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純血の赤ずきん  作者: 加藤 會田
Episode10_荒唐無稽な夢を終わらせん
51/75

050_故郷へ帰還した老い耄れ。

003



彼の頭は本で読んだもろもろのこと、例えば魔法、喧嘩、戦い、決闘、大怪我、愛のささやき、恋愛沙汰(ざた)、苦悩、さらには、ありもしない荒唐無稽(こうとうむけい)の数々からなる幻想(げんそう)でいっぱいになってしまった。つまり、書物の中で展開される、こうした仰々しい、雲をつかむような絵空事が彼の想像力の首座(しゅざ)を占め、その結果、騎士道物語の虚構(きょこう)はすべて本当にあったことであり、この世にはそれほどたしかな話はないと信じこんでしまったのだ。


──ドン・キホーテ前篇(一) 第一章──



……腕が痛い。重い(まぶた)を無理矢理上げ、ズキズキと心臓の鼓動と共に脈打つ腕を見てみると、血の(にじ)んだ包帯が巻かれている。


どうやら、誰かが私の腕に鋭い刃を当てて、この腕を傷付けたらしい。腕に巻かれた包帯には、血が(にじ)み出している。


私が体を動かそうとすると──……動けない。背の方へ目を向けると。手錠(てじょう)で両腕を縛られて。突き刺された鉄のポールに、それを通されて居る様だ。芋虫(イモムシ)の様な動きしか取れない訳である。


「……っん、は……ッ、てぇ……!」

「っ、起きたか、ヴェルギリウス。──ああ、その腕の傷は、その……とある()()をする為に、お前の血が必要だった物で。少し強引な手で回収させてもらった」


私が腕の痛みに顔を顰めるのと同時に、ユダは此方(こちら)へ気が付いたのか、薄暗い地下室内。木製の椅子(イス)から立ち上がると、そのまま私の元へと駆け寄って。だが、私はそんなユダを、(かたき)の様に睨み付ける。


──その私の視線を見て、ユダは少し表情を曇らせる。


「……お前らは、何をしようとしてるんだ。この糞野郎ッ!……っ、畜生、そんな顔するなよ。私が辛くなる、さっさと、その見るだけで吐き気のする顔を引っ込めろッ!」


私は、反吐(へど)を吐く様に、そうユダへと吐き捨てると。ユダは、「名前で呼んでくれなくなったんだな」と一言、そう(むな)しそうに呟けば。


身体を何度ももどかしく動かす私の隣。冷たい地下の地面に座り込めば。


「今まで、私が積み上げた関係も、これで終わりだ。終わってしまったんだよ。もう、苦楽を共にした私は居ない。私達は、崇高(すうこう)な目的を達成する為に、お前らの命が必要なんだ」

「……っ、崇高な、願い……ぃ?」


崇高(すうこう)な願い』と言う部分に、反応を示す私を横に。私と少しでも長く、話をしたいのだろう。ユダはゆっくりと、全てを話し出した。


「我々の目的は、『この世界を変える』事。その為には、事務所なんて小さな力じゃ駄目だ。童話世界全体に、名が知られなくてはならない。だから、我々は長年空席の第五支部、フィリポの席に目を付けた」


──どうやら、ユダ達は『世界を変える』と言う目的の元。その目的を達成する前段階として、我々童話殺しの首を()り、支部長の座まで成り上がるらしい。


「……っは、まるで子供の描いた絵の様だな。そんな荒唐無稽(こうとうむけい)な夢は、直ぐに終わるぞ。それに、私の首を()ってどうする。……童話殺しの素顔や素性は、世間一般に公開されて居ない(はず)だ。受け入れられるものか──」

「受け入れられるさ。……お前らは、何で自身の素性や服装が、世間一般に公開されないと思うか?目撃者が全員死んでいるからか、他に偽物が居るからか。……いいや、違う。──皆、お前らの『報復(ほうふく)』を恐れているからなんだよ」


報復(ほうふく)?」掠れた声でそう言い返すと、ユダは「そうだ」とハッキリ呟けば。そのまま、(むな)しそうに。明後日(あさって)の方向を眺めながら。


「お前らの服装や顔を見た人は、少なからず存在している。だが、そんな目撃者は全員、口を(そろ)えてこう言うんだ。『何も知りません。何も分かりません』って。……目撃者とされる者の年齢の大半は、十二歳から二十四歳前後」


この問題には、まだ幼いが故の『精神的』な原因が挙げられるらしい。


「先ず先に、老人は逃げ遅れ炎に巻かれて死ぬ。そして親世代は、家族を庇って死亡するケースが多い。──親を目の前で殺され、逃げ仰せた子供や若者には、何が残ると思う?」

「……せ、ぃ神的……な、ショックか?」

「そうだ。逃げ足の早い若者や、親に(かば)われ逃げた少年少女の幼き心には、酷くショッキングで、衝撃的な光景だっただろう。それは、『トラウマ』となって残るのだ」


トラウマ、肉体的(また)は精神的な攻撃により、それに長く(とら)われてしまう病の事である。


「故に、彼らはこう思うだろう。『この話を言えば、彼奴が報復として来るんじゃないか?』『素性を明かせば、奴らが復讐(ふくしゅう)しに来るんじゃないのか?』と。あまり情報が公表されていないが(ゆえ)に、そう思ってしまうんだ」

「……なら、尚更(なおさら)。どうやって私達を童話殺しだと認識させる……っ?」

「簡単だ。人と言うのは、誰かが名乗り出れば、それに群がり集まる生き物。(ゆえ)に、私がお前らの首を掲げれば、恐怖から解放されて、彼らは(そろ)って口を開くだろう──」


そう言い終わると、ユダは「まだ時間はある」と言い。……最後まで私と話を続ける様だ。


……ユダと出会ってから、数ヶ月。本当に色々な事があった。最初はユダを信用して居なかった私やオズヴァルド、先生も、段々とユダを信用して行く様になって……。


よく、ユダが何かをやらかし、先生に怒られて居た様な。


「──……そんな事も、あったな。ふふ、今や懐かしい思い出だ。まるで、荒唐無稽(こうとうむけい)な夢を聞いている様だ。実に、懐かしい」


そう、他人事の様に語るユダの姿が忌々(いまいま)しい。それに、自分も殺したくなる。──まだ、目の前の裏切り者を殺せぬ生温い(じょう)に溢れた自分が、憎たらしいよ。殺したいよ。


……今はユダ、お前が憎いよ。


私が試行錯誤(しこうさくご)、何かこの手錠(てじょう)を抜け出そうとしているのを見て、ユダは少し黙り込むと。


「無駄だよ、諦めな。この世に、魔法や希望なんて物は存在していない。現実逃避も(はなは)だしい、それこそ、荒唐無稽(こうとうむけい)な夢の様だ──」


と、その時。地下室がズンッ、と揺れる様な感触と共に、パラパラと(ホコリ)が落ちて来る。爆発だ、下の何処(どこ)かで、何か爆発が起きたのだろう。ユダはその爆発音を聞き、「早いな」と呟けば。手に、『コキュートス』と刻まれた大剣を握り締め。


「ありがとう、ヴェルギリウス。さようなら」


そう、最後の言葉を言い残した。



──ッ、ドゴン。

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