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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode11_全ては愛する者の為
57/75

056_現実は、手で握るだけで崩れて行った。

003


「──ああ、ソドム。そんな顔をして外を眺めて、一体全体どうしたんだい?今日は生憎雨だが、君はいつも、それに負けじと笑顔だっただろうに……」


少し物悲しそうに窓際の(ふち)頬杖(ほおづえ)をついたベルヤルナクへと、ゴモラは駆け寄れば。肌着に等しい格好で(たたず)む彼女の肩へ、そっと。自身が羽織(はお)っていたコートを着させ。


ベルヤルナクは、ゴモラ達の母の妹……彼らで言う、義妹に当たる人物の友人であった。それが、まるで運命の(ごと)く彼らへ絡まり、ゴモラと彼女を、結婚の関係まで行かせたのである。


──本当に、世間とは狭い物だ。


彼女は、窓の外をぼんやりと眺めている。空はどんよりと気の沈む様な煤色で、雨こそ降っていない物の、その空は、彼らの心すらも憂鬱(ゆううつ)とさせるのだ。


「……っ、ああ、オズマ──……っあ、ごめん、間違えちゃった。ごめんね、ゴモラ。私ね、あれを見てたの。こんな(くも)り空なのに、外でこうやって読書をしてる彼を……」


彼女の指差す方を見て、ゴモラは眉間(みけん)を歪ませた。理由は単純、その先に、木陰(こかげ)の下。表情こそ見えない物の、本を読んでいるオズヴァルドの姿があったから。


──ゴモラは、自分のベルヤルナクが彼に奪われてしまうのが、嫌だったのかもしれないね。


「ああ、ロトか。俺の弟……。まあ、気にする程じゃないよ。彼奴(アイツ)はいつも、ああやって独りで本を読むのが好きなんだ。本の内容と同じで、気難しい奴なんだ。放っといてやれ」

「駄目よ、ゴモラっ!オズマの事を下の名前で呼んだり、馬鹿にしたりしないで!……(じき)に雨が振りそうね。少し私、オズマの様子を見て来る。帰ってきたと思ったら、びしょ濡れなのは嫌でしょう?」


そう言い貰ったコートを着込み、ゴモラの制止よりも早く。彼女は部屋から出て行った。


「──……っ、あ。〜……っ(クソ)。俺だって……」


それを追い掛ける様に、ゴモラは手を伸ばしたが、それもまた辞めにした。


男は、その手を(むな)しく下へ降ろし、窓の外を、彼女と同じく眺め始めたのだ。


数分後、オズヴァルドの元へと、駆け寄るソドムの姿が見えた。二人の顔は遠くて見えないけれど、何方も同様に、双方(そうほう)とても笑顔だっただろう。それは、彼らの手振り素振り。顔の動きや揺れる体で容易(ようい)に想像出来た。


多分、あの気難しい本の内容について、話し合って居るのだろう。ゴモラは読書が苦手だったが、それとは反対に、ベルヤルナクは読書が大の得意であった。だからだろう、彼らの会話は尽きる事無く続けられるのだ。


劫罰(ごうばつ)』や『克鯨(コククジラ)』、読み方すら分からぬそんな言葉が連なり合い、形成する。それを一つ一つ、時間を掛けて読み解くなんて馬鹿げてる。


──ゴモラは、そう心の中で呟いた。


しかし、その顔は少し、笑みを(はら)んで居たんだとか。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



──ゴモラは、そんな懐かしの思い出を胸に(はら)ませながら。オズヴァルド目掛けて、その槌矛を振り下ろした。それは、昔からずっと積りに積もった、言葉に表せない感情を秘めた、重い一撃であった。


だが、オズヴァルドはそれを、奇怪(きかい)にも造り出した塩の金槌(かなづち)で受け止めて。


──そんな彼の奇妙な技に、ゴモラも顔を歪めるばかり。


「む、ぅ。奇怪(きかい)な技を使うのだな、お前は。だが、そんな手品の様な小細工で。俺を負かせられると思って居るのならば、大間違いだ!」

「ああ、ゴモラ兄さん。これは手品でも、魔法でも小細工でも何でもないさ。……聴こえるかな?僕の近くで、誰かが泣いている」


その言葉を聞き、ゴモラは鼻でそれを笑えば。「(つい)に幻聴まで聞こえ始める様になったか」とオズヴァルドを罵った。


そして、その言葉と同時に。武器は工具用の金槌(かなづち)から姿を一変。身長程に大きな、彼の握る槌矛(メイス)程の大きさの、ハンマー型の武器へと変化。


──その体が(おもむ)くままに、彼の脇腹(わきばら)目掛けて、殺しに掛かったのだ。


だが、ゴモラはそれを槌矛(メイス)一本で防げば。──騎士の名が落ちぬ様な、攻撃の構えを取り始め。


「──全ては、愛する者の為なんだ。今、此処でお前とその仲間を殺して、俺達は死ぬ。全ては、()()()()()()()()()……!」


愛する者。……きっと、ベルヤルナクの事であろう。瞳には、恐れと葛藤(かっとう)。そして、それを塗り潰す程の、勇気があった。


それに、ゴモラが『その仲間を殺して』と言う様に、今現在。ヴェルギリウスとダンテは各々、メイドやバトラーと死闘(しとう)を繰り広げている。


全ては、愛する者の為に。それが、彼らの心を決心させる、深い言葉になったであろう。


彼らは家族を愛していた。だけど、その中に、オズヴァルドは入って居なかったのかもしれないね。うん、きっとそうだと思う。


その、オズヴァルドの笑みの下。薄い(まく)の下には、一体何があるのだろうか。その薄ら笑みの(まく)。ゴモラは、それを外そうとしている。


槌矛(メイス)金槌(かなづち)がぶつかり合い、彼らも引かず(おと)らずの攻防戦。兄弟喧嘩の成れの果て、その姿は正に、見るも無惨な光景だろうに。


世間を知らず生きて来たお坊ちゃまと、それを受け入れも、受け止めも出来ずに過ごしたとある騎士。

──彼等には、一体、何が残ると言うのか。


「……お前、っロト。お前は、覚えているか?かの日、嵐が吹き荒れる土砂降りの中。ソドムが、泥だらけの犬を持って来た日の事を」

「ん〜?それっていつの話かな。僕、あんまり日常の記憶は覚えて無くて……。あ、けど、ゴモラ兄さんと一緒に、良く剣で稽古(けいこ)をしていた事は覚えてるよ!ふふ、あの時はよく、打ち負かされていたな」

「お前、本当に覚えてないんだな…………」


まるで、「失望したよ」と言わんばかりのその言葉。それと共に、飛び散るは火の粉。


かの日、土砂降りが続く嵐の中。服を泥だらけにして抱き抱えた野良犬の姿は、この館には存在していない。


(あまつさ)え、犬の居る気配すら感じないのだ。一体全体、あの日、あの屋敷の中で、何があったと言うのか。


彼らは、死闘(しとう)を思うがままに繰り広げながら、各々。昔の思い出に浸って行く。──思い出したくもない記憶だ。だが、オズヴァルドだけは、嬉々(きき)としてその内容を語るのだ。


そして、彼等の舞の様な攻防は続く。時には火花の様な物も、飛び散って居た程だ。


「……ふふ、懐かしいね。養子で引き取られた僕の部屋は、総じて暗い地下室だった。けど、そんな(ホコリ)臭い地下室へ、(たま)に見兼ねたメイド達が、湯気立ちのぼる珈琲(コーヒー)を持って来るんだ。その時は、毎度嬉しかったよ。僕は此処(ここ)に居て良いんだって、思えたし──、っ」


そうだ、オズヴァルドは養子であったのだ。


路地裏にて、かの昔。今は焼け野原の一部となった屋敷を管理していた旦那様が、ふと。とある日、泥臭い子供を連れて来たのだ。


最初は、今や亡くなった母やベルヤルナク、ゴモラでさえ、良くは思っていなかった。貴族階級に有るまじき、その格好に、生理的な嫌悪感を感じたからだろう。しかし、段々と。年月と共に、その感情は薄れ行く物。


オズヴァルドは着実に、家族の仲を深められていた。だが、とある日。旦那様が体調を崩され、寝込んでいた日の事だろうか。


かの、野良犬の事件が起きた。それから、彼等には言葉に表せない、大きな亀裂(きれつ)が出来てしまったのだ……。しかし、オズヴァルドはその記憶さえも、脳の奥底は愚か、忘れてしまっている。


ゴモラは感じただろう。救い様の無いド(クズ)を、目の前で。


その思いを、彼は武器へと込め続け。喋って居る今も尚、その槌矛(メイス)を振り下ろすのだ。だが、オズヴァルドはそれを軽々と避け。不恰好なウインクを咬まし、勢いのまま身長と同等サイズの金槌(かなづち)を振るう。


「地下には、少し(カビ)の生えた本が、山の様に積まれていた。そして、僕はそれから読書が好きになったんだ。雨も届かぬ暗闇内、寂しいと思い本を開けば、広い世界が待っている。楽しかったよ、君達がフカフカの布団で寝る中で一人、蝋燭(ロウソク)を片手に本を読み耽るのは」

「……ああ、お前はよく父上へ頼み込んで、あのお方の書斎(しょさい)で本を読んでいたな。騎士道物語や、空想の戦記まで。……『負けた』と言う事を読み解く為だけに、あんなにも分厚い本を読むのは、俺には無理な話だったよ──」


段々と、彼等の過去が垣間見(かいまみ)えて。


それに、ゴモラの顔にも見えずとも。心に少し、笑みを浮かべているのが分かる。愛する妻が死んで、早十数年。彼の指に()められた、(きら)びやかに輝く指輪が、その事を彷彿とさせるのだ。


……そして、オズヴァルドの指には、指輪等、()められては居なかった。


「お前はよく、オート麦のビスケットを食べていたよな……?ああ、それは覚えているか。良かったよ。だが、俺はあのビスケットが嫌いだったさ。何せ、素朴(そぼく)な味しかしない物で。ジャムでも何でも、沢山塗りたくって俺は毎回食べていたよ。そして、それを見て、ソドムが『ずるい』と言って怒るんだ……」

「ベルヤルナクはよく、僕達の家へ遊びに来てくれたよね。母君の妹様の友達だと知った時は驚いたよ。それから事ある事に、彼女は僕達の屋敷へ遊びに来てくれたよね。将来の夢は、あの屋敷を継ぐとも言ってたよ」


オズヴァルドが大きな金槌(かなづち)を変形させて、肉叩きの様に、平らな部分へ釘の様な(トゲ)を生成させ。


それを勢いのまま、ゴモラの方へと投げ棄てる様に潰しに掛かるのだ。


それを、ゴモラは持っていた槌矛(メイス)で受け止めて。(あまつさ)え、それを破壊する様な勢いで、貫きに掛かる。大きいが故に、的は広い。その塩で作られた金槌(かなづち)は、意図も容易(たやす)く壊されて。


だが、それの強みは耐久性では無く、何度も量産出来るコスパの良さであろう。オズヴァルドはすぐ様それを再生成、次は彼と同じく、槌矛(メイス)の様な形へと変化させ。


──昔、兄に似て習った居合の形を取った。


……挑戦状だろう。それを見て、ゴモラは「良いだろう」と一言。そしてその槍の矛先を、彼の脳天へと向けさせて。


「手加減は無用だよ、ゴモラ兄さん」

「分かっている。これで、決着をつけよう。その傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な幻ごと、打ち砕いてやる!」


双方、同時に踏み込んだ──かに思われた。


だが、オズヴァルドの方が少し遅れをとっている。そして、それを良い事に。ゴモラは地面にしっかりと、その足裏を浸透(しんとう)させて、ぎゅるりと抉る様な一撃を彼の脳天目掛けて放ったのだ。


──だが、オズヴァルドも、それを偽物の槌矛(メイス)で受け止めて。


「っ」


それを握り締める右腕を縮め、槌矛(メイス)へと、手を添える様に(かざ)し息を吐く。そして、蜂が毒針を刺す様に。その槌矛(メイス)を、身体目掛けて突き放したのだ!


しかし、スカ。ゴモラはそれを、身体を鍛える時の様に屈めさせ回避。


だが、オズヴァルドも負けてはいられない。彼の(ふところ)へと、駆け出ししゃがみ込んだのだ。


次は、ゴモラの(アゴ)に目掛けて、その槌矛(メイス)を向けるのだ。しかし、彼もやり手故。そう簡単には行かせてくれまい。


──間一髪。その槌矛(メイス)を避け回避。そのまま宙を、飛び立つ脱兎の如く一回転。地面に華麗(かれい)に着地後、また同じ構えをとるのだ。


だが、その彼が矛先を向ける先に、オズヴァルドの姿は見当たらない。──後ろか!


「さようなら、ゴモラ兄さん」


そう、彼が気付くよりも前に、オズヴァルドは、その槌矛を深く握り締め。上眼で彼を睨み付ければ。


──そのまま、その心臓へ一刺突きだ。


決闘はやはり、早く終わりて、早急に朽ちて行く物なのだと。オズヴァルドは、地面に倒れ、浅い呼吸を繰り返すゴモラの近くへと寄り、しゃがみ込んだ。口からは血を吐き、今にも命が途絶えそうだ。


だが、オズヴァルドは何とも思わない。只々、その肉親の(しかばね)を、じっと眺めるばかり。


それを見て、ゴモラは「はっ」と、オズヴァルドを鼻で笑えば。動かぬ口を無理に動かして、血をたぽたぽと、吐き出しながら。


「……お前の答えは、ソドムの部屋にある。……行け、そこに、全てが書いてある」


──その言葉と共に、ゴモラは冷たくなった。愛する者の墓場の近く、彼は息を途絶えたのだ。


様々な、やり残せない感情を胸に抱きながら。……オズヴァルドはそれを見て、颯爽(さっそう)と立ち上がり、屋敷の方へと体を向け。


ゆっくりと、向かって行く。全ては、彼の残した、胸躍(むねおど)らせる遺言の為に。

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