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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode11_全ては愛する者の為
56/75

055_現実を見たくないから、目を逸らした。

002


「ねえ、ロト。君は何をしているの?」


──オズヴァルドの(あわ)い記憶だ。


屋敷から離れ、少し盛り上がった坂の上、一本の木の木陰に居た少年へ、一人の少女が話し掛けたのである。少年は笑わなかった、その少女が笑みを振り()いてもである。


「……君は誰、僕は、君と話す余裕や時間なんて無いからね。──君も、彼奴(アイツ)らと同じ様に、僕の名前をからかいに来たんだろう。女々(めめ)しい、って」


少年はそう呟けば、また、林の方へと視線を向ける。が、女の方がそれを許さなかった様で。少女はむすり、と(ほお)を膨らませ。


視界の方へと割り込み、その場で意地悪にも座り込んだのだ。その様子に少年も目元を(ゆが)ませ。


「ええと、確か貴方は、『ヴォルヴァドス・ロト』って、名前だったよね?貴方は、その()()って名前が嫌いなの?」

「ああ、そうさ。皆に女っぽいって、馬鹿にされる。……僕はこの名前が嫌いだ」


その言葉を聞いて、少女は眉間(みけん)を歪ませた。


そして、少年と視線を合わせ、真面目な表情で、風の声を耳に(はら)ませながら。


「『名前が嫌い』って事は、貴方は自分が嫌いなの?」

「……何でそんな結論に至るんだい」

「だって、名前は自分自身だから。そんな名前を嫌うなんて、自分が嫌いだって言ってる様なものだよ。はっきり言って、おかしいよ」


その言葉を聞いて、少年は勢い良く立ち上がった。


自分自身を否定された気持ちになったのだろう。そして、吐き捨てる様に。


「なら如何(どう)した。僕がおかしいから、君は何をしたいんだ。(ただ)、その上っ面の言葉だけをペラペラと並べるだけで、気持ち良くなりやがって。皆、僕の事なんて何も分からないさ」


そう言い、少年は少女の胸倉(むなぐら)へ。


「お前だって、(めぐ)まれただけの人間なんだろ。僕とは、違う癖に──」


──ペチンッ。少年の(ほお)を、少女は()った。


(ほお)を抑え、放心状態の少年へ、少女は(あき)れた表情を見せながら彼の手に、自身の手を寄せ、そのまま、強制的に指切りを。


少年は、少女が何をしでかすか分からなかった。けれども、それで良い気もしていた。


「オズマ……なら、今日から君の名前はオズマ。『ヴォルヴァドス』の『オ』と『ス』、『だくてん』を取って、オズマ。……私が、貴方の全てを受け入れて、一緒に居てあげる。だから貴方も私の全てを受け入れて、一緒に居て。()()()()()()()()()()()


だが、少年にはその言葉が、風の音に打ち消され、少し聞こえなかった。けれども、その言葉は少年を変える、大きな第一歩となっただろう。少年は少女へもう一度聞き返す。


()()()()……()()()()?僕の名前は、()()()()なの……?変わった名前だね……っ」

「そう、()()()!今日から貴方の名前は()()()よ。──さ、行こう、オズマ。私も、友達が一人も居なくてね。一緒に遊ぼうよ、ね」


そう言い、少女は少年の手を引っ()れば、そのまま少年を、木陰(こかげ)と言う名の暗闇から引き摺り出したのだ。太陽が異様に明るい、まるで、この少女を表す様に、全てを与えてくれたこの子の様に──。


「………………きれい」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



──オズヴァルドは、叔母(おば)からの罵声(ばせい)や暴行を受け入れた。そして、叔母(おば)が去った後。


過去を思い出しながら、その(きし)む身体を起こさせて。


「……はは、甘酸っぱい思い出だなあ…………」


地面には、鼻から垂れた自身の鼻血が染み付いている。けれども、こんな僕の血も直ぐに、あのメイド(女中)達に掃除されてしまうのだろう。


オズヴァルドはそう、自身を嘲笑しながら、粉々に割れたクッキーの入った瓶を下賎(げせん)に見詰め。


……すぐ様、遠くに落ちていた花束や手紙を拾い上げ。ゆっくりと、オズヴァルド自身へ最大の絶望を与えた屋敷から、身を引いた。


外は寒かった。海から絶えず、冷たい風が(なび)いており、どうもコートを羽織(はお)っていても肌寒い。オズヴァルドは、コートの(すそ)をきゅっと、子供の様に握り締めると。


「ほうっ」、少し白い息を吐いた。


「ん〜、少し、肌寒い様な気がするよ。……ふふ、君は今、どんな顔をしてるのかな?」


オズヴァルドは、胸に掛けていたロケットペンダントへ、一人寂しくそう告げた。


そして、見えたのは(なつ)かしの崖っぷち。少し盛り上がった丘の上、(やす)らぎの木陰(こかげ)の下。何か、煤色(すすいろ)の物が佇んでいる。


そうだ、墓だ。木陰(こかげ)の下、名も無き花に囲まれて、オズヴァルドの妻と呼ばれた女が眠っているのだ。だが、オズヴァルド本人には、そんな彼女の眠り顔は、一緒拝めないだろうに。


男は(さわ)やかな笑顔を小脇(こわき)に抱きながら、墓の前へとやって来る。そして、墓へその手を添えた。


……昔の様な、太陽の(ごと)し温もりは無い。あるとするならば、風に身を(さら)されたが(ゆえ)の、冷たさだけだった。


「──ベルヤルナク、僕の愛する者よ。お久しぶり、数年振りかな?僕は、君と会えるこの日を、ずっと楽しみにしていたよ。……それに、僕の計画も順調さ。──君に最大の(かな)しみを与えた彼奴(アイツ)に、それ以上の悲観(ひかん)を与えてやるからね。……まあ、泥臭い話は辞めにしよう。折角、久しぶりに会えたんだから」


石の墓には『VelYarnak・Sodom』と、綺麗に彫られており。下には、『May she redt in peace.』、『彼女が安らかに眠れますように』とも刻まれていた。


そして、また微風(そよかぜ)が彼を襲い。オズヴァルドは、その風に少し目を縮ませれば。散った髪の毛を耳に掛け、また会話を再開させる。


「君の為に、僕は薔薇(バラ)の花束を百本。一つ一つ、丁寧に()んで来たさ。それに、何日も考え抜いた手紙まで。……君が望むのならば、僕は全てを捧げるよ。大好き、ずっと、僕の物だけになって……?ベルヤルナク」


そして、墓石に、オズヴァルドは花束を添えた。次に、その墓場へ──キスをした。


何年も、掃除はされて居ないだろう。汚いと思うかもしれないが、彼は構わない。だって、それもまた、僕達の愛の(しるし)でしょう?


「ああ、大好き。愛しているよ、ベルヤルナク。…………こんなに、愛していたのに。どうして、僕だけを置いて行っちゃうのさ。ベルヤルナク……。悲しい、君が居ない世界は、今も苔が生えた様に、緑色に膿腐(うみく)って見えるよ。……僕は、暖かい心が欲しかっただけなのにね」


そう言って、オズヴァルドは。愛する妻の墓の前で。


──数日掛けて書いた手紙を、ビリビリと破き始めたのである。そして、遂には(ちり)ゴミの如く小さくなった手紙を、オズヴァルドは笑いながら、空へと撒き散らした。


紙吹雪の様に、風に(なび)き舞う手紙を背後に。男は、先程優しく置いた花束を、墓の上でぐりぐりと、踏み(にじ)り始めたのである。


男が靴を墓から離したその時には、その薔薇(バラ)は、かの時の様な健美(けんび)な状態は崩れ落ち。ただ、其処(そこ)に残ったのは。押花(おしばな)の様に潰れた花弁と、(トゲ)が縮んだ茎の姿だけだった。


「──君が僕に、死にたいと思わせる程の喪失(そうしつ)感を味合わせたから。僕も君に、死ぬんじゃ無かったと思わせる程の扱いをするよ。僕は、君が好きだ。好きだからこそ、こうするんだよ?分かってくれるかな、ベルヤルナク」


狂気、その憂いひとつ無い翠色(みどりいろ)の瞳には、確かに、狂気を孕み抱いていた。「はは、ははは」と掠れた笑い声を荒らげる男。笑っているが、空っぽの瓶の様に、中身は無い。


と、その時だった。草木を踏み荒らす様な、荒々しき足音と共に、オズヴァルドの背後から「おい」と図太い声が聞こえ。


オズヴァルドはその、空っぽの笑顔のまま。コートを靡かせ、顔を其方(そちら)へ向けたのだ。


──そこには、凛々(りり)しい眉を歪ませて、オズヴァルドの方を睨む男が一人。背中には大きな槌矛、メイスを背負い。


黒色のコートを羽織(はお)りながら、下には確りと着こなされたスーツが見える。男は、その目に掛けた黒色のサングラスから、鋭い(ひとみ)を覗かせて。


「お前、よくそんな顔でのうのうと、この家に帰って来られたな。それに……っ、ソドムの墓へ、これ以上近付くな!巫山戯(ふざけ)た奴めっ!」

「あはは、ゴモラ兄さん。どうしたんだい?そんなに、目元へ(シワ)を沢山寄らせて。僕は(ただ)、僕のベルヤルナクへ十七周忌(しゅうき)追悼(ついとう)に──」

「それを巫山戯(ふざけ)るなと、俺は言っている!!」


静かな丘の上周辺に、響き渡る様な怒号(どごう)


その言葉を聞き、オズヴァルドは笑顔のままその口を閉じた。それを見て、ゴモラと呼ばれる男は歯を食いしばり、目元をギロリと歪ませて。


オズヴァルドを親の敵の(ごと)く、熱い視線で眺めるである──。


だが、眺める事しか出来ないその姿は、まるで主人に待てをされている犬の如し。オズヴァルドはそれを見て嘲笑(ちょうしょう)の笑みを浮かべ。


「何が『僕のベルヤルナク』だ、頭のネジが完全にイカれてやがる。ベルヤルナク……いや、()()()()()()()()()!!まだ、お前はそんな(あつ)かましい幻想を引き()って……!馬鹿馬鹿(ばかばか)しい、現実から目を()らすのも大概(たいがい)にしろ!お前の鼻は、もう随分と伸び切っているだろうに」


そうだ、オズヴァルドが「妻」やら「愛する者」やら何やらと語っていた人物は、実を言う所。オズヴァルドの女房(にょうぼう)では無かったのだ。


──それを言葉に表すならば、『度の過ぎた片思い』。それが(ねじ)れに(ねじ)れ、こんな妄想に囚われた男の思想が完成したのだろう。


だが、その言葉を告げられても(なお)、オズヴァルドは平然と。飄々とした表情のまま、腑抜(ふぬ)けた態度でゴモラへと。


「うん、ベルヤルナクは君の(めと)った女。それは分かってるよ、当たり前じゃないか。けど、確かに。彼女は僕を、君よりも愛していたんだ!それを行動に示して何が悪い、それじゃあまるで……僕が悪者で、頭のおかしな奴みたいじゃないか!うう、酷いよ……っ」


オズヴァルドはそう言うと、ダンスでも踊るのかと言わんばかりに、胸に手を置き一回転。そしてそのまま、幻想に浸る様に。


「彼女は、君の様な奴より、確実に僕の方を愛していたんだ。うん、きっとそうだと思う。だから、僕が君の妻でもおかしくないという訳だ。それに、僕は一妻多夫制(いっさいたふせい)は全然大丈夫だから、ゴモラ兄さんが良いのなら、ベルヤルナクは僕と半分こにしようよっ!」


その常軌(じょうき)()した行動や言動、夢の様な言葉の数々に、ゴモラも口を開きながら、黙り込んでしまった。


そして、それに追い打ちをかける様に、オズヴァルドは「セックスも、キスもオナニーも。一緒にやるのも大歓迎だよ?ゴモラ兄さん」と最悪な追記を吐き。


だが、ゴモラもやっと脳内でその言葉が変換出来たのか。血相を変え、ゆらゆらと墓の上で踊り続けるオズヴァルドの胸倉(むなぐら)を、(かたき)(ごと)く握り()めたのだ。


「このっ──、異常者がッ!?馬鹿か、お前は!!そんな、こんな奴とソドムが、友達だったなんてイカれてやがる……っ。本当に、お前は一体何なんだ──ッ!!??」

「僕は、オズヴァルド。彼女が付けてくれた『オズヴァ』に『ヴォルヴァドス』のルと、彼女の穢れて居ない、聖なる部分の名前『ソドム』のドを足して、造られたのが僕、オズヴァルド!──はは、っはははは!!僕は、何て幸せ者なんだぁ!ふふっ、ふふはは、ははははははは、っはは、は、っ。はは!!!」


狂気絢爛(きょうきけんらん)、その姿は正に、血を帯びた悪魔の様であり。叔母(そぼ)に殴られ出来た傷と、狂気を(はら)んだその表情が、何とも。鳥肌を立たせ、男の背筋を凍らせるのだ。


──そして(つい)に、ゴモラは痺れを切らしたのか。背後に掛けていた、槌矛(メイス)を手に握り。そのまま、引き抜く様にそれを勲章(くんしょう)(ごと)(かか)げると。


オズヴァルドを突き飛ばし、その聖なる槌矛(メイス)を彼の眉間(みけん)に突き立てて。


「決闘だ、オズヴァルド……いや、ロト!俺はお前を否定して、その膿腐(うみく)った夢を、この手で終わらせんと!!」

「──ッ、ああ、受けて立つとも、ゴモラ!僕の名は、オズヴァルド。っくふ、愛する者と共に、正義を(はら)み塩で身体を犯す者!」


正反対な二人は、共に武器を握り締めた。


オズヴァルドは手に握った金槌(かなづち)を、正義や真実を垂れ流す蟋蟀(コオロギ)の頭上目掛けて、振り下ろしたのだとか──。

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