051_妄想を否定し、真実を認識する。
──ッ、ドゴン。
鈍い音が、地下室内に響き渡った。
……かに思われた。鈍い音を発したのは、ユダ当本人であった。何故なら、私がユダの頬へ、全力を込めたドロップキックを噛ましたから。
私の手には、赤い跡がくっきりと残っている。それを見て、ユダは目を見開きながら「化け物め」と呟いた。
手錠を、私が自力でぶち破ったからであろう。ジャラッと動くは鉄の鎖。もう少しこの鎖が大きければ、私はあのまま死んでいただろう。
……武器は無い。私の得意な近接戦闘だ。だが、相手も近接戦闘は大の得意。剰え、その熟練度は私をも越すだろう。
「……さあ、どうするヴェルギリウス。君に勝ち目は無い。潔く死んだ方が身の為だ」
「誰がそう易々と死ぬかボケ。……私は、あの狼を殺すまで死ぬ訳にはいかない。奴を地獄へ誘う案内人になってやるッッ!!」
踏み込み。だが、ユダも負けじと大剣を振るう。その攻撃で、少し頬が掠れたが無問題。
懐へ潜り込み、そのまま奴の顎目掛けて拳を突き立てる。──だが、ユダもそれを喰らうほど野暮では無い。私の攻撃は空を舞う。
次に、ユダが右手の大剣の平を私の脇腹へと向けて来る。避け切れない。──腕を犠牲にして止める事に。
──バゴンッ!体に強烈な振動が入り。……思い出した、腕には元々怪我があったのだ。それが反動、共鳴し古傷を抉る。
……だが、これでは止まらない。そのまま隙だらけのユダの腹へ、私は拳を突き付けた。
ぐちゅり、と蠢くユダの腹。それと同時に、血液を採取された際の傷が痛むのだ。ぶしゅ、多少の血が噴射。まだ白い包帯部分を、私の純血が毒して行く……。
コキュートスと名付けられた大剣を、ガリガリッ!と、擦れる音と共に引き摺らせ。ユダはその黒龍色の大剣を、握り締め。
恰も、本物の英雄が扱う聖剣の如く。その黒鉄剣を空へと翳し、私目掛けて振り下ろし。その衝撃か、地面に多少のヒビが入る。
身を轟かす程の地響きと共に、彼らの分かち合えぬ同士の喧嘩の幕があげられた。
「——どうして、どうして私達を裏切ったんだ、ユダッ!!」
私は、吹っ切れた様にそう叫ぶ。真正面から、ユダの腹へ拳の先を。しかし、ユダはそれを受け流せば。そのまま、大地を這う蛇の如く。柔軟で、完成しきった剣技を振るう。その姿は正に、本物の騎士の様で。
「私には、信頼は出来る仲間が居る!!それに、私をこうやって信じてくれて居る様に……私も、あの者共を信じてみたいっ!!」
両者、同等の実力勝負。拳を握り、白馬へ跨る英雄と。駄馬へ跨り、薄汚れた大剣を振るう偽物との。そんな、一騎打ち。
「お前こそ、何故そう易々と人を殺せるのだ!罪無き人々を殺しても尚、自身の欲望に忠実に動く等……ッ!恥ずかしいと思わないのか」
両者共に、何方かの攻撃が喰らえば死に至るだろう。故に、攻防も忘れずに。ユダが成すその剣技は、お伽話を連想させる。
「……ああ、そうさ!悪役が人の命を奪って何が悪いっ!いいか、よく見ろ。それが人の本性だ、自己の欲望を貪って何が悪いっ!」
「──っ!君たちは、何処まで行っても膿腐って居るのだな。……ヴェルギリウス、君は人間なんかじゃ無い。お前を殺して、私はこの世界を救ってみせる──!!」
他人の命など、如何とも思って居ないその言葉に、ユダは怒りを露わにする。偽物の土塊である私を殺し、本物を握ると決意したのだ。
自分とは違い、自ら殻を破ったユダを背に。私は微かな温もりの感じる殻へと篭り、その中で、自由を握った者を憎むのだ。本当は、自らその殻を貫けると言うのに……。
「馬鹿馬鹿しい。人に縋って媚び諂う選択を選ぶのだな、お前らは。だが、そんな荒唐無稽な夢は、いつか必ず終わってしまうぞ!」
私はユダへそう怒鳴り付け。そして、ユダはその言葉を聞くや否や、眉間を歪め、ユダは大剣を優雅に振り回す。
その瞬間、私の成す技に、少し隙が生まれ。
……それを、ユダは見逃さない。
ユダが私の脇腹へ、古傷を再度抉る様に。私の脇腹へと、その大剣を振り回したのだ。
くの字に曲がる私の体。そして自身の体は、地下室の壁へと強打。それを見て、ユダは少し、私に傷付けられた体の傷跡を乱暴に拭うと。そのまま、チャンスと言わんばかりにけしかける——!
だが、私はその剣を間一髪避ければ。痛む体を軋ませて、ユダの方へと近場に落ちていた槍を投げ。だが、ユダも負けては居られない。空を切る音と共に、ユダはその槍を避け。
──私は、その隙に不利な体制から離脱、そして、そのまま姿勢を整えると。
「──お前は知らないから、だからそんな綺麗事が言えるんだ!!友達も、家族も。皆彼奴に殺された。だから、私は強くなる。強くなる為に、他人を搾取する!!お前らも私と同じ立場になれば、嫌と言う程分かるだろうッー!?私は何も分かっちゃいない癖に、理想論を語る奴が大っ嫌いなんだよ!?」
私は、その場を轟かせる様な。そんな、張り付く様な声を荒げ。だが、そんな私にユダは。
「違うっ!お前に必要なのは、過去の過ちを正す事じゃない!!その過ちを踏み越えて、新たな可能性を握る事が大切なんだ!!」
「————っ違う!!」
私は叫ぶ。この一帯へ轟かせる様な、そんな叫び声を。そして、肩で息を吸いながら。最早呪いと感じる視線を向け。
彼らの言葉の撃ち合いは、まだ続く。
「嫌だ!そんな、私の理想として収めて居た世界が……そう易々と簡単に実現されてたまるかっ!私が、今までどんな気持ちで生きてきたか、お前には一生分からないだろうッ!」
私は、確かにユダの告げた理想を叶わせたいと思って居た……時期もあった。しかし、月日を重ねる事に悟るのだ。そんな綺麗事が実現出来る筈が無い、と。
その心は、私の成す武術にも関係して。私の振るう拳が、段々と荒々しくなり始めてきたのだ。
「一度、心を許した事があった。『もしかしたら』と、思った時もあった。だが、それも全部壊されたんだ……。私は私が怖い、これ以上、傷付き世界に絶望するのが怖いんだ──!?」
もう、その時点で私は諦めて居た。不可能に近い綺麗事をするよりは。まだ、可能性のある植物の様な未来へと賭けたのだろう。
…………だが、ユダは違った。
「ならば、その荒唐無稽な夢を、私が終わらせよう!!」
その言葉と共に、ユダの大剣が、私の腕を弾き飛ばし。そして、露わとなる自身の体。ユダの視線が私の身を襲う。
分かっていた。この世界に英雄等居ないと。
英雄は居ないと結論付けた。だが、それでも信じてしまう。自身の事など構わずに、自身を曲げず命を賭けれる英雄に──!
「……っ。私は──ユダ……。いや、我が名は『ジュデッカ』と言う!!貴様の荒唐無稽な夢を終わらせんと、英雄の如く此処へ来た──ッッ!!」
全てが偽物の英雄は、粘土でできた大剣を地面へ這わせ、私へと向ける。その言葉に、私は少し目を見開けば。……そのまま、何かを悟った様に目を閉じた。
ユダの大剣が、唯一の扉である、私の腹を切り裂いた。ユダは、私に負わされた様々な傷から血を噴射させながらも、その剣を握ったのだ。
……私は、口から血反吐を吐き。自身の胸から飛び散る血飛沫は、まるでパレードの紙吹雪を表すだろう。
夢の終わりが、近い。──私は遂に、その足を崩し、地面へバタリと倒れ込んだ。息を切らし、肩で呼吸を続ける偽りの英雄。だが、彼女は聞き逃さない。此方へ向かって来る、足音について。
……一定の速度、革靴の音だろうか。少し胸が躍る様な、コツコツとした音が特徴だ。──そして、その者が姿を現した。その者の正体はと言うと、身体中を血塗れにした、ダンテであったのだ。
彼は、地面に倒れるヴェルギリウスの姿を見て、「まだ早かったか」と呟けば。──手に持っていた、ボールの様な物を、ユダへと投げ捨てる。
「……………………は?」
タマルだ。それは、首だけになったタマルそのものであったのだ。それに、顔を引き攣らせ絶句するユダを見て、ダンテは。
「土産だ。俺の弟子へ、過度な絶望を与えてくれたお礼に。……さて、裏切り者のユダさん。改めて自己紹介でも交わすか?」
「……〜〜〜〜〜〜〜ッ??!」
「黙りか。酷いねえ」
そう言い、ダンテはコートを靡かせて。
「俺の名前はダンテ。……ダンテ・アリギエーリ。地獄へ導く案内人と共に、あの世を旅する詩人故──」
その姿は宛ら、『絶望』を評するに相応しい。
ユダは歯をカチカチを震わせながら、その大剣をぐっと、力強く握り締め。
「……ッ、何故、何故貴様がここに居る!?タマルの作戦であれば、お前は今、崩れた地下の中なのに……っ??」
そのユダの言葉を聞き、ダンテはその獣と化した指を顎に置き「う〜ん」と考える素振りを見せれば。
「まあ、気難しい話もお前には分からんだろう。……そんな事より、俺は地獄への案内人を返して貰いに来たんだよ──」
そう言い、ダンテが見詰める先には、地面に顔から倒れるヴェルギリウスが。
ユダはそれを見て、「散々虐めた挙句……またヴェルギリウスを地獄へ向かわせるのか」と叫んだ。それは、先程ヴェルギリウスが叫んだ言葉に動かされてだろう。
それに、実の兄を殺したその男への恨みも込めて。その言葉を聞き、ダンテは笑みを浮かべると。
「……人間が人間の枠組みを超える方法について、お前は知って居るか?」
枠組み。知恵の実を食べたアダムとイヴに授けられし、人間である為の囲い。
──そんな、訳の分からぬ事を言い出すダンテ。遂には意味の無い雑談を始めようと彼に、ユダは怒りを露わにする。そんなユダを見て、ダンテは「まあ聞け」と呟けば。
「人間には、超える事の出来ない壁が生まれた時から作られて居る。人によって個人差はあるが……。その壁は、体を鍛えても何をしようとも、超える事は出来ない。人間は人間の範疇を越えられないって訳だ」
「……何が言いたいッ!!」
「その壁は、死に際に解放されるんだ。……だから、俺はヴェルギリウスへ、殺さず死なさずのいい〜具合の苦痛や絶望を味合わせて来た。時には自力で頑張って貰ったり、時には『裏切り者を泳がせ遊ばせてみたり』」
その言葉を聞き、ユダは目を見開いた。自身の裏切りが知られて居たからであろう。確かに、入り方は少し強引だとは思った。
だが、知っていても。此処まで来れば、情の一つや二つ程度生まれ、そう思わなくなる筈なのに。そう、思えなくなる筈なのに──!
「……まさか、私の裏切りを知って……?知っても尚、ヴェルギリウスを苦しませる為に、今まで泳がせて居たのか?殺さずに……ッ」
「ああ、そうだ。ヴェルギリウスはお前のお陰で、また人間の壁を一つ越えられただろう」
そんな冷徹なダンテへ、ユダは「失望したぞ!」と声を荒げれば。兄の仇、様々な感情を織り交ぜた攻撃をダンテへ向かって、思いのまま繰り出す。──が。
「おやすみ、ユダ。哀れな汝の英雄よ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
──……全身が、針を刺された様に痛い。
ズキズキと、心臓の鼓動と共に抉られる。
ふと、誰かが私の体を揺さぶるのと同時。私は、重い瞼を引き上げ目を覚ます。そこには、居る筈のない先生の姿と……。
「っ、起きたか、ヴェルギリウス」
「…………っ、あ゛、ぐっ。……ぅ゛ぐ、ふ」
地面へ横たわる、芋虫の様に四肢が切断されたユダの姿があった。傷口は包帯でキツく巻かれ、止血の措置がされており。
簡単には死ねない様にされて居た。……地獄である。
先生は、絶句する私の隣。肩へと手を寄せ、動かぬ体。私の手へと小刀を握らせて。
「さあ、殺せ」




