠けたり等の、問題が必然と起こるだろう。


多分相手も、私達がこんな小さく腑抜(ふぬ)けた宿に、居座っていたとは思いもしなかったのだろう。その誤算が招いた惨劇(さんげき)が、この大きな大剣一本である。


私の特技は近接戦、特に拳や斧を主にした格闘技だ。それに対して相手は剣術に優れている。


だが、その剣術も此処(ここ)では(ただ)の重りに過ぎない。頭のネジが足りない所が、物凄くジワる。


「断言するよ、私はお前に十秒で勝てる」

「そうか、なら……やってみるがいい──!」


ユダが、ティーテーブルを引っ繰り返す。

カウントダウン、開始である。

地面に落ち割れるグラスを眺めながら、私は中指を少し出した拳で、ユダの首元を狙って拳を突き立てる──と思わせて、そのまま胸倉を掴み足技を掛けた。


ユダは手に小さな折り畳みナイフを持っていたが、対して脅威にはならないだろう。


何故なら、前の様にユダ優勢の場ではなく、此処(ここ)は私の独壇場であるからだ。


「──────────!」


そのまま奴の指を骨を折る。そしてナイフを奪い、向こうの壁へ投げ捨て、ユダがナイフを取れない様に。


指の骨を折られ目を見開くユダが、そのまま倒れた体を起き上がらせて、私に襲い掛かって来る。が。


今度こそ首に中指を突き立てた拳を入れる。おまけ程度に、腹にもその拳を突きつけた。そして、ユダがよろめいたのを確認すると、それを見て股間に一撃だ。


女であれと、股間への蹴りは痛いだろう。


背中から無様倒れるユダ、体を倒した先に椅子があったからか、そのまま椅子に座る様な形で倒れ込む彼女。そして、私は棚にあった(なわ)を使い、そのままユダを椅子へ縛り付けた。


それまでの間の時間、「0:11.05」である。

四捨五入すると十秒なので、ギリギリセーフだと思う。


そして、ユダの血が(にじ)んだ傷跡を眺めながら、私は彼女へ話し掛けた。片手に、また注ぎ直したウイスキーグラスを持ちながら。


「勝敗は、実力だけじゃ測れない。その場の環境や運、室温や気圧で軽〜く左右されるんだよボケ。体にちゃんと染み込ませておけよっ」

「……畜生め、ははっ。また負けちまった。……だが、お前に負けた時から、こう。全力で戦い、敗北した際に、胸が熱くなる様になったんだ」


見下す私を見上げながら、ユダはこう語る。


「胸が焼け焦げる様に熱くなって……その、言葉では表現しにくいんだが……股が濡れて、体が脳の意思とは関係なく、武者震いを始めるんだ。これが敗北の味なのか……?」


顔を少し火照らせながら、胸を揺らしそう語るユダ。……私は、軽蔑した目線を彼女へ向ける。


「………………このデカ乳マゾ女めがっ!」


そんな言葉と共に、彼女の胸を叩く私。その私の行動に、「あふんぅ!」と声を返すユダ。


……どうやらユダは、初めての敗北が衝撃的で、何かしらの部分が歪んでしまったのだ。


そして、その歪みの終着点が、この敗北による興奮だと言う訳である。……ユダは体を椅子に縛られながらも、もじもじと太腿(ふともも)を動かし、股に貯まる熱を発散している様子。


……なんて、なんて気持ち悪い奴なんだっ??!

この私でも軽蔑してしまうぞ、このマゾめ。


「…………。……………………」

「なんだ、私の体をそんなにも愛でたしく眺めて楽しいかっ」


不思議そうに此方(こちら)を眺めるユダ。


愛でてるんじゃない、軽蔑(けいべつ)してんだよ。

そう思いながら、私は酒を一杯煽る。変態を横に飲む酒は、何だか胸がもんもんした。


と、そんな私を眺めながら、ユダは口を再度開いたが、その時に発せられた言葉は、私が思いもしなかった言葉であった。


「……なあ、私を、お前らの仲間に入れてくれないか?」


体がぴくりと勝手に動く。彼女(いわ)く、「あの会社に居たら、身も心を犯されてしまう」との事。


そして、ユダは此方へ、私を貫き敗因となった拳銃を見せる。見せるというか、両手を縛られているので、腰に掛けた銃を見せたと言う言葉の方が、正しいのかもしれない。


「この銃は、戦闘を目的として配布された訳じゃないんだ。これは、自決用として、支部に入ると配給される」


自決、言葉を変えれば自殺である。

相手に情報を渡す等の失態を犯さない為に、自ら命を絶つ為だけに配給される。

偉い人達は、私達の事を道具としか思っていない。


人間なんて、到底。……そして追記として、「お前らが人間のゴミ貯めだとすれば、支部は世界のゴミ箱なんだ」と一言。


だが、私の答えは変わりない。


「無理だ。お前如きの為に、何故我々は裏切りと言う名のリスクを負わなければならない」

「私が居れば、支部の奴らは私を奪還しに、支部の主戦力が来るぞ。戦う事が大好きなお前さんらには、類を見ない優良物件」

「それじゃあゆっくり酒も煽れない」


彼女の言葉を遮る形でそう告げる。


そうだ、生憎私の目的は戦う事では無い。先生を殺す為の、踏み台として利用し戦っている。だから、酒を煽る時間が減るのは、それより惜しい。その言葉を聞き、口を閉じ黙り込むユダ。


……やっと分かったか。私はそう思いながら、溜息をつく。そして、彼女を殺す為に、腰に掛けた小さなナイフを取り出す……前に、ユダは此方へ舌を出す。挑発などでは無い。舌からは、血が(にじ)み出ていた。


自殺するのだろう、自分で舌を噛み切って。


「舌を噛み切っただけじゃ、人は死ねないよ」

「嘘だ。出血死なんて甘ったらしい事はしない、そのままゆらゆら窒息死だ。……それ程、私はお前らに、命を捧げる覚悟があるっ!」


その言葉と、ユダの圧。


「…………ふうん」


私はそう一言呟くと、壁に刺さった折り畳みナイフを取り出しては。そのナイフで、ユダを拘束する縄を切る。


そして、彼女の手にそのナイフを掴ませて。


「部下でも市民でも何でもいい。その手で、人の子一人二人殺して死体を持って来い。殺したならば、オズヴァルドや先生にも、私から話をつけてやる」


「出来れば仲間の命がいい」、私は追記としてそう言うと。


「それじゃあ、行ってらっしゃい!」


万遍の笑みで、ウイスキーグラスを片手にそう告げた。

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