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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode12_目を逸らす事しか出来ない
59/75

058_「自分に正直に生きろ」

001


「お〜いっ!ヴェルギリウス〜〜っ!!」


途中、私が広い廊下を(ただ)ひたすら、篦棒(べらぼう)に歩き回って数分経った頃。此方(こちら)へ、手を振って駆け寄る影が二つ。


オズヴァルドであった。そして、背後には自分勝手に歩きながら此方(こちら)へと来る先生の姿。二人とも、酷く身体が血で汚れている。……私も、人の事は言えないがな。


「あっはは、ヴェルギリウスも血腥(ちなまぐさ)いねっ。女の臭いと、血の匂いがする。良いなあ、こっちは全員汗臭い男か、皺老(しわふけ)けた老人(執事)ばっかで」


そう語るオズヴァルドの隣。先生が、此方へと歩み寄って来る。私はそのまま、迎え撃つ様に佇めば。……心臓の鼓動(こどう)が収まらない。


──肩へ、ポンと手を置かれた。それだけ。


しかし、その瞬間。身体から心臓が飛び出す様に、肩がビクリと酷く震え。その姿を見て、(いや)らしい笑みを浮かべる先生。


私は「ちっ」と舌打ちを。そして、次に私達はオズヴァルドに誘われ、屋敷を練り歩く事に。


「……なあ、オズヴァルド。今、何処に向かってんだ?まさか、篦棒(べらぼう)に歩き回ってるって訳じゃないだろうな──」

「そんな馬鹿な、僕を舐めないでもらえる?」


そう言い、オズヴァルドはご機嫌良さげに此方へクルリと振り向けば。片目を閉じ、少し不格好なウインクを。そして「ベルヤルナクの部屋に行く」と一言。


その言葉に、先生が反応を示す。


「ベルヤルナク……。誰だそりゃ、お前さんの妻の名前とでも言うんじゃないだろうな?」

「はは、ご冗談を、()()()()()()。──ベルヤルナクは僕の大切な愛妻だよ、僕は大の愛妻家だからねっ。部屋にも押し掛けちゃうのさ」


それを、人々は変態と言うのだと言いたかったが……何とか、私のその口を(つぐ)み。


そのまま「けほん」と一払い。……それにしても、あのオズヴァルドに妻が居る事に驚きだ。あの、性格はド畜生で、思った事を直ぐに口に出し。(あまつさ)え、女癖の激しいあの男が愛妻家?


全く、笑っていいのかも分からない冗談だ。思わず(さげす)みの言葉が口から出る所だったさ。


だが、本人も妻と呼べる者が居て、とても幸せそうだ。……家庭環境は、どうも良好とは言える様には見えなかったがな。


「──僕の母君と父上、愛妻は昔。屋敷が火事になって全員亡くなっちゃったんだけど。ああ、今思い出しただけでも、涙が出そうだ。ふふっ。よく、僕の母君は、僕とゴモラへ……ああ、ゴモラってのは、僕の兄さんでね。僕達に、オート麦のビスケットを買って来てくれていた。味は素朴(そぼく)で、ゴモラ兄さんは好きじゃなかったけど……。僕はそれを、ノーマルのまま食べるのが好きだった」

「……私も、昔はよく祖母がガレット・デ・ロアや、(ニシン)のパイを作ってくれて居たよ。それで、私はパイやタルトが好きになったのかもな。あの味が、今でも忘れられないよ。もう、手に入らない……食べられないからこそ、今ではとても恋しいな」


あの日、先生が私の集落にやって来たから。


真っ白なケーキは、血に濡れて。葡萄酒(ぶどうしゅ)は地面の血と同化。ずるずると、(むしば)んで行く。


今でも(たま)に、あのパイが食べたくなる時がある。そんな時はいつも、近場の適当な店に寄って、その喪失(そうしつ)感を上書きしていた様な。


「手に入らないからこそ、何十倍もの価値が付く。僕達人間は駄目だね。直ぐに手に入らない物を望んでしまう。──けど、手に入ったらこう思うんだ。もっと欲しい!足りない!……って。結局、手に入れようともがいていた時間の方が、何倍にも価値があったって言うね…………」

「……手に入らない方が──……か」


その言葉を聞き、珍しく黙り込む先生。


……思い出した、昔、先生が言っていた言葉。あの時は確か、先生に強さの秘訣を聞いた時だった。強さの秘訣。先生は黙ってから、こう言った。


『自分に正直(せいちょく)に生きる』と。正直(しょうじき)は、嘘偽りの無い様を表す。しかし、正直(せいちょく)は自分の心に正直であればいい。嘘はついていいし、悪い事もしてもいい。だが、自分の心に逆らう様な事はしてはならない。あくまで、自分の心に正直(しょうじき)に。


それが、強さの秘訣(ひけつ)だと。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



──それは、嵐が降り注ぐとある日の事であった。私達は、共に酒瓶を交わす。あの会話の続きだ、此処(ここ)からは良く覚えている。


『ならば、私は思った事全てを成せばいいのか?欲しいと思えば盗み、また欲しいと思えばそれも何が何でも手に入れる。…………これが、本当の強さの秘訣だと?』

『──違うな。自分に正直に生きる。それに甘えて欲に()ちるのもまた強欲(ごうよく)だ。あくまでも、自身の欲には(おぼ)れぬ様、そして、心に不自由が無いように過ごすんだ。……な、難しいだろう?強くなるってのは、そういう事だ』


その時の先生は珍しく、少し酒に酔っていたからか、いつもは言わない事を、譫言(ざれごと)の様に呟いていた。──酒のグラスを傾けながら。


『俺はな、自分以外も全員悪に染まれば良いと思っている。そしたら、悪で居続けなければいけない俺も、普通になれるだろう?』

『……他人の幸せな人生を奪ってまでも。その幼稚(ようち)な夢を語れるかが楽しみだな』

『語れるさ、俺を誰だと思っている。自分に一番正直な男だぞ?欲を出せ、思うがまま全てを繰り広げろ、自分主義の塊さ。……だが、人々はそれを傲慢(ごうまん)と言うらしいがね』


それと共に、追記程度に先生は『生きるってのは難しいな』と一言。……本当に、あの日の先生はよく喋ったよ。お陰で、私もあの憂鬱(ゆううつ)な時間が、少し興味深く感じたさ。


人々はやはり、七つの大罪に縛られ生きているのかもしれないな。あれは、人の欲を忠実に表した鏡だ。鏡(ゆえ)、嘘をつく事はできまい。鏡に泥を塗ったとしても、拭けばまたそれは元通り。割っても、その破片は我々を(しか)りと映し出すことだろう。


『自分に正直に、か。……先生の言葉にしては、少し感動したよ。だが、それだけでは全てを拭えない。今すぐにでも、私はお前を殺したい。過去やら何なら(など)、くだらねえ。私は私の思うがまま、全てを繰り広げるのだ』

『っふ、そうかよ、なら好きにしな』


そう吐き捨てて、先生は珍しく、頭を手で覆い隠し、少し気怠げに扉前へと移動する。


『少し喋り過ぎた。寝て来るよ』



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



──と、そんな事をぼーっと考えている間にも、私達は目的地へと到着した。オズヴァルドが、とある部屋の前で足を止めたのだ。


そして、容赦(ようしゃ)無く。女の部屋だと言うのに、大股で入って行く彼の背中に連れられて。我々も、オズヴァルドの妻の部屋へと入って行く。


……部屋の中は、至って普通の上流階級の部屋と言う具合であった。


特に、飛び切り目立つ物は無く。少し錆びついたオルゴールに、古い本ばかりが並んだ本棚。だが、気掛かりな事が一つ。それは、その部屋に一つも埃が無かった事だ。私は、その旨をオズヴァルドへ伝えると。


「ああ、それは多分、メイドとか、ゴモラ兄さんが部屋の掃除をしてるんだと思う。……ほら、僕達が元居た屋敷が燃えて、両親とかが居なくなってから、流れる様に僕達は此処(ここ)へ住み着いたんだ。それで、ゴモラ兄さんは今も、この屋敷に住み着いてるよ。だから、予定が空いた時とかに、整頓してるんじゃない」


どうやら、オズヴァルドの妻であるベルヤルナクは、オズヴァルドの母親の妹の、友達の家族であったらしい。随分とややこしいが、親戚(しんせき)の友達とでも思えばいいか。


それが繋がり繋がって、今では婚約関係に至ったのだとか。世間とは、本当に狭い物だ。


と、途中。私がクローゼットを、蛮族の如く漁っていた頃であろうか。オズヴァルドが「あ」と一言呟いたのだ。どうやら、めぼしい何かを見つけた様で。


彼の手には、一冊の厚い本の様な物が握られている。そして、表紙には『ソドム』と綴られて。多分、オズヴァルドの妻?の日記であろうか。


──これ見よがしに、近くへ寄って来た私達へ見せる様に、オズヴァルドは中身をペラペラと。



───────────────────



今日は、さんさんと降り注ぐ太陽の光が、私達の心を温めた、心地好い天気の日の事。昼を少し過ぎた頃だったでしょうか。やりたくもない勉学に(はげ)む不機嫌な私の鼻へ、ツーンと香ばしい臭いが漂って来たのです。


私はすぐ様、匂いのした方向へと向かいました。匂いの元は、地下からです。途中、私は、泊まった私に部屋を貸し、屋根裏で呑気(のんき)に寝ていたゴモラとオズマを叩き起し、共に厨房(ちゅうぼう)へと行きました。


すると、何と言う事でしょうか。厨房(ちゅうぼう)で、叔母(おば)様が我々の為に、メイドと共にタルトを焼いているではありませんか。匂いの元はそれだったのです。一気に目が覚めまして。


私は、オズマとゴモラと顔を合わせ、飛び跳ねたのです。それはもう、元気溌剌(はつらつ)に。


その日の三時には、お菓子として、いつものオート麦のビスケットでは無く、焼き立てのタルトが出されました。私は、嬉しかったです。何故(なぜ)なら、余りそのクッキーが好きではなかったから。ゴモラもそれは同じでした。


私とゴモラは、共に口を大量のジャムで汚しながら、それを食しました。……オズマは、出されたタルトに一口も口は付けません。叔母(おば)様は、少し怒った様子で。


『ああ、オズマ。どうして、折角作ったタルトを食べないの?もしかしていつもの、市場で売っているビスケットの方が良かったかしら』

『いいえ、違うのです、母君。僕は、このタルトの食べ方が分からないのですよ。本で名前は知っていますが、素手で食べる物なのですか?それとも、スプーンを使うのですか?』


彼の言っていた言葉は、こうだったと思います。叔母様はそれを聞いて、孤児(こじ)であったオズマへ親切に、食べ方を教えたのです。


そして、オズマも共に、口元を沢山のジャムで汚しながら食べました。皆が笑顔で、今日は、良い一日でした。



───────────────────



「わあ、懐かしい。これ、結構昔の事だよ?はは、ベルヤルナクったら、こういう所はこまめなんだよなあ。もう死んじゃったけど」


そう言い、再度ページを乱雑にペラペラと捲るオズヴァルド。そして、所々で止めながら。その日記をまじまじと眺めるのだ。


その中には、オズヴァルドの妻であるソドムが、ゴモラと結婚した(むね)(つづ)ったページも。私はそれを見て、オズヴァルドへと。


「なあ、おい。お前、此奴(コイツ)と結婚してんじゃなかったのか?……まさか、一妻多夫制(いっさいたふせい)……?」

「はは、ご冗談を。……ゴモラは、ソドムと結婚してるよ。僕は、只々(ただただ)片想いを、ずっと(こじ)らせてるだけだからね」


更に頭がこんがらがった。つまり、オズヴァルドが付き合っていたと言っていたソドムは、実の所。ゴモラと結婚していたと。……私は、軽蔑(けいべつ)軽率(けいそつ)の目線で彼を眺めたさ。


あの花束と手紙は、誰が良いか悪いかの助言をしてやったと思ってるんだ。片想いを(こじ)らせ過ぎて、幻覚でも見え始めたのか?


──だが、オズヴァルド自身。私の目線には気にも止めず。最後の日記と思しき所へと。


……先程とはうって代わり、字は洗礼された様に綺麗で。見蕩(みと)れてしまう様な、美しい音色が聞こえて来そうである。


そして、その話の冒頭は、こうであった。




『──オズマを、この手で殺したい。』




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