047_英雄は英雄を否定し、死んで行く。
バチ、ッ。ぶぁ、っ。……蝋燭の灯火が、控え目な破裂音と共に燃え上がり。
微風程度で消えそうな蝋燭を片手に、ダンテは小脇に大きな本を抱えながら、暗闇内、階段を上がった。
服は軽装。いつもは厚着のコートやハットで隠す尻尾や耳も、今や全てさらけ出され。ご機嫌良さそうに、ぶんぶんと振る始末。──そしてその尻尾は、とある部屋の前で止まった。
ユダの部屋である。ダンテは片手に蝋燭、もう片手に本を抱き抱えながら、その扉を蹴破った。──窓が空いている。一気に、外の冷気が廊下内へと侵入。部屋は異様に暗い。
「…………」
状況を把握。その後、ダンテはそのまま本と蝋燭を、近場の机の上に置き。地面へピタリと右頬をくっ付け、床を眺め始めた。
……足跡が、空いた窓に向かって微かに見える。ダンテは隣のオズヴァルドの部屋も拝見したが、同じく。蝋燭一つ燃やさずに、窓だけが不思議と空いていた。
──ダンテは、その肩に小銃を抱え。窓の縁へ靴裏を置き、ハットとコートを羽織えば。
「──さあ、チェスゲームの始まりだ」
001
永遠の物のほか物として我より先に造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ。
──ダンテ『神曲』 第三曲──
──それは、ダンテが森奥の小屋から出てから、数分程度経った頃であった。
小規模な建物の外壁。扉を守る守衛二人の視界に、一人の男が入り込み。──厚着のコートに、薄汚れたハット。肩には小銃を構え、物言えぬ雰囲気を、その男は醸し出していた。
守衛は少し顔を強ばらせ。双方、相方へ目配り後。……重い口を開いた。
「お客さん。今、事務所はお取り込み中でして。依頼なら、後日承りま、ッぐぅ、?」
それは一瞬だった。子供が、粘土で作った人形の首を千切る様に。ダンテは、その者の首をへし折ったのだ。
口に咥えた煙草を上下させながら、ダンテは尻餅を着く傍らの一人へ、その冷たい小銃の銃口を向けて。
「ユダ……いや、『タマル』って奴を俺ァ探してるんだ。知らねえか?此処に居る筈何だがよ」
「そ、そんな者は知らんっ!それより、何なのだ貴様は!人を殺して置いてその態度──?」
「ビンゴ。ポーカーフェイスが下手だな〜お前さんっ」
守衛の最後は、反転した視界に映るダンテの姿を捉え終わった。……ダンテは次に、事務所の扉を蹴破る形で突き破り。
──中に居た事務職員達は、「来たか」と言わんばかりの視線をダンテへ注ぎ。各々、武器を装備する。
が、お構い無しにダンテは、いつもの薄ら笑みのまま、その武器を片手に。
緊迫する彼らの空間へと足を踏み入れて、ニマリと珍妙に微笑めば。
「冥土の土産は考えて来たか?」
戦慄する程に速きリロード。発砲音が引き金に、一名が死亡。その後、彼らが動き出す。武器は少し質の良い拳銃と言った所で。だが、撃たずして何になると言うのか。
ダンテは、彼らに撃つ暇も与えずに。そのまま一人一人と、確実に職員を殺害して行く。小規模事務所故、支部程武器も数も少ない。
彼らの放つ銃弾はかすりもせず。当たったかと思えば、屍と化した肉壁で弾を塞がれ、自身が次の標的になる。
圧倒的な力の前に、人は平伏す生き物だ。
……しかし、今回ばかりはそうは行かなかった。皆が、勇気の含んだ眼差しで死んで行くからだ。この行動に、意味や希望がある様に。──希望を、見つけた様に。
だが、ダンテにはその雰囲気が気に入らない様で。少し表情を強ばらせながら、小銃を片手に握っている。……腹が立つ、ダンテは、苦痛に屈服する人の姿が見たいのだ。
こんな勇敢なボロ布共等、見たくもない。
「……うぅ゛ぐ、後は──頼みました……っ」
淹れたばかりの珈琲の香り漂う事務所内は、何とも言えぬ温かさに呑まれており。先程まで、彼らが日常を謳歌していた姿が目に浮かぶ。……そろそろ肉壁も無くなりそうだ。
ダンテは、一通り肉共を殺し終えると。最後の一匹だけを残し、その鮮血の付着した銃口を彼に向け──、一言。
その言葉は、この世の者が発するとは思えない話だったろう。絶望を肌身で感じる言葉であった。だが、目の前の男は怯まない。
「そんな脅し、効くもんか。──僕らのボスは、この世界を変えてくれる。僕達の命も、きっと役にたててくれると信じてい」
バピュン、ッ!言葉は最後まで聞かなかった。だが、聞いていたとしても、無駄だっただろう。誰が、つまらぬお前の感情の自問自答等聞く物か。
ダンテはそのまま、温もりの消えた支部内。地下通路へ降りる階段を見つけ。コツコツと、革靴を踊らせながらそこを降り。
……馴染みのある匂いがする。ダンテが階段へ目を向けると、そこには、ヴェルギリウスの血が滴り落ちていた。どうやら、ヴェルギリウスやオズヴァルドの監禁場所は、此処で間違い無いらしい。獣はその煙草をぷっ、と石の階段へと吐き出せば。
そのまま下へと降りて行く。ゆっくりと、噛み締める様に……。
「……っ、死んだ獣の臭いがするな……」
──獣は臭いに敏感だ。故に、ダンテは少し鼻を手で覆い、目元を歪ませる。そして、それが地下室内全体に充満しているのだ。
数分。──何段降りただろうか。考えるのも飽き飽きして来た頃。ようやく、部屋らしき空間を見つけるダンテ。ダンテは、そのまま無粋ながらも、部屋へズカズカと入って行く。
そして、その部屋の中央には。血の匂いを漂わせ、地面に倒れる肉塊が。
──その匂いは、ヴェルギリウスものである。
「おい、ヴェルギリウス。いつまでそう駄々を捏ねて寝てるんだ。起きろ、殺すぞ──」
そう言い、ダンテは地面に這い蹲るヴェルギリウスの体を蹴るが、反応は無い。それに、ダンテは「チッ」と舌打ちをすると。
そのまま面倒そうにしゃがみ込み、ヴェルギリウスの体を此方へ向けさせる。……ドゴ。
「…………っん?」
人の子の感触では無かった。
……それに、この異様な獣臭。漂うはヴェルギリウスの血の匂いと、キツイ獣の血の香り。それはまるで、上から乱雑に上塗りをする為の様にも思える。次に、ヴェルギリウスらしからぬこの重みと触り心地。
……昔からダンテはヴェルギリウスの体重は、乙女の枠には収まらない程重いと知っていたが……これ程まででは無い筈だ。
──答えは、ダミー人形である。
だが、そう気が付いた頃には遅かった。一本のマッチが部屋内に投げ捨てられ。ダンテは暗闇を歩いて来たからか、その灯火が、妙に明るく思え。
……その灯火を頼りに見えたのは、地面に撒き散らされた火薬の数々。
この鼻を直接突く様な獣臭は、撒き散らされた火薬の香りを、上から強く上塗りする為の物であったのだ。そして見えるは、煤色の髪の女ナチチと、鋭い視線で此方を見つめるタマルの姿。
「総員、退避ーーーッ!!」
その言葉と共に、ダンテの居た部屋内は、罪人を焼く豪華の爆炎で埋め尽くされた。
ごうごう、と煙る煤。爆発は成功したのだ。
……タマルは、埋もれた地下を眺めながら、先程、上で死んだ仲間へと、追悼の意を表すした。
──敬礼である。それを見て、その場に居た数名の職員とナチチも、同じく炎に向かい敬礼を。燃え上がる黒煙をじっと眺めながら。
「……即死だね。今頃、走馬灯を胸に沢山と抱きながら、潰れ死んでいるだろうに……っ、ごほ、っごほ」
タマルは、片手に蝋燭を持ちながら、少しごほごほと咳き込めば。
まだ此処は地下であるが故。もう一つ通路があったとしても、此処へ多少なりともその煙が入って来るのだろう。
「そうですね、タマル様。──しかし、このダンテとやらが、明かりも無しに此処まで来たのには驚いたのです。本当に、臭いだけで判断しているのですね」
そうだ、ダンテは先程から、地下だと言うのに、灯りを手に持っていなかった。それは、彼が人を臭いで判断しているという証拠になる。それに、ユダからの証言もあった。
そして、その予想は見事に的中。ダンテは、ヴェルギリウスの血を染み込ませた布袋に、哀れにも話し掛けていたのが鍵となった。
──埋れたその地下には、童話殺しの亡骸が埋まっているであろう。まさか、この事務所の場所までバレて居たとは、タマル達も、それは想定外だった様で。
……先程即席で作った罠に、引っ掛かってくれた事に感謝する。
「行こう。上でマトフェイとユダが待ってる」
タマルはそう心の中で呟きながら、埋まった地下へと背を向けた。
──その時だった。ドバドザ、ッ。
鈍い音と共に、後ろで何かが倒れた様な音がした。急いで後ろを振り返ると、何とそこには、タマルを護っていた支部職員二名の亡骸が転がっているではないか。
動揺している暇は無い。タマルは急いで埋れた地下側へ、残りの職員二名を配置、後ろにはナチチを待機させる。……心臓が脈動している。何かが、近付いて来ている。
──ドゴンッ、!また、反応する隙も無く。崩れた地下室側へ待機させていた支部職員二名の頭に、瓦礫がぐいっと食い込んだ。
そして、崩れた地下から漂う土煙内。一人の人影が、薄らと見えて来る。
タマルは目元をぐっ、と歪ませて。
「まさか、っ──?!おいおい、それでも死なないなんて……まるで魔法だよ……っ?」
「タマル様!下がっているのです、この者は、我々が思って居た以上に危険な存在です!」
ナチチが紅色の方が剣を取り出し、土煙にその矛先を向ける。──コツ、コツ。もう、恐怖にすら感じる聞き慣れた革靴の音。
「っ、ふう」と息を整え見えて来たのは、──ダンテの姿であった。
「……いやはや、まさか、地下室ごと爆発してくるなんて、予想もしていなかったさ」
そう言い、煤で汚れたネクタイを結ぶその手は──獣の様に、変化していた。よく見ると、体の所々が獣人化している。
尻尾や耳はいつも通り。だが、その腕がおかしいのだ。──爪は目に見える程に鋭く突起しており。腕に生い茂る獣の毛は、肩までびっしりと生えている。
その姿はまるで獣。佇む姿は恐怖を植え付け、この世の者とは思えない。
正に、天性の化物である。
「……。……ダンテ、君は一体何者なんだい?」
タマルが敬意や恐怖の籠った言葉を彼に向け。その言葉に、先生は「エネルギーを使い過ぎたな……」と一人でボソリと呟けば。
「俺ァ唯の狼さ。お前ら童話が忌み嫌い、悪者に仕立て上げた、正真正銘。本物の化け物」
そう言い、ダンテは歩き出す。
「──ッ、ナチチ!戦闘準備を!!」
「俺は地獄に行きたいんだ。──地獄へ誘う案内人、ヴェルギリウスを探している」
タマルがそう必死に叫ぶのと同時に、彼の首元へ、一気にその鉤爪が食い込んだ。




